「──何この不協和音は……」
「だから彩葉に作って欲しいんだよ。BGMとか」
俺の合鍵を作ることが決定して恐らくは内心狂喜乱舞しているであろう彩葉に予め録画しておいたかぐやの配信を見せてみると、まぁ当然の反応を見せてくれた。
特にはこの背景で流れる吐き気を催すような不協和音……かぐやが彩葉の部屋からこっそり持ち出したキーボードによる自作だそうだが絶望的にセンスがない。月に音楽はなかったのか。
そこで、元々ピアノの才能に満ち溢れていた彩葉に楽曲担当をしてもらうという次第だ。それに合鍵をチラつかせれば断れることはない。
彩葉は最近は学校の授業内ぐらいでしかピアノを弾かないからね……
「ほら、キーボードあるから……」
「なに勝手に持ち出してんのよ」
「ご、ごめんってば〜……」
「まぁまぁ……とりあえず弾いて欲しい。久々に聴いてみたいしさ……」
「……それ、ほんと?」
「何で嘘を吐く必要があるのさ」
「ふ、ふ〜ん……」
「……?」
普段から貞操を狙いに来てる癖にこういう微妙なタイミングで照れるのは本当に意味が分からない。まだ幼少期の純情さが彩葉には残っているのかと錯覚してしまうよ。行動原理が俺の合鍵じゃなければね。
だけど、彩葉の演奏を久々に聴きたいというのは本音だ。何度もピアノの発表会に足を運んだし、嬉々として俺に演奏をしてくれる純粋な彩葉の姿はいい思い出だ。
そういうやる時は本気でやってくれるところは彩葉の最大の長所だとは思う。じゃなきゃ一緒に上京なんてしていなかっただろうし……
自分で言うのも何だけど俺は能動的ではないからね……割と受け身。上京だって
俺たちよりも先に勝手に上京しやがった大馬鹿者とは一度本気で喧嘩をしてみたいものだが。まぁこの世界じゃ男同士の決闘なんて夢物語に過ぎないロマンだけどね……漫画とかでそういう描写はあるんだけど実行する奴なんていないだろうし。
おっと、話が逸れたな……兎にも角にも、彩葉には楽曲などの裏方担当で俺は……俺も裏方なのかね。あんまり表には出たくないんだけどね〜……言ってしまうと俺が出た時のコメ欄の状態なんて目に見えてるし……ブラックオニキスはまぁモデレーターとかがいるから多少なりとも民度は安定しているが、それでも酷いファンは本当に酷いからね。
怖いね全く……
「……じゃあ、ちゃんと聴いててよ」
「うん」
そんなことを考えていると、彩葉の演奏準備が整っていたようだ。うん……懐かしいね。あの姿勢ですらそう感じてしまう。
そして、馴染みのあって心地よい彩葉の演奏が幕を開けた──
***
『──トワくん。君はもう少し女性との関わり方を覚えたほうがええかもね……』
『……? なんでですか?』
『今もそうやけど、君は目上の人にはちゃんと敬語も使えるし態度も大人じみてる。達観してると言ってもええかもね』
『達観……他の子と比べたらそうかもしれないですね』
『いやほんとに君は凄過ぎんで?? その歳で一人で生活できるんやから』
『まぁ、家事はやり方さえ分かれば簡単ですし……』
『う〜ん……分け隔てのない態度は人間として出来上がってる。でもな、それがいつでも正しいとは限らないんやで』
『……流石に同年代の子にはそういう子はいないと思いますが……?』
『そやね。その歳でそんなことも理解してるのも凄いけど……世の中には君が知らない危ない人もおるんや』
『……施設にそういう人もいたんですか?』
『ほんま君は鋭いなぁ……正直に言うとそうやね。養子として引き取られなかったらどうなってたやろか』
『でもな、つまりはそういうことや。どんだけ純粋な気持ちで接しようが、ただの下心で狙ってくる女の人はわんさかおるんや』
『なんか珍しいですね。
『そうやな〜……やからトワくん。適切な距離感いうものはめちゃんこ大事なんや。君はよく外出すれば人助けするけど、それされた女の人がどういう顔してたか思い出せるか?』
『いや……流石に人助けした程度でそんなことあります?』
『ほんま君は罪な男やなぁ……君に堕とされた女の人なんてわんさかおるやろうし……人な顔見んのは大事やで?』
『堕としたって……まさか』
『とにかく、女の人と接する時は適切な距離感! 彩葉は大丈夫やろうし、別に気にせんでええと思うけど……』
