クビになった庭師の俺、スキル『剪定』が覚醒して行き倒れ少女を整えたら実は最強聖剣士だった!? 訳あり美少女たちを手入れして最強英雄パーティを作ります   作:らっぽん

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# 第70話:月明かりの祖母と、黄金の真実

 

 個人庭園へと続く道は、公爵邸の豪華絢爛な長い東廊下を抜けた、さらにその先にひっそりと佇んでいた。

 エルダが迷いのない手つきで、古びた鉄の飾り扉を静かに押し開ける。

 

「……」

 

 その瞬間、俺は思わずその場に足を止めていた。

 ルクレツィア公爵邸という規格外の建物の規模からすれば、それはお世辞にも広いとは言えない、小ぶりな庭だった。だが――その空間に施された「手入れ」の精度は、まさに完璧の一言に尽きた。

 

 足元に雑草の類はただの一本も見当たらず、月光を浴びて白く浮かび上がる砂利の小径は、チリ一つなく美しく掃き清められている。優雅な曲線を描いて剪定された低木たちは、互いの領域を侵すことなく完璧な調和を保ち、夜の冷気の中で凛とした気品を放っていた。

 

「……よく、ここまで完璧に手入れされてるな」

 

 プロの庭師としての感嘆が、思わず口を突いて出た。俺の言葉の重みを誰よりも理解しているエルダが、嬉しそうに小さく頷く。

 その庭園の最も奥まった場所、月明かりが一番美しく降り注ぐ特等席に、一人の人物が静かに佇んでいた。

 

 石造りの小さなベンチに深く腰かけ、じっと夜空の星々を見上げている。纏っているのは、装飾のない純白のシンプルなドレス。豊かだったであろう髪はすっかり綺麗な白髪となり、深く刻まれた深い皺が、彼女が重ねてきた気の遠くなるような時間を物語っていた。

 

「お祖母様……っ!」

 

 エルダの声が、夜の静寂に優しく、しかし確かな震えを伴って響き渡った。

 その老婦人が、時間をかけるようにしてゆっくりとこちらへと振り返る。

 月明かりが、彼女の穏やかな顔立ちを真正面から照らし出した。

 

 その双眸は――言葉を失うほどの、鮮烈な「黄金色」だった。

 

 エルダの右目と同じ。だが、決定的な違いがあった。彼女の目は、両目ともが淀みのない、純粋な金色だったのだ。

 

「久しぶりね、エルダ。息災だったかしら」

 

 鈴の音を思わせる、ひどく穏やかで、慈愛に満ちた声音だった。皺の刻まれた老いた顔に、温かい祖母の微笑みが浮かび上がる。

 

「あなたのその瞳……どうやら調和が済んだようね。……とてもよく似合っているわよ、我が愛しい孫娘」

 

 そう言って、オリビアの静かな視線が、隣に立つ俺へと移った。

 すべてを見透かすような目だった。そこに威圧感や敵意は微塵もない。なのに、この人の前で小細工や嘘をついても一切の無意味に終わるのだと、俺の本能が警鐘を鳴らしていた。

 

「……はじめまして、お初にお目にかかります。アルト・バトラーといいます。エルダの……その、荒れ果てていた魔力の根を、手入れさせていただいた庭師です」

 

「『手入れ』……」

 

 オリビアが、その奇妙な響きを慈しむように口の中で繰り返した。そして少しだけ目を細め、楽しそうに笑った。

 

「良い言葉ね。ねぇ、庭師さん。突然で悪いけれど、一つだけ私のお願いを聞いてくれないかしら」

 

「何でしょう」

 

「あなたの腰にある、その……美しいハサミを、少しだけ私に見せて頂戴」

 

 俺は不意の要求に少し驚いたが、彼女の持つ独特の空気に気圧され、腰のポーチから白銀の剪定鋏を取り出し、オリビアの手元へと手渡した。

 

 オリビアは、まるで壊れやすい宝物でも扱うかのように、そのハサミをそっと両手で受け取り、細い指先で銀の刃に優しく触れた。

 その動きが、ある一点でピタリと止まる。

 彼女の黄金の瞳に、深い郷愁と、遠い過去を懐かしむような切ない色が混ざり合っていく。

 

「……そう。あなたのところに渡ったのね。因果の巡りというのは、本当に不思議なものだわ」

 

 オリビアは小さく誰にも聞こえないほどの声で呟くと、愛おしげにハサミを撫でてから、俺へと真っ直ぐに返してきた。

 

「大事にしなさいね、庭師さん。それは世界を、運命を、新しく仕立て直すためのハサミよ」

 

「……はい。命に代えても」

 

「さて、エルダ」

 

 オリビアが再び、最愛の孫娘へと視線を向けた。

 エルダは無言で一歩前に進み出ると、旅の鞄の中から、あの大図書館で見つけた一冊の古い絵本を取り出し、祖母の前へと差し出した。

 

