水着選び回です。
──世の中に、『逃げるが勝ち』って言葉があるよね。
むやみに争ったり不利な状況で耐え続けたりするよりも、その場から身を引いて自分を守る方が、結果的に得策であり賢い選択であるという意味のことわざ……俺も好き好んでよく実行に移すんだけど、この言葉を作った人に一つ言いたいことがあるんだ。
逃げるという選択肢を取ることが不可能な場合はどうすりゃいいんですかね。
助けてほんとに。今俺割と凄いピンチというか絶体絶命というかさ、確実に数十分後に色々危ない状況なんですよ。逃げるのが不可能な場合にその言葉は適用されるんですか? ねぇ。
──そう、俺は今未曾有の危機に陥っている。その危機とは──
──彩葉とかぐやの水着選びに付き合わされていることだ。
かぐやはまだいいんだ。試着室で色々しようとかいう思考にまずなることがないから。問題なのは前者の超人さんなんですわ。
試着室っていう閉じ込められたらその時点でゲームオーバーという難易度鬼ハードのフィールドが存在しているからね。
試着室での水着着用は基本的に全裸ではなく下着や薄い肌着を着用した上での利用が基本的──だから何って話でもあるんだけどね。
下着だか肌着だか、そんなの関係ない。彩葉と狭い場所に二人っきりで閉じ込められるということが問題なんだ。
そうなれば今すぐにでも逃げ出したいという俺の気持ちが嫌と言う程理解できるだろう……何をされるか分かったもんじゃない。
さて、まずは──この彩葉に首を根っこを掴まれて引きずられている状況を打破する方法から考えよう。
まずは説得──見てみろ彩葉。街行く人々が君のことをとんでもない目で見ているぞ。最早通報されそうな勢いまであるぞ。
……なんて言ったところで意に介さないのは目に見えているし、持ち前の突破力で窮地を切り抜けるのは得意なのでこれはなし。
それなら物理的に脱出──は不可能。彩葉と俺の能力値は段違いだ……自分の貧弱さをここまで恨んだことはない。
ならばかぐやに頼んで逃げるか──まぁ、一番無理な気がする。かぐやも付いてくることに若干不服そうだったのだからそんな相手から何を言われようがノーダメージに決まっている。
ふむ、これはガチでヤバいな……もっと速く思考のプロセスを書き換えるんだ俺の脳よ。生半可な思考じゃ超人相手には通用しないぞ。
……とは言ってみるものの、解決策が思い浮かばない。
頼みの綱のかぐやも水着選びに対して乗り気だし、これは終わったかもな。
到着して一人で逃げようにも、仮に一人で女性用水着エリアに男子がポツンといたとしよう。そうなれば未知の女性からのナンパは避けられない。そうなるならば最早彩葉の方がいい。知らない強引な女性なんて嫌いなタイプだからね。
さーて、それならせめて試着室に引き込まれないように体幹を今の内に鍛えておくとするか……もう焦りすぎて自分で何言ってるのか分かんないや。
彩葉相手だと普段から動揺しない俺の脳もオーバーヒートを引き起こして使い物にならなくなるんだよね。困った困った。
「ついたーっ! み・ず・ぎ!」
「あらま……」
そうこう考えていたら、目的地のファッション店に到着してしまったようだ。夏場だからもう水着が店舗の手前っ側に置いてあるな……一応男性水着もあるけど、俺は自前の水着で行こう。彩葉に選ばせたらどんなものになるか想像もしたくない。
そんな水着選びに乗り気な二人と消極的な俺という対照的な関係性が成り立ってしまっている状況に、とある人物が声をかけてきた。それが──
「あれ、彩葉じゃん。彩葉も水着買いにきたの?」
「あっ、真実。奇遇〜。真実も選んでもらうの?」
「そうそう〜。明日皆で海行くじゃん? やっぱり気合い入れないとだからね〜」
「分かる」
配信のコメント欄や彼氏から『性欲お化け』の異名をつけられている──諌山真実だった。
そしてそんな彼女に俺と同じく首根っこを掴まれているのは『究極の苦労人』の異名を持つ彼氏……だけど、えらく静かというか……珍しいな。普段から最早ここまで諦めの姿勢を取るようになってしまったのか諌山彼氏よ。
「……」
……ん? 寝てる……?
あっこれ違う眠らされてる!!
やることやってんな諌山さんや。もう彩葉よりも恐ろしいことしてるよこの人……どんだけ抵抗したんだ彼氏……滅茶苦茶争った跡があるんだけど。それ以外にも噛み跡が彼氏の身体についてるのが視界に入ってしまうがこれは見なかったことにしよう。
あとよく見たら諌山も若干息切れしてるし……彼氏も俺と同じで貧弱だったんだそう言えば。今度一緒に筋トレでもしような。
俺の方にはかぐやという最終防衛線がいるのに対して向こうは完全にマンツーマンの状況……俺って凄く人に恵まれていたんだと実感してしまう。
多分明日の海も彼氏連れて来られるだろうな……水着選びにまできてんだから。
海でどう行動するか今の内に考えておこう……その方がお互いの身の為になる。
「いや〜中々落とすのに時間かかってさ〜」
「お、落と……なに??」
「なんでもないよっ。そんじゃあ、私は
「うん、バイバイ」
「バイバ〜イ!」
グッバイ彼氏……骨は拾ってやるよ……海の家でとびきり美味しいもの奢ってやるからまた愚痴聞かせてくれよ……
て言うか今落とすって言ったな。考え得る限り最悪のやられ方してんじゃないか彼氏ィ……諌山が化け物なのか彼氏が貧弱すぎるのか。
「さて、私たちも行くよ」
「う〜い……」
***
「選んで」
「それが目的でしょうが」
「私はトワ色に染まりたいの」
「言い方言い方〜。シャレにならないからその光のない目やめて」
満を持して到着した女性用水着コーナー。煌びやかで派手派手なものから地味だが清楚な雰囲気を漂わせるものまで幅広く揃っている。
別に俺にファッションセンスなんてない。だから来るのも若干躊躇ったんだ……変なもの選んでそれ着用されたら困るしさ。
着るならちゃんとしたもの着て欲しいし……なーんでこうなるかね。こんな価値観でも男女のセンスは当然違うからさ〜。
「じゃあとりあえずあんたが気に入ったもの取ってよ。私もついていくからさ」
「かぐやのは〜?」
「あんたは後。私が先」
「むー……」
「自分でも見てきたら? 俺も気に入るかもしれないし」
「そっか〜……じゃあ選んでくるね!」
かぐやに合いそうなものも今の内に考えておくか……まぁとりあえずは彩葉に合いそうなもの探しからだな。
んで目的の彩葉に合いそうな水着だけど……うーむ。こんな山程ジャンルもカラーもあるとなれば最高の一品を見つけるのは中々に至難の業ではないのか。
彩葉のイメージ的にはあまり派手過ぎるものは似合わない気もするし……とりあえずはそこから除外していくか。一応言っておくけど彩葉のイメージってのは欲望マシマシの状態を除外してのイメージだからね。そんな過激過ぎるイメージだったら滅茶苦茶露出が多くなるわ。
花柄とか妙は柄物はまず除外。これはかぐや……にも派手過ぎる気がするわ。こういうのは海外の人とかよっぽと自分に自信がある人じゃないと似合わないような気がするんだよな。学生の彩葉にこれはナシだろ……
とりあえずは無地の水着を念頭に置いて考えていくが……そうなれば次に問題になるのは色だ。
さっきも言ったが煌びやか過ぎても彩葉のイメージには合わないし……かと言って地味過ぎるのも違う。
見た感じだとパステルカラー辺りが似合いそうか……? 髪の色に合わせるってのもアリだけど、実際どうなんだ?
どんな水着があるか調べようとしたら絶対『他の女の水着姿なんて見させない』とか言われるだろうな……彩葉としては俺の直感が望みという訳だ。
これは……あっ違うこれマイクロビキニってやつだ。ミスった。こんなの着られたら俺が近い未来困ることになる。やめやめ……
露出問題だけど、多過ぎてもアレだしな……そんなガチで泳ぐ訳でもないから少なめでいいと俺は思う。
最近の海は砂浜だけでも十分に楽しめるし、ガチ泳ぎして翌日以降に疲労を溜めるような彩葉ではないからね。
それと……何だろうな。なんでかあんまり露出して欲しくないと思ってしまうんだ。自分でも分からないんだけど……どうしてか、そう思ってしまう。
(……なんだかんだ言ってちゃんと選んでくれるんだから……ほんっとこの男は……ああもう……好き!!)
なんか今聞こえたような……気のせいか。
にしてもよく分からんなファッションってのは……名称が多過ぎてこんがらがってくるよ。
──おっ、これよさそうじゃないか?
お、オフ……オフショルダー? ってやつ?フレア……ってやつ? 分からんけど……露出もそこそこで意外と保温もしてくれそうな形状だから水着としては最適解なのではないか。
直感としてこれがいいとビビッと来た。早いところこれにして退却させてもらうとしようか。
他にも色々種類はあるんだけど……さっき似合いそうだと言ったパステルカラーだし、これでいいと思うんだけどな〜……
そう思いつつ彩葉の元に水着片手に行くと──
「これにする」
「早いて」
「トワはこれが私に一番似合うって思ったんでしょ?」
「そうなんだけどさ、もう少し悩んでもいいんじゃないの??」
「は? 例えどんなものでもトワが似合うっていうならそれは一番似合うから」
「『は?』はこっちのセリフなんだけど」
この人本当に成績優秀者なんだよな? 言ってることが暴論過ぎて意味不明だぞ。名言っぽく言っても支離滅裂なのには変わりない。
それ程までに好感度が高いことは果たして喜ぶべきことなのか……
そんなことを脳内でゆっくりと考えていたら、いつの間にか目の前から彩葉の姿がなくなっていた。
どこに……あ、試着室か。すぐ横に試着室あったんだった。
珍しいな何も言わずに……てっきり引き摺り込まれるものかと考えていたけど、流石に公共の場じゃ彩葉も欲は抑えてくれるみたいだ。よかったよかった……んじゃとりあえず試着が終わるまで待つとするか。
「だ、誰か……! た、助け──ぐえっ……」
「ほらほらあんまり暴れないの〜」
……何だ今の声は。
いや凄く聞き覚えのある男友達の声がしたんだけど……うん。聞かなかったことにしようか。声がした方向に一瞬だけ視線を向けたけど別の試着室のカーテンが暴れまくっていたのはきっと気のせいだ。うん。
その後に聞こえた先日一緒にKASSENをプレイしたグルメ系インフルエンサーの声も俺は聞いていない。軽くホラーだわあんなの。
中で一体何が起こっているのかは想像に難くない……考えるのもやめておいた方が良さげかな。これは。
すまん彼氏よ……ほんと明日何もかも俺が奢ってやるから今は我慢してくれ。助け出そうにも俺も下手に動けないんだ。
そんな出会ってはいるのに実際に出会っていない彼氏へと謝罪の念を心の中で述べながらどうしようかと待ち侘びていたら──
──目の前の試着室から色白い手がヌルリと姿を現し、俺の襟首を掴む。
「ちょっ──ぐえっ……」
そして抵抗する暇も与えてもらえず、俺はそのままその色白い手によって試着室へと引き摺り込まれてしまうのであった。結局俺も
「……」
「……」
そしてラスボスがいる部屋こと試着室内──そこには、若干服をはだけさせて今から脱ぎますよと言っているような格好となった彩葉が待ち構えていた。
俺は今から何を見せられるんだ。もう答えなんて分かってるけどさ、ここから運命が捻じ曲がってなかったことになるとかないかな? あ、ない感じ? じゃあ終わりかな。
「……ちゃんと見ててよ」
「嫌って言ったらどうなるか分かったりする?」
「ここで襲うけど」
「さいですか……」
「途中で出ることも許さないから。最後まで見ててよ」
「はい……」
そして会話が一旦途切れると彩葉は上の服を脱ぎ出す──うん。やっぱり俺は今から幼馴染の生着替えを目の前で見なければならないらしい。
逃げるという選択肢も潰されてしまい、最早焦りを通り越して凪いでいる俺の脳は考えることを放棄したようだ。
そうだな。うん。ここで変に焦ってしまえば彩葉の餌食になる。何も考えず、クリアな思考で生着替えを見ることにしよう。もう自分で言ってて怖いよほんと。
そうこうしていたらもう彩葉は上を脱ぎ終わっており、完全に胸を覆うあの下着が露わになっていた。というかいつも抱きつかれて寝ているんだからこの程度じゃ動揺はしない。
そして次は下の服へと突入──と思ったら今度は豪快に、そして一気に脱ぎ捨てて強制的に座らされている俺の目の前に彩葉の股間が鎮座していた。
俺はどんな目でこれを見届けたらいいんだ彩葉よ。見て何になるんだほんとに。
「……どう?」
「どうと言われましても……」
「……綺麗?」
「まぁ……うん」
「……立って」
「え」
「立って」
「ああうん……」
正直に言えば彩葉の体型はスラッとしていてお世辞ではなく本気で綺麗だとは思う。無駄のないプロポーションで強調し過ぎない感じも加味してよりそうだと実感するが……俺は何を言ってるんだ。彩葉のペースに乗せられるな。
否定しなかった俺の言葉を聞くと、何故か立てと命令される……圧が怖かったのですぐに立ち上がるが、胸でも見ろというのか。一体何をしようとして──
「……んっ……」
「──!? ちょ、彩葉……流石に……」
──それまで動揺していなかった俺の脳も、彩葉のこの行動には耐えられなかったようだ。
なにせ──俺の手を無理やり自分の胸へと押し付けているのだから。
その瞬間に俺は手の平には柔らかい感触が……じゃなくて、動揺するな俺。彩葉のペースに飲み込まれるとそのまま引き摺り込まれるぞ。
なに、たかだが胸を揉んだ程度じゃないか。どうせ毎日のように寝ている間に口付けされているのだから今更変わらない。
「……ねぇ、少しは意識っ……ん……してくれてるよね?」
「いやいやそんな」
「嘘つき。トワって動揺……んっ……したらすぐ話を逸らそうとしたりするよね」
「そうかもしれないね……」
「……嬉しい。私にだけ、意識してくれて」
「……」
──そう言う彩葉の目に光は宿っていなかった。まるであの時のヤチヨのような……
意識……か。確かに捉え方次第では俺は彩葉にだけは無意識的に意識しているのかもしれない。前のKASSENでもそこを突かれた訳だし……
そんなことを考えている内にも、彩葉は自分の胸を揉みしだくように俺の手を動かし、何度も何度も小さな嬌声を漏らす。
やめろやめろ変な気分になるでしょうが……まさかここまでするとは予想外だったよ。
水着の試着という目的はどこ行ったんですかね……それといつまで揉まされるんだ俺は。
もう数分は経ってるぞ……彩葉よ、やめ時を見失っていないか?
いやと言うか元よりやめる気なんてないんじゃ……よく考えたら諌山達もまだ試着室から出ていない……おい、まさか──時間の許す限りこうしているつもりか彩葉……
それと
畜生。だから彩葉と一緒に服屋なんて来たくなかったんだ。予想より上いったけどこんな感じになるのは想定していたのに。
脳が頑張ってこの状況の打破方法を考えてはいるが、全く思いつかない。その間にも彩葉の嬌声は段々と大きくなっていき、そろそろ本気でヤバい状況になる。
この状況を打破するにはどうすれば──
「──ねーねー! まだ終わんないのー?」
「「──!」」
──その瞬間、勝利の女神が舞い降りた。
ナイスタイミングだかぐや。試着室に入って出てくる気配のない俺達を不思議に思ったんだな。ナイス疑問!
「はぁ……仕方ないか……」
心底不服そうな顔をした彩葉はゆっくりと俺の手を下ろして目にも止まらぬ速度で水着を試着して鏡を見て全身を確かめる。
鏡の前で何度かポージングを決めて『よし』と声を漏らした後、俺へと振り返り一言。
「……かわいい?」
──と。
「そうだね……かわいいよ」
まぁ、こればっかりは嘘はつけないからね……実際問題可愛いのだから、嘘をつく必要もない。
黙ってりゃ美少女なのにね……かぐやガードがなければいつまで揉まされていたことやら。
にしても……やはり俺の目に狂いはなかったようだ。すっごく似合っているからね。黙っていればお淑やか。口を開けば欲深怪獣……ギャップとかいう次元じゃないよ。
十分揉んだのだから、明日は今みたいなお淑やかな雰囲気でいてくれたら俺もありがたいんだけどね〜……まぁ、それは無理なお願いか。
「……〜っ……!」
***
「試着室って一人で入るもんじゃないの?」
「そうなんだけどね? 例外もあるから気をつけて」
「何に気をつけるの……?」
勝利の女神ことかぐやからの純粋な質問に俺はダメ押しして彩葉みたいな感じにならないようにさせ、かぐやの純粋無垢さを絶対に守り続けると心の中で誓った。
「そう言えば、なんか気に入ったのあった?」
「ううん。かぐやはトワに選んで欲しいから……」
「……? 俺は選ぶけど……かぐや自身が気に入るやつがあるかもしれないのに?」
「う、うん! と、トワに! トワに選んで欲しいの!」
「そっか……?」
最近かぐやはたまに情緒が不安定になる……意味があるのかどうなのか。
「ねぇトワ。水着……明日トワに見てもらいたいんだ」
「明日……? 選ぶけど着てるのを見るのは明日ってこと?」
「うん! 明日のお楽しみってこと!」
「なんだそりゃ。まぁ、かぐやなら何着ても似合いそうだけど。よっぽどのものじゃなけりゃ」
「えへへ、そうかな〜?」
かぐやも彩葉に負けないスタイルの良さをしているからね……彩葉の服も着こなせてるし、雰囲気とかタイプが違っても服ってのは案外着こなせるものなんだと最近はよく思っている。
「トワっ! 明日……楽しみにしててね?」
そう言うかぐやの声には、妙な色気が混じっているように感じた。
肝心の水着関連は選び回なのに薄めですが、次回は海なのでそこで!
R15で大丈夫でしょうか今回……感想などお待ちしてます!