『君には彩葉のこと、任せたいしなぁ』
***
──
彩葉の演奏を聴くと不意に思い出してしまうな……幼少期の辛い経験があったと言うのにあんなに完成され切った人間性を持った人はそうそういない。
彼の教えもあってこそ、今の俺もあるってものだ。彼がいなければ俺はもっと沼に足を踏み入れるような尻軽男になっていたかもしれないし……本当に、彩葉の両親には色んなことを教えてもらってばかりだ。
その点、彩葉も色んな意味で成長しているが──こればっかりは俺が悪いのかどうか分からない。朝久さん……任せるってそっちの意味だったんですか。
……また、
この世界で数少ない、俺が心の底から尊敬している人物なのだから。
「──ワ……!」
しかし……そうだな。行くとしたら
その時は──彩葉は一緒に連れて行くべきではないかな。
「──トワ!!」
「ん、ああ……ごめんごめん。浸り過ぎてた」
「え、そ、そんなに良かったの?」
「うん」
「へ、へー……」
かぐやの声と共に意識は覚醒し、気が付けばいつの間にか演奏な終了しており、色々と配信の準備を二人が進めている状況だった。
それと彩葉は本当に何でこの程度で照れるの? 今更純情キャラで売って行くつもりなのか?
どう足掻いても無理だぞそれ。
「……ねぇ、かぐや」
「んー、なに?」
「真実がかぐやとお泊まり会したいって言ってたよ」
おー売るな売るな友達を。しかも綾紬ではなく諌山という選択が中々に卑しい。それだけやりたい放題してもいい関係性ということなのだろうが……彼氏持ちっていうのが一番な要因かな。
綾紬も中々に苦労人なのがよく分かるよ……性欲モンスターと貞操ブレイカー二人を相手にしなきゃならないんだから。
「はいはいかぐやは俺の部屋だからね〜」
「……チッ」
「おおマジかあんた」
本気の舌打ちなんて久々に聞いたぞ。こんなタイミングでするものじゃないって。諫山に迷惑がかかってるとは微塵も考えていないのかこいつは。
こればっかりは諌山にも同情せざるを得ない。
「──で、配信はいつするの?」
「んーじゃあ明日から!!」
「行動力の化身だね。それで、俺の役割は?」
「勿論一緒にラ・イ・バー!!」
「……ですよねー」
まぁ当然だよな。この世界でライバーをしている男性なんて少数派も少数派なのだから、男性がライバーをするという事実だけで恐らくは万を超える桁数の固定ファンがつくのが現状。
同時に過半数は貞操を奪わんとする可能性のある獣という認識で間違いはない筈だ。んでヤチヨカップは新規ファンの獲得数で勝負だから──俺がライバーをするのが最大のバフになり得る。
うーん怖いね。人前で話すのに特段抵抗はないけれどそれ以上に貞操の危機が迫って来ているのをひしひしと感じているよ。彩葉に合鍵を渡したものそうだけど……かぐやに不埒なことを覚えさせないようにしないとな。
「……まぁ、気長にやって行こうか」
……とりあえず何をするか今の内に考えておくか。
***
「……」
「…………寝てる……よね?」
「よし……かぐやがもし抱きついてたりしたら投げ飛ばそうと思ってたけど……流石に杞憂だったみたい」
「じゃあ──失礼しまーす……」
「あっ……コレやばい……匂いが……」
「──スンスン──スンスンスンスンスンスンスンスンスンスンスンスンスンスンスンスンスンスンスンスンスンスンスンスンスン」
「あーこれ飛んじゃう……これから毎日嗅ぎに来よ」
「んー……んがっ……!」
「……流石に、大きな音を立てずにヤるのは無理か」
「だったら──口ぐらいは、いいよね?」
「今まで『待て』されて来たんだから──もう、ゲンカイ」
「はぁ……はぁ……それじゃあ──イタダキマス」
***
「……だと思ったわ」
配信計画を綿密に立て、いざ翌日の配信当日──だったのだが、合鍵を昨日無理矢理作りに行ったから早速活用してるみたいだね。
俺のお腹にめり込むぐらい抱きつかれているのが現在の状況でしかも服の中に入り込んで来てるのが余計に恐ろしい。
恐らくはかぐやがいたからまだ下まで行かれてないのだろうが……かぐや様々だ本当にヤチヨカップ優勝まで持って行ってやるよ本気で。
「──……んっ? なんか口の辺りが湿って……あ」
まさかこいつやりやがったな!
