覚悟は良いか?俺は出来てる。
地底と言うのは陰湿だ。ジメジメとした嫌な空気。気持ち悪い雰囲気。それでいて、地底に住む奴等は何故か活発に生きている。まるでこの地底の空気を壊すような、地上とは別の空気を作ろうとする様な気持ちが表れている。それが厭で、厭で、厭で、大嫌いだ。考えるだけで吐き気がする。
地底の住人は生きてる中で一度は地上に憧れを抱く。 私も幼い頃は地上に憧れた。洞窟の出入り口から差し込む太陽の明るさが、全てを支配する熱が、宵闇を照らす月の光が、私は憧れの対象だった。一度で良いから全身で浴びたかった、感じ取りたかった。───けれど、それは叶わぬ願いだった。
地底と言うのは陰湿だ、しかしそれは地上でも変わらない 。私は地上に憧れただけなのに、ただ地の上を歩みたかっただけなのに、私は満足に地上では生きられない。生きてく心地がしない。まるで運命が決まってる双六の様に私は地底と言う遊技場でしか過ごせないのだろう。決して地上と言う番外編には辿り着けないのだ。
それは他の奴等にも言えること。地底の住人なら全員一度は地上へと憧れを抱き、そして諦める。
分かっているのだ。淡い期待だったと、自分達が生きるべき場所は地底なのだと。それなのに未練は捨て切れず、憧れを抱いた地上に近付けようと地底に活気が入る。まるで自らの理想郷を作り出すかの様に地底の住人は活発だ。それが苦手で、私は逃げたしたくなる。私には無いものを全員が持つから────
「……妬ましい」
「あら?久々に発した言葉が『妬ましい』だなんて、つまらないわよ。もっと貴女らしい言葉はある筈よ、パルスィさん?」
その発言を皮切りに、パルスィと呼ばれた女性はキッと睨む。自分の名を呼んだ女性に向けて、蛇が蛙を、ライオンがシマウマを襲うかの様に睨み付ける。
瑠璃色をした瞳、ダークブラウンに近付けたような土着色の服装。中肉中背と言えるように良くも悪くない体格。それでいて容姿端麗な顔つきだから美しい。
そんな彼女の名は水橋パルスィ。通称『緑色の目をした怪物』なんて名で恐れられ、忌み嫌われてる地底の妖怪だ。
そして睨み付けた相手は七色の魔法使い、アリス・マーガトロイド。魔法の主体は人形であり、洗練された人形と秀でた才能が彼女の武器である。金糸の如く美しい髪と七宝の様に派手な装飾がトレンドマークとして際立っていた。
そんな彼女は地上の人間。勿論のことだが人里の人間達と友好的な関係は築いている。
「……ねぇ?何で私は地上に居るのかしら?」
パルスィは分からなかった。本来自分が生きるべき場所は地底だと言うのに、偶々地底に来た彼女を道案内しただけだと言うのに、流れるままに地上に連れてこられたことが、全くもって理解できなかった。
そしてその元凶であるアリスは今、椅子に背を支えてもらいながら優雅に読書をしている。妖しく、美しい指の一つ一つが丁寧に書をめくり上げている。
「……聞いてるのかしら!」
「そう起こらないの、ちゃんと聞いてるわよ」
痺れを切らし、先程よりも高い周波数でパルスィは言葉を発した。それに抗う素振りも見せないアリスは、静かに、ゆっくりと対応する。両手でその分厚い書を閉じて、視線を向ける。
「貴女を連れてきた理由ねぇ……暇だからよ」
「……はぁ!?」
パルスィは両目をパチリと大きく開いた。
「ふざけては無いわよ?私は暇潰しに、私の孤独感を減らすべく貴女を此処まで連れてきたの。魔法使いは日々好奇心だけで動いてるのだけれど、どうしても孤独と言うのがまとわりついてくるから」
「だから…態々地底まで来て私を連れてきたとでも言うの?」
