スバルはジークを殺すために、まず見つからない場所に行く必要があると考えた。
(あそこに居ては駄目だ。逃げないと、皆がアイツに殺されない、どこか遠くへ・・・)
スバルは王都まで竜車を引っ張り、街の端に停めていた。ジークはロズワール邸付近に居たから、ここには来ないだろうと踏んだ。
「すいません。」
「・・・あ、はい?」
「この荷物を家まで運んでもらいたいのですが、頼めますかな?」
「あ・・・いえ、俺はそういうのではないので・・・」
「そうですか・・・では、失礼しま・・・」
破裂音。いや、これは銃声だ。先ほどまでにこやかに話していた老人は、スバルの足元でこめかみから血を流しながら倒れていた。
「お~い!」
なんでここにいるんだよ?俺は屋敷から何時間も走ってきたはずだぞ?どうして俺の位置が分かる?
「パトラッシュ!」
スバルはパトラッシュに鞭を打ち、ジークの真横を猛スピードで走り抜けて行く。
「あれ?どこ行くんだよ~。」
スバルは建物の角を曲がった。目の前には、老人の死体と、ジークが背を向けて立っていた。
「え?なんで?逃げろパトラッシュ!」
「だ~か~ら~。」
スバルは竜車をUターンさせ、もう一度逆向きに角を曲がる。これでアイツのいない景色がある・・・そう思った次の瞬間
「無~駄だってば~。」
「うわああぁぁぁぁぁ!」
スバルは竜車から飛び降り、走り出す。
(逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!)
スバルは走り、壁にぶつかり、角を曲がり・・・その先に立っているジークを見て、膝から崩れ落ちた。
「あ、あ゛あ゛あ゛ああぁぁ・・・」
「はぁ~。こんな子供だましで壊れるとかさ~・・・もういいよお前。」
ジークがそう言った瞬間、スバルは後ろから首のない自分の身体を見た。
「うわぁ!はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
「おいおい、大丈夫か兄ちゃん?」
「大丈夫ですか。スバル君?」
大丈夫。落ち着け。もう一回だ。もう一回やれば、こいつに勝てるはず。今度は正面から迎え撃ってやる。
「なぁ、レム。今すぐ屋敷に戻るぞ。」
「え?!えと、はい、分かりました。戻りましょう・・・」
アイツが現れる時刻まで、あと少しだ・・・前回時間を見ておいて正解だった。
「スバル君。何度も聞くようですけど、本当に、その男がスバル君を殺しに来るんですか?」
「あぁそうだよ!だからこうやって出張ってるんだろ?!」
「えぇ・・・そう、ですね・・・」
叶うならば、このまま何も起こらないで欲しい。日が落ち、夜が明け、朝が来る。エミリアに会って謝りたい。レムやラムに感謝を伝えたい。もう、誰も、死なないで欲しい。
(頼むから・・・もう何も)
「その通~り!」
スバルとレムが声のした方向に振り返ると、屋敷の入り口から、気絶しているであろうエミリアを抱えているジークが出てきた。
「その子を放せ!」
「はははは・・・!これがお前の夢の根源か~?」
誰か、誰かいないのか?レムじゃ間に合わない。動き出しでエミリアが殺されてしまう。誰か助けてくれ。エミリアを。俺を救ってくれた彼女を・・・なんだ?エミリアの胸から、氷色の光が立ち昇る。
「あぁ・・・そして・・・僕の娘だ。」
「あぁ?なんだよちっこいの?」
「パック!?」
「あ~?コレがお前の何だって・・・」
そうジークが口にした瞬間に、上半身が氷漬けになった。。
「五月蠅いな。その汚い口から吐いた息を、エミリアに吸わせる気かい?」
「パック!なんで今まで出て来なかった?!」
「万津莫・・・彼には、なんとなく僕の存在を知られたくなかった。エミリアに頼んで隠してもらっていたんだ。」
「そうなのか?!」
「もう下がっていろ二人とも。こいつはまだ・・・」
衝撃が走った。氷の中からだ。一回、二回、三回、破壊音がした後、氷がひび割れた。
「・・・変身。」
『ナイトメア・ライダー!パニッシュ!』
「お前らも悪夢を楽しもうぜぇ!」
パックの作り出した氷塊と、ジークの飛翔する紅い斬撃が空中でぶつかり合う。そして、ジークは空高く飛び上がり、ギロチンの刃をパックに落とすが、直前で氷となって砕け散る。ジークとパックの激しい攻防を目の前にして、スバルは動けなくなっていた。
「スバル君!スバル君!早く離れましょう!」
「あ・・・そ・う・だ~。カモン!ガンちゃん!ウルフちゃん!」
そうジークが叫ぶと、左腕が銃身になっている怪物と、人型のオオカミの怪物が現れ、パックと戦い始めた。そして、ジークはスバルにだんだん近づいてきた。
「お前もこっち側に・・・」
そう言い終わる前に、ジークの身体は思い切り横方向に吹き飛んでいった。
「スバル君に触るな。」
「・・・お前の悪夢に、興味はねぇんだよ!」
モーニングスターを振り回し、スバルの周りを守る。ジークは笑いながらレムに突っ込んで来る。レムは素早い動きでジークの斬撃を避ける。モーニングスターの鎖を投げ、ジークに巻き付ける。
(これなら殺れる。ココを、叩く!)
