まだ試験期間中ですが余裕が出来たので投稿。
次話は一週間ほど先になると思います。
「──あのさ、そろそろどいてくれない?」
「無理」
「ああもう……」
ヤチヨのライブへと赴く為に仮想空間ツクヨミへとログインし、初ログインであるかぐやを待ち侘びていた俺たち。最早ナマケモノみたいに俺の腕にしがみついている彩葉は無視した方が良いだろうか。
初ログインの際はヤチヨに手取り足取りなんでもご教授されて無事にツクヨミユーザーの一員へとなれる。
アバターボディの作成や衣装の変更だったり、自分が主人公になれるゲームでもキャラクリはトップクラスの醍醐味と言って良いだろう。
現に俺も自分が格好いいと感じた服装でプレイを出来ているわけだし。
あ、一応俺のアバターの見た目を説明しておくと、ライトグレー?の和を強調するようやデザインのロングコートに黒の襦袢、グレーの袴パンツって感じのまぁツクヨミではありふれた和装だ。
ヤチヨが変な昔っぽさ溢れる口調で喋る影響なのか、ツクヨミがそもそもネオ平安京みたいな世界だからなのか、大半のユーザーが和装でキャラクリをしている。別に普通の服装の人もいるんだけどね。
俺も初めてログインした際にキャラクリを含めてヤチヨに色々と教えてもらった記憶がある……けど。
な〜んか距離が近過ぎてびっくりしたんだよね。凄いボディタッチが激しいし、タッチというか弄るって感じだったし……ああいうものなのかね?
大して気にしてはいなかったが──
***
いつだったかな。ヤチヨを知ったのが上京後だったし、割と最近かな?
初めてスマコンを付けて目を閉じると、自分が銀河を流れる星のように突き抜けて気が付けば無限に続く水平線が広がる浅い湖に呆然と立ち尽くしていた俺。
厳島神社のような壮大な景観に圧倒されていた。仮想空間なのにこんなにも雄大な景色を作り上げることができるのかと……ここで一つの観光地とも言えるツクヨミに惹かれた人は多いだろう。
そしてまた気が付けば──
「──太陽が沈んで……っ……夜がやってきます」
目の前に──管理者の
「おー……本物だ」
「……っ……!」
配信で見ていた通りの優しい笑顔を崩さずにこちらを見つめていた……一瞬だけその顔が歪んでいたのは気のせいだったのだろうか。
数分間ヤチヨは何も発さずに俺の身体を隅から隅まで見つめており、分析でもしているのかと思って俺も無言で待っていた。めっちゃ気まずかったけどね。
この時ヤチヨが何を考えたいたのかはヤチヨのみぞ知るってね。彼女の性格も影響しているが、全く考えていることが分からないからね。
「よしっ……」
「……?」
「──仮想空間ツクヨミへようこそ〜! 管理人の
「ヤチヨがツクヨミと僕を作ったんだ!」
「あ、どうも……」
コミカルで多種多様な表情を見せるヤチヨには思わず笑みが溢れてしまう。現実の女性は獲物を狙う捕食者の目をしてるからね。そんな欲が感じられないヤチヨは俺にとって新鮮そのものだった。
そんな俺の手を力強く握ってヤチヨは声高らかに宣言した。
「やっぱり、感触がなくてもこの手は安心するなぁ……」
「えっと……?」
「──出かける前に、そんな格好じゃあつまらない!」
「え、あ、キャラメイクですか?」
「そっ! 初めてだし、ヤ・チ・ヨが手取り足取りご教授してしんぜよう!」
「え、でもやり方なんて普通に分かるもんじゃ「管理者命令だよ?」えぇ……」
謎の横暴過ぎる理由で俺のキャラクリはヤチヨと共に始めることとなったのだが……やけにテンションが高いのは少し気がかりだった。いや、元々凄い朗らかな性格なのは知ってるけど、なんか不自然というか……あの一瞬の表情の歪みもそうだけど。