「まさか、地底に来たのは魔法の材料の調達よ。でもナビゲートしてくれる貴女を見てたら……少し興味が出てきたの。だから連れてきたわ」
そんな非常識な事実を当たり前の様にアリスは言うが、パルスィは何一つ納得出来なかった。そして今もなお平然としてるアリスに対し、パルスィは───
「……呆れた。魔法使いと言う人種はこうも傲慢な性格だったのね……」
「ええ、魔法使いは傲慢なの」
素っ気なくアリスは返答すると、再び書を開く。
「……ねぇ、此処って貴女の家だったかしら?」
「違うわよ。私の家はもう少し小さいわ。第一に此処まで大きいと一人で住むには充分過ぎて逆に嫌ね」
「じゃあ…此処は何処なのよ?」
「んー、名前だけは聞いたことないかしら?いや、もしかしすると貴女だって薄々気付いてないのかしら?」
そんなアリスの解答にパルスィは口を濁らせる。彼女の言う通りだ。少しは勘づいていた、しかし、だからこそ敢えて声には出さなかった。
───「此処は紅魔館よ、パルスィさん」
「他人の家じゃない……」
紅魔館。紅の館。幻想郷で唯一の吸血鬼が住む所。所謂、紅霧異変の舞台となった狂気なる場。周りには妖怪の住まう異郷の森。地上に存在する中でも人間が近付くことはまず無いだろうと言われし虎穴。それが紅魔館。
取り敢えず言えることはただ一つ、紅魔館と目の前のアリス・マーガトロイドには何一つ関連性が無いと言うことだけだ。
「そうね、確かに他人の家だけど、此処には魔法使いとしての蔵書が有り余っているわ」
そんなことを言うアリスの目は光輝いていた。パルスィは魔法に対する知識なんて欠片もないが、それでも自身の周りには置かれている本の山を見れば優に理解できる。
「あっそ、紅魔館には大図書館があるとは聞いたことがあるけど…まさか此処だったとわね。でもだとすればパチェリーと言う魔法使いと、その使いが居る筈よ?」
「ええ、確かに彼女達は実在するわね。でも今は居ない」
「…… “今は” ?」
「そうよ、今日は博麗神社の方で宴会があるらしいから。紅魔館メンバーは全員外出中。だから私もこうして楽しめるの」
そう言うとアリスは笑みを浮かべる。まるで童話に出てくる少女の様に可愛いげのある笑みだ。紅顔可憐な顔付きがそう見せてくるのだろう。どんな恒星よりも、眩しい笑顔を。
「本当に…妬ましいわね……」
「あら?どうしたのかしら?」
「別に、ただ館の主が戻ってこないか不安なのよ。私なんかじゃ勝てないだろうし。あぁ、そんな吸血鬼の強さが妬ましいわね」
パルスィはさっきまでの考えを帳消しにするかの様に、適当に返答をする。
……言えない。言える筈が無い。先程直視した彼女の、アリス・マーガトロイドの笑顔が…とても可愛かったなんて。……パルスィは口が裂けても言える筈が無かった。
そんな気持ちも露知らず。アリスはパルスィの放った率直な言葉を率直な返事で送り返す。
「心配しなくても良いわ。今日一日は、この館に誰一人として帰らない筈だから……。貴女の恐れている【紅魔館の主、レミリア・スカーレット】も【無邪気な破壊者、フランドール・スカーレット】も【世紀を生きる百年魔女、パチェリー・ノーレイジ】も【密かなる手伝い人、小悪魔】も【時を止めるメイド長、十六夜咲夜】も【龍の如き門番、紅美鈴】も───全員、帰らない筈よ……」
淡々とアリスは言い続け、読み更けていた魔法書を机の上へと静かに置く。辺りは静寂な空気が流れ出した。パルスィはその雰囲気から何かを思い始める。
「何その仇名、まさか貴女が考えたのかしら?」
「ええ、今、さっき、数秒前に思い浮かんだ仇名なの」
「……適当ね」
──アリスは何を考えているのだろうか?
