クビになった庭師の俺、スキル『剪定』が覚醒して行き倒れ少女を整えたら実は最強聖剣士だった!? 訳あり美少女たちを手入れして最強英雄パーティを作ります 作:らっぽん
テラは自身の両手を見つめ、静かにその感触を確かめるように握り締めた。
浅黒い肌の指先に、うっすらと硬質な鱗の紋様が浮かび上がっている。頭部から天へと伸びる一本の角には直接手を触れなかったが、脳に伝わる新たな感覚がその存在を確かに告げていた。背後では、地龍を思わせる岩のような鱗の尻尾が、まるで自身の身体の一部として自然に、ゆっくりと揺れている。
「……悪い気分では、ないな」
テラは短くそう言って不敵に微笑むと、再び地王へと鋭い視線を向けた。
その劇的な変貌を目の当たりにし、シアが驚愕に目を見開いた。
「テ、テラさん……っ! 角が……! 尻尾が……!?」
「ア、アルト様……っ! テラさんに、一体何が起きているんですかっ!?」
シアの切迫した問いかけに、俺は額の汗を拭いながら応じる。
「俺も、人体への接ぎ木なんて初めてだ」
「なるほど、接ぎ木…ですね!」
シアは納得したのかしていないのか分からない声を上げながらも、テラの纏う圧倒的な覇気に息を呑んだ。
テラが一歩、前方へ踏み出した。
その瞬間、玉座の間全体がズズズ……と地鳴りのような音を立てて微かに震えた。踏み込んだ足元の石畳を中心に、蜘蛛の巣状の放射裂が激しく走る。先ほどまでのテラとは完全に別次元の質量と重さ。地脈の底で眠っていた地龍の超人的な膂力が、テラの肉体に完根付いている証拠だった。
「父上」
テラの声は、どこまでも静かで、それでいて確かな威厳に満ちていた。
「今度こそ、目を覚ましてもらう」
地王が本能的な危機感を察知したように動いた。腐りに侵されたどす黒い魔力が、再び禍々しい波動となって玉座の間を満たしていく。
だが、テラは今度は微塵も躱さなかった。真っ向からそのプレッシャーを撥ね退け、懐へと鋭く潜り込む。
「地拳術・一の型――【天突《てんとつ》】!!」
下から天へと突き上がる、あまりにも苛烈な一撃。しかし、今度はそれだけでは終わらない。インパクトの瞬間、テラの足元から頑強な石畳が爆発するように隆起し、突き上げる拳の破壊力を何倍、何十倍へと増幅させた。
ドカァン!! と大気を破る音が響き、あの地王の巨体が、この戦闘で初めてフワリと宙に浮いた。
「――っ!?」
着地した地王が、反射的に後方へと距離を取る。意思を失い悍ましい怪物と化していたその瞳に、初めて明確な動揺の反応が生まれた。
テラは追撃の手を緩めない。
「地拳術・二の型――【地割《じわり》】!!」
テラが深く踏み込む。凄まじい衝撃で床が真っ二つに割れた。放たれた衝撃波が扇状に広がり、地底の魔力に応じるようにして巨大な石柱が床から次々と突き出し、地王の退路を完全に塞ぎ、包囲した。
地王が、行く手を阻む石柱をその怪力で粉砕して突破しようとした――まさに、その瞬間だった。
「――走れ!!」
背後の廊下から飛び込んできた目も眩むような白銀の光が、薄暗い玉座の間を一閃した。
顕現したのは、純白の輝きを纏った巨大な雄鹿。それは意思を持つ光の弾丸となり、突き立つ石柱の僅かな隙間を縫うようにして、地王の側面へと容赦なく激突した。
「純白の雄鹿《プラヴィナ・ディア》!!」
フィリアだった。
入口を振り返ると、そこにはエルダ、グラム、そしてフィリアの三人が息を切らせて立っていた。フィリアは白銀の杖を天に掲げ、全身全霊の言霊で意思の指令を送り続けながら、光の雄鹿を正確に地王へと誘導していたのだ。
光の直撃を受け、地王の巨体が大きくよろめく。
フィリアは叫んだ。
「テラさん、今です!!」
「地拳術・三の型――【岩抱《がんほう》】!!」
テラが一気に地を蹴り、地王の懐へと完全に踏み込んだ。丸太のような地王の太い腕を、正面からガシリと掴み取る。今度はビクともしない、弾かれもしない。接ぎ木された地龍の膂力が、親子間の圧倒的な力の差を完全に逆転させていた。
「おおおおおっ!」という気迫の咆哮とともに、テラは地王の巨体を背負い投げの要領で、轟音とともに石の床へと叩きつけた。
「……っ」
俺は目の前の光景に思わず息を飲んだ。そして、杖を構える少女へと視線を向ける。
「フィリア、その魔法――」
「咲きました、アルト様……っ!!」
フィリアの顔が、達成感でいっぱいに輝いていた。
「言霊で、ちゃんと私の意思で、動かせました……!!」
「ああ。よく咲かせたな、フィリア」
