──私、酒寄彩葉の朝は早い。
夏期講習の為の早起きでもあるけど、それ以上に私の一日の機嫌を決定する一大イベントが早朝に行われるのだ。
行われると言うか自分で行う訳なんだけど……
それが──私が世界で一番愛してやまない男──小日向トワとの愛の口付け──所謂『おはようのキス』とやらだ。
合鍵という最強の手札を貰った私からすれば最早彼の方からやってくれと言っているようなものではないかと思う。否、そう言っているに違いない。
合鍵を貰ってからは毎日彼よりも早く起床して匂いや感触を堪能させてもらっている。普通、男性から女性に対して合鍵を渡す行為なんて有り得ないが、それでもトワは私に合鍵を渡した──もう言わなくても分かるでしょ? そういうことだよ。
トワが健康体質の為私がキスしても起きないのは癪だが、いつの日か面と向かって愛を囁き合いながら甘い口付けをすることを夢見て今日も私は彼にアピールし続ける。
だけど──最近になって私とトワとの間に厄介な奴が紛れ込んできた。
「うへぇ……トワぁ……」
「……」
それが此奴──かぐや。月から来たとか何だとか抜かす生後間もないのに言葉も覚えるとか言う意味が分からない存在だ。
かぐやが来てから生活は一変した。トワと二人っきりでご飯を食べることも添い寝することも叶わず、そしてライバーなんかに付き合わされる始末……合鍵を引き合いに出されたら断れるものも断れないけど、トワが何処の馬の骨かも分からないような女共に愛嬌を振り撒くのは釈然としない。
トワの最も良いところがそこだから否定ができないのが辛い……私だってトワの温かさに触れて本気で好きになったんだ。視聴者のような声や愛嬌とかの表面上だけをみて好きになった奴らとは違うのだ。
大体、トワもトワだよ。私というものがありながら誰にでも優しくして老若男女問わず好かれてさ……恋愛的な意味で好いている人の割合の方が多いんじゃないかと常日頃から思っている。
だって現にかぐやも最近になって妙な感情や表情を覗かせるようになったし──私の友人にだってトワを好いている人もいるのだから。
彼女とは一度腹を割って話してみたいがいかんせん好感度が高い友達だから中々言い出そうにも言い出せない。
はぁ、ほんっとこの男は……ああ……好き。
もうその一言だけで私からトワへの愛が伝わるでしょ。星の数以上に愛の言葉を囁いたと思っている……それくらい、好きで好きでたまらないんだ。
これは単なる性的な目的じゃない……私は、本気でトワと結ばれたいんだ。そりゃエッチなこともする予定だけど……
普段から強引にアピールし続けているのにトワは未だに振り向かない……かぐやという存在が紛れ込んで来てよりそれが顕著になった。
それなのに毎朝毎朝病みつきになるようなフェロモンを漂わせて食べたくなるような笑顔を見せて……最早誘っているとしか思えない。
もうそろそろ我慢の限界だけど──私には、初体験の際はこうしたいという願望がある。
それは──トワの合意をもらった上で襲うこと。
勿論逆転なんてさせない。だけどトワからのOKサインをもらった上で私は行為に及びたい。無理やりトワを奪うんじゃなくて、本気でトワから愛してもらって繋がりたい。
トワから愛されたい。好きって言って欲しい。優しく抱きしめてキスして欲しい。されるがままになって欲しい。他の誰にも愛情を注がないで欲しい。
だけど──トワを渦巻く恋愛事情は複雑だ。
トワ本人は鈍感だから気付いてないと思うけど、私の友達──芦花だってトワのことが好きだし、かぐやもきっとすぐにトワを好きになる。貞操なんて言葉を意味の理解不理解関係なく知った以上、愛という感情が芽生えるのにはそう時間はかからない筈。
私は芦花は最高の友達だと思っている……だけど、トワを独り占めしたい。誰にも渡したくないという気持ちが強いんだ。でも友達だから強気にも言えないし、好きになるのだって仕方がないとも思えてしまう。それに上京してからの初めての友達なんだから……良くしてもらっているんだから、やめてなんて言えないよ。
かぐやだってトワのことを段々と理解し始めて強力なライバルになりかけている……もう、我慢の限界がすぐそこまで来ちゃってる。
だけど今のままでトワから合意を貰えるかは分からない……でも、もう我慢ができない。
キスなんてし始めたら余計に限界だ。もうやめられないしやめたくもない。最早一種の病的な存在だとも言える。
ねぇ、トワ……トワは私が好きなの?
出会ってからずっと、私はあなたのことが好きなんだよ。
だから……一回でもいい。それっきりでもいいから──振り向いてよ。愛してるって抱きしめてキスしてよ。じゃないと私……もう抑えられないよ……?
