クビになった庭師の俺、スキル『剪定』が覚醒して行き倒れ少女を整えたら実は最強聖剣士だった!? 訳あり美少女たちを手入れして最強英雄パーティを作ります   作:らっぽん

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# 第61話:幕間――天の使者と、次の一手

 

 

 白亜の石造りが美しい回廊に、規則正しい足音がコツコツと響いていた。

 視線を外へ向ければ、広大な雲海が遥か眼下にまで広がっており、そのさらに下方、雲の切れ間から薄く霞んだ大陸の輪郭が覗いている。ここは「上」だ。遙かなる天空の領域。地底の蠢く蟲どもの世界などとは、比べることすらおこがましい絶対的な高み。

 

 その回廊の端に佇み、装飾の施された欄干にだらしなく肘をついていたティラエルは、盛大なため息を吐き出していた。

 

「……はぁ。まあ、別に僕のせいじゃないんだけどね、ぶっちゃけ」

 

「そうか。では、一体誰の失態だというのだ。ティラエル」

 

 冷徹で、頭上から圧しつけてくるような低い声が背後から降ってきた。

 振り返るのすら億劫だったが、さすがにこの声を無視するわけにはいかない。ティラエルはのろのろと、ひどく気怠げに身体を反転させた。

 

 そこに立っていたのは、長身で、酷く切れ上がった鋭い目を持つ男だった。

 

 ティラエルと同じ、金色の瞳。しかし、その瞳が放つ輝きの質はまったく異なっていた。ティラエルのそれが、どこか眠たげで退屈そうな光だとすれば、目の前の男の瞳は、剥き出しの刃のように静かで、容赦なく冷たかった。

 

「バルディエル隊長……。わざわざこんなところまでお出迎えですか、お疲れ様です」

 

「戯言はいい。報告が遅すぎるぞ。地の民を内側から腐らせ、間引く計画は失敗に終わった。その無様な顛末を、今すぐここで説明しろ」

 

「失敗だなんて人聞きの悪い。途中までは完璧に、僕の筋書き通りに進んでたんですよ? ただ、ちょっと予定にないイレギュラーに邪魔されただけで。だから、僕に落ち度があったわけじゃないんですって」

 

「イレギュラーだと?」

 

 バルディエルが、不快そうにその美しい眉を僅かに動かした。

 

「我々の計画を阻む者がいたと、そう言うのか」

 

「そうなんですよ。最初は僕も、気のせいかと思ってスルーしてたんです。でも、地脈に仕込んだ腐りの流れが、まるで意思を持ったみたいに何度も何度も切り離されてて。誰がこんな器用な真似をしてるんだろうって思ってたら、地上の人間が紛れ込んでたみたいで。なんか、庭師みたいな妙な格好をして、ハサミを振り回してる男でしたよ」

 

「……人間が、地脈の奔流を断ち切り、繋ぎ直しただと……?」

 

「そう。あいつがしつこく何度も何度も干渉してくるから、こっちの作業効率がガタ落ちしちゃって。まあそれでも、最終的には地の民が互いに殺し合いを始める段階までは、しっかり仕込みを終えてたんですけどね。その後に例の男が根源まで辿り着いちゃって、全部ばっさり綺麗に手入れされちゃったみたいです。いやぁ、参った参った」

 

 一転して、静寂が回廊を支配した。

 バルディエルはティラエルの不真面目な態度を咎めることも忘れ、険しい顔で思考に沈んだ。

 

「地の底の地脈、その根源に辿り着き、腐りを間引いた、か。地上の、取るに足らないはずの一般的な人間が……」

 

「そういうことになるね」

 

「……ふ。面白いな」

 

 ティラエルは意外そうに眉を上げた。この冷徹の塊のような男が、このような興味深げな呟きを漏らすのは極めて珍しい。

 

「あ、それとね、隊長。もう一個だけ、どうしても引っかかる不気味なことがあって」

 

「言え」

 

「地下にいたあの薄汚い蟲どもの中に、片方だけ、僕たちと全く同じ色の目を持った奴がいたんですよ。純度の高い、あの金色。もう片方は宵闇みたいな不気味な紫で、オッドアイだったんですけどね」

