クビになった庭師の俺、スキル『剪定』が覚醒して行き倒れ少女を整えたら実は最強聖剣士だった!? 訳あり美少女たちを手入れして最強英雄パーティを作ります 作:らっぽん
「――出発の準備はできまして? 今朝はわたくしが御者をいたしますわ」
眩しい朝の光が降り注ぐ中、馬車の前でエルダがそう宣言した。いつもの完璧な結い髪を心なしか高めにまとめ、動きやすそうな仕立ての乗馬服に身を包んでいる。
「……何ですの、その寝不足の極みのような締まりのない顔は、アルト様。まぁ、深くは追求しませんけれど……。わたくしも、ただ揺られているよりは手綱でも握っていた方が、良い気分転換になりますの」
「あ、ああ……頼む。助かるよ……」
俺は重い頭を振りながら、なんとかそれだけを返した。
結局、隣で無防備にすやすやと眠り続けたシアのせいで理性の限界を攻め立てられ、一睡もできないまま朝を迎えてしまったのだ。生あくびを噛み殺しながら馬車の車内へ乗り込む。
そんな俺の深刻な体調不良を知る由もない車内では、俺とフィリア、そしてテラの三人が、旅の荷物と互いの膝を突き合わせるようにして座り、静かに馬車の揺れに身を任せていた。
ふと御者台の方を覗き込んでみると、シアがエルダのすぐ隣に、ちょこんとした様子で並んで座っているのが見えた。昨夜、不安で押し潰されそうになっていたエルダの様子を間近で見ていたシアだ。彼女を一人きりにして塞ぎ込ませたくないという、シアなりの不器用で優しい気遣いなのだろう。何を発するでもなく、ただそこに寄り添うように座っていた。
「アルト様ーー! 見てください、街道の景色、すっごく綺麗ですよーーっ!!」
シアが御者台から振り返り、満面の笑みで大きく手を振る。
「そうか! 落ちないように気をつけて座ってろよ!」
「はーい! それにしてもエルダさん、馬車の御者もすっごく上手なんです! パカパカって、お馬さんも嬉しそう!」
「ふん、当然ですわ。ルクレツィアの令嬢たるもの、馬の一頭や二頭、完璧に乗りこなせなくてどうしますの」
御者台から、時折エルダの鈴を転がしたような心地よい笑い声が聞こえてくる。
ただ何気ない他愛のない会話を交わしているだけなのだろうけれど、こういう時のシアの、周囲の空気を一瞬で明るく変えてしまう底抜けのポジティブさは、今の俺たちにとって本当に救いだった。
◇
少し開けた車内では、テラの様子を定期的に観察しつつ、自然な流れでフィリアと静かに言葉を交わしていた。
あの過酷な接ぎ木の手術から、それなりの日数が経っている。テラの肉体の奥深くで、移植した地龍の核が拒絶反応を起こさずにちゃんと馴染んでいるかどうか、俺は『作庭』の目を用いて、毎日定期的に確認することを自らに義務付けていた。
「どうだ、テラ。身体の奥で、何か嫌な違和感とか、変な熱っぽさはないか?」
「ないな。むしろ驚くほど調子がいい。座っているだけでも、大地の奥底を流れる脈動の声が、以前よりはっきりと耳に届く」
「それなら一安心だけど……。念のため、帝国に着くまではもうしばらく、毎日見せてもらうからな」
「フッ、過保護な庭師だな。好きにするがいい」
テラは軽く口元を綻ばせると、そのまま退屈そうに窓の外の流れる景色へと視線を戻した。
「……そういえばさ、フィリアって、どこの出身なんだ? 出会った時から古代魔法の才能は突出してたけど、そういえば詳しい生い立ちを聞いたことがなかったなと思って」
俺の唐突な問いかけに、フィリアはほんの一瞬だけ丸い目をパチクリと驚かせ、それから少し照れくさそうにふんわりと微笑んだ。
「……それが、正直に言うと、自分でもよく分かっていないんですよね」
「自分の出身が、よく分からない?」
「はい。私、物心ついた頃の幼い記憶が、本当にほとんど抜け落ちていて……。気づいた時には、深い森の奥にある小さくて静かな小屋にぽつんと住んでいて、自称・高名な大魔導師のお婆さんに育てられていたんです」
「自称、か。随分とファンキーな婆さんだな」
「ふふ、ご本人がいつも胸を張ってそう仰っていたので」
フィリアはくすくすと上品に声を立てて笑う。
「そのお婆さんが言うにはね、私はその森の中に『落ちていた』らしいんです」
「落ちていた……?」
「はい。激しい嵐の翌朝、赤ん坊だった私が、大樹の大きな根元に、まるで最初からそこに実っていたみたいに転がっていたって。……だから、本当の親の顔も、どこで生まれたのかも、私は何も知らないんです」
俺は、一瞬だけ言葉に詰まって黙り込んだ。
フィリアの使う古代魔法は、どれほど血の滲むような修練を重ねたところで、普通の人間が身につけられる代物ではない。彼女を拾い、育て上げたというその「自称・魔導師のお婆さん」は、一体何者だったのだろうか。
「じゃあ、最初に使っていた現代魔法は、そのお婆さんに仕込まれたのか?」
「はい。当時の私は本当に不器用で、何をやっても全然上達しなくて毎日のように泣いて悩んでいたんです。でもお婆さんはね、『いつかお前が、大切な仲間を見つけて、その人たちのために戦う時が必ず来るから』って言って、いろんな難しい魔法を教えてくれたんです。当時の私には意味も使い道も分からないような術まで叩き込まれました」
フィリアの視線が、どこか遠い過去を追うように優しく細められる。
「今になってようやく、こうしてアルト様たちの役に立てるようになって思うんです。……あの人は、最初から全部、知っていたんじゃないかなって」
テラはその話を、腕を組んだまま、静かに、一言も遮らずに聞いていた。
「……そうか。実はさ、俺もちょっと似たような感じだったんだよな」
「えっ、アルト様も……ですか?」
「ああ。俺、物心ついた時から王都の薄暗い孤児院にいたんだ。親の顔なんて当然知らないし、名前すら職員が適当につけたものさ。でもある日、そこの庭を手入れしにきてた、偏屈で口の悪い庭師のおっさんに『お前、筋がいいな』って無理やり引き取られてさ。それからは来る日も来る日も、朝から晩まで鋏の動かし方と、剪定と、植物の植え替えの技術だけを徹底的に教え込まれた。当時は、こんな地味な技術が一体何の役に立つんだよって、おっさんの背中を睨みながら文句ばかり言ってたんだけどな」
「それが、今のアルト様の……世界を手入れする、その奇跡の力に……」
「そう。何のためにあるのか、いつ使えるのかも分からないまま、それでも信じて『未来の武器』を渡してくれる大人が、俺のそばにも、運よく一人だけいたってだけの話さ」
しばらくの間、カタコトと規則正しく馬車が揺れる音だけが、心地よく車内に響き続けた。
沈黙を破るように、テラが「……なるほどな。お前たちには、運よくそういう大人がそばにいてくれたわけだ」と、短く、どこか羨ましむように呟いた。
「まあ、今思えばそういうことになるな。当時はクソ親父だと思ってたけど」
「フッ、悪くない話だ」
(第66話 終)