そうこう考えているとヤチヨがいつの間にかキャラメイクウィンドウを開いて俺にこれ見よがしに素材の豊富さを語り始める。
「ほ〜ら見て見て? こんなに色んな髪型や衣装があるんだよ?」
「え、あ、そうすね……」
「今の私服姿も最高だけど……」
「え?」
「ん〜?」
「今のどういうこと「アバダーボディはなんでもアリだから、ムッキムキにしちゃってもいいんだよ? 無理やり抑え込まれるシチュも大歓迎だし……」
「あ、あのちょっとどこ触って……」
「ごめんね? アバター作成にあたって身体検査が必要だから……男の子は辛いかもしれないけど、これは必要事項必要事項♪」
「なるほど……?」
言っておくけどこんなんだけどほんっとに聖なる欲は感じられないんだよね。そもそも仮想空間で欲は感じ取れるものなのかって話だけど、声色とかでも分かるもんだから。ヤチヨは何度もこういうことをしているから慣れっこなのだろう。
彼女にとって当たり前の行動だから欲が介入する余地もないってことだ……多分。
同時に彼女がいかに重荷を背負っているのかも分かってしまうのだ。
「……まだ一年前だもんね。
わざわざ毎回人間の身体検査を行うのも苦痛だろう……流石に彼女にはあべこべ価値観は適応されていないようだし。
こんな超技術の管理人なのだから全員のアバターも把握しなければならないし、細かなところまで検査しなければならないのは当然と言えば当然なのだろう。
「……さて、名残惜しいけど身体検査は終わり!」
「さ、流石に下半身は見ないんですね?」
「当たり前だよ! そんなことしたら男の子のユーザーがいなくなっちゃうし、それに──」
「──下はもう、知ってるから」
「……? あの、さっきから何を言って──」
「さぁ、次はさっそくアバターを作ってみよう!」
ちょくちょく小声で何かを呟いている苦労人なヤチヨに急かされてキャラメイクウィンドウを隅から隅まで確認し。自分の好みに合わせたデザインをし始めた──
***
まぁこういう感じでさ。ヤチヨの距離感の近さとか苦労とか色々知ることができた一件って訳。
今もかぐやもヤチヨによる厳密な身体検査が行われている筈だ……お互いに明るい性格だから割と意気投合しそうな雰囲気もあるが、ヤチヨと仲良くなってくれても全然OKだ。
それに今日は握手券付きのライブだからね。彩葉もテンション上がってるし、ヤチヨがいれば俺の貞操は奪われることはない。ヤチヨが抑止力になってくれているのだ……ヤチヨ様々だよ。
そんなことを彩葉にしがみつかれながら考えていると──
「ぶべぇっ!!」
「──お、来た来た」
ようやくチュートリアルを終えたかぐやが転げ落ちるようにしてやって来た。
うさ耳をつけて袖の短い赤い和服を羽織ってどことなく落ち着いた雰囲気も感じ取れる装いにチェンジアップを果たしている。横にいる犬は……見覚えがあるがイマイチピンと来ないな。
「ギャルいかぐや姫……」
「横にいるのは……?」
「あ、もしやトワと彩葉!」
「チュートリアルは終わった?」
「うん! ヤチヨに会えた!」
「まぁ最初は皆そうだし」
「で横のは?」
「ん? あ、犬DOGE! 連れて来れるんだ!」
あー、そう言えば昔の携帯ゲーム機に何かやけに長ったらしいプログラミングが施されていたっけな……来て早々に短期間で訳の分からない文字の羅列を作ったと見せられた時はそりゃもう驚いたさ。
その産物がその携帯ゲームの登場キャラである犬ってことか。
「ほら、もう行くよ」
「え、ちょっと待ってってば! 彩葉ばっかりずるい!」
「は? どういう──」
かぐやの言葉に彩葉が面倒臭そうな表情を浮かべている内に、いつの間にかかぐやが彩葉と対をなすように俺の腕へとしがみついた。
う〜んまぁこれは単なる遊び心というか子どもらしい無邪気さというか……だから彩葉さん? そんな怖い目でかぐやを見つめないであげて欲しいな。俺が怖いから。
「へぇ……中々いい度胸してんじゃん?」
「……あんな感じになるの想定してなかったの?」
「だ、だって〜……」
スキンシップについてはまだまだ教育する余地がありそうだな……彩葉の二の舞を踏んで欲しくはないし。
***
──さて、こんな感じでヤチヨのライブが始まるまでかぐやの初ツクヨミ行脚が始まった訳なんだけども……
「ねぇねぇそこのおにーさん! 私たちと一緒にあそば「一昨日来やがれこの出会い厨め」
「そーだそーだ! トワは私たちのだぞー!」
「ちっ……先越されたか……」
「……」
これは酷い。と言うかよくこの二人がしがみついている俺に話しかけれたなあの女性の人達。最早男を捕まえる為には手段を選ばないってか。ほんとに仮想空間で良かったよここが……現実だったら怖過ぎるもん。
とまぁ、今の女性達はかな〜り酷いタイプだが、話し声ですら男だとバレると今みたいに電子版ナンパもとい出会い厨の女性に狙われることが多々あるのだ。
その度に彩葉ガードによって守られてはいるが、そのガードしてる本人が一番厄介なのが困るね全く。
いやでも滅茶苦茶強いから有り難いものではあるんだけど。
怖いねほんと……今の人達は多分俺よりも年上だろうががめつい年上女性なんて恐ろしくてたまったものではない。口悪いしさ……彩葉が百倍マシに見える不思議現象。
「ね〜ツクヨミってあんな人ばっかなの? な〜んかやな感じだったよ?」
「いやアレはだいぶ酷いよ。かぐやも近寄ったらダメだからね」
「ほんっと……男だからって理由だけで事あるごとに近寄ってくるんだよね。トワのこと何も知らないくせにさ……ああもう思い返しただけで腹が立つ……! トワのことが欲しいならせめて私と同じ土俵に立つのが前提条件でしょ大体トワのこと一番理解してるのは私なんだしと言うかそもそも誰がトワのことをあんた達に渡すかって話でさ──」
「彩葉っていっつもあんな感じなの?」
「まぁね……頼りになるのは間違いないんだけど」
未だに喋り続けている彩葉をゆっくりと引き剥がしてそんな彼女を横目に俺はかぐやに初めてであろうショップを案内しようと決めた。
と言うかいつまで一人で喋ってんだ彩葉は。しかも道端でやってるから滅茶苦茶大勢の人に白い目で見られてるんですけど……やっぱり彩葉が一番怖いかも。
そして──
***
──かぐやの案内も無事終わり、とうとうヤチヨのライブ時間に突入した。
既に会場には数え切れない程の人数が集まり、男女問わずに殆どの世代が集まる大所帯となっている。
見渡す限りだと流石に一人で鑑賞している男性はいないようだ……同じ男として安心する。もしいたら二人を差し置いて話しかけに行こうと思っていたのだから。
ただまぁ、俺のように女性に囲まれている人は全くいないようだが……
毎度毎度ヤチヨのライブ会場は流麗で一種の観光地と言ってもいい程の美しさだ。満点の星空に加えて豪華なライトアップ、特等席である飛行艇など……始まる前から終わるまで視覚的にも楽しめるセットアップだ。
ライブ中にはたま〜にミニヤチヨが飛んでくる仕様もあるが……俺は毎回何か囲まれたり纏わりつかれたりするんだけど……服の中に入り込んだりしてくるし、中々に遊び人の個体が多い。え、他の人もそうだよな?
『キタキタキターー!! これがないとツクヨミの夜は始まらない! 本日もヤチヨミニライブの開演だぁぁぁーーー!!』
おっと、そうこうしているともう開演時間のようだ。この大声の主はヤチヨ乃大ファンを公言するMC担当ライバーの
彼女の他にも
「え、何? 何が始まんの?」
「まぁまぁ、すぐに分かるよ」
オタ公の興奮が孕んだ声が響き渡ると同時に、巨大なスクリーンが空中に出現し、カウントダウンが始まる。
会場の人間が全て一体となって共に秒数を刻み始め、『0』と表示されると──
「ヤオヨローー! 神々のみんな〜、今日も最高だったー?」
たった一声。ヤチヨの一声で会場のボルテージが一気にスパーク。毎度ながらこの流れは圧倒されてしまう。
「よーし! 今宵も皆を誘っちゃうよ☆ Let's go on trip!」
圧巻のライブが今日も幕を開けた──
***
「いや〜、流石の美声だったね」
「彩葉固まってるけど……」
「ライブ後はいつもああなるからほっといてあげなよ……あっでもああなるならヤチヨの曲を盾にして貞操守るのもアリだな……」
「何の話? 貞操って何?」
「絶対知らなくていいからね。絶対」
かぐやが貞操ブレイカー第二号にならないよう念押ししながら俺はライブが終わった後の寂寥感が漂い始めている雰囲気に身体を預ける。
そうそうこれこれ……男性諸君ならば分かってくれるだろう。この雰囲気の心地よさを。普段から捕食者に狙われて苦しむ毎日から解放されたような興奮やヤチヨの欲がない朗らかさに身体を預けてみれば苦労を忘れられる。
今回もライブ中にミニヤチヨが纏わりついて来たけど……まぁ癒されるからよしとするか。
かぐやも何だかんだで圧倒されていたようだし、楽しめて何よりだ。
そんなライブ後の興奮が冷め切らない渦の中で、歌い終えたヤチヨが大きく手を振ってファンに応えている。
「イェーイ! 感謝感激雨アラモード! ヤチヨは果報者なのです……あ、そうそう、ここでお知らせ!」
「……お?」
突然のお知らせ発表にファン達がどよめくが、ヤチヨが指を鳴らすと同時にスクリーンにお知らせの概要が映し出され、ヤチヨが声高らかに宣言した。
「──ヤチヨカップっていうイベントを開催しま〜〜す☆ FUSHI、詳細よろしくぅ!」
「はーい! この大会に参加資格があるのはツクヨミの全ライバー! 一ヶ月の期間内で最も多く新規ファンを獲得した人が優勝だよ! 優勝者にはなんと、ヤチヨとのコラボライブの権利を進呈! 世界一盛り上がるコラボライブステージを一緒に作れるよ!」
「えっマジィ!?」
「あ戻った」
「え、なになに!? そんな凄いのコラボライブって?」
「まぁ……確か今まで配信のコラボはあったけど、ライブのコラボはなかったんだよね。だから皆盛り上がってるんだよ」
唐突に発表されたコラボライブの座を賭けた大会。ファン達はこぞって早速誰が優勝するかを話し始め、冷め切らない興奮が更にスパーク。
まさかこんな隠し玉があったとは……おちゃらけた性格をしてるから気まぐれなのかどうかは分からないが、ヤチヨと誰がコラボライブをするのかは見てみたい。
ただ、幾ら新規ファンとは言え新参者が易々と優勝できるような大会ではない……恐らくは現在のトップライバー達がコラボを賭けて競い合うのが筋だ。
トップライバー……ねぇ。
頭の中に三人の大馬鹿共が浮かび上がってきて段々と腹が立ってきた。世の男性が口を揃えて『馬鹿』と称しそうなトップライバーグループ。
言っておくけどツクヨミでもリアルでも会ったら面と向かって馬鹿にするからね。
そんな事を考えていると──突然轟音が響き渡る。