「駄目だ避けろ!レムウゥ―――!」
何故か、どうしてか、いつの間にか、鎖に囚われていたのはレムだった。そして、身動きの取れないレムは、スバルを見つめ、笑顔になった。聞こえなかったが、口の動きで分かった。
ありがとう
俺に感謝しないでくれ。せめて恨んでくれたなら、どんなに楽だっただろうか。エミリアに対して怒り、エミリアを奪われ、レムまで死なせてしまう俺に、感謝なんかしないでくれ。そんなことをされたら、俺以外、俺を責める奴が居なくなってしまう。
「やめてくれ・・・やめろおおぉぉ――――!」
「あっそ~?」
そう冷たく言い放ち、ジークはレムの首を刎ねた。
「や~っとお前と話せるぜ~。」
「レム、レム、レム・・・」
スバルは、絶望の中で倒れる彼女の姿を見つける。
「あぁ、エミリア・・・」
「あ~!あの子のこと忘れてたな~。俺は・・・お前にあの子を殺してほしいんだ。」
「は?何・・・言って・・・?」
「何故って~?それが!お前の!悪夢だからだ!」
ジークはスバルに手をかざし、その位置からスバルの身体がナイトメアへと変容していく。
「うわあぁぁ!あ゛あ゛あ゛ああぁぁ!!」
「はははは!いいね!その調子で・・・」
嫌だ。もう皆を、エミリアを傷つけたくない。やめてくれ。やめてくれ。頼むから。
そうじゃねぇだろナツキスバル。こいつを、何が何でもぶち殺す。それまで・・・
「悪夢を楽しめよ?」
「・・・」
「おいおい、大丈夫か兄ちゃん?」
またこの声か・・・
「大丈夫ですか。スバル君?」
もう一度だ。もっと他の協力者が必要だ。となれば・・・
「頼む!屋敷の護衛をしてくれ!」
「なぜ、私たちが卿らの為にその様なことをしなければいけないのか、理由を教えていただけないだろうか?」
「・・・エミリアだ。」
「何?」
「同じ王選候補者である、エミリアを殺人鬼から助けたってなれば・・・あんたの支持率は確実に上がるはずだぜ・・・?」
これで乗ってくれるか?クルシュさんやヴィルヘルムさんがいれば、アイツを倒せるかもしれない。
「本心から・・・そう思っているのか?」
(何言ってんだこの女は。)
「当たり前だろ?頼むぜクルシュさん。というか、そんな事言ってる場合じゃねぇんだ!」
「本当に皆を守りたいから、ここに来たと?」
「そりゃそうだろ!嘘でもこんなこと言うかよ?!」
「残念ながら、卿からは嘘の風が見える。卿の心からは・・・殺意、あるいは復讐心か?」
「・・・え?いやいや、そんな、待ってくれ。クルシュさん・・・」
「クルシュ様に嘘はメッだよ~?スバルきゅん。」
「真面目にしろフェリス。そういう訳で、卿の口車に乗る理由はない。心苦しいが、お帰り頂こう。」
「なんでだよ!助けてくれ、助けてください。クルシュさん!やめろ!離せおまえら!」
クルシュさんは当てにならない。アナスタシアさんや、癪だけどユリウスならもしかして・・・
結末は変わらなかった。スバルは全員から断られた。勧誘が成功したルートも、ジークには太刀打ち出来ずに皆殺し。ユリウス、ヴィルヘルム、ラインハルトが辿り着いても、スバルだけは必ず殺され、アイツの笑みが何度も最後の光景となった。このことによりスバルの選択肢には、諦める、という文字が浮かび上がってしまった。
(まだだ!まだそんな時じゃない!可能性はあるはずだ!)
スバルはジークとの悪夢から逃げることを考えた。だが、そんなスバルを待っていたのは、更なