──私は、どうしたらいいんだろう。
──私は、芦花に何を言えばいいんだろう。
分からない。
今の今まで、ずっと仲良しで上京した私に良くしてくれた芦花に、私は何と答えればいいのかが、分からない。
喧嘩なんてしたこともなかった。言い合いにだってなったこともなかった……だから余計に分からないんだ。
芦花がトワと──私のことが好き?
どうして私のことが好きなんだろう。
……いや、人の恋愛事情の始まりに口を出すなんて言語道断だよね。私だってトワとの出会いに水を差されたくないから。
だったら、私がするべきことはちゃんと気持ちを整理して芦花の告白に答えることだけど……肝心のそこが分からない。
私は、トワを独り占めしたい。
私だけを、見ていて欲しい。
でも、それだと芦花はどうなるの? 断って、それで終わりなの?
私だけが本当にトワを独り占めしていいの? 芦花の気持ちは、どうなるの?
それに、トワのことが好きなのは芦花だけじゃない──かぐやもだ。本人はまだ自覚していないのかもしれないけど、あんな無意識的に大胆な行動をしているのなら、最早確定しているも同然だ。
あの子が来てから、トワは以前よりも笑うことが増えた。その事実が意味しているのは……私一人じゃ、トワを幸せにできないかもしれないという未来。
トワが自分から配信をやりたいだなんて言い出すなんて思ってもいなかったし、配信やかぐやと話している時のトワ、いつもよりも活気で満ち溢れているようにも見える。
結局、私はトワに執着しすぎて他のことに目が行き届いていなかったのかもしれない……いや、もうトワのことすらも私は理解できていないのかもしれない。
トワが今何を考えて、何を思っているのか……ああ、思い返せば私はいつもトワから何かをもらってばかりだった。
私からトワに何かをあげたことなんて……あったっけ。誕生日にプレゼントを贈ったり、バレンタインにハート型のチョコを贈ったり……ただ、私の『好き』という気持ちだけを押し付けていたのかもしれない。
私が今こうやって生活できているのも、トワやヤチヨのお陰だ。彼らがいなかったら、私はとっくのとうに壊れていたかもしれない。
トワやヤチヨがいない生活なんて考えられなくて、想像だってしたくない。
……何を今更考えているんだろう、私は。
今の今まで必死にトワにアピールし続けて来て、一方的に好意を押し付けて……本気でトワと結ばれたいという気持ちに嘘偽りはないけれど、私は結局自分のことしか考えていなかったのかな。
ねぇ、トワ……あなたの本音を聞かせてよ。
私は、もうどうすればいいかが──
***
「──酒寄さん」
「──あっ、はっ、はい!」
「ここの問題、分かりますか?」
「あっ、えっと……す、すみません。分かりません……」
「……あまり体調が良くないのであればすぐに保健室へ。この時期は熱中症になやりやすいですから」
「あっいえ、大丈夫です……」
ああ、これはまずいな……日常生活にも支障が出始めてる。
***
「さーて、今日も頑張るぞ〜」
「そうだね……」
何とか夏期講習を終えて次はバイトの時間へと突入。私とトワは同じバイト先『BAMBOO cafe』で働いている。
私は特にバイトで困ったことはないが、強いて言えばトワが接客する時に他の女が連絡先をしつこく聞いてきたりトワを指名するとかふざけた行為をすることが多々ある……トワはそれをサラッと受け流しているが、やはり私はいつまで経っても醜いままなんだ。
トワがそんな初対面の女に靡くような人じゃないって分かってるのに、どうしても気になってしまう。
トワが、もしかしたら他の女に連れて行かれちゃうんじゃないかって……今日、まともに働けるか心配になってくる。
芦花の気持ちも聞いてしまった……本当なら、私は芦花に対して真剣に向き合わなければいけないのに、答えを決めないといけないのに……
私は、私が今何をしたらいいのかが分からない。
「……なんかあった?」
「……ううん、何も」
「……そっか」
ああ、どうしたらいいんだろう。
芦花の気持ちを知っている筈なのに、それなのに──トワが好きなんだって、思い知らされてしまう。
トワはこういう時は深くは聞いてこない。昔もそうだった──だから、私はトワを好きになったんだ。
お父さんが死んだあの日も、お兄ちゃんがいなくなったあの日も──トワは何も言わず、ただ側にいてくれた。
トワはよく私の方がトワよりも優秀だなんて言うけれど、私なんかよりあなたの方がよっぽど優秀で凄いんだよ。
勉強だって、私は小学生の時はトワに教えてもらったし、家事だってたった5歳の頃から一人で生活ができていたトワにやり方を教わったりして、今ようやく一人で回せるようになったんだ。
今の私があるのは、トワのお陰。