ああ、これは……
轟く爆音と共に現れたのは虎が屋形を引く虎車……声も発してすらいないのに、その姿だけで誰がきたのかを察したツクヨミ内の女性達は黄色い歓声を上げる。
「黒鬼だぁ〜っ!」
「
そんな歓声を受けると共に屋形が割れ、鬼がモチーフとなっている男性アバターが登場する。そしてその両脇をローブを纏ったアバターに、地雷系女子っぽい装いのアバターが固めている。
抜群の人気を誇る三人組プロゲーマーユニット──ブラックオニキス。通称黒鬼がド派手に登場する。
「よう、子ウサギとも。お前らの帝様が来たぜ」
うっわ〜……マジないわ。やっぱ全員馬鹿だわ。
ヤチヨにも負けない歓声が響き渡り、虎車から降り立ったリーダーの
その合図と同時に会場のモニターがジャックされ、彼らの経歴を纏めたPVが流れ始める。
あ、心の中でも考えたくないから説明は省くね。調べたきゃ自分で調べて。
「また、祭りが始まるな」
そうですね〜。
「俺今日も作画よすぎ♡ でしょ♡」
あーはいはい作画いい作画いい……
フードの男──
まぁ、彩葉も彩葉で因縁があるんですよ彼らと言うか帝とは……そこは気が合うのは不思議。ひとえにあの三人が馬鹿だからなのだが。
「俺たちに優勝して欲しいよな? 底無しの夢を見せてやるぜ!!」
と同時に自分達が優勝すると高らかに宣言する帝の声が上がると同時に再度歓声のボルテージが上がる。
まぁ、実力は確かだからね……癪だけど、本当に癪だけど優勝するのは彼らだろう。
あんな馬鹿やってるのにまだ襲われてはいないそうだし、多少の身の守り方は存じ上げているようだ。そこはまぁ同じ男として尊敬はしてやろう。
折角ヤチヨのライブの雰囲気に浸っていたと言うのに彼らのせいで気分ダダ下がりだ。
そんな悪態をついていると──
「ヤァァーーーーチィィィーーーーヨォォォォーーー!!!
「かぐやがヤチヨカップ優勝する! そんでもって、絶対コラボライブする! トワも、いろ──むぐっ!」
遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よと言わんばかりに唐突に叫び出したかぐやの口を急いで彩葉が閉じさせる。
え、俺の名前言ったよな今。ブラックオニキスにバレてないよな。
「……いとかわゆし」
「ほいで、ライブはいったんクローズ! 皆んなとちょこっとお話しさせてね〜☆」
かぐやの宣言に不敵な笑みを浮かべたヤチヨはすぐに気持ちを切り替えて姿を消す。
恐らくは握手券付きチケットを保有しているユーザーに話しかけに行くのだろうが……こっちはそれどころではない。
(トワ……? いや、まさかな……)
「ちょっと何勝手に言ってんの!?」
「トワも彩葉も〜、一緒にやろっ?」
「あ、無理」
「え絶対トワはOKって言ってくれると思ったのに!」
「それはあくまで君の理想なのだよお嬢さん」
「なんでなんで〜!! やろうよやろうよ〜!」
「無理だっての! そもそも前提条件が違いすぎるの! 私たちなんてただの一般人なんだから」
彩葉の言うことも一理あるが、俺はそれ以前にあの馬鹿共と同胞みたいに扱われたくないのだよ。俺はあんな自分の貞操を奪ってくださいと言っている奴らとは違うんだ。こちとら横の部屋の超人相手で手一杯なんだ。これ以上増やされてたまるか。
だがかぐやもかぐやで引き下がる気はないようだ。
よかろう。こうなれば根比べ勝負じゃ。二年も彩葉を相手にしている俺の意志力の強さを見せてやるってんだ。
なんて中々引かないかぐやと根比べ勝負を行おうとしていた俺たちの前に──小さくなったヤチヨが現れた。
