クビになった庭師の俺、スキル『剪定』が覚醒して行き倒れ少女を整えたら実は最強聖剣士だった!? 訳あり美少女たちを手入れして最強英雄パーティを作ります   作:らっぽん

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# 第57話:庭師の決断

 

 

 テラの呼吸が、浅い。

 

 胸が痛々しく上下するたびに、腹部の凄惨な傷口からどす黒い赤いものがじわりと滲み出す。その顔色は白を通り越して灰色に近く、額にはびっしょりと脂汗が浮いていた。片手で必死に傷を押さえているものの、その細い指先からはもう急速に力が失われかけている。冷たい石畳に広がる血だまりが、じわじわと、確実に大きくなっていた。

 

「テラ、聞こえるか!」

 

「……聞こえてる」

 

 掠れて消え入りそうな声だった。だが、その瞳だけはまだ光を失わず、はっきりと目の前の俺を見つめていた。

 

「動くな。絶対に動くな」

 

「……動く気力も、ない」

 

 俺は意識を強制的に切り替え、素早く地王を一瞥した。

 奥義の凄まじい余波によって、地王はまだ片膝をついたまま立ち上がれずにいる。テラの命を賭した渾身の一撃は、確かに効いている。しばらくは動けないだろう。しかし、その「しばらく」がどれほどの猶予なのかは誰にも分からなかった。

 

(時間がない——)

 

 頭の中の酷く冷静な部分が、容赦なく事実を告げていた。

 テラの傷は、医療の知識がない素人が見ても致命傷だと分かる。完全に臓腑まで傷が届いている可能性が高い。エルダの強力な回復魔法があれば延命できるかもしれないが、彼女たちがここへ辿り着くにはあまりにも時間がかかりすぎる。このままでは、確実に間に合わない。

 

 俺に何ができる。

 

 剪定。植え替え。栽培。

 これまで培ってきたすべてのスキルを脳内で高速で並べ立てた。だが、どれも今この瞬間に、消えゆく人一人の命を繋ぎ止める手段にはなり得ない。植物を育てる庭師の技が、人体の修復に直接使えるわけがなかった。

 

(……何か。何かあるはずだ。見落とすな、考えろ!)

 

 焦りと焦燥がドロドロに混ざり合い、視線だけが縋るように虚空を彷徨った。

 その瞬間、俺の目に異様な光景が飛び込んできた。

 

 地龍の、死骸。

 

 先ほどまで地王に食い荒らされていた、岩のような頑強な鱗を持つ巨大なトカゲの残骸が、玉座の脇に物言わぬ質量として横たわっている。引き裂かれた腹腔が虚しく天井を向き、かつて強大な命を宿していた躯体が、冷たく静止していた。

 その瞬間、俺の中の何かが、ぴくりと跳ねた。

 庭師としての直感が、絶望の闇の中に微かな光を灯した。

 

 いや、しかし——今の俺のスキルで、そんな生命の根幹に触れるような真似が——。

 

 躊躇した、その時だった。

 ポケットの奥で、剪定鋏が光った。

 じわりと。奥底から、白銀の眩い輝きが溢れ出すように。

 俺は弾かれたように鋏を取り出した。その刃が、静かに、まるで確かな意思を持っているかのように輝いている。これは知っている感覚だ。かつて『栽培』を会得した時と全く同じ。鋏自身が、この絶望の先に道があると、俺に告げているのだ。

 

(……これならば、いけるかもしれない)

 

 何かが、確かに繋がった。

 俺は立ち上がり、地龍の巨大な死骸へと向かって全力で走った。

『作庭』の目を限界まで解放する。

 命の尽き果てた骸の奥深く、腐りの瘴気に完全に侵食されきる前のコア——そこには、まだ微かな命の光が残っていた。長年、この過酷な地底で育まれてきた、純然たる大地の力の結晶だ。

 俺は光を宿す鋏を構えた。白銀の輝きが刃へと集束していく。

 

「——間引く」

 

 チョキン、と。

 これまでで最も繊細で、重みのある手応えが、指先から腕の奥を伝って脳裏へと静かに伝わった。

 エネルギーの塊を手に、俺はすぐさまテラの元へ駆け戻った。

 テラが、重い瞼を薄く開いた。

 

「……何を、する気だ」

 

 俺は彼女の側に膝をついた。テラの顔を正面から見据える。血の気が完全に引き、死の影が差していながらも、まだ生きることを諦めていない強い目だ。

 これが正しいことなのかは、分からない。

 何より、テラ自身がこんな措置を望むかどうかも、俺には分からない。

 それでも、彼女を救うための道は、もうこれ以外に残されていなかった。

 

「……テラ」

 

 俺は白銀の鋏を強く握り直した。

 

「俺は一生、お前に恨まれるかもしれない。……許してくれとは言わない」

 

「……アルト」

 

 テラが微かに、かすれた声で俺の名を呼んだ。

 

「手入れを始める……!!」

 

(第57話 終)

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