ふとパルスィは思った。自分はつい先程、自分自身の考えを誤魔化す様に適当な言葉を渡した。そしてアリスはそれに相対する様に適当な言葉を返してきた。
「あ、そうだ。パルスィさん」
目の前の彼女は、魔法使いは、何を思っているのだろうか?
「ガールズトークでも、してみない?」
私に、何を思わせたいのだろうか?
◇◇◇◇◇
「がーるず…とーく?」
「ええそうよ。こう見えても私、ガールズトークと言うものに憧れてたの」
率直に、それでいて直接的に彼女は言うが、ガールズトークなんてものを理解できる程パルスィは地上を知らなかった。無知であった。それ故に、分からない。
「えーと、そのガールズトークって何なのかしら?」
「そうねぇ…会話の上位互換って存在かしら?。所謂二人だけの秘密よ」
そう言ってアリスは人差し指を立て口元に当てた。弄らしそうに笑うその顔からは妖しさを覚えてしまう。
「まぁ誘っておいてなんだけど、私も詳しくは無いのよね。憧れはあっても知識は無い。魔法使いと言うのは好奇心の塊みたいなものだから」
……パルスィは再び呆れた。彼女の考えが全くもって分からない。いや、何も考えずに欲望のまま、好奇心のままで動いてるのではと考えてしまう。
しかし恐らくだけれども、その可能性は多かれ少なかれ無いのだろう。先程までの会話で彼女が常識はずれだとは思ったが、何も考えてないとは思えなかった。だからこそ、だからこそ怪しい。
「まぁ適当に話せば良いのかも。取り敢えず私が話題を出していくから、それについて話し合いましょう」
しかしそんなパルスィを他所にアリスは話を進めていく。淡々と、テキパキと話し合いの準備は整えられていき、そして、
───そしてガールズトークが、始まる。
《話題その一、最も親密な知り合いは?》
「私は魔理沙かしらね。霧雨魔理沙と言う普通の魔法使いよ」
「ああ、その子なら以前地底に来たわね。あの魔法光線の威力は高すぎるわよ。妬ましいわ」
「あら?出会ったの?……そう言えば地底から間欠泉が吹き出て騒いだことがあったわね、私も出向いたからよく覚えているわ。もしかして途中ではぐれた時にでも出会ったのかしら?」
「多分ね。お陰で地底に居る者全員が悪者扱いだわ。全く、あんな奴の何処が良いのよ……」
パルスィは染々と思い返す様に文句を言うが、別にそれはアリスが悪い訳でも無いので怒るに怒れない。
「まぁ確かに彼女は傲慢でいい加減な性格をしてるけど、決して最低な性格では無いわよ。少なくとも貴女は理解してるんじゃないのかしら?」
「……分かってるわよ、それくらい」
「ふふっ、本当に素直じゃないわよねぇ。兎に角私は同じ魔法使いと言うこともあって魔理沙とは親密な仲なのよ。魔理沙は多少性格に難があるけれど、正義感は人一倍強くて…素敵だと思うわ……」
「あっそ、まぁ貴女が良いなら良いんじゃないの?」
「ありがと。ねぇねぇ、それよりパルスィさんの方を教えてよ。パルスィさんの親密な知り合いって誰なのかしら?」
「えぇ!……まぁ、私なら星熊勇義って言う鬼かしらねぇ」
「ふ~ん。で、で、その方の何処が良かったのかしら?」
「ちょっと!貴女さっきから食い付き過ぎじゃない!?」
自ら顔を近づけてくるアリスに対してパルスィは驚愕の表情を映し出す。口を大きく開いて離れろと言わんばかりの大声で注意を促してみるが、アリスは躊躇うこと無く「話して」と頼み込む様にニコりと笑みを浮かべた。
「べ、別に深い訳も無いわよ!ただ…その……何時も相談に乗ってくれるし、調子に乗った奴等から守ってくれたり、気軽に話し掛けてくれるからよ…」