 

 その言葉を口にした瞬間、バルディエルの表情が劇的に強張った。

 

「……なんだと? 今、何と言った」

 

「いや、本当に。僕も見つけた時は見間違いかと思って二度見しちゃいましたよ。まさか、そんなわけないよなぁとは思ったんですけど、一応隊長には耳に入れておこうかなって」

 

「バカな……そんなことがあってたまるか!」

 

 バルディエルが、初めて感情を剥き出しにして声を荒らげた。

 その怒声が白い回廊に激しく反響する。ティラエルは鼓膜を震わせるその音量に、思わず身を縮めて肩をすくめた。

 

「誇り高き我らの血が、地上の浅ましい蟲けらなどに流れているなどということが、あってはならん……!」

 

 しかし、バルディエルはすぐに言葉を厳しくつぐんだ。

 その金色の瞳は、虚空の一点を見つめたまま完全に凍りついている。脳内で、過去のあらゆる記憶と現在の報告を照合し、恐ろしい仮説を組み立てているのだ。ティラエルはこの表情をよく知っていた。隊長が、一切の外界の音をシャットアウトして思考の深淵へと落ちていく時の悪癖だ。

 

(よし、今だ。今のうちにズラかろう)

 

 ティラエルは息を殺し、足音を立てないように慎重に後退し始めた。

 

「いや、しかし……もし仮に、あの事件の生き残りがいるとするならば、あるいは……」

 

 するすると。欄干の陰に隠れるようにして。

 

「五十年前の話だ、地上の人間に拾われていたとしたらその子孫が居てもおかしくはない――」

 

 もう少しだ。あの角を曲がって視界から消えれば、今日の説教からは逃げ切れる。

 

 あと、一歩――。

 

 ティラエルは勢いよく角を曲がった。

 

「よし、逃げ切っ――」

 

 歓喜の声を上げるよりも早く、何かに正面から激突した。

 ボフッ、と鈍い音が響く。

 

「――ぐふっ」

 

 ぶつかったのは、胸板だった。しかしそれは、鍛え上げられた岩の塊か何かと錯覚するほどに、分厚く、強固な胸板だった。

 

「……ってて、痛いなぁ。なんでこんなところに突っ立ってるんだよ、ラグエル!!」

 

「それはこちらのセリフだ。お前こそ、何をそんなにコソコソと逃げ回っている」

 

 ラグエルは、ぶつかって鼻を押さえているティラエルをゴミでも退けるように軽く押しのけると、そのままバルディエルへと向き直り、胸に拳を当てて一礼した。

 

「バルディエル隊長。例の、地上帝国への侵攻準備が完全に整いました。出陣の許可をいただきに参りました」

 

 バルディエルは思考の海から引き戻されたように一瞬だけ視線をティラエルへ向け、それからすぐにラグエルへと戻した。

 

「分かった。許可する」

 

 短く、拒絶の余地のない声音で応じる。それから、静かに言葉を継いだ。

 

「……今回の遠征には、私も同行しよう。少々、この目で直接確かめねばならんことができた」

 

「……隊長自らが、地上へ赴くのですか?」

 

 あの頑固一徹なラグエルが、僅かに驚きを滲ませた意外そうな顔をした。

 

「何か問題があるか、ラグエル」

 

「いいえ、滅相もございません。隊長の御同行、兵の士気も上がることでしょう」

 

「では、直ちに出発の準備を進めろ」

 

「御意に」

 

 ラグエルが軍靴の音を響かせて綺麗に踵を返した。バルディエルもまた、その背中を追うようにして重厚な足取りで歩き始めた。

 ティラエルは急速に遠ざかっていく二人の背中を見送りながら、これ以上ないほどに口の端をへの字に曲げた。

 

「……うわぁ。なんか、めちゃくちゃ面倒くさいことになってきたなぁ」

 

 誰の耳にも届かないように、ぼそりと、心底嫌そうに愚痴をこぼす。

 気怠げな金色の瞳が、遙か下方に霞む広大な大陸を、退屈そうに眺めた。

 

「あーあ。……ところで、帝国ってどこだっけ?」

 

(第61話 終)

 

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