クビになった庭師の俺、スキル『剪定』が覚醒して行き倒れ少女を整えたら実は最強聖剣士だった!? 訳あり美少女たちを手入れして最強英雄パーティを作ります 作:らっぽん
接ぎ木――それは、異なる植物の幹と根を強制的に繋ぎ合わせ、まったく別の二つの命を一つの生命体として育て上げる、庭師の技の中で最も繊細で、最も禁忌へと踏み込んだ行為だ。
植え替えは同じ個体の中で行う。栽培は眠る芽に水を与える。しかし接ぎ木はそのどちらとも違う。本来ならば決して交わるはずのない二つの命を、その根源から強引に繋ぎ直す。相容れないはずの命と命を、庭師の鋏が強硬に一本の幹へと縫い合わせるのだ。
(これを――人間の体に使う)
正気の沙汰ではない。植物と違って人間には意思があり、独自の免疫がある。ましてや繋ぐのは、地の底を統べる強大な魔獣の核だ。しかし、彼女を救う道はもうこれ以外に存在しなかった。
俺は手の中に宿る地龍の「核」を、テラの凄惨な傷口へとゆっくりと近づけていく。白銀の光を湛えた剪定鋏の刃が、震える指先を信じるように静かに動いた。
「――繋げる」
チョキン、と。
核がテラの体内へと溶け込んでいく、鮮烈な手応えが掌を伝って全身へと駆け巡る。
直後――テラの全身が、激しく跳ねるように痙攣した。
「……っ、あ……ァッ!!」
拒絶反応だ。テラの肉体が、体内に侵入したあまりにも強大すぎる異物を感知し、全力で排除しようと暴れ狂っている。人間の防衛本能が、魔獣の因子を激しく拒絶していた。傷口の周囲がみるみるうちに黒ずんで恐ろしい熱を帯び、体内の魔力が嵐のような荒波となって狂い始めた。このままでは――核が融合する前に内側から弾き出されてしまう。
「テラ!大丈夫だ!――間引く!!」
俺はすかさず鋏を構え、迷わずその刃を走らせた。
チョキ、チョキ、チョキン――!!
拒絶を起こしている肉体の組織、反発し合う魔力の神経を、次々と切り離していく。綿密に、しかし脳の限界を超えるような凄まじい速度で。排除しようとする防衛本能の根を的確に断ち切り、地龍の核と繋がろうとする部分だけを、指先だけに全神経を集中させて残していく。一本一線のミスがテラの即死に繋がる、極限の剪定。
「……っ、ぁ……」
やがてテラの荒い息が、少しずつ落ち着きを取り戻していく。剪定は成功だ。最悪の拒絶期は脱した。
(あとは、栽培で融合を促せば――!)
そう確信した瞬間、背後の空気が爆発せんばかりに重く歪んだ。
肌を刺す圧倒的な殺気に、思わず振り返る。
地王が、立ち上がっていた。
「――ッ、くそ……っ!!」
間に合わなかった。剪定は終えたが、まだ栽培が終わっていない。融合が不完全なこの状態で地王の猛攻を受ければ、接ぎ木したすべてのバランスが崩れ落ち、テラは今度こそ命を落とす。
「テラ――すまない!!」
俺は身を翻し、鋏を強く握り締めた。しかし、立ち上がった地王から放たれる圧倒的な魔力の圧力は、すでに俺一人の力で抗える限界を超えていた。
――その、絶望の瞬間だった。
「聖剣術・四の型――【守護方陣《しゅごほうじん》】!!」
激しい轟音とともに、純白の聖なる光の陣が、俺とテラを包み込むように炸裂した。
地王の拳がその方陣に激突する。耳を聾するほどの轟音が響くが、防壁は砕けない。方陣がその凄まじい破壊力を真っ向から受け止め、波紋のように光の力へ変換して吸収し続けていた。
シアだった。
廊下の奥から一直線に飛び込んできたシアが、俺たちの盾になるように右膝を地についていた。純白の聖剣を石畳へと深く突き立て、全身から溢れ出る聖光のすべてを注ぎ込んで、その方陣を死力で維持している。
「……シア!」
「アルト様!! ご無事ですかっ!!」
「無事だ。その技――」
「また咲かせました!! 見ててください!!」
疲労と激痛で顔を歪ませながらも、シアは誇らしげに、不敵に笑ってみせた。廊下を死に物狂いで駆け抜けてきたのだろう、衣服はボロボロで息も絶え絶えだ。それでも、俺を見つめるその瞳には一点の曇りもなかった。
「もう少しだけ、耐えられるか」
胸当てに刻まれた打撃痕、擦り傷だらけの震えた足。ガルドとの戦いが一筋縄ではなかったのは誰の目にも明らかだ。それでもシアは…
「この命に代えても!!」
一秒の迷いもない、魂の叫びだった。
「……頼む」
俺はすぐさまテラへと向き直り、ジョウロを取り出した。
「仕上げだっ――!!」
テラの体内、接ぎ木した結合部分へと、透明な雫が静かに流れ込んでいく。異なる二つの命が馴染み合い、完全なる融合を果たすための、時間を魔力でこじ開けるような聖なる水。冷たい血液が、大地の熱を帯びて巡り始める。
テラの身体が、まばゆい光を帯び始めた。
視界のすべてが、純白に満ちていく。
「アルト様――っ!!」
シアの切迫した絶叫が耳を劈いた。
見れば、彼女の展開する守護方陣に無数の亀裂が走り、聖光の破片が激しく砕け飛び始めている。地王の猛攻は人間の域を超えていた。
「も、持ちません……っ! でも――絶対に退きません……っ!!」
「シア――!!」
方陣が、激しい轟音とともに粉々に砕け割れた。
地王の巨大な拳が、無防備になったシアへと、容赦のない力の限り振り下ろされる。あまりの風圧に風が鳴いた。
俺は動けなかった。テラへの栽培をここで止めるわけにはいかない。距離が足りない、届かない――!
シアが覚悟を決めたように目を閉じた。
その、刹那。
振り下ろされていた地王の拳が、ピタリと、何かに衝突して止まった。
「――っ?」
地王の腕の前に、一つの影が割り込んでいた。
正面から地王の拳を真っ向から受け止め、大地に深く根を張るように、堂々と仁王立ちしている人物。彼女が踏み締めた足元の石畳が、その質量に耐えかねて蜘蛛の巣状に割れていく。
白みがかった美しい肌。涼やかで大きな瞳。地の民としての、気品に満ちた顔立ち。
しかし――その頭部からは一本の禍々しくも美しい岩のような角が伸び、背後には同じく鈍い鱗を持つ長い尻尾が、意思を持つように静かに揺れていた。
それは地の民の王族の血と、地龍の強靭な生命力が完全に融合した姿だった。
「……テラ…?」
俺の口から、自然とその名前が漏れ出していた。
テラがゆっくりと振り返った。
その瞳には、俺がよく知っているテラの強固な意志が、確かに、そして以前よりも遥かに力強く宿っていた。
「――父上」
テラは再び前を向き、地王の虚ろな瞳を真っ直ぐに見据えた。
その背中は、どんな絶望をも撥ね退ける圧倒的な強者の風格を纏っていた。
「帰ってきたぞ」
(第58話 終)