クビになった庭師の俺、スキル『剪定』が覚醒して行き倒れ少女を整えたら実は最強聖剣士だった!? 訳あり美少女たちを手入れして最強英雄パーティを作ります 作:らっぽん
重厚な扉を押し開いた瞬間、不気味な音が鼓膜を揺さぶった。
グズ、と骨を噛み砕くような、生々しく湿った咀嚼音。
それが人間の立てる音ではなく、飢えた獣が肉に食らいつく音だと理解するまでに、一瞬の思考のフリーズを要した。
「……っ」
隣を歩いていたテラの足が、目に見えて凍りついた。
玉座の間の中央――そこには、横たわる巨大な地龍の死骸の上に跨る、地王の姿があった。
かつて純白の長衣を身に纏い、圧倒的な威厳をもって玉座に腰掛けていた高潔な王の姿は、もうそこにはない。腐りの瘴気に完全に呑まれた彼は、引き裂かれた衣の隙間からどす黒い紋様を脈打たせ、四つ這いの異様な姿で地龍の腹腔に顔を埋めていた。
「……父上」
テラの口から漏れた声には、もはや感情の一切が抜け落ちていた。
地王が、ゆっくりと顔を上げた。
完全に光を失った虚ろな瞳が、まっすぐに俺たちを射抜く。その眼光には、かつて俺たちを迎え入れ、「良い庭師だ」と穏やかに笑ってくれた父親の面影など、微塵も残されていなかった。
俺は『作庭』の目を限界まで凝らし、玉座の奥を見据えた。
地王の背後、壁面からじわりと染み出している、どす黒い腐りの根源。あそこまで辿り着くことができれば、この元凶を間引くことができる。
「アルト」
テラが静かに、俺の名を呼んだ。
「分かってる。でも、どうやって――」
「聞いてくれ」
テラは変わり果てた父親から目を離さないまま、冷徹なトーンで続けた。
「地王の位は代々、地の民の中で最も強き者が継ぐ。この国では、ここ三十年間、国王は変わっていない」
「……テラ」
「私に地拳術を教えたのは父だ。私の技はすべて、父の劣化版に過ぎない。正面から戦って勝てる可能性など、万に一つもないだろう」
テラが横顔を俺に向けた。その瞳は、驚くほど静かに澄んでいた。
「だから、私が隙を作る。その一瞬の間に、お前が根源へ行け」
「駄目だ! お前がそんなことをしたら――」
「命令じゃない」
テラは俺の言葉を鋭く遮った。
「頼みだ、庭師」
地王がゆっくりと立ち上がった。その巨体から、黒い腐りの魔力が不気味な波紋となって部屋全体へと広がっていく。
テラが一歩、前へと踏み出した。
「父上」
テラの声は、震えていなかった。
「私です。テラです。……帰ってきました」
だが、地王は何も答えない。意思の途絶えた人形のように、ただテラを排除すべき対象として見据え、重い一歩を踏み出してくる。
次の瞬間、テラが凄まじい勢いで地を蹴った。
「地拳術・一の型――【天突《てんとつ》】!!」
下から突き上がるような神速の拳。しかし、地王の巨大な掌がそれを上から無慈悲に押さえ込んだ。全く同じ型。しかし、そこに込められた威力と重さが根本的に違っていた。テラの細い腕が、強烈な衝撃とともに弾き返される。
「地拳術・二の型――【地割《じわり》】!!」
間髪入れず、テラの強烈な踏み込みが石畳を爆砕した。その衝撃波が地王の足元を激しく揺さぶる。しかし、地王は一歩も動じない。それどころか、全く同じ踏み込みを、より深く、より重く返してきた。耐えきれず、テラの体が大きく後ろへと吹き飛ばされる。
「地拳術・三の型――【岩抱《がんほう》】!!」
体勢を崩しながらも、テラは執念で地王の太い腕を掴み、そのまま投げへと移行しようとした。しかし、地王の圧倒的な体重と怪力が、逆にテラの体を容赦なく地面へと叩きつけた。
三つの型。そのすべてが、一段上の圧倒的な力によって完璧に返された。
口元から血が滲み、呼吸が激しく上がる。それでも、テラはふらつく足取りで再び立ち上がった。
「やはり、そうか」
テラは手の甲で乱暴に血を拭った。その横顔には、もう何の迷いもなかった。
「これしかない」
テラは深く、深く息を吸い込み、これまでとは全く異なる構えをとった。
重心を極限まで低く落とし、両腕を大きく開く。全身の全魔力と細胞が一つの塊になり、爆発を待つ爆弾のようになる姿勢。
「テラ――っ!」
「アルト」
テラが静かに、だが逆らうことを許さない声音で告げた。
「隙ができたら、すぐに行け」
「地拳術・奥義――【大地崩天《だいちほうてん》】!!」
テラの持てるすべての全力が、極限の一点へと収束していく。
それに応じるように、地王もまた全く同じ構えをとった。同じ奥義。だがそれは、同じ型の頂点に位置する、師が弟子にすら見せたことのない本物の極致だった。
二人の影が、同時に動いた。
衝突の瞬間、耳を聾するほどの轟音が玉座の間を激しく震わせた。
一転して、静寂。
その時には、俺はすでに走り出していた。テラが命を賭して作ってくれた隙を、一瞬たりとも無駄にするわけにはいかない。
「行け、アルト――!!」
背後から、テラの鋭い叫びが飛ぶ。
走りながら、たまらず振り返った。
そこには、片膝をついて動きを止めている地王の姿があった。
テラが、勝ったのだ。
俺は再び前を向き、玉座の奥にある腐りの根源へと向かって足を加速させた。
「……っ」
その時、背後でドサリと、重い何かが倒れる音が響いた。
嫌な予感に襲われ、咄嗟に後ろを振り返る。
そこにいたのは、力なく膝をつくテラの姿だった。
彼女は片手で自分の腹部を強く押さえていたが、その細い指の間からは、ドクドクと赤い液体が溢れ出し、床を濡らしていた。
「テラ……?」
テラが何かを言おうと口を開いた。しかし、声の代わりに、大量の鮮血が噴き出して床を真っ赤に染め上げた。
「テラ――!?」
俺は根源へ向かう足を止め、全力で彼女の元へと駆け戻った。崩れ落ちるテラの体を抱き起こすようにして支える。
その腹部には、素人目にも一目でわかる致命傷が穿たれていた。
奥義と奥義が真っ向から交差したあの瞬間、地王が放った絶死の一撃は、テラの体を無慈悲に貫いていたのだ。
(第56話 終)