超あべこべ!   作:nalnalnalnal

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少女の日の思い出・上

 

 

 

 

 トワと初めて出会ったのは、5歳になりたての頃だった。

 

 隣に引っ越して来た人達がいるから挨拶しに行こうと考えたいたら、向こう側からわざわざ挨拶しに来てくれたのがファーストコンタクトだった。

 

 当時の私ですら、挨拶に来るのはきっと大人の人なんだろうなと予想していたけれど……その予想は大きく裏切られることになった。勿論、いい意味でね。

 

 それは突然リビングに鳴り響いたチャイムの音が始まりだった。

 

 まだ存命だった頃のお父さんがチャイムに応答すると、やけに甲高いというか、まだ声変わりもしていないような子どもの声が聞こえて来たのだ。

 私は女子の友達が来たくれたのかと思っていたけど、その声には全く聞き覚えがなかった。

 

 お父さんが玄関で出迎えている間にそんなことを考えていた私だったが、玄関から何かやけに盛り上がっているような話し声が聞こえてきたのだ。

 お父さんはコミュニケーション能力が高いから初対面の人とでもいい印象を与えることができるのは分かっていたけど、妙に気になって仕方がなかったから、私はその話し声につられて玄関に向かったんだ。

 

 そしてお父さんと話していた人に出会った。

 

「──あっ、こんにちは。昨日隣に引っ越して来た小日向って言います!」

「トワくん、彩葉と同い年みたいやから仲ようしたってや。彩葉」

「えっ、え……?」

 

 ──それが小日向トワとの出会いだった。

 

 

***

 

 

「これ食べる? 俺が作ったクッキー」

「お、お菓子作れるん? 一人で作ったん?」

「そだよ〜。慣れたら簡単だよ」

「そ、そうなんや……」

「……いや、トワくん凄いな。その歳で半一人暮らししてるんやろ?」

「まぁ、慣れたら簡単ですし」

「限度ってもんがないかな……? それに──君は彩葉と喋っても緊張しないんやな」

「ああ……まぁ、同じ人間ですし」

「「「「……」」」」

 

 トワとの出会いの後、トワは私の家で『つまらないものですが』と言って渡して来た様々なお菓子を一緒に食べながらくつろいでいた。

 でも──家族全員がトワに対して思っていたことがあるんだ。

 

 この世界において男子というものは極論女子との関わりの好まない傾向にあるが……それは幼少期からも同様だ。

 勿論、人によって千差万別。お兄ちゃんだって女子との関わりはちゃんと一線を引いてはいたけど明らかに他の男子と比べると多かった。

 

 だけどお兄ちゃんですら少しは女性に抵抗はあったんだ。今でこそあんな感じになってるけど……まだ人との関わり方を知らなかった時期に初対面の女子との会話は幼くても中々に緊張するものなんだ。それが男子に根差している本能……

 

 それなのに、トワはこの歳でお父さんとお母さんには敬語で話せるし、一切物怖じしない。それに私の隣に座って積極的に私に話しかけてくれた。

 不思議で仕方がなかった。幼稚園でも男女のクラスが私のところでは分けられていたし、男子に話しかけようとしても緊張のせいなのか逃げられてしまうことも多かった。

 

 幼稚園児ですら女子との関係性構築が難しい中でのトワの出会いは私にとって衝撃的なものだった。

 きっとこの時から私はトワに惹かれ始めていたんだ。

 

 いや、でもこの時は結構……色んな意味で凄い子が来たなって思ってた。

 

「お兄さんも食べます?」

「朝日でえーよ。それよりトワ……お前その手はなんなん?」

「はい?」

「マジかい……お前それ無意識なんか?」

「こりゃまたどえらい子が来たもんやな〜」

「……ふむ……」

「母さん? どうしたん?」

「……いや、何でもない」

「え、あの……」

「食べないの?」

「あっ、いや、た、食べる……!」

 

 ──だってこの時から無意識的に『あーん』をするぐらいなんだからさ。

 

 何なのよこいつは。これが無意識だったら普段から一体どんな行動をしてるの?