「ふぅ~ん。よっぽど仲が良さそうね」
「な、何よそのニヤついた顔は!?」
パルスィが叫ぶ通りにアリスはニヤついていた、それはもう憎たらしい程の笑みで。もし此処に魔理沙や博麗の巫女とやらが存在すればドン引きするのは間違いない。断言できる程にムカつくニヤけ顔だからだ。
「別に~。ただパルスィさんの語ってる時の顔が可愛らしかったなぁーって思ったのよ」
「何よその楽観的な考え方は…妬ましいわね」
「ふふっ、思った以上に面白くなりそうだわ。じゃあ次の話題は……」
《話題その二、好きな異性は?》
「私は未だに見つけれて無いわね。ほら、私ってあまり他人と関わらないから」
「そんなの知らないわよ。因みに私も居ないわ」
先陣を切るような形でアリスがカミングアウト、それに続くようにパルスィも暴露。お互いに知られては困る様な問題は無いからだ。
そしてパルスィがあっさり話し終えるのと同時に、アリスは何を思ったのか怪しい笑みを浮かべる。
「じゃあ、次の話題はそれの発展にしましょう」
《話題その三、どんな異性が好きか?》
「ねぇ、この話題は話さなくても…いや、話しても良いわ。貴女が話したいと言うなら貴女だけが話なさい」
「そんなに顔を赤らめて、もしかして本当は気になる人でも居るのかしら?」
「別に居ないわよ!」
パルスィはアリスの言葉に反応し、ついつい声を荒げてしまう。普段から嫉妬し続けてるパルスィにとって恋愛話と言ったものは無縁なのだ。それ故に、異性について言える筈が無い。
「もしかしてパルスィさんはウブなのかしら?意外と可愛らしい所があるじゃない」
可愛らしいのかあざといのか。弄らしそうに話し掛けてくるアリスを見て、そんな事をパルスィは思った。
「兎に角。私は好きな異性なんて居ないし、そんなことを考えたことが無いだけよ……」
「へぇ~、私は自分で『この人の世話をしたい』なんて思える人なら良いわね。パルスィさんみたいな人なら思えるかも」
やはり彼女はあざといのだろう。わざとらしい態度が妙に気になるが、ここは敢えて反応しないのが正解だ。
「そう。はい、次の話題」
「全くもう、連れないんだから」
《話題その四、お互いの印象について》
「パルスィさんは花顔柳腰と言った感じよね…周りから美人なんて言われないの?」
「言われる訳無いでしょ……。そう言う貴女は妖姿媚態だわ。その艶かしい姿で他の人を魅了してそうね」
パルスィは皮肉じみた言葉を、アリスは誉め言葉相手に向けてそれぞれ選んだ。しかし不機嫌そうな顔を浮かべてるパルスィとは逆にアリスは先程以上の笑みを見せる。そう考えると案外パルスィの言葉は的を射てる言葉なのかもしれない。
「ふふふっ、それにしてもパルスィさんが誉めてくれるなんて嬉しいわ」
「……そう」
天然なのか計算高いのか。アリスの考えは結局分からない。相手を褒め称えて常に笑う。遠回しに皮肉を言われても彼女は笑っている。
───その姿に、パルスィは本当の意味で嫉妬した。
「ねぇ、パルスィさん……」
彼女は地上の人間だ。
「……何よ?」
地底のように陰湿で、地底よりも生き辛い地上の人間だ。
「私はパルスィさんのことを本心から美しいと思ってたのよ……」
大嫌いで、厭で厭で厭で仕方がない。
「何を言ってんの!と言うか近いわよ!?」
なのに、なのに、それなのに。陰湿で、息苦しくて、生き辛い筈の地上が、彼女の生きる地上が。
───どうしてこんなにも、羨ましいのだろうか?
