クビになった庭師の俺、スキル『剪定』が覚醒して行き倒れ少女を整えたら実は最強聖剣士だった!? 訳あり美少女たちを手入れして最強英雄パーティを作ります   作:らっぽん

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# 第65話:帝国へ、そして眠れない夜

 

 大図書館を出て宿へ戻る道を、俺とエルダの二人はひたすら無言で歩いていた。

 カツン、カツンと、冷たい石畳に静かに響く二人の足音だけが、誰もいない夜の路地へと吸い込まれては消えていく。

 

 エルダは何も言わなかった。そして、俺もあえて何も言わなかった。

 

 ただ、夜風に吹かれながら並んで歩いた。

 隣を歩くエルダの横顔を、気付かれないようにそっと盗み見てみる。だが、月光に照らされたその表情から心情を読み取ることはできなかった。胸の奥に溢れんばかりの感情を必死に押し殺しているようでもあり、あるいは、あまりにも突然突きつけられた現実を必死に整理しようとしているようでもある。どこまでも静かで、脆く、そして複雑な顔をしていた。

 

(……今は、そっとしておこう)

 

 まさか、あの絵本の作者がエルダの祖母だったなんて。それだけの重すぎる事実が、彼女の中で一体どれほどの意味を持つのか、しがない庭師の俺には推し量ることすらできない。けれど、無理に言葉を紡いで慰めるよりも、今はただ隣に寄り添う沈黙のほうが、彼女にとっては親切なのだろうと思った。

 

 ◇

 

 宿の重い扉を開けると、そこには居ても立ってもいられないといった様子で、入り口のホールをウロウロと行き来していたシアが待っていた。

 俺たちの姿を見るや否や、シアは弾かれたように駆け寄ってくる。

 

「あ、アルト様! エルダさん! 遅かったですね……っ! 何か、あったんですか!?」

 

「ああ、いろいろあった。……シア、すまないがみんなを食堂に集めてくれ。すぐに報告がある」

 

 数分後、夜遅くにもかかわらず全員が食堂の長椅子に集まった。俺は一呼吸置いて、今夜大図書館の奥深くで起きた一連の出来事を、順を追って静かに話し始めた。

 

 帝国からの不穏な使者の件。それをエルダが圧倒的な威圧で追い払ってくれたこと。そして――大図書館の児童書の棚で見つけた、一冊の古い絵本のこと。

 

「……あの、翼を持つ超越的な種族のことが、子ども向けの絵本に記述されていた、ですか……?」

 

 フィリアが信じられないといった様子で、愛用の杖を握り締めながら細い眉をひそめた。

 

「しかも、その絵本の作者が……エルダさんのお祖母様だなんて……」

 

「ああ、それだけじゃないんだ。絵本の挿絵に描かれていた天使も、エルダと同じ……あの不気味に輝く黄金の目をしていた」

 

 どさりと、食堂に重苦しい静寂が落ちた。

 テラが胸の前でがっしりと腕を組み、低く、唸るような声音で呟く。

 

「つまり、我らを上から見下しているあの傲慢な羽虫どもと、エルダの血筋には……何かしらの、決して無視できない繋がりがある可能性がある、ということだな」

 

「あくまで可能性の話だけどな。ただ、それを確かめる一番手っ取り早くて、確実な方法が一つだけある」

 

「エルダさんのお祖母様に、直接会いに行く……」

 

 シアが、俺の言葉を先回るようにしてぽつりと言った。俺は深く頷く。

 

「その通りだ。エルダの祖母は、今も帝国の王都にあるルクレツィアの本邸に健在らしい。そこへ行って直接問い詰めれば、絵本に込められた真意も、この黄金の目の本当の意味も、すべてが繋がるかもしれない」

 

「私は大賛成です!」

 

 シアが勢いよく手を挙げた。

 

「行こう。元凶の正体が分かるなら、どこへでもついていく」

 

 テラが短い言葉の中に闘志を込めて言い切る。

 

「私も行きます。エルダさんを、一人にはさせません」

 