 でも男子にここまで笑顔で話し合ったことなんて私の経験上なかったから、凄く新鮮で嬉しかった印象がある。

 

 全く私やお母さんに対して動揺もしないで笑い合える男の子──私だけじゃなくて、家族全員が小日向トワという人間に惹かれ始めていたんだ。

 

「なぁ、トワくん。その歳で一人で生活できんのは凄いことやけど……寂しくはないんか? 特に男の子は一人やと危ないと思うんやけど……」

「寂しい……ですか」

「そりゃあそうやろ。俺だって母さんと父さんがいない生活なんて考えられないし」

「んー……」

「君のお父さんとお母さんは何でそれを了承してるんや? 子どもだけじゃできることに限界があるやろ? それはただの放任主義と違うんか? それに男の子を一人にさせるなんてどんな教育してるん?」

「ちょ、母さん……」

 

 この時のお母さんはやけにトワに対して真剣というか、何か思うところがあるのかは結局分からなかったけど何かと気にかけている様子だった。

 でも、それは皆が同じだった。たったの5歳で家でも一人でいることが多いなんて、私にもお兄ちゃんにも到底考えられなかったし、男子となれば家に呼べる友達の数も限られてくるし、そもそも勝手に家にあげていいのかも分からない筈。

 

 そんな中でトワはこの時も一切辛そうな表情一つと見せずに、ただ自分らしく生きているようで、とても自由で……かっこよかった。

 

 それでも、大人陣はやっぱり心配なんだろう。幾らトワが凄くても所詮は子ども。誰かが家に押しかけて来たりしたら対処しようがないし、両親は一体何をしてるんだって話になるのは至極当たり前のこと。

 

 特に男子ならば余計にその心配が出てくる筈。

 

 だから私もお兄ちゃんも余計に気になった。

 

 何か家族から虐げられているんじゃないか。本当は辛いという心を隠しているんじゃないか。一人で抱え込もうとしているんじゃないのか……

 

 でも、そんな私たちの懸念はトワによって吹き飛ばされることになった。

 

「んー……まぁ、寂しくないと言えば嘘になりますけど、両親の仕事上家にいることは元から少ないですし、一人でいいって言い出したのは俺ですよ」

「……一人は、辛くないのかい?」

「そこまで辛くないですよ。家事さえ終えれば後は自由の身ですし、ゲームでも漫画でも好きなことができます」

「……子どもは、家族との関わりを真っ先に求めるものやって、私は思うとるけど……なんで、そこまでして一人になるん?」

「進んで一人になってる訳じゃないですよ? 言ってしまえば不可抗力的な感じですし……でも、強いて言うなら──」

 

「両親を安心させたいんです」

 

「安心……?」

「ちょこっと過保護なところがあって、仕事に集中できないことが多いって前話し合ってるのを聞いたんです。だから両親が安心して仕事に集中できるように、安心して両親を送り出せるように──こうやって半一人暮らしの状態を続けてるんです」

 

 そう言うトワの身体は、まだ小さかったのにとても大きく見えて──私の脳裏に深く焼きついた。

 

 きっとそれはお母さんもお父さんもお兄ちゃんも同じで──こんなにも堂々と発言できる程の気概を持っている5歳児に思わず見惚れてしまっていた。

 大人と遜色ない心の持ち様、たった一人でもそこまで考えて、尚且つ全て自分で家事をこなすなんて私達には到底考えられなくて……だからこそより鮮明に、雄大にトワの身体が大きく見えたんだ。

 

「はぁ〜……凄いな。ウチやったら絶対認めてくれないもんな」

「そりゃ朝日が未熟やからや。そんな状態で一人にはさせんよ」

「仕事の都合は仕方ないもんな……でもこれからは、彩葉や朝日が一緒に遊んでくれるよ。な? 二人とも」

「当たり前。こんな凄い奴初めて見たし!」

「う、うん……」

「彩葉はまだ緊張してるんやな。でも安心し。トワくんなら受け止めてくれる筈や」

「……? そりゃ、友達ですから」

「と、友達……!」

 

 さも当然かのように放ったその言葉は、まだ幼かった私の心をいとも容易く撃ち抜いてしまった。

 初めて、そして今に至るまでたった一人だけの、私の男友達が──トワだった。

 

 

***

 

 

 その日から、トワは毎日のように私の家に遊びに来るようになった。

 

 トワは比較的インドア派だった私とでも、当時はサッカー少年だったお兄ちゃんとも遊んでくれていて、5歳児にして全ての能力値が平均よりも遥かに上回っている凄い子だということを、5歳の私でも察していた。

 

 お兄ちゃんとサッカーしている時でも、初めは未経験だったのに気がつけばお兄ちゃんとお父さんを二人抜きしたり変則的なシュートを決めたりと、お兄ちゃんが本気で悔しがる程の実力を発揮していた。

 