そんな叶うかどうかも分からない願いを心の中で唱えた後、私はトワの唇をゆっくりと奪う。
──今日も私は、トワを振り向かせる為に生きていく。
***
夏期講習を終えて帰宅して開口一番にかぐやから発せられたのは、『二人で配信しよ?』というお願いだった。
余りにも唐突過ぎてついていけなかったけど何をするのかと問いただしたところ──『トワについてぶっちゃけ合う』というものだったので即了承した。丁度いい機会だよね。私がどれだけトワのことが好きで知らない人達には入る余地もないということを教えるっていう。
ちなみにトワは今男子友達と遊びに出かけている……まぁ、こればっかりは仕方がない。男子にとって男子との関係は必要不可欠でなければ女性に食い物にされる為重要なものなのだ。それくらい私でも分かるし、一々口を突っ込むつもりはない。
どうせトワとは毎日会うのは確定してるしね。
そんでもって、トワについて……か。これもかぐやがトワのことをどれだけ理解してるか把握する為にも必要なことだよね。
そして私がどれだけトワのことを理解しているかマウントを取ってやるんだ。
「じゃーつけるよ!」
「はいはい」
配信タイトルは『ぶっちゃけトワってなんなの!?』という視聴者からしたら真っ先に食いつきそうなものでかぐやも中々配信者として板について来たなと思う。
配信じゃ毎回毎回トワへの求婚コメントが絶えず消すのが面倒くさい。だから今日はそういう人たちにも分からせてやる。私の愛を。
そしてかぐやが配信開始ボタンを押すと、すぐさまライブチャット欄が沢山のコメントで溢れ始める。
もう今回はぶっちゃけ配信だからコメントの消去は面倒だからやめておく。どうせプライベートを話すならキモいコメントだらけになるだろうし。
……私も何を話すのか知らないけど、暴露系みたいになるのならやめるよ当然。質問に答える程度なら許容するけど。
「えっとね、今日はトワについての質問がめっっちゃ来てるから〜、それに答える感じかな! すごいんだよ数が!」
「え、そんなに来てるの?」
「まとめてみたから見てみて!」
「そんなに……──うわ」
質問コーナーということで少し安心したが、かぐやが纏めた質問の数々を見てみると思わず若干の嫌悪が混じった驚愕の声が漏れる。
なんじゃこの数は……時折変な質問もあるけど殆どは意外とまとも。かぐや、割とそういうプライバシーな部分はきっちりしてるんだ……意外。
トワがこれ程人気なのは嬉しいような腹が立つような……中には男というだけで好意を寄せる輩もいる筈だし、一概に嬉しいとは言い難い。
質問の中にはちょくちょく私も気になる質問がある──この際、かぐやの本音も聞いておきたい。今後の為にも……
「そんじゃーさっそく答えていくよー! えっと──『TOWAのことどれくらい好きですか?』「愛してます」のわぁっ割り込んで来た! か、かぐやだってトワのこと愛してるもん!」
「どれくらい?」
「ど、どれくらいっていうのは?」
「抱きしめて欲しいとかキスして欲しいとか離したくないとか縛りたいとかそういうのでしょ? 私は一週間はトワへの愛を語れるけど」
「おおう……か、かぐやだっていっぱい話せるもん!」
「ふ〜ん……」
「あっ認めてないな〜! じゃあトワのいいとこ100個言い合おうよ!」
「ふっ……その程度で私が負けるとでも?」
「な、なにを〜っ!」
トワのいいところ百個? たかたが百個でこの私にマウントを取ろうなんざ一億光年速いんだよ。
私は毎日トワのいいところを見つけているんだ。常日頃からの小さな所作でも、言動でも行動でも……トワに悪いところなんて存在しない。強いて言えば鈍感なところぐらいかな。
いいところを一つ見つけると連鎖的に更に細かないいところが見つかるのもトワのいいところ。私は本気でトワを世界で一番愛している自信がある。こんなところで負けていたら将来の妻なんて名乗れないよね。
例えトワがどう思っていようが必ず私を好きにさせる。そして必ず私はトワの隣に居続けるんだ──まずはその第一歩として世界の民に愛を思い知らせてやるんだ。
「じゃあかぐやから! かっこいいところ!」
「紳士的」
「え、あ、意外とかわいいところ!」
「ご飯を美味しそうに食べてちょっと声を漏らすところ」
「ねぇそれいいところって言っていいの!?」
「人それぞれでしょ? いいところなんて」
「む〜……なーんか納得いかない〜……」
──そう。人のいいところなんて十人十色。自分が好きだと思ったところは善し悪し関係なくその人のいいところとして存在するのだ。
だって他の人がそう思わなくとも自分がそう思っているのだから。そもそも客観的ないいところだけじゃトワの良さは語れない。
それだけでは表面上のトワしか語れないからね。小日向トワという人間は関係性が深ければまだ深い程味が濃厚になり感情のバリエーションも増える。そういうところもトワのいいところ──だってご飯食べてる時のあの顔ヤバくない?? もちもちなほっぺを持ち上げて『んまぁ〜っ』って声漏らすのはなんなの?? 誘ってんの?? もうウェルカムでいいの??
