昼休みの開始を知らせるチャイムが校内に鳴り響く──
その音と同時に不真面目な生徒はゆっくりと目を覚まし、授業中にお腹が鳴っていた生徒は爆速で購買へと駆け込んで行き、教室で弁当を食べる生徒たちは机を合わせて仲睦まじく談笑をし始める。
学校内で唯一とも言える生徒たちは癒しの時間──特に男子にとっては。
男子生徒は校内にいるならば常に女子からの感情入り混じりの視線を向けられることを覚悟しなくてはならない。
今日のような体育終わりなんて酷すぎる。少しでもシャツのボタンを開けたり半ズボンを履こうものならなりふり構わずそこを凝視される。最早隠す気はなく開き直っている為厄介極まりない。
昼休みでは女子に一緒に食べないかと誘われる男子が殆ど……学校が魔境と化している現状だが、俺たちにも聖域と呼べる場所は存在する。
そこは休み時間、昼休み、放課後……様々な時間で俺たち男子が利用している場所だ。
しかし、そこに辿り着くには試練が待ち構えている──超人の幼馴染を出し抜いて辿り着かねばならないという試練だ。
そして相手は体育の成績最優秀……まさにラスボス。今の俺の能力値で廊下全力ダッシュで勝負しようものならとっ捕まって
ならどうするのか──答えは簡単。
ヤツが余所見している内に逃げる!!
シンプルだがこれで俺は何度もこの窮地を切り抜けて来ている──理由の一つとしては席が少し離れているのもあるだろう。
因みに席替えをする前はこの作戦は不可能だった。だって
さて、そろそろ作戦を開始しよう。彩葉の様子は──
「彩葉〜。ご飯た〜べよっ?」
「あ〜ごめん! 今日はちょっと」
「あ、もしかしてお邪魔だった?」
「ちょっと
「今いるから行ってきたら? 多分すぐ逃げるよ」
「席替えしてから全敗してるもんね〜」
……
不味い。友人ABこと
追い詰められてしまった。恐らくあの会話が終われば彩葉はすぐに俺の元へとやって来るだろう。逃げるタイミングは今しかない──ん?
ふと彩葉の方を向けば彼女がこちらに視線を向けて口を動かしていた。その内容は──
に
げ
ん
な
よ
?
……よし、トイレに行こうか。
***
──さて、トイレの前で幼馴染に出待ちされている俺の気持ちを考えてみて欲しい。
時々何人かの男子に『頑張れ……』『またご飯奢るね……』等と憐憫な視線と共にそう言われて本当に男子同士の友情は確かなものだと再確認させられた。あの視線と言葉は単なる同情のみならず彼らの経験からくるものだ。
しかし彼らに彩葉を退却させて貰おうとは考えない。俺はそんな打算的な関係を男子と持つつもりはないのだ。
彼らはよく俺たちの聖域でご飯を食べている仲なのだが、彼らが考えているように俺は今回ばかりは諦めるしかないのだろうか。
──否。
朝ご飯に加えて夜ご飯も毎日のように共にするのだから学校でくらい男子との親睦を深めても良いではないか。
しかし彩葉がそれで納得する筈もなく……どうにか彼女を一時的に退却させるか意識を逸らさせる方法はないだろうか。
自分の手持ちを確認して対彩葉用の作戦をどうにか練ろうとする──
──そして俺に電流走る。
今、俺の首には体育終わりで汗が染み込んだタオルが巻かれている……もう分かると思うが、これを使う。
幼馴染にこんな作戦は使いたくないし出来れば引っかかって欲しくもないのだが、彩葉は年頃のこの世界の価値観の女子──俺のタオルを使うのはつまりはそういうことだ。
もう一度言うが引っかかって欲しくはないのだ。もっと貞操の危機を感じるようになるから。
まぁいい……それはこれから分かること──さぁ、作戦開始だ。
この階の構造はトイレのすぐ横に階段があり、そこを降りてダッシュすればすぐに聖域に到着する距離だ。
つまりは一瞬でも彩葉の意識を逸らすことが出来れば俺の勝ちだ。
そして俺はトイレの出口付近の壁にくっ付き、彩葉の様子を伺う……スマホすら触らず俺のことを待ち侘びているようだ。
ほんの少しの恐怖を感じるが、俺はタオルを丸めて階段の反対側へ投擲する動作に入る。
そして──
「──そいっ……」
動きがバレないよう最小限の動きでタオルを投げる。
タオルは綺麗な放物線を描いて彩葉の頭上を通過してちょうど真横にポスンと落ちる。
だが俺はまだ脱出しない──彩葉の反応によって今日の俺の命運は決まる。一抹の不安とほんの少しの希望を胸に俺は彩葉の様子を伺う。すると──
「……ん? タオル……?」
「あっ、名前が書いて──!!!!」
俺のタオルを拾い上げた彩葉は名前を見た瞬間に目を見開いてわしゃわしゃとタオルを揉み始めてしまう。うん、引っかかっちゃったね。
元々とても純粋だった幼馴染がこんな姿になってしまった俺の気持ちを是非とも考えてみて欲しい。