短い言葉だったが、そこに込めた最大の賛辞を受け取り、フィリアは「はいっ!!」と嬉しそうに声を弾ませた。
「……姫様」
グラムの声が、低くかすれていた。
この実直な大男は、かつての面影を残しながらも完全に変わり果てたテラの姿を見て、衝撃のあまりその場に釘付けになっていた。頭の角を、背の尻尾を、肌の鱗の紋様を、ただただ信じられないといった様子で凝視している。
「驚くな、グラム」
テラは敵を見据えたまま、振り返らずに静かに告げた。
「姿が変わろうとも、私はここにいる。お前の主のままだ」
「……っ。……御意に、ございますっ」
グラムは溢れそうになる感情を堪えるように、深く、深く頭を垂れた。
「随分と規格外のことばかりしてくれますのね、アルト様は」
エルダが呆れたように、しかしどこか誇らしげに言いながら、すぐに両手に光と闇の魔力を展開した。
「……でも、テラさんが生きていてくださって、本当によかったですわ」
「大げさだ、エルダ」
「大げさではありませんわ。後でお説教ですからね」
そんな軽口を叩き合えるほどに、戦況は覆りつつあった。
叩きつけられた地王が、再び咆哮を上げて立ち上がる。しかし、先ほどまでの圧倒的な威圧感はもうない。その足元は目に見えて乱れていた。テラの猛攻と、フィリアの完璧なアシストによって、蓄積したダメージが確実にその肉体を蝕んでいる。
「大地よ」
テラが低く呟いた。
その意志に応じるように、周囲の床がまるで生き物のように蠢き、鋭い石柱が次々と迫り上がる。地王の四肢を縛り付け、その自由と逃げ場を完全に奪っていく。そこへ、テラの重い拳が容赦なく叩き込まれた。一撃、また一撃。地龍の破壊力を宿した拳が炸裂するたび、地王の動きは確実に鈍くなっていく。
そして――追い詰められた地王が、不気味に構えを変えた。
あの、すべてを破壊する絶死の奥義の体勢。全魔力を一点へと圧縮し、収束させる、最後の切り札だ。
テラはそれを見て、静かに深く息を吸い込んだ。
「……私は一度、その技に倒れた」
テラもまた、地王と完全に左右対称となる同じ構えをとった。全身の魔力が、龍の因子の輝きを帯びて極限まで凝縮されていく。
「今度は私が、その高みを越える」
「テラさん……!!」
シアが祈るように叫ぶ。だが、テラはもう振り返らない。
二人の影が、同時に爆発的な速度で動いた。
交錯。そして、凄まじい炸裂。
発生した衝撃波によって玉座の間の頑強な壁に無数の亀裂が入り、天井から巨大な落石が何個も転がり落ちる。
そして、一転して訪れる静寂。
土煙が晴れた中央で――地王が、完全に地に伏していた。
ゆっくりと。まるで身体からすべての余計な力が抜けていくように。同時に、地王の肉体を蝕んでいたどす黒い腐りの瘴気が、体表から白い霧のようになって消散していく。
「父上……」
テラがその場にバタリと膝をついた。そして倒れた地王の穏やかな顔に、そっと労るように手を当てた。
「行ってくれ、アルト。後は……頼む」
「ああ、任せろ」
俺はすでに、その言葉が終わる前から走り出していた。
向かうは玉座の真裏。あのどす黒い腐りの根源へ。
近づくほどに、鼻を突くような悍ましい瘴気が濃くなっていく。視界が遮られそうになるが、俺の『作庭』の目には、その元凶の姿がはっきりと、脈打つように捉えられていた。
世界の地脈を詰まらせ、この大地のすべてを枯らし、狂わせていた巨大な腐りの塊。
俺は白銀の剪定鋏を逆手に構え、その中心へと突き立てた。
「――間引くっ!!」
チョキィィィン――!!!
その確かな手応えが、指先から腕の奥、そして魂の芯まで静かに響き渡った。
次の瞬間、目の前が真っ白になるほどの純粋な光が爆発的に広がった。
光の波紋は玉座の間を駆け抜け、廊下へ、城の外へ、そしてこの広大な地底の都市全体へと一瞬で波及していく。腐りにドロドロに染まっていた地脈の紋様が、光の奔流に洗われ、一つ、また一つと本来の清らかな輝きを取り戻していく。
シアがその美しさに目を奪われ、呆然と呟いた。
「……なんて、きれいです……っ」
都の外では、先ほどまで狂気に駆られて争い合っていた地の民たちの怒号が、嘘のように静まり返っていく。正気を取り戻した人々が、自身の血に汚れた手を見つめ、互いに呆然と顔を見合わせている。狂乱の夜は、終わったのだ。
俺は、役目を終えた剪定鋏をそっと腰のポーチに収めた。
世界の庭が、また新しく、確かな息吹を取り戻したのを感じながら。
(第59話 終)