あぁ〜やっぱり好き。好きすぎて私がどうにかなっちゃいそう。
「優しいところ!」
「ふ〜ん? それだけ?」
はぁ……思わず溜め息が出るくらい何一つ分かっていない。トワのことを。
口を揃えて皆トワは優しいというけど、それは結局自分にとって都合のいい存在としか見ていないだけ。
本当にトワのことを優しいと思うのなら、優しくされた後の付き合い方で判断しろって話でさ。
それになに? 学校でよく言われてる『頼めば何でもしてくれる』って。バカにしてんの?
ふざけないでよ。トワはあんた達の都合のいい道具じゃない。例えトワが許したとしても私は許さない。
頼めば何でもしてくれる?
分け隔てない態度で接してくれる?
馬鹿馬鹿しい。そんなの何一つとしてトワのことを理解していないって言っているようなもの。
頼み事を解決してくれたからあわよくばお近づきになりたいという魂胆が見え見えなんだってば。男子の中にはそんな人はいないのは知ってる……だからこそ余計に腹が立つ。
そんなものトワの良心を利用して結局は自分の為だけになることをしたいという欲望と同義だ。
違う。トワは分け隔てない態度で接するんじゃない。トワは──
「えっとね、優しいけど──かぐやをかぐやとして見てくれるっていうか……かぐやはかぐやって思ってくれてるところ!」
「──!」
***
『やっぱり彩葉のことは──心配ですから』
***
──そう。トワは分け隔てない態度で接するんじゃなくて、一人の人間として接してくれるんだ。
分け隔てない態度で接してしまえば、もしかしたらひょんなことで嫌がる人が出てしまうかもしれない。全員が全員同じ人間性を持っている訳ではない。だからこそ一人一人に合った接した方で話す──これをトワは無意識のうちに行なっている。
だけど勘違いしてはいけないのは、軽口を叩ける人がトワの横にいるからってトワにとってその人が特別って訳ではないこと。
例えば真実にトワはかなり辛口だけど、彼氏は他にいるし、トワ自身は真実のことを特別視しちゃしない。真実はマイペースな性格でおふざけも好きなタイプ。友達の私が言うのだから間違いはない。トワはそんな真実の性格を的確に判断して辛口で話し、真実もそれを受け入れている。多分真実に関しては他の要因もあると思うけど……そういう関係性が成り立っているのはひとえにトワからの相手への印象と相手の受け取り方が合致しているからだ。
少しでも軽口を叩かれるのが怖い人には至極真っ当で優しい態度で接するし、無理に距離を縮めない。もしその中でその人が成長して軽口を受け止められるようになったならば徐々に軽口を叩き合う中に更新していく──私のように。
ただ甘やかすのではなく、一人の人間として、弱さも意思や尊厳も全てを尊重してくれる。対等に向き合ってくれるというのがトワの一番のいいところ。
トワは恐らく今までお互いに名乗り合って関わって来た人たちの名前は全部覚えている……幼稚園でも小学校でも、どんなに関係性が薄くとも。
これを無意識下で行うのがトワの憎いところ──多分というか絶対、本人にそんな自覚はないと思うけどね。でもそういうところが──好き。
へぇ……なんだ。意外と分かってんじゃん。単にトワの優しさに甘んじていた訳ではないってことね。そこは評価してあげるか。
こんな短期間でそこまで理解できるならまずまずって感じかな。芦花と真実だって理解してるからね。私には到底及ばないけど……逆に言えばトワのことを理解してない奴らが多すぎるんだ。ほんっとに腹が立つ……
「ま、及第点かな」
「なにがぁ!?」
「認めてあげるって言ってんの」
「え、え?」
「……少しはね」
「い、いろPが──いろPがデレた!」
「勘違いしないでよ? トワを一番愛してるのは私だから」
「な、なにおう! じゃあもっとトワのいいところ言うもん!」
「やってみなよ。倍返しにしてあげるから」
初めてかもしれない──かぐやと話していてこんなに楽しいって思ったのは。
***
「……これは素直に喜んだ方がいいのかね……」
「お前満更でもない顔してるの分かってんのか?」
「えっマジ?」
「……小日向も小日向で悪いとこあると思うわ」
「今更じゃないか?」
「酷い」
「小日向さぁ……ライバーやるのはいいけど気をつけろよ? 特定とかされないようにな」
「コメント欄見てると酒寄がマトモに見えてくる不思議……あのかぐやって子もだけど……」
「いやいや、かぐやは純粋だぞ?」
「純粋なのか……? ちょっと怪しいとこあると思うけど」
「またまたご冗談を。かぐやは至って純粋無垢なのだよ」
(コイツほんとに大丈夫なのか??)
(配信見てるけど結構怪しくない?)
(ほんとに色々気をつけて欲しいわ……)
(今度美味いご飯奢ってやろう……)
「──ん? ……あ」
「どうした?」
「彩葉からのメッセージ見てなかった……」
「「「「……」」」」
「なんか言って」
次回は水着選び回です。