「お祖母様。こちらを…」

 

 オリビアは絵本の表紙に目を落とした。そして静かに目を閉じ、少しの間、夜風の音だけが庭園を通り過ぎていく。

 

「聡明なあなたなら、もう答えは出ているんじゃないかしら?」

 

「……はい」

 

 エルダの声が、わずかに揺れた。

 

「だから、自分の目で確かめ、あなたの口から真実を聞きに来ました」

 

 エルダは逃げることなく、オリビアの金色の双眸を真っ直ぐに見据えた。

 

「お祖母様……あなたは、私たちが追っている、あの『天使』と呼ばれる存在なのですか」

 

 完全な静寂が、庭園を支配した。

 木の葉が擦れ合う音が、妙に大きく耳に届く。

 

「あなたならいつか、自力でこの真実までたどり着いてくれると、ずっと信じていたわ」

 

 オリビアが、哀しげに、だがどこか満足そうに微笑んだ。

 

「では……やはり」

 

「ええ、私の本当の名は、ソフィエル。……今から五十年前、天界を離れて地上へ来た天使よ」

 

 エルダが細い息を呑む。俺も、後ろに控えるシアたちも、あまりの事実の重さに言葉を失うしかなかった。

 

「天界を離れ、地上で彷徨い、行き倒れていた私を偶然見つけて救ってくれたのが、ルクレツィアの先代公爵……あなたの、おじい様だった。彼は異形である私を愛し、匿い、守るために、このルクレツィア家の持つ絶対的な権力を使って、歴史から天使に関する記録をすべて消し去ったの。天界の連中が地上に干渉しづらくするため、そして私という存在を隠すためにね」

 

「だから、大図書館の専門書には、不自然なほど何一つ残っていなかったのですね……」

 

 フィリアが、納得がいったようにぽつりと呟いた。

 

「ええ。でも先代が逝った後、私は恐ろしくなったの。歴史から完全に天使の存在が消えてしまえば、いずれ地上へ攻め込んできた時、人類は抗う術もなく滅ぼされてしまう。だから私は、童話の体裁を模して、この『絵本』をこの世に残した。いつか、天使に対抗しようとするものが、この真実に気づき、私の元へたどり着けるようにと願いを込めて」

 

 オリビアは絵本の表紙を優しく愛おしそうに撫でた。

 

「……とても長い時間がかかったけれど。よく来てくれたわね、エルダ」

 

 しばらくの間、誰も声を発することができなかった。

 俺は大きく深呼吸をして思考を整え、最も重要な問いを投げかけるために口を開いた。

 

「聞きたいことは、それこそ山ほどあります。……でも、まずは一つだけ、教えてください」

 

「ええ、どうぞ。庭師さん」

 

「あなたは……俺たち人類の、敵なのか?」

 

 オリビアが、俺を真っ直ぐに見つめ返した。その金色の双眸には、あのティラエルが浮かべていたような、地上を見下す傲慢さなんて微塵も存在しなかった。あるのは、どこまでも深い、人間への慈愛だけだ。

 

「私()()は、決してあなた方の敵ではないわ。むしろ――」

 

 ――ズウゥゥゥゥンッッ!!!

 

 天の境界すらも引き裂くような、凄まじい衝撃波と、これまでに聞いたこともないような不気味な大爆音が、帝国の夜空全体に響き渡った。

 

「な、何事ですかっ!? 地震……!?」

 

 シアが咄嗟に身を屈め、俺の腕に飛びついてくる。

 全員が庭園の外、遮るもののない王都の空へと視線を向けた。遥か彼方、帝国の中心部にあたる方角の夜空が、不気味なほど真っ赤な炎の色に染まり始めていた。

 

「フィリア! 魔法で外の様子を確認してくれ!」

 

「は、はい!!」

 

 フィリアが即座に恐怖を振り払い、愛用の魔導杖を夜空へと掲げた。

 

「我が視界と交われ――純白の大鷲《プラヴィナ・イーグル》!!」

 

 杖の先端から放たれた目映い光が、一羽の巨大な光の大鷲へと姿を変え、もの凄い速度で夜空の遥か高みへと舞い上がっていく。鷲の持つ視界がフィリアの脳内へとリアルタイムで同期されていく。

 

 だが、大空からの光景を見た瞬間、フィリアの表情が、みるみると恐怖で凍りついていった。杖を握る手が、ガタガタと激しく震え始める。

 

「フィリア! 一体何が見えたんだ!」

 

 俺の鋭い声に、フィリアがゆっくりと振り返った。月明かりの下でも一目でわかるほど、彼女の顔からは完全に血の気が引いていた。

 

「アルト様……」

 

 喉の奥から、今にも泣き出しそうな、絞り出すような声が漏れる。

 

「天使が…!帝国が……燃えています……っ!!」

 

(第70話 終)

 

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