その感情は、パルスィが最も知る感情であるのにも関わらず、今まで感じたものとは全くの別物のように思えてしまった。
「ほら…パルスィさん。貴女はこんなに近くでまで見ても美しいわ。普通外見だけで美しいと言うのは遠目からの場合でしょ?近くまで見ればその人の、外見の醜さが嫌でも目に入る筈なのよ……でも貴女にはそれが無い」
まるで顔を除き混むように、アリスは身を乗り出してパルスィの顔へと視界を近づけた。まさに寸での位置。あと僅か前へと動けば、顔のパーツの何れかが接しあえる程の距離。
「ふざけたことを言わないでよ!」
途端に最大級の音量でパルスィは声を上げ、後方へと体を動かした。
息を荒くし、呼吸の回数を増やす。それは『怒り』と言うよりは『焦り』と見るほうが多数的だろう。
「私が美しいとか…その感性が妬ましいわね……」
「本当のことよ?」
眉を曲げ、口を折り曲げ眼光を強くする。パルスィは睨んだ表情を向けたつもりだが、恥ずかしさのあまりに赤面となってる彼女の睨みなど、今更アリスが恐れる筈なんて無い。
「もう、次の話題に移るわよ!」
「はいはい、分かったわ」
《話題その五、お互いの性格について》
「やっぱりパルスィさんは妬ましい性格をしてるのかしら」
「なら貴女は馴れ馴れしい性格よね」
「あらあら、これは予想外だわ。」
「出会ってまもない相手を下の名前で呼ぶ所が既に馴れ馴れしいわよ」
《話題その六、お互いに改善してほしい所》
「パルスィさんなら直ぐに妬む所かしら」
「貴女はその傲慢な部分よ」
「魔法使いは好奇心の塊」
「迷惑な好奇心ねぇ」
《話題その七、最近のお気に入りは》
「私は新しく作った人形ね」
「貴女人形なんて作ってるの?」
「ええそうよ、私の得意分野だから。今度貴女の言う星熊さんの人形も作ってあげても良いわよ?」
「……考えといて」
《話題その八、食べ物の好き嫌い》
「トカゲの串焼きが好物でイモリの串焼きが苦手かな」
「トカゲとイモリにどんな差があるのよ……」
《話題その九、最近の失敗談》
「勇義達と飲み過ぎて帰り道に泥酔したこと……」
「パルスィさんも意外に飲むのね」
《話題その十、実現したいこと》
「私は勿論、大魔法使いになることよ!」
「貴女は楽観的思考だからなれるわよ」
《話題その十一、笑った出来事》
「魔理沙が魔法で失敗して猫耳が生えた」
「勇義が酔っぱらった際に女々しくなった」
《話題その十二、最近の流行り》
「人形芝居ね」
「嫉妬心を煽ることかしら」
《話題その十三、気になること》
「勿論パルスィさんよ」
「アリスの考えが知りたいわね」
《話題その十四、最も嬉しかったこと》
《話題その十五、最も辛かったこと》
《話題その十六、もし好きな人が出来たら》
《話題その十七、生まれ変わるとしたら》
《話題その十八、願いが叶うとするなら》
《話題その十九、得意な戦術は》
《話題その二十、好きな弾幕は》
《話題その二十一、過去に戻れるとするなら》
《話題その二十二、未来に行けたら》
《話題その二十三、お互いに助言するなら》
《話題その二十四》《話題その二十五》《話題その二十六》《話題その二十七》《話題その二十八》《話題その二十九》《話題その三十》《話題その三十一》《話題その三十二》《話題その三十三》《話題その三十四》《話題その三十五》《話題その───》
◇◇◇◇◇
それから幾つの時が刻まれたのだろうか?
