少し短め。
光り輝く電柱から泣き叫ぶ赤ん坊を何とかあやしながら部屋へと連れて帰り、俺たちはこの子についての会議を行なっていた。
この子の素性については俺たちの力では調べようもない為、当分の間の安全面という方向で会議は進んでいた。
「さてと……ベビー用品買いに行くか」
「えっ急展開に加えて急展開すぎない? なんでそんな落ち着いてんの??」
「彩葉から離れ──じゃなくて、育てることで彩葉から解放──じゃなくて、可哀想でしょ。多分最近問題になってる捨て子だと思うし」
「えっ何? 前半部分もっかい言って? 聞こえなかったから」
「い、いや捨て子だと思うから可哀想だって話を……いや、マジなんすよほんと。ほんとだから近づいてこないで」
数秒前の自分を殴り飛ばしたくなる程の失言に理性が切れかかっている彩葉から赤ん坊を抱えながら逃げ回る俺。最早会議どころじゃない。
ちなみに前半後半部分、どちらも俺の本音だ。
俺がこの子を見つけた瞬間に──彩葉の意識を赤ん坊に向けさせるという戦法を思いついたのだ。
しかし当然育児には俺も参加して段々と彩葉に懐かせる作戦だ。赤ん坊は母性に飢えているからね。彩葉に母性があるかどうかは何とも言えないけども……
そして後半部分──捨て子という最近問題になっている事象。
これは出産した女性の赤ん坊の性別が女の子だと判明した瞬間に母親が子どもを捨ててしまうという問題だ。
親が子を襲う事例なんて滅多にありゃしないが、違法な男性の種を無理やり預けさせたような施設での人工授精をした女性がこの問題の大半……男に飢えた獣がこういう行動を起こすことがたまーにある。実の子どもに恐怖を植え付けさせるような性行動なんて然るべき罰を受けるべきだが。
あんな訳の分からない演出に加えて電柱内にいたのは未だに謎だが、この子も恐らくは捨て子……見過ごす訳にはいかない。幾ら慢性的な男性不足とは言え、子どもに罪はないだろう。こればっかりは俺は憤りを感じる。
だがまぁ、俺たちで大人まで育てることなんて不可能だから、一時的に俺たちで健康面を保障しようという話だ。一時的とは言え数日間のみになると思うが……保育所とか土日は空いていないからね。この子が安全な施設で保護されるようになっても彩葉に愛着が芽生えたら多少は俺への意識が削がれるだろう……という話でもある。
『すぅ……すぅ……』
「よく眠ってるね」
「彩葉の子守唄が効いたんだよ。危うく俺も寝そうになったけど」
「そのまま寝てくれても良かったんだけどね」
「……寝るなら自分の部屋で寝るよ」
「私の部屋じゃダメな理由でもあるの?」
「そんなことよりベビー用品買いに行こうベビー用品」
彩葉は歌が上手い為俺の汚声よりも明らかに子育て向きな女子だということが分かると同時に段々と欲を隠さなくなって来たなぁと思う今日この頃。
いつの日か料理に一服盛られそうで俺は怖いよ。
「まぁお金はこっちが出すからさ」
「いや、子育てとかしたことないんだけど……」
「調べながら一緒にやろうよ。この子の為にも……さ?」
「──ん? え、一緒に?」
「え? そりゃ一緒にでしょ」
「ほ、ほんとに?」
「う、うん」
「ほんとのほんとに?」
「だからそう言ってるじゃん……」
そりゃあこの子を一緒に拾ったのだから俺にも責任はあるだろう。何故にこんな食いつくように強調してくるのか。
って言うかベビー用品って値段は幾らくらいなのか。俺にも一応生活費がある為多少は切り崩さなければならないが、限度ってものがあるしな……とりあえずスーパーにでも行って考えるか。
「そうじゃん一緒に子育て出来るんだ子育てコソダテ……でもこの子も捨てられてたんだろうし放ってはおけないよね。これはあくまでその予行演習というか実演というか……将来的に結婚するなら花嫁修行もしておかないとだよねうん……これはケッコンした後の予行演習これは予行演習……」
「…………………」
──とりあえず前提として言わせて欲しいのは俺はこの子を見捨てるつもりはないし、ちゃんと保護されるまで健康面を保障する。
俺の我儘に付き合わせるような真似をして本当に申し訳ないと思っているから、その分ちゃんと入念に調べて育てていこうとは考えている。
ただ、その期間で少しでも彩葉が俺やヤチヨ以外のものに愛着が湧けばいいなと思っただけなんだ。
でもね、これだけは言わせて?
──やっぱ俺一人でやった方が良かったかもしんない!!
***
幼馴染からの好感度が想定以上に異常だと察してしまった今日この頃。世の男性諸君はいかがお過ごしだろうか?