何度も何度も私はトワに感謝して謝らないといけないのに、トワはそれを断固として拒否してくる。いや、別に明確に断っている訳じゃないんだけど……私が感謝したり謝ったりすると、トワはいつも最初に私を褒めてくれる。慰めてくれる。頭を撫でてくれる。
***
『俺じゃなくて彩葉の飲み込みが早いんだよ! 流石だな〜』
『別にそんなこと気にしてないよ。俺が悪いんだし……ごめんね』
『彩葉。彩葉はよく頑張ってるよ……他の誰でもない、君の隣でずっと見てきた俺が言うんだから、間違いないよ』
『大丈夫。俺はここにいるよ』
『やっぱり彩葉のことは──心配ですから』
***
──なんで、どうして。
何で今になってトワとの思い出が走馬灯のように脳内に溢れ出すんだろう。全部、全部私が覚えているトワの優しい言葉……誰よりも温かくて、愛おしくて……忘れちゃいけない言葉。
ダメだ。今はバイト中だ。
バイトに集中しないと……これ以上、トワに迷惑なんてかけたくない。
上京してから何度も助けられてきたんだから……私が頑張らないと、トワの言葉が嘘になっちゃう。トワが嘘つきになっちゃう。
それだけはダメ。それだけは嫌だ。そうなったら私の今までを自分で否定することになっちゃう。トワとの思い出が全部なくなっちゃう……嫌だ。嫌だよ。
「彩葉! 三番テーブルにこれ持ってって!」
「あっ、うん!」
ああ、凄いなトワは。
あなたは、いつも私の先を行ってしまう。
そんなあなたに置いていかれないようにいつも私、必死だったっけ……昔っから、トワにひっついてたからなぁ。
今思えば、幼少期から既に私はトワに迷惑ばかりかけていたんだ。
バカみたい。
トワと本気で結ばれたいなんて心では思っているのに、身体は本能に逆らえなくて何度もトワにキスをした。ハグをした。
抑えられなかった……最早そんな言い訳が通用する次元の話じゃない。
芦花の気持ちを聞いてようやく、今更こんなことに気がつくなんて……私って、本当に救いようがないな。
芦花にトワを渡したくない……かぐやにトワを渡したくない……でも、それなのに二人と話している時間はとても楽しいんだ。
芦花とは本気で一緒に笑い合えて、かぐやも同じように笑い合って、トワをに対してのいいところや愚痴を吐き出しあったりして……でも、そんな楽しかった時間は、もうやってこないのかな。
私は何て芦花に答えたらいいの?
何が最善の答えなの?
何が皆が幸せになれる答えなの?
今の私には、醜い黒い感情が溢れ出してきてそんな答えが全く思い浮かばない。
芦花に好きだって言われた時から──時間がゆっくりと進んでいるような感じだってしてる。
何なのかな。この間に私に答えを考えろって、神様が時間の進みを遅くしてくれたのかな。
はは、もう何言ってるか分かんないや。
ヤチヨカップの終了まではあと少し……優勝できるかどうかなんて分からないけど、ここまで来たんだから最後は笑顔で締めくくりたい。
かぐやにだって、ここまで付き合わされたんだから優勝してもらわないと困るよ。
でも、それまでに私は答えを決めないといけない……十分に時間に余裕はある筈なのに、ゆっくりと時間が進んでいるように感じているのに、それでもその時が来るのが一瞬なんだって分かる。
今だって視界がぼんやりとしていて……周りの景色が全部ゆらゆらってしてる……あれ、昨日ちゃんと寝た筈なのに。トワが寝ぼけて私の頭を撫でてくれたから寝付きは最高に良かった筈なのに……?
「次は……会計か……」
不思議と身体もどこか重いようにも感じる……身体に鉛でも打ち込まれたみたいだ。早く会計機に向かわなきゃ……お客さんが待ってるのに。
早く動け私の身体。早く、早く……
早く……うご……い……て……
「あれ……? からだが……」
なんで……うごけ……ない……
ダメだ……意識が──
「……──!? おい、彩葉! 彩葉………!」
***
「──はっ!」
「あっ、彩葉起きた!」
「ちょ、うるさい……」
「あっご、ごめんね?」
突然意識が朦朧として視界が真っ暗になったと思ったら、次に私の視界に入り込んできたのはエプロン姿で料理をしているかぐやの姿だった。
あれ、私何して……
「彩葉大丈夫? トワが彩葉が倒れたって聞いたから飛んで迎えに行ったよ!」
「倒れたって……あっ、バイト! バイトは……」
「ダメだよ! ちゃんと寝てないと……彩葉すごい熱なんだよ?」
「でも、そういう訳には……」
きっと今頃トワが私の分の仕事もしてくれている筈だ。そんなの、私が許せない。だから行かないと──
そう思ってメッセージアプリを開けば、一番上にトワからのメッセージが届いていた。
そっか……トワは、そういう人だったよね。
珍しく少し語気が強めだ。それはそうか。体調管理を怠ってバイトに向かったのは私なんだから、怒られて当然だよね。
……でも、かぐやが飛んで迎えに行ったって言ってたけど、そんなに心配してくれてたのかな?