「お忘れかな〜? ヤチヨカップの参加条件はライバー限定なのです」
「あっそうじゃん! じゃあかぐやもライバーになる! さっそく準備してくるーっ!」
「え嘘でしょ」
そう言って速攻でログアウトしたかぐやを俺たちは余りの速さに呆然と見つめていることしかできなかった。
何でこんな展開が早いんだよ。月っていうのは何でもかんでもの動きが早いのか? 時間の進みとかその他諸々が。
不味いな。このままではかぐやのライバー計画に巻き込まれてしまう。そうなれば俺の貞操は今まで以上に危うい立場になってしまう。よし、ヤチヨの握手券は彩葉に託してかぐやを止めに行こうか。
そう思って彩葉の方へ視線向けたのだが──
「今日は楽しめた?」
「は、はい……っ! それはもちろん!!」
あ"ぁ〜もうヤチヨに先手を打たれているし……ヤチヨもかぐやも展開が速すぎて訳が分からなくなってくるよ。
これが巨大仮想空間の管理人と月の元居住者故の適応能力なのか。
***
「あ、ありがとうございましたっ!!」
数分間の彩葉のヤチヨの対話を聞き流していた俺にとうとう出番がやってきたようだ。
全く、彩葉も普段からあんな感じでしおらしい雰囲気ならば良かったのに……ヤチヨめ。悉く俺の情緒を破壊してくる人だな。
彩葉が興奮冷めない様子で身体をくねらせているのを横目に俺の元にヤチヨがやって来る。
「お待たせ〜! キミもいつも来てくれてるよね? ヤチヨは男の子のファンがいてくれて嬉しいのです〜!」
「でも結構男性のファンも多いんじゃないんですか?」
「そうなんだけどね、やっぱり最初は忌避感があってライブに足を運んでくれる人は意外と限られているんだよ?」
「あ、そういうものなんですね……」
そうか。一応ヤチヨは女性なのだから普段から狙われている男性達は忌避感があるのは当然か。
しかしその忌避感を乗り越えれば心の安寧がやって来るのだ。全く、こんな価値観じゃなければヤチヨのファンはもっと増えるというのに。面倒な世の中だ。
「でもね、キミは特別」
「……? それはどういう──」
その言葉に思わず疑問が孕んだ声を漏らし、彩葉が丁度俺とヤチヨから視線を逸らした時──
──その瞬間に画面いっぱいにヤチヨの顔が映り込み、俺の頬に彼女の唇がゆっくりと触れた。
気がつけばヤチヨに抱き締められており、ヤチヨが俺の頬に口付けをしている状況だったが……余りにも唐突過ぎて理解が追いついていなかった。
「ん……れろっ……」
「──!?」
そんな俺の頬に触れていた唇から舌が差し込まれ、それがヤチヨが俺の頬を一舐めしたのだと理解するのは、ヤチヨが小さい嬌声を溢した瞬間だった。
幾ら触感が無いとはいえ、全く理解ができない行動だった。そもそもヤチヨにはそんな欲はなかった筈だ。それに俺は彼女とは何の繋がりもない……男性へのサービスということなのか?
なぜ彼女はこんな行動を取ったのか?
時間にしては一瞬の秒数が刻まれている中で、俺の脳は爆発的な回転を果たしていたが、状況の整理には至っていなかった。
そんな俺の耳元に彼女の唇が触れ、吐息と共に言葉が紡がれる。
「──嘘じゃないよ。これは、全部本当。初めて会った時のことも……キミにだけしたことだよ」
「なん……で……?」
「何でだと思う?」
「は……?」
「きっと、すぐに分かるよ」
「──だから、拒絶しないで、全部受け入れてね」
そう言葉を紡いだヤチヨの目には、いつものように明るい光は宿っていなかった。
え? なんでヤチヨから欲が感じられないのかって?
そりゃ8000年生きてるんだからそれくらいは出来ますよね!