趣味に没頭するも良し、男子同士で親睦を深めるのも良し……日常をより楽しく胸が躍るようなものにする方法は幾らでもある。ツクヨミはその最先端を行っていると言っても過言ではないだろう。
一度狙われるとフレンド申請を連打されたりストーキングされたりと、電子の世界だからと言えど油断したら食われるのがツクヨミという巨大仮想空間だ。
そして俺はと言えば──好感度が異常に高い幼馴染と子育てグッズを買いに来ています。
しかしとっっても非常に後悔しています。何故なら──
「たっっっか……」
ベビー用品は様々な種類があるがどれもかなりの高額。恐らくは定職に就いていることが大前提のような値段設定だ。俺のせっかく貯めた貯金が擦り減っていく……だがまぁ、この子のことを考えると安いものだとは捉えられる。
ああ、後悔しているのはこの値段設定じゃなくてね──
「私も少し出すよ。あんたにも生活があるんだから」
「ああうん、ありがとう……」
「いいのいいの。今は夫婦みたいなものだし、折半するのは当たり前でしょ?」
「そっすね……」
──やけに子育てに前向きになってしまった幼馴染の方なんだよね。
普通なら一人暮らしのなけなしの貯金から切り崩してまで前向きに子育てしようとは考えないだろう。しかし前述した通り想定以上の好感度の高さ故にこんな体たらくになってしまっているのだ。
結婚だとか花嫁修行だとか……中々に不穏な単語が耳に入り込んで来るし、そろそろ本気で貞操を彩葉に奪われてしまいそうだ。しかし逃げようだなんて考えたら地の果てまで追いかけ回して来そうだから逃げようにも逃げられないのが現状だ。
一言でも『彩葉はいいお嫁さんになりそうだね』なんて言ってしまえばその瞬間に俺の貞操が奪われる。ほぼ確実に。
うん、詰んだかも。
『あぇっ……あぇっ』
「おーよしよ〜し……」
「……」
「……どしたの?」
「ううん、なんでもない」
この子がいる間は貞操の危機は死守できそうだが……にしても可愛らしい赤ん坊だ。艶かしい視線を向けられることもない癒しの存在──自分が意外にも子ども好きだっことが発覚したのには驚いた。
純粋無垢で純潔……真横にいる幼馴染にも見習ってもらいたいものだね。と言うか元々は似たような純粋な女の子って感じだったのにいつ誰がこんな姿にしてしまったのだろうか。
そんな昔の彩葉には思いを馳せながら俺たちはレジへと向かう。
「お会計1万4250円になります」
「……ふ、ふじゅペイでお願いします……」
……安いもんだこれくらいだとは言ったけれど、やっぱ高いわ。
***
「……ねぇ、ほんとに私出さなくていいの?」
「いいよ。俺は仕送りももらってるし……これ以上彩葉に無理はさせられないし」
「……そっ……か」
久々の高額な買い物を終えて彩葉の部屋に集まった俺たち。もう夜も更けており明日も学校がある為すぐに寝なければならないのだが、どちらがこの子の寝かしつけを担当するかって問題だ。
まぁ当然彩葉に一任するのが最善だろう。子守唄も歌えるし女性ならではの母性が……あると信じたい。それと何より安心感がある。俺が寝返りを打って赤ん坊を押し潰す可能性も無きにしも非ず。それに俺は一度寝たらそのまま朝まで直行するタイプだから夜泣きしてしまった時に対処出来ないのも痛手だ。
ふむ……これは彩葉で確定だな。
「とりあえずおむつも履かせたし……俺は部屋に戻るね」
「え、泊まんないの?」
「えなんで」
「は?」
「え?」
逆に何故俺が泊まると思っていたんだこの貞操ブレイカーは。同じ部屋で寝るなんて俺が寝れそうにない。赤ん坊ガードがあるとは言え延々と寝顔を見てきそうなイメージがあるんだよね。
「いや、泊まる必要はないでしょ」
「1日くらいいいでしょ。ほら、布団用意してるんだから」
「なんで??」
「なんでって……二人で育てるんだから当たり前でしょ」
「育てるって言っても土日までだけど??」
「じゃあ土日まで泊まっていきなよ」
「1日交代じゃダメ?」
「ダメ」
不味い。追い詰められた。
何故既に布団が用意されているのか。元から俺を捕縛するつもりで買い物に着いて来ていたのかこの貞操クラッシャーは。しかも土日まで毎日泊まるなんて貞操と言うか先っぽまでいかれそうな雰囲気があるのが怖い。
やっぱり俺の部屋にこの子を置く方がいいかもしれないな……彩葉だとこうなるし学業も疎かになる可能性もある。
そんなことを考えていたら──
『んぅっ……んぇえぇっ!!』
赤ん坊が泣き始めてしまった。それと同時に俺たちも瞬時に育児モードへと切り替わる。
「っとと……どうどう……お腹空いてんのかな?」
「とりあえずミルク飲ませてあげよっか」
「だね」
赤ちゃんパワーというものは何て偉大なのだろうか。一瞬で場の雰囲気を和ませるのだから。流石の彩葉でも赤ん坊には敵わないと悟ったようだ。
しかし……そうだな。彩葉だけなら学業周りが疎かになるし、俺だけなら夜の世話が出来ない──泊まる選択肢は除外するが、夜前までは一緒にいても構わないだろう。
どうせツクヨミに無理やり連行されるのだからこの際変わらない。週3で俺の学校生活の安寧も破壊されたんだし……段々と彩葉が生活の一部に組み込まれ始めている気がして俺は恐怖を覚える。
『んっ……んっ……』
「……まぁ、今日だけは泊まるよ」
「りょうか──……えほんと? 嘘とか今更言わないでよ? 絶対言わせないからね?」
「どうせ後は風呂入って寝るだけだから……あ、布団は離れさせてね」
「は? なんで? この子いるんだからくっつけるに決まってるでしょ」
「……絶対?」
「ゼッタイ」
そう言いながら布団をこれでもかという程密着させてしまう彩葉……今の彼女に反抗しようものなら一緒の布団で寝るとか言い出しそうだからここは静かに頷くのが吉。
「じゃあ、とりあえず俺の部屋の風呂入ってくる「あんたの部屋の鍵私が持ってるから逃げられないからね」この部屋の風呂に入らせてもらいます」
どうやら此奴は盗人の素質もあるようだ。
***
「おーいトワ。あがった──よ……」
「すぅ……すぅ……」
『んぅ……ふふっんふぇっ……』
「ヤッッッバこの絵面眼福すぎる……後で絶対現像しよ」
***
同じ部屋で寝るという一歩間違えたら貞操が終わる状況下での起床──幼馴染が何かをして来た気配はなかったが途轍もなく幸せそうな顔をしていた。赤ん坊も俺にしがみつくように寝ており自然と笑みが溢れる天使の如き寝顔だった。
まぁ、そういう訳で俺たちの数日間の子育てが幕を開けた訳なんだけども──大変だけど俺的には結構楽しいんだよね。
彩葉は毎日のようにバイトや勉強があるけど、俺はバイトも何日か休みがあるから、その分つきっきりでお世話をしていた。
ミルクを飲ませたりお守り用の遊具で遊んだり一緒にテレビを見たり……何だか今まであべこべな世界で苦労していたからこんなに平穏な生活を過ごしたのは幼少期以来かもしれない。
別に今の生活が嫌いって訳でもないけどね。なんだかんだ彩葉とも仲良くはしてるから。
彩葉にはバレてないと思うけど、少しだけ子守唄の練習をしてるんだよね……彩葉がよく歌っているヤチヨの『Remember』という曲を聴いてこっそりと声出しなどを行なっている。
しかしまぁ自分の才能のなさと言ったらこれまた酷くて……突き抜けた才能がある訳でもない全てが中途半端な俺。
それでも赤ん坊は笑ってくれるから何度でも構いたくなってしまうんだ。
夜は彩葉が世話しているがかなり苦労しているそうで、俺もどうにか起きれないものかと試そうとしたが爆音アラームなんか近所迷惑だし彩葉に起こしてなんて頼めばどうなるか分からないし、結局解決には至らなかった。
彩葉も彩葉なりに頑張ってくれているんだ。まぁ彼女の部屋から俺の寝顔とかの写真が何枚か出て来たのはビビったけども……
彼女に関しては学業を優先するべきだし、子育てしている暇もないと思うのだが、そこは元来の性格が変わっていないのだと理解できた。
だけどもうすぐこの生活も終わりを迎える──今日は土曜日。あの子を保育所に連れて行かなければならない……俺たちじゃ限界があるからね。
寂しくなるが彩葉も愛着が湧いていそうな雰囲気がある。
俺たちに出来ることはあの子が安全に過ごせることを願うことだ。
さて、そろそろ彩葉の部屋に行くか……もう起きてるはずだ。
***
早朝の静寂を切り裂いたのは彩葉の部屋の扉をノックした音だった。せめて最後にもう少し顔を見ておこうという腹づもりでやって来た訳だが、中々彩葉が出てこない。まだ寝ているのだろうか。
「……」
朝の静けさ、肌寒さ……冬は地獄だが春夏秋の時期は何だか心地がいい。ぬくぬくの布団から抜け出して陽光と共に感じる肌寒さは、生活の始まりを告げる合図のようで俺は好きなんだ。
しかし……何か部屋の中で暴れてるような足音がやけに騒々しく聞こえるが、彩葉が躓いたりでもしたのだろうか。
そんな心配が残った為、再度扉を叩こうとすると──
「──うぉぉいっす!」
「──んん?」
──扉が開いて彩葉が出迎えてくれると思ったが、中から現れたのは小柄な女の子だった。
誰……だ?
やけに見覚えのある髪の色だったり雰囲気だったり……隣同士なのだから部屋を間違えた筈ではないが、疑問が残る。
「わおっ! お、男だぁ!」
「……まさか」
……見覚えのある髪色。昨日彩葉の部屋に一緒にいたのはあの子だけ。俺は泊まってもいないし女の子を連れ込んだ覚えもない。
目の前に現れた女の子と無数のヒントから導き出される答え。もしかしてこの女の子──
──あの赤ん坊なのか?
彩葉がどんどんキャラ崩壊してる……
次回からは……次回からはもう少し長めに書きますので