「ねぇ、かぐや」
「んー?」
「心配、してくれたの……?」
「あったりまえじゃん! 彩葉が倒れたって聞いたらうわぁ〜っ!ってなってめちゃくちゃ走ったよ!」
「……なんで?」
「へ?」
「なんで、私を心配してくれたの?」
ずっと、聞けずじまいだったことがある。
それは、かぐやからの私への印象──以前トワについてぶっちゃけ合う配信では初めて楽しいと感じたけれど、それはあくまで私だけ。かぐやが私のことをどう思っているのかは未だに分からないまま。
でも、正直なところかぐやに対して私はかなりツンケンとした態度を取ってしまっていた……トワを渡したくなかったから、トワに近付けさせたくなかったから……今となっては、本当に悪いと思っている。
トワを渡したくないという気持ちは本当……でも、それと同時に
その正体は分からないけど……かぐやに関係しているっていうのは、分かる。
でも、もし、これが、もしもの話だけど、この感情がトワを独り占めじゃなく、共有してもいいという感情だったら──私がこんなにもかぐやからの印象がどうなのか気になっていることの説明がつく。
でも、そんなことがあり得るのかな。今の今までトワを独り占めしようとしてきた私が──そんなことを思うことが、あるのかな。
この感情は、もしかしたらかぐやだけじゃなくて芦花にも抱いているのかもしれないけれど……まだ、決めきれない。
まだ、無理だって思っている自分がいる。
渡したくないって、思ってる自分がいる。
でも、少しでも、少しでも気持ちを安らげる為に──聞きたいんだ。かぐやからの印象を。
「なんでって言われても……だって、彩葉は彩葉だから」
「どういう意味よそれ……」
「そのままの意味だよ。だって前言ったでしょ? トワも彩葉もハッピーエンドに連れてくって!」
「そ、それだけ……?」
「それだけ……じゃないかもしれないかな」
「……どういうこと」
「かぐやさ、海行った時に分かったんだよ。かぐやはさ──」
「トワのこと、本気で好きなんだって」
「──は……あんた、それって──」
「彩葉には、言わなきゃって思ったんだ」
ちょ、ちょっと待ってよ。あんた、もうそんなところまで行ってたの……?
そんな感情を抱いてたの……?
いつからか予想はしていたのに、いざ真正面から口にされるとこれ程までの衝撃がぶつかってくるのか。
でも、いつ? いつ好きになったの?
普段からの行動? 配信?
普段から見ている限りだと、かぐやが恋愛的な意味でトワを好きになっているかどうかはまだ判断できずにいたけど……何が決定的な出来事があったのかもしれない。
もしかして、私が海で芦花に告白されている間……?
確かその間はかぐやとトワは二人きり……有り得なくはない。その間に、何かかぐやにとって決定的なトワとの会話があったんだろう。
でも、何でだろう。不思議と嫌悪感がない。勿論、芦花にも嫌悪感なんてなかったけど……
いや、それはきっと
でも、まだ決め切れてない自分はやっぱりまだ私の中にいる。まだ、トワのことは誰にも渡したくないって、思ってる。
これも、本当だ。
結局、どこまでいっても私は中途半端で怖気付いてるんだ。でも、この感情を知ったからにはきちんと決着を付けないといけない。
芦花だって、きっと関係が壊れるかもしれないって思っていた筈なのに、それでも恋心を告白してくれた。
かぐやも、真正面から好意が本気で遊びじゃないものだって、告白してくれた。
かぐやに関しては凄い唐突だったけど……流石に予想してなかったよ、こんなの。でもさっきも思った通り、不思議と嫌悪感はなかった。これはきっと、私達がお互いに嫌っていないって証拠なんだろう。
それが分かっただけでも私は嬉しい。
だから私も、二人の気持ちに応えなきゃいけないんだ。いつまでも中途半端じゃいられないよね。
だって私達は──同じ人を好きになったんだから。
「……ねぇ、彩葉。彩葉は、なんでトワのこと、好きになったの?」
「なんでって……どうしてそんなこと聞くの」
「皆で、ハッピーエンドに行きたいから。だから、彩葉が悩んでること、全部ぶちまけちゃお? トワには内緒で……ね?」
「かぐや……あんた、なんでそこまで分かって……」
「だって今までずっと元気だった彩葉が急に倒れたなんておかしいもん。何かあったんだって、分かるよ」
かぐや──あんたは本気で──
「彩葉。皆でハッピーエンド、行こ?」
「……」
「だからさ、何でトワを好きになったのか、何があったのか、教えて?」
「……私は──」