 フィリアも力強く頷いた。

 俺は、じっと黙り込んだままのエルダへと視線を向けた。

 さっきまで道すがら見せていた複雑な表情は消え去り、その瞳には、何か大きな覚悟を決めたような、静かで確固たる眼差しが宿っていた。

 

「エルダ、お前の気持ちを聞かせてくれ」

 

「……当然、わたくしも行きますわ。他の誰でもない、わたくし自身の血の真実ですもの。この目で、確かめないわけにはいきませんわ」

 

 小さいが、芯の通った、確かな声だった。

 

「よし、決まりだ。じゃあ明日の朝一番で、帝国へ向けて出発する。みんな、今夜のうちに旅の準備を整えておいてくれ」

 

「「「はい!」」」

 

 それぞれが返事を残し、各自の部屋へと戻っていく。テラが最後に「寝坊するなよ」とでも言いたげに俺を一瞥してから廊下の奥へと消えた。エルダは少しだけ足取りが重そうだったが、シアがすかさず「エルダさん! 今夜は私が一緒に荷造り手伝いますからね!」と明るく隣に並び、彼女の背中を支えるようにして歩いていった。

 

 ◇

 

 深夜。

 俺は自室の机に向かい、月明かりの下で静かに剪定鋏の手入れをしていた。

 刃の噛み合わせを確認し、専用の高級な油を布に薄く伸ばして、一枚一枚の刃を丁寧に、心を落ち着かせるように拭いていく。どんな過酷な旅の間であっても、この道具だけは常に完璧な状態に磨き上げておく。それだけは、しがない庭師だった頃から一歩も譲ったことのない、俺の絶対の習慣だった。

 

 時計の針の音だけが響く、静かな夜。

 不意に、コン、コンと、遠慮がちな小さなノックの音が部屋に響いた。

 

「アルト様……起きてますか……?」

 

 扉の向こうから聞こえたのは、シアの消え入りそうな声だった。

 

「ああ、起きてるぞ。」

 

 ギィ……と扉が細く開いて、シアが恐る恐る顔を覗かせた。

 薄手の白い寝間着姿の彼女は、いつも見せる天真爛漫な笑顔を完全に失っており、酷く元気がなさそうに肩をすぼめている。

 

「どうした、シア。こんな夜更けに」

 

「あの……」

 

 シアは部屋に入ると、床を見つめたまま俯いてしまった。小さな指先が、寝間着の裾をぎゅっと握り締めている。

 

「帝国って、その……私が、まだあそこで奴隷として、地獄みたいな毎日を送っていた場所、ですよね」

 

「そうだな」

 

「アルト様にとっても……あの、理不尽に庭園をクビにされて、追い出された場所で……」

 

「ああ、思い出したくもない最悪の場所だよ」

 

 シアは少しの間、唇を噛んで沈黙していた。それから、意を決したように顔を上げ、潤んだ瞳で小さく呟いた。

 

「今夜……あの、一緒に、寝てもいいですか……?」

 

「…………は?」

 

 予期せぬ言葉に、俺の手がピタリと止まり、脳が一瞬でフリーズした。

 

「ダ、ダメ……ですか……?」

 

 シアが、すがるような上目遣いで俺の顔をジッと見つめてくる。それはいつものお転婆な彼女ではなく、まるで行き場を失って震えている迷子の子どものような、ひどく不安げな瞳だった。

 

「その……明日からのことを考えたら、急に怖くなってしまって。帝国の名前を聞いただけで、昔、地下室に閉じ込められてたこととか、鞭で打たれたこととかが、頭からどうしても離れなくなっちゃって……。一人で部屋にいると、息が上手くできなくて……」

 

 俺は、小さくため息を吐き出した。

 俺は知っている。シアの壮絶な過去を。帝国の裏社会でどれほど不当に虐げられ、傷つけられて生きてきたかを。そのトラウマの元凶がある場所へ、明日から再び帰るのだ。怖くないわけがない。

 

「……分かった。こっちに来い」

 

「い、いいんですか……っ!?」

 

「ただし、変な勘違いはするなよ。明日は早いんだ、横で寝るだけだぞ!」

 