後揉む必要性は本当にあるのか甚だ疑問だ。人の汗が染み込んでいるんだぞ。普通は触れることにすら抵抗感があるはずなのに滅茶苦茶揉んでるのは何故だ……何となく理由は察せられるが察したくない。
さて、彩葉が油断している内に聖域に向かうとするか……だけどこの作戦は金輪際使うのを禁止しよう。貞操の危機の方から歩み寄って来そうだから。
***
「おーい。来たよー」
「うんっ? えっはっ小日向!? お前酒寄から逃げ切れたのか!?」
「凄いな……」
俺は彩葉から無事逃げ切り、聖域──体育館倉庫へとやって来た。勝利の女神は俺に微笑んだのだ。
この学校の体育館倉庫には今は使われていない、俺たちが旧倉庫と呼ぶ場所があり、かなり広いスペースで住もうと思えば住めるような快適ゾーンなのだ。
俺たちはここを備品で魔改造し、学年の男子全員が集まれる程までに仕上げた。
女子の視線から逃れられる
彼らからの尊敬の眼差しを受けながら俺はようやく食事にありつく。
「どうやって逃げて来たんだ? トイレで出待ちされてただろ」
「なにしてんだよ酒寄は……」
「タオル与えて逃げた」
「んな餌みたいに……えっタオル?」
尊敬の眼差しから一転。正気を疑うような視線が俺を突き刺す。そりゃあそうだ……言ってしまえばその場凌ぎで家に帰ったら逃げ場がなくなってしまうのだから。
……あれ? あそうじゃん。家帰ったら逃げらんないじゃん。
「お前それはほんとに選択ミスだぞ……部屋隣なんだろ?」
「待って今絶望してるから」
「一緒にご飯食べる方がマシだったな……」
「いやでも無理やり食べさせようとしてくるから……」
「酒寄の小日向への視線ってヤバいからな……」
「一点集中でなんであんな視線向けられるんだよ……」
幼少期からの付き合いが長いというのが一番の要因だとは考えている。彼女が不安定な時期に一緒に遊んだ時はあんな艶かしい視線を向けられることはなかったのだが……俺たちが上京する少し前くらいから向けられ始めた気がする。
だが思春期という時期は中々に厄介で異性に対する意識価値観が形成され始める。当然このあべこべな世界版に更新されてしまう……恐らく彩葉の価値観は余程のことがない限り変わることはないだろう。
彩葉の兄が知ったらどうなることやら……知ってんのかな? 俺はバカだと思ってるけど。
「一緒のアパートってよく考えなくてもヤバいよな??」
「貞操の危機……」
「今のところ死守してるよ本気で」
「ほんと気をつけろよ……? 女子って何するか分かんないからさ」
「俺体操服盗られたことあるし……」
「サラッと俺よりとんでもないこと言わないで??」
「小日向もタオルは帰ってこないと思った方がいいぞ……」
俺以外にも何人も苦労人がいることを知ると親近感が湧いてくる。盗むのは当然御法度だが、直接手を出されるよりかはマシなのかもしれない。
慢性的な男性不足による行き場のない本能が暴走してしまうくらいなら盗まれた方が男性にとって貞操を守れるからね……改めてこの世界がいかに面倒くさいかが分かる。
「──あっ、水筒の水なくなった」
「最近暑いもんな……俺の水分けようか?」
「ウォータークーラーで入れてくるよ。無料だしね」
「一人暮らしには便利だよな」
「俺前そこで水飲んだら女子がその後ノズルに口つけててさ……」
「だからサラッととんでもないこと言うな」
「色んな変態行為されてんなお前……」
こういう愚痴を漏らす会話も男子同士の聖域の醍醐味……時々笑えない犯罪行為の話題が出てくることもあるが。
談笑する彼らから一旦離れて体育館に出るとひとときの静寂が訪れる。今日は女子は使用していないようだ。
それに少し安堵して俺はウォータークーラーへと向かう為に体育館の扉を開けた──
のだが──
「やっほ」
「え??」
──どうやら勝利の女神は俺を油断させて襲うつもりだったようだ。
***
「あぁ〜……っ! 疲れたね〜」
「ああうん、そうですね……」
「何で敬語なの? 別に昼のことなら気にしてないってば」
「嘘でしょそれ……」
「うん、嘘」
「ですよね……」
俺の聖域が超人ラスボスによって侵されてしまい、二人きりで俺の弁当を全て無理やり彩葉に食べさせられる昼休みを終えていざ放課後。
今度こそ俺の癒しの時間が訪れる──訳もないのだ。
だって俺と彩葉は同じ場所でアルバイトをしているのだから。
俺も当然彩葉同様に生活費を稼がねばならないのだが、彩葉の圧によって同じ場所を選ばざるを得なかった。
この世界の男性がアルバイトをするなら慎重に場所選びをしなければならない。女性が多ければ当然狙われるし、かと言って男性のみの場所も数少ない……強いて言えば書店やネカフェバイトなら落ち着いた雰囲気の為全然マシだ。