今自分達の居る大図書館に窓が無いとは言え、流石に体感時間ではかなり経過したと断言出来てしまう。
「時間でも気になるのかしら?」
アリスが察したように聞いてきた。
「……気になるわよ」
そう静かに答えると、アリスは小さな本を取り出してブツブツと何かを唱え出す。魔法だ、魔法を使っているのが確認できる。
そして十秒程の時が経ち、アリスは本を閉じて此方を向いた。
「今は夜の11時、随分長々と話したわね」
「そう…流石にこの館にずっと居るわけにも行かないわよね?」
少しの沈黙……。それを破ったのは他でもないアリスだ。やはり満面の笑みを浮かべてパルスィに話し掛ける。
「確かに。もしかしたら館の主様が帰るかもしれないし、私達は早々に退散と行きましょう」
アリスの発言を合図に、紅魔館へ無断侵入をしている二人は静かに席をたった。そして紅魔館へと導いたアリスを筆頭に図書室を抜け、廊下を渡り、門の外へと足を運ぶ。冷たく、涼しい空気が二人を出迎える。
「ふぅ……」
嫉妬の権化とも言えるパルスィは深呼吸を。長時間室内に居たせいなのか新鮮な空気が久しく感じ、自分の体が活発に動き出す。それは隣で共に呼吸をしてるアリスも同じだった。
「ねぇ、地上に来てみてどうだったかしら?」
そんなアリスのふとした質問に、パルスィは口を紡ぐ。思えば此処は地上なのだ。昔の自分が憧れて、今の自分が毛嫌いしてる地上なのだ。
両手を大きく広げて感じとる。全てを支配する熱を、宵闇を照らす月の光を、全身で感じる。その場で足踏みをした、大地の固さと、土の優しさを感じた。
憧れは、願いは、淡かった期待は、全て叶えられた。
「悪く無いわね…地上も……」
「それは良かったわ。……ねぇ?貴女は地上で暮らさないの?」
突然のアリスからの質問。
「何それ…誘ってるのかしら?」
「貴女が良ければ、私の家に住まない?」
唐突な申し出がアリスより送られる。アリスの話が本当なら人と関わる機会は少ないし、何時でもこの地上を感じられる。地上を毛嫌いはしてた、しかし憧れてたのもまた事実。地上でも生きやすい。これ程良い話が他にあるだろうか?
「そうねぇ……」
パルスィは頭を俯かせて考える。それは時間にして十秒にも満たない時間だったが、その短時間でパルスィの決断は決まったのだ。
「その話…断らせてもらうわ。私が生きるべき所は地底なのよ」
「……そう。分かった」
パルスィの返答に、アリスは驚く様子も悲しむ様子も映さなかった。元々分かってて言ったのだろう。だからこそ、彼女は相変わらず笑っている。
「あーあ、折角パルスィさんを連れ出して来たのになー」
「貴女の考えは本当に妬ましいわね」
そう、妬ましい。パルスィにとってアリスの性格や見た目や環境は、全てが妬ましかった。羨ましかった。だからこそアリスの申し出を断ることにした。
アリスは恵まれている。才能や技術や生物的においても恵まれている。だからこそ…そこに自分が加わってはいけない。彼女の…アリス・マーガトロイドと言う一人の人間を考慮したパルスィの我が儘だ。
「じゃあ夜も遅いし、私は地底へと帰るわね」
「送るわよ?」
「別に大丈夫よ。それよりも貴女が気を付けなさい」
そんなことを言い合って、二人は互いの帰路へと進み出す。
◇◇◇◇◇
パルスィは地上へ連れ出されても、ガールズトークをしても、アリスから誘われても、行うことは変わらなかった。
地上を恨むことも無く、人を食らうことも無く、異変を起こすことも無く、誰かの嫉妬心を煽ることも無い。
地底を嫌うことも無く、地上を嫌うことも無く、怒ることも無く、悲しむことも無く、後悔をすることも無く、ただただ歩く。
彼女は確かに変化した。アリスと出会うことで何かが変わったが、それでいて善を働くことも、悪へと走ることなんてある筈が無かった。
─────水橋パルスィは何もしない。
【お題】
パルスィとアリスが紅魔館で何もしない小説を書きましょう!