クビになった庭師の俺、スキル『剪定』が覚醒して行き倒れ少女を整えたら実は最強聖剣士だった!? 訳あり美少女たちを手入れして最強英雄パーティを作ります 作:らっぽん
帝国の巨大な石造りの城門をくぐろうとした、まさにその時だった。
「あ、アルト君! ああ、見つけた、いやぁ奇遇だね! 本当にちょうどよかった、神の恵みだ……!」
背後から響いた、酷く上擦った不快な声に俺の足が止まる。
振り返ると、そこに立っていたのは金糸の刺繍が施された絢爛なコートに身を包んだ、若い貴族の男だった。かつて俺の技術を「ただの雑用」と鼻で笑い、無能の烙印を押して追放した時の傲慢な面影はない。今は額にべっとりと脂汗を浮かべ、引き攣った愛想笑いを浮かべている。
俺を不当解雇し、農園の利権を守るために「アルトは無能」という虚偽の報告書を作らせた元凶――。
「……伯爵、ですか」
「おお、覚えていてくれたか! 実はね、君が去った後の我が大農園が、今とんでもないことになってしまってね……! どうかね、もう一度だけでいいから、前のように我が農園で働いてもらえないだろうか! 報酬ならいくらでも出す!」
伯爵は妙に腰を低くして揉み手を繰り返していた。なぜかと思えば、彼の濁った視線が、俺の斜め後ろに立つエルダの方へと怯えるように泳いでいる。なるほど。最高峰の権力を誇るルクレツィア公爵家の令嬢が俺と行動を共にしているという情報を掴んでいたのだろう。ここで俺に突っぱねられて公爵家に睨まれれば、一族ごと破滅しかねないというわけだ。
「アルト様、こんな奴の話なんて聞くだけ時間の無駄です。無視して行きましょう」
シアが露骨に嫌悪感を剥き出しにして俺の袖を引いた。
「ええ、同感ですわ。わたくしたちが、このような浅ましい男と関わり合いになる必要は微塵もありませんもの」
エルダも冷ややかに言い放ち、扇子で口元を隠して視線すら合わせようとしない。
「こういう、都合のいい時だけ縋り付いてくるような人に関わっても時間の無駄ですよ」
フィリアが困ったように眉をひそめて溜め息をつく。
「行くぞ、アルト。こんな羽虫を相手にしている暇はないはずだ」
テラが長い尻尾を苛立たしげに揺らし、歩き出そうとする。
仲間たちの正論を聞きながら、俺は少しの間、沈黙して考え込んだ。伯爵の背後、城壁の向こうに見える庭園の空気が、どうにも妙な「澱み」を放っているのが、庭師としての俺の目に留まっていた。
「……分かりました。伯爵、一度そのとんでもないことになった庭とやらを見せて下さい」
「えっ」
女の子たちの声が、綺麗に四人分、完全に重なって響いた。
「すまない、みんな。……少しだけ、俺の我が儘に付き合ってくれ」
◇
案内された伯爵邸の庭園は――一言で言って、目を覆いたくなるほどに酷い有様だった。
かつて俺が毎日手入れを施していた頃の美しき面影は微塵もない。植物たちが狂ったように四方八方へと伸び放題になっており、まるで呪われた魔の森のような状態だった。
強欲に伸びたツルが他の大樹の幹に幾重にも絡みついて締め殺そうとしており、異常に巨大化した低木が、隣の繊細な高山植物を完全に押しつぶして日光を遮っている。石畳の隙間からは見たこともない苔が這い出回り、もはや足の踏み場すら満足にない。
「……想像以上だな。ひどいもんだ」
俺は小さく、だが芯の冷えた声で呟いた。
「そうなんだよ! 君の代わりにと雇った庭師や錬金術師の若造どもが、誰一人としてこの植物たちの暴走を止められず、全員辞めてしまってね! 頼む、アルト君、君のその妙な技術で何とかしてくれ! とにかく、ここを元の綺麗な状態にしてくれさえすれば、私は文句を言わない!」
伯爵が喚き立てる。
「分かりました。約束します、ここを完全に綺麗にしましょう」
「お、おお! 本当か!?」
俺は伯爵の薄っぺらな歓喜の声を無視し、密林のようにはびこる草木を掻き分けながら、庭園の最奥、全体の中心部へと足を進めた。エルダたちも、一体アルトが何を始めるつもりなのかと、固唾を呑んで後ろから静かについてくる。
辿り着いた庭の中心。そこには、かつて俺がこの庭全体の魔力バランスを制御するために植えた一本の大きな聖樹の根元があった。俺はその場に静かに膝をつくと、腰のポーチから、白銀の輝きを放つ剪定鋏を引き抜いた。
「ここが……この歪んだ庭全体の、因果の根幹だ」
「アルト様、一体何を……?」
シアが不思議そうな目で俺の手元を見つめる。
「言っただろ。約束通り、この庭を『手入れ』して、綺麗にするんだよ」
――チョキン。
静寂に包まれた庭園に、鋏の小気味よい刃の音が響き渡った。
鋏を入れた、まさにその瞬間だった。庭園に起きた変化は、文字通り一瞬だった。
根幹である聖樹の枝が一本切り落とされた瞬間、そこから波紋が広がるようにして、庭全体にはびこっていた植物たちが一斉にその生命力を失い始めた。