俺はその辺りを選ぼうとしたのに彩葉に引き摺られて一番選びたくなかった飲食店バイトをする羽目になってしまった。
ホールに出れば女性に連絡先を聞かれるが、彩葉の目力による圧力や連絡先を書かせる為の紙をはたき落としたりと、彩葉ガードによって俺の貞操は守られて……いない。その彩葉本人に貞操センサーが反応しまくっているのだから。
……さて、今夜は部屋の鍵を閉めて引き篭もるとするか。
「引き篭もったりしたら明日どうなるかなって話だけど……どうする?」
「今夜はお共させていただきます」
「よろしい」
幾ら幼馴染だからと言ってここまで一方的な意思疎通が出来るものなのか。最早超人という特殊能力に何千ものスキルが付いているように感じてくる。
「それはそれとして、男子と仲良くするのはいいけど限度ってものがあるよね? 私あんたと1ヶ月くらい昼ごはん食べてなかったんだけど」
「いや〜昼くらいは許して欲しいな〜……なんて」
「週3は私が予約するから」
「せ、せめて週2で……」
「じゃあ毎朝毎晩ご飯一緒でモーニングコールとおやすみコールするけど、いい?」
「週3でお願いします」
危うく俺の生活が朝から晩まで彩葉尽くしになるところだった……勉強もバイトもしてて限界生活してる癖に本気でやりかねないのが怖過ぎる。
俺ばかりに意識を取られるくらいならもっと身体を大事にして欲しいのだが……育ち盛りの女子高生なのだからもっと健康に気を遣ってだね……
そんなことを考えながら彩葉と共に帰路についていた俺たち──だったのだが──
「とりあえず今日は晩ご飯は一緒に──は?」
「……? どうし──ん?」
ようやくアパートの前に到着して今夜のことを憂いを帯びた視線を自室に向けていた──が、視界の下の方に何か凄い光ってる電柱が映り込んだのだ。
その姿はまさしくゲーミング電柱──カラフルな爆弾でも爆発したのかと思う程のパステルカラーの煙がモクモクと電柱周りを包み込んでいた。
……いやおかしいな。
俺は幻覚でも見ているのだろうか。もしかしたら昼休みからの出来事が全て夢物語だったのかと錯覚し始めてしまう。
試しに自分の頬をつねってみる──あ痛い。現実だコレ。
「……彩葉。これ現実っぽいけど」
「……いやいやいや、そんなことある? あんなゲーミング電柱あり得ないでしょ」
「何か出て来そうな雰囲気出てるし──ん?」
怖いもの見たさで電柱に近づいてみると何か竹で出来た取手のようなものが目に入ると同時に、恐らく観音開きスタイルであろう扉らしきものが付いていることも分かる……いやどういうこと?
中に爆発物でも入っているのかと思う程罠にしか俺には見えない。そもそも電柱の中は確か空洞な筈……誰かが物を入れるのは不可能だと思うのだが。
彩葉ですら未だに幻覚かと錯覚している程だ。
「……どうする?」
「いや無視でしょ……明らかに危ないし」
「だよね……」
とは言え自らパンドラの箱を開けようとは思わない。ただでさえ彩葉によって生活の安寧が脅かされようとしているのだ。ここは素通りして──
──しようとしたのだが……
「──ん? いやいやちょっとまてまてまて!!」
──突然謎の音楽と共に電柱の扉が壮大に開こうとしていたのだ。
が、何か一瞬変なものが中に見えたものの現実逃避するように無理やり扉を閉じる。
こんな危険物にしか思えない扉を開けていいと思う人間は果たしているのだろうか。
それにしてもこの扉の正体が甚だ疑問だ。昨日まではごく普通の電柱だったのにたった1日でこんなゲーミング電柱に変わるものか?
「──ちょちょちょまた開きそうなんだけど!」
「──ぬぉぉい!! 勝手に開くな!」
しかしこの扉は無理やり正面突破する腹づもりのようだ。ならば俺は真正面から此奴を押し切り──ちょっと……んんんんっっ!! 力強いな……!
自動ドアに負ける俺とかいう絶妙に嫌な光景が彩葉の目の前に広がっているがそんなのは関係ない。どうせ彩葉にすら殆ど力負けするのだから今更変わらない。
「──あっ無理」
「諦めがいいねあんたは……」
しかし予想以上の力の強さに俺は根負けすることを選んだ。男としての威厳など元よりないものだからこの際どうでもいい。
そして俺よりも威厳がありそうな扉が満を持して開こうとしていた──
「「……」」
俺たちが固唾を飲んで扉の中を覗くとそこには──
『んっ……んえぇぇっ……!』
『んんぅっ……うぅ〜!』
『──オギャア!! オギャア!!』
──何ともまぁ可愛らしい赤ん坊が鎮座していたのだ。
…………
……
──そして俺はこう思ってしまったのだ。
──これだ!! と。
2話目にしてやっと原作スタートです。