 そして私と遊ぶ時は、ピアノを弾いたり一緒にお菓子作りをしてみたり……結局私が率先してすることは叶わなかったけど、トワが全部手取り足取り教えてくれて自分で言うのも変な話だけど、まだ純粋だった頃の私はそれだけでも顔を真っ赤っかにしていた。

 

 ピアノとか、トワが初体験のものは私が教えていたけど……そんなぎこちない教えが必要なくなるくらい、トワの飲み込みの速さは異次元だった。

 

 それを家族は温かい目で見ていて……でも同時にトワと自分を比較してしまっていて、自分はどうしてこんなにも不器用なんだろうと嘆くこともあった。

 でも、そんなのはトワと話してしまったら全てが消え失せてしまって……トワと話す時にマイナスな感情を抱いたことはなかった。

 

 だから、トワに心配させない為にも比較して嘆くのは一人の時だけ……結局、何度も何度も考えることだったから。

 

 私やお兄ちゃんだけじゃなく、トワはお父さんとお母さんにも凄く褒められることが多かった。

 

 お父さんとお母さんがよく言っていたのは──

 

『トワくんは少し頑張りすぎや。甘えることも少しは覚えた方がええよ……? 君はもう一人やないんやから、何でも言ってや』

 

『トワくん。男の子は身体が命や。トワくんみたいな子は世間的に見ても数人いるかいないか……それぐらい、トワくんは凄い子や。やから私らを頼ってもええんやで……? 私は、トワくんのこと尊敬しとるんやから』

 

 ──だっとりと。褒めることもあったけれどそれ以上にトワの身体の心配をしていることが多かった。

 

 そんなトワを一言で表すなら──まさに『超人』。今でこそトワは私のことを超人だなんて揶揄するけど、トワの方が私の何百倍も凄くて強いんだよ?

 この頃からトワは少しと言うか、明らかに自己評価が低いということが私達家族に浸透していた。

 

 引っ込み思案でもないのにトワは何故か自分のことを下げるような、謙遜が激しい性格だった。

 その癖して他人の世話焼きが大好きな性格でもあって……何とか私はトワの力になりたかった。でもトワはいつも私の先に進んで導いてくれてしまう……誰にも愚痴なんて吐き出したことはなく、体調も崩したことはなかった。私の中ではトワが一人で抱え込んでいるんじゃないかって考えが渦巻き始めていたけど、この頃は結局何もできなかったんだ。

 

 トワが頑張る様を私はただ眺めているだけで……時には手を引かれて新しい場所に連れて行ってもらったり、時には背中を押してもらって新しいことに挑戦したり……トワは私の希望の光だった。それなのに私はトワの特別になんてなれちゃいなかった。

 

 トワの希望の光にはなれなかった。

 

 その事実が私を蝕んで……

 

 でも、トワに触れれば救われて。

 

 そんなことを繰り返す日々だった。

 

 でも、そんなある日──私の人生を変える出来事が起こった。ここが、二つ目の分岐点だったのかもしれない。

 

 お父さんが……死んだ。

 

 

***

 

 

「……っ、あ……ぅ……!」

 

 堪えようとした声が、喉の奥で潰れた。受け止め切れない、受け止めたくない事実が私の背後から歩み寄って来る現実から目を背けようとして。

 

「う、ぅ……っ、ひ……っ、く……」

 

 葬式の間ですらもう堪えきれなかったのだから、一人になれば走馬灯のようにお父さんとの思い出が脳裏に鮮明に蘇ってきて余計に涙を堪えるのは不可能だった。

 

「……っ、や……だ……っ。ぅ、うぅ……!」

 

「ひっ……く……っ、うぅ……っ……」

 

 事故死……だった。たった一瞬の出来事だったそうだ。

 

 そのたった一瞬でお父さんの命は奪われてしまった。未だに親離れができていなかった私を置いていって……無情にも突きつけられた現実が、幼かった私の心を蝕み始めていたのは誰にでも分かっていただろう。

 

 それでも、私は葬式中に気になったことがあった。

 

 お母さんとトワは、涙を流していなかった。

 

 当時は悪ガキだったお兄ちゃんですら必死に涙を堪えようとして結局は堪えられていなかったのに、二人だけは涙を流さず、ただお父さんの遺影を瞬きもせずに見つめていた。

 

 当時幼かった私には、理解が及ばない事実だった。

 

 どうして、お母さんは泣いていないの?

 

 お父さんを愛してるんじゃないの?

 

 心から愛してるって、言ってたはずでしょ?

 

 どうして、トワは泣いていないの?

 

 お父さんと毎日のように楽しく話してたでしょ?

 

 何度も遊んでは笑い合ってたでしょ?