天を遮るほどに伸びすぎていた邪悪な枝がみるみると萎びていき、大樹を締め殺さんとしていた頑丈なツルが、力なくボロボロと地に落ちていく。密林のようだった鬱蒼とした草木が次々と水分を失って茶色く変色し、まるで糸の切れた人形のように力なく倒れ、見る間にサラサラとした灰のように枯れ果てて崩れ去っていく。
数分もしないうちに、そこに残されたのは――。
四方八方、見渡す限りの広大な「土の地面」だけだった。
遮るもののなくなった空から、夕暮れの赤い光が、まっさらに拓かれた大地を虚しく照らし出している。
植物は一株たりとも残っていない。ただの広大な、何もない土の砂漠。
あまりの光景に、伯爵は完全に魂が抜けたような顔で硬直していた。
「あ、あ、ああ……ど、どういう……ことだ……。綺麗にする、と言ったじゃないか……我が大農園の資産が……すべて……」
「綺麗になっただろ? 邪魔な雑草も、絡み合った有害なツルも、一本残らず消えてなくなった。……約束通りだ」
俺が冷淡に言い放つと、伯爵の目は白目を剥き、言葉にならない絶叫を喉の奥で詰まらせながら、そのまま後ろへどさりと仰向けに倒れ込んだ。完全に気絶したのだ。
俺は剪定鋏をポーチへとしまい、伯爵の哀れな姿を見下ろすこともなく、静かに踵を返した。
◇
伯爵邸の門を飛び出し、大通りへと出たところで、ようやく我に返ったシアが慌てて俺の隣へと追いついてきた。
「あの、あの……アルト様! さ、さすがに今のはやり過ぎじゃないですか……!? 綺麗にするって言ったのに、本当に文字通り、根こそぎ全部枯れちゃいましたよ!?」
「いや、あれでいいんだ。あれは庭師の技術における『切り戻し』っていう手法さ」
「き、切り戻し……?」
シアがパチクリと目を丸くする。
「ああ。成長しすぎて自分たちの魔力の許容量を超え、歪んで絡み合ってしまった植物を、一度あえて根元近くまで大胆に切り詰めちゃう手法のことだ。見た目は一瞬で何もなくなるし、素人目には全部枯れて死んだように見えるけどな、大地の奥にある『根』は、俺がわざと傷つけずに生かしてある。あそこからもう一度、時間をかけて正しい手入れを施していけば、次の季節には根から新しい芽が吹いて、前よりもずっと健康で見事な状態で育ち直すんだよ」
「えっ……でも、本当に全部?」
「あのまま伯爵の言う通りに見かけだけを取り繕って、伸びた枝だけをチマチマ切るような手入れを続けていたら、遠からずあの歪んだ植物たちは互いに栄養と魔力を貪り合って全滅していたさ。一度すべてをリセットして、根から仕立て直してやる方が、あの庭の植物たちにとっては一番優しくて、唯一の生き残るための選択だったんだ」
シアは歩きながら、しばらくの間俺の言葉を咀嚼するように考え込んでいた。
そして、何かに得心がいったようにポンと手を打つと、嬉しそうに目を輝かせた。
「……なるほど! つまりアルト様は、あの意地悪な伯爵に仕返しをするために嫌がらせで枯らしたわけじゃなくて、本気で植物たちのことを考えて、助けてあげたんですね!」
「買い被るなよ。俺はただ、庭を綺麗にするっていう約束を、庭師として誠実に守っただけだ」
すると、横を歩いていたテラが、呆れたように低い声でクスクスと笑いを漏らした。
「フン、お前という男はどこまでも回りくどいな。言い訳をしてはいるが、要するに結果として、お前を裏切ったあの情けない伯爵の庭園を救ってやったということだろうが」
「違う。俺は庭を助けただけだ。あの伯爵のことなんて知ったこっちゃない」
「私から見れば、どちらも同じことだ」
エルダがやれやれと肩をすくめ、しかしその金と紫のオッドアイをどこか愛おしげに細めながら、楽しそうに微笑んだ。
「本当に、アルト様はどこまでも損な生き方をなさる、救いようのないお人好しですわね。少しは意地悪でやったと言ってくだされば、わたくしもスカッといたしましたのに」
「もう、アルト様はそういうところなんですよ!」
シアが弾んだ足取りで俺の前に回り込み、満面の笑みを咲かせる。
「でも! 私はアルト様のそういう、誰に何と言われようと植物を一番に大切にする、優しくてお人好しなところが……世界で一番、大好きですっ!!」
「わ、私も……アルト様のそういうところ、その、すごく尊敬、しています……」
フィリアがシアの後ろで、顔を真っ赤にしながら蚊の鳴くような声でこっそりと呟いた。
「……お前たち、うるさいぞ。さっさと歩け」
俺は急激に顔が熱くなるのを感じ、誤魔化すように大きな咳払いを一つ挟んで、足早に歩き出した。
「時間を取らせてすまなかったな、エルダ。行こう、お前が本当の真実と向き合うための場所へ。――ルクレツィア公爵邸へ」
エルダは一瞬だけ足を止め、まっすぐに前を見据えたまま、その美しい目元を静かに細めた。
「……ええ。参りましょう、わたくしの、因縁の始まりの場所へ」
(第68話 終)