「はい!! もちろん、そんなの当たり前ですっ!!」

 

 シアは一瞬でパッと表情を明るくすると、嬉しそうにパタパタと部屋に上がり込んできた。

 俺は剪定鋏を大事にポーチへと片付け、部屋の魔導ランプの灯りをふっと落とした。

 

 一つの布団に二人で入ると、シアは俺のすぐ隣で、驚くほど身体を小さく丸めて縮こまっていた。毛布の隙間から、彼女の微かな体温と、甘い香りがふわりと鼻腔をくすぐる。

 

「アルト様」

 

「なんだよ、早く寝ろ」

 

「帝国で、もし私に何か本当に怖いことが起きても……ずっと、一緒にいてくれますか?」

 

「ああ、当たり前だろ。置いてったりしないよ」

 

「じゃあ……何があっても、私のこと、守ってくれますか?」

 

「……ああ。命に代えても、必ず守ってやる。お前は俺の最初の『花』なんだからな」

 

 シアが、胸の奥の澱をすべて吐き出すように、深く、小さく息を吐いた。

 

「……ふふ。ありがとうございます、アルト様」

 

 それからしばらくすると、隣から聞こえるシアの規則正しい呼吸の音が、徐々に深く、静かなものへと変わっていった。完全に眠りについたのだろう。月光に照らされたその寝顔は、驚くほど穏やかで、さっきまで彼女を苦しめていた不安の影なんて、跡形もなく消え去っていた。

 

 よかった、これなら明日は大丈夫そうだ……と、俺が胸を撫で下ろした、その十数分後のことだった。

 

「んぅ……アルト、さまぁ……どこ、いかないでぇ……」

 

 シアが可愛らしい寝言をむにゃむにゃと溢しながら、ガシッ!と猛烈な勢いで俺の右腕を両手で掴んできた。

 

(おいおい、シア?)

 

 それだけにとどまらず、彼女はぐりぐりと、俺の二の腕に自分の胸をこれでもかと押しつけてくる。どうやら夢の中でも俺に甘えているらしい。……というか、こいつ、普段からこんなに距離感がおかしかっただろうか。

 

 俺は真っ直ぐに天井を見つめたまま、内心で激しく狼狽し始めた。

 さらに数分が経過すると、シアは今度は寝返りを打ちながら、身体ごと俺のほうへとゴロンと転がってきた。ぽすん、と俺の右腕に彼女の華奢な身体の重みとしなやかな感触が完全にのしかかる。しかも、寝返りの衝撃で寝間着の肩紐がずり落ちたらしく、彼女の白く滑らかな鎖骨と、無防備な肩のラインが、月明かりによって鮮明に照らし出されていた。

 

(見るな、絶対に下を見るな、俺。紳士であれ……!)

 

 分かっている。見ていない。俺は今、天井の木目の数を必死に数えている。断じて横の美少女の無防備すぎる姿なんて見ていない。

 

「……すーっ……すーっ……」

 

 当の本人は、俺の腕を極上の抱き枕代わりにでもしているのか、完全に熟睡して幸せそうな寝息を立てている。ずるい。ずるすぎるぞ、こいつ。

 

(……待て、これどうすればいいんだ?)

 

 下手に腕を引き抜こうとして動かせば、せっかく深く眠っている彼女を起こしてしまうかもしれない。もし起こしてしまったら、またあの泣きそうな、不安げな顔をさせてしまうことになる。それは庭師として、いや、男として絶対に避けたい。だから、身動きが取れない。

 

 完璧な論理的帰結として、俺はその状態のまま、一晩中完全に身動きを封じられることとなった。

 

(……眠れるわけないだろ、こんなの……っ!!)

 

 明日の朝は早い。それは痛いほど分かっている。帝国までは馬車での過酷な長旅になる。体力を温存しておかなければならないことも、十分に理解している。

 それなのに、結局アルトの意識が数時間の限界を迎えて微睡みに落ちたのは、窓の外の空が白み始め、小鳥が鳴き出した夜明け前のことだった。

 

(第65話 終)

 

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