 

 なんで二人とも……泣かないの?

 

 お父さんのことが好きじゃなかったの?

 

 ──なんて、今思えばそんなことは有り得ないと断言できる馬鹿げた疑問だったのに……まだ幼い私にはそう考えることしかできなかった。

 

 葬式が終わってから、私は逃げるように家に帰って部屋に閉じこもった。二人が泣いていなかったという事実を必死に否定したくて。勝手な思い込みを勝手に一人で否定する為に。

 

 そんな私をお兄ちゃんは引き止めようとしたけど、私はその制止する声を振り切ってまで一人になりたかった。

 お父さんがもしかしたら家にいるじゃないかって……そんな夢物語は実現する訳もないのに。

 

 どうして、お父さんなの?

 

 お父さんは幼少期に両親が亡くなってからは養護施設で育ち、引き取られたという過去がある。養護施設では女性からのセクハラがあったことはトワとの会話を盗み聞きして知っていた。

 

 でもお父さんはそんな過去を乗り越えて今生きていた。家族やトワと話す時は本当に生き生きしていて、笑顔が世界で一番似合う人だなって、子どもながらに思っていたよ。

 お母さんもそんなお父さんを尊敬していた。女性絡みの嫌な思い出があっても、お母さんを生涯愛すると誓ってくれたお父さんにお母さんは心を射抜かれていた筈だ。

 

 普段から仲睦まじく話していて、夫婦喧嘩するところなんて見たことがなかった。トワに対しても同じような感情を抱いて心配して……いつもちゃんと夫婦なんだって思ってた。

 

 そんなお母さんがお父さんを好きじゃないなんて、有り得ないって分かってるのに、それでも……私はお母さんに泣いて欲しかった。

 もっと生きて欲しいって、言って欲しかった。だってお母さんはお父さんのことが、好きなんだから。

 

「……っ、う……ぅ……」

 

 でも、それと同じくらい、私はトワにも泣いて欲しかった。

 

 お兄ちゃんとお父さんと三人でサッカーしたり、時にはトワがお父さんにピアノを教えてもらったり……普段から教える立場にいることが多かったトワが教えられる立場にいるのは新鮮だった。お兄ちゃんですらトワに色んなことを教えてもらっていたんだから。

 

 特にお父さんは同じ男性のよしみでか、トワのことを一番気にかけているようだった。トワが一人で家にいる時はお父さんが家事を手伝いに行ったり、二人でご飯を振舞ってくれて家がまるでレストランのようになったりと、トワとお父さんのコンビはベストマッチな関係性だった。

 

 お兄ちゃんとのコンビも悪ガキコンビって感じになっていて面白かったけど、お父さんとトワのコンビは安定感があって、見ていて飽きなかった。

 

 それに比べて、私はトワとどういう関係なのかはよく分かっていなかった。お兄ちゃんのように時にはタッグを組んで悪戯を仕掛けたり、お父さんのように教え教えられるという関係性でもなく……ただ、トワに手を引かれてばかりだった。

 

 だから、葬式中にも思っちゃったんだ。またトワは私の先を行っちゃうんだって。

 

 でもね、トワ……そんなお父さんと良好な関係を築いていたあなただからこそ、私はあなたに泣いて欲しかった。

 

 お父さんの死を惜しんで欲しかった。同じ男の人なんだから……もっと、もっと大声で泣いて欲しかったんだ。

 

 ねぇ、どうしてトワはそんなに落ち着いていられるの?

 

 どうして……悲しんでくれないの?

 

 私は──

 

 ──そんなことを考えていた時だった。部屋のノックが二回鳴ったのは。

 

「……入ってもいい?」

「え…っ……あっ……っ、まっ……てっ!」

「……入るよ」

 

 扉の外からは優しい声色をしたトワの声……が聞こえたと思ったら、私の制止する言葉を無視して、珍しく強引にトワが私の部屋に入って来た。

 思わず私は手で顔を覆って大粒の涙を隠そうとした。指の隙間からふとトワを見れば、やっぱり未だに泣いた様子は窺えなかった。

 

 トワが見ているんだから、今は泣き止まないと……そう思ったのに、涙は逆に溢れ出してくるばかり……同い年なのに、どうしてここまで違うんだろうと、当時は思ってたなぁ。

 

 トワは私の手をどかそうともせず、私の目の前にゆっくりと座って言葉を紡ぎ始めた。

 

「……なんで俺が泣いてないって、思ってたりする?」

「っえ……っ………? なん……ぅっ…で……っ……?」

「……葬式中、俺の方見てたからさ。理由は分かんないけど、そう思ったんだ」

 