下まで行かないから口ならOKですってか。クソッ、かぐやが赤ん坊だった頃に何もして来なかったから安心だと思っていた自分が馬鹿だった。まさか口を奪われるとは……こんな風情の欠片もないタイミングで奪われたくなかったよ俺は。
「よーし朝ご飯作るぞー……こんのっ!」
「あっ……」
「変な声出すんじゃないよ彩葉。あと起きてんだろ起きなさい……おいっ……離せ彩葉ァ!」
「もっと……もっと吸うの……!」
「何をだよ」
***
「言っとくけどあんたが合鍵渡したのが悪いんだからね」
「分かったらいつまで引き摺るんだよ。もういいから」
「何してたの……?」
「ほら、もう配信始まるんだから気合い入れて」
「トワもやるんだよ!?」
「俺はいけるから……」
朝の彩葉との激しい攻防戦を終えてダラダラしていたと思ったら気が付けばもう配信の時間だった。
別に配信開始の時間に縛りはないけれど、やはり夏休みとなれば夕方から夜が一番人が集まりやすい時間帯だからね。それまでは最終チェックなどを行なっていた次第なのだよ。
かぐやの初配信も意外と反響はあり……ヤチヨのライブで大声で叫んだ奴としてちょっと有名みたいだ。
んで、今日の配信で何をするかだけど──決めてない!
だって碌にファンもいない状態で配信計画なんて立てられないし……KASSENとかなら分かるけど、ちゃんと固定ファンを獲得してからだからね。今回はとりあえず人が来てくれたらその人たちと雑談するって感じかな。
来てくれるといいけどね……
「……もうそろそろ始めるか」
「あ、うん!」
そして一抹の不安を抱えながら配信開始ボタンを一押しした──
「かぐやっほー! 皆聞こえてるー?」
反応はまずまずか……やはり見た感じは殆どが女性視聴者のようだ。だけどライバーという存在に対しての目が肥えている彼女達にインパクトを与えるには──まぁ仕方ない。出るか。
「──あ、俺も配信には出ますよ〜」
さて、どうなるか──
「お、おおう……」
予想以上に怖いなコレ。もう年齢まで声だけで特定されてるんだけどどうなってるの?
あとこのコメント多分全員女性なんだよね? 男が書いたとしか思えないけどこの価値観だから納得してしまう不思議。
ファンになってくれるのは有り難いけどちょくちょくピンクな雰囲気のコメントがあって読みづらいわ……あの三馬鹿はこんなコメントばっかり見てるのか。やっぱり本当に尊敬"は"できるわ。
「す、凄いよトワ! めっちゃコメントきてる!」
「あ」
「え」
「は?」
やっべ本名バレた。そう言えば始めるにあたってのライバー名全く考えてなかった。
──あーもういいか。今更考えんの面倒くさいし変に格式張った名前で呼ばれるよりトワって呼ばれる方が馴染みがあるからいいや。
「はい『TOWA』でーす。気軽にトワって呼んでください」
(ちょっとなにしてんの!?)
(逆に開き直った方が本名だってバレないと思うんだよね。だから二人とも堂々としてこ)
(あーもう……)
(うん!)