 衝撃的だった。普段から滅茶苦茶に鈍感な癖に、こういう時だけ何故かトワは私の考えを見透かしたような発言をするのだから。

 

 私が衝撃を受けている間にも、トワは言葉を紡ぐのをやめなかった。真剣な表情で、私にちゃんと聞かせるように……優しい声色で。

 

「……俺はさ、朝久(ともひさ)さんには弱いところは見せられないんだ」

「……っ、な、…ん……で……っ……?」

「そうだな……面も向かって言うのは恥ずかしいから、こうさせて」

「っ、え……っ……?」

 

 トワの言葉を聞いていたかと思えば、突然私の全身を思わず声を漏らしてしまうような温もりが包んだ。

 何が起こったのか分からなかった私はゆっくりと手を顔からどかす……すると、今自分が何をされているのかが分かった。

 

 私は──トワに抱きしめられていた。

 

 その瞬間に私の中で悲しみと恥ずかしさがぶつかり合って……何が何だか分からなくなっていた。

 どうして急に私を抱きしめたのか……どうして、弱いところは見せられないのか。

 

 分からないことだらけだったけど……また紡がれるトワの言葉で、私は段々と分かっていった。トワが泣かなかった理由を……

 

「……彩葉を任されたんだ」

「……っえ……?」

「朝久さんに、『君に彩葉のこと、任せたい』──って言われた」

「……ぅ……っ……く……」

「それと、朝久さんから聞いてたんだよ。彩葉が俺と色々なことを比較してしまっていることを。家族だから分かるんだろうね。そういうのって」

「っ……お、とぅ……っさ、んっ……が……っ?」

「うん。それを聞いていてもたってもいられなくなったけど……結局、言うタイミングが見つからなかった。でも、やっと見つけた」

 

 私はただ、トワの言葉を聞いていることしかできていなかった。そうだ、私はこの時──小日向トワを本気で好きになったんだ。

 

「彩葉。彩葉はよく頑張ってるよ……他の誰でもない、君の隣でずっと見てきた俺が言うんだから、間違いないよ」

 

「君のいいところは始めたこと、好きになったことは絶対に諦めないで最後までやり遂げるところだ」

 

「だから俺は君の背中を押してあげたいって思うし、色んなことを教えてあげたくなるんだ」

 

「朝久さんからさっきのことを聞いて、思ったんだ。これからは、一緒に歩いていきたいって」

 

「彩葉も、俺が知らないことをたくさん知ってる。だからこうしよう。一緒に助け合って生きていく──って。俺が教えるだけじゃなくて、彩葉も俺に色んなことを教えてよ。背中を押してよ。助けてよ」

 

「諦めない君と一緒なら──きっと、なんだってできるはずだから」

 

「俺は彩葉を任されたんだから……一緒に、行こう。大丈夫。俺はここにいるよ」

 

 その一言が、私を未来へ連れて行ったんだ。

 

「……うん……っ」

 

 その一言を口にした瞬間、堪えていたものが全部崩れた。

 

「う、うぅ……っ、あ……っ、うあぁぁ……!」

 

 顔をぐしゃぐしゃにして、泣きじゃくって……声を抑えようとしても、嗚咽が次々と込み上げてきて、もう止めることができなかった。 

 そんな私を、トワは優しく抱きしめながら撫でてくれていた。

 

 

 ああ、そうだ──私はトワと一緒に生きたいって思ったから──好きになったんだ。

 

 だから知らない女からトワを助けるようになったり……それはまた別かもしれないけど。

 

 そうだ……そうだったんだ。

 

 心がぐちゃぐちゃになって、こんな私の原点でもある思い出を一瞬でも忘れてしまっていた。

 『一緒に生きていく』──か。思えばこの日から、私は勉強を頑張るようになってトワにも教えられるくらいにまで成長して、中学高校では勉強は私が殆ど教えていたっけ。

 

 私は、トワに置いていかれてなんていなかったんだ。先に行かれていなかったんだ。

 トワはいつも私の側で、一番近くで──私と一緒に歩いていたんだ。

 

 

 

 





トワくんは今でこそ彩葉が暴走機関車じみた子になってますが、一度たりとも彩葉を嫌ったことはありません。むしろ好意的に思っています。

一緒に生きていく。とは言っていますが、トワくんは彩葉自身の将来は自分で決めて欲しいという気持ちもあります。色々と彩葉の奇襲を避け続けているのもそれと同じ理由ですね
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