「今日は……初めてなのでとりあえずさっき来た質問に答えて終わりにしようかと……短くて申し訳ないんですけど」
「んじゃかぐやも答える! いろ──い、いろPも!」
「……いろPは裏方事業をしてくれてるアシスタント的存在です」
「……ど、どうも……」
かぐや……学習するのはいいことだけど俺の気持ちも考えて……彩葉も殆ど本名だけどやっぱり俺もそんな感じが良かった。
「それじゃあ、コメント読んでいきますね。ちょっとプライベートな質問はスルーさせてもらいますが……ごめんなさい」
さっき来たコメントにはピンクな奴も紛れていたけど……今回ばかりは見逃してやろう。だけど流石に個人情報を漏洩するような質問は悪いけどスルーさせてもらうよ。こっちは本名バレてるんだからこれ以上情報を漏らさせない為にね。
これ次からは俺もモデレーターみたいな仕事をするべきだな……彩葉一人に負担を負わせるのも間違ってると思うし。
「『ボイチェンじゃないですよね?』──ちゃんと全員地声でやってますよ〜」
「『ASMRやりませんか?』──? ASMRって何? なんかのゲーム?」
「絶対にトワにはやらせません」
「『付き合ってるの?』──付き合ってませ「今は"まだ"ですね。まだ」あっハイ……」
「『なんでライバーやろうと思ったの?』──んーとね! ヤチヨのライブ見てすっげぇーって思ったから!」
「『メンバーシップとか作りませんか? 代わりにどエ──』
「次そのコメントしたらブロックしますからね」
「やめたげて」
「『視聴者参加型でKASSENやろう!』──あっ、それはほんとにアリですね。いつかやります」
「『二人の関係性は?』──三人でいいのかな? 友達だよ! 皆で住ん「あんまり言わない」は〜い……」
「『絶対イケメンだよね?』──ノーコメントで……拾った俺が馬鹿でした」
「……」
「『ヤチヨカップ応援してるね!』──ありがと〜! 絶対優勝するからマジ見ててかぐや達を!」
俺たちが質問に答えている間もコメントは更に人数も勢いも増していき、今や質問がえげつない程流れて最早混沌状態だった。
ちょくちょく非表示になってるコメントもあったし……何書き込んだんだよ。
「え〜っと……これぐらいですかね」
「うん! かぐやはトワのこと……好きだよ」
「……」
「あーはい……」
珍しくかぐやが微妙に乗り切らないテンションだが……流石に緊張しているのか。この人数相手だしな……俺も実際緊張してるよ。
彩葉は相変わらず物怖じしないな……だから余計に厄介なんだよね。ありとあらゆる手段を講じてくるから。
「独占欲……?」
「意味は知らないでいいからね」
「……う、うん?」
「……」
彩葉は凄い形相でかぐやを睨みつけないであげて……もう般若どころじゃないよそれ。
さて──そろそろお開きにしようかな。滅茶苦茶短いけど、初配信だし……次からはKASSENとか取り入れて視聴者の人と対戦でもしてみよう。
いやしかし──意外と慣れてみれば怖くはないね。彩葉が独占欲剥き出しにしてるのが視聴者の人にも伝わったからあんな平穏なコメント欄になったのだろう。
厄介なんだから有り難いんだか……まぁ変なコメントも滅茶苦茶あったけどね。
こればっかりは慣れだな。黒鬼の連中ととうとう同じ土俵に立ってしまったのは癪だが……慣れてみると結構楽しいのが余計に腹立つ。
モデレーターってどういう仕事をするのか調べておくか……平穏にやっていきたいからね。
「それじゃ、短いですけどここいらでお開きに──お疲れ様でした!」
「お疲れ〜!」
「……どうも」
──そうして俺たちの初配信は意外と平穏で大盛況のまま幕を閉じた。
裏話
単にトワくんのライバー名思いつきませんでした。トワっていうのが馴染みすぎて……開き直りました。
配信形式の小説は難しいですね……今回めちゃ短めでしたけど楽しんでいただけたら嬉しいです!
コメ欄に関しては平穏には見えますが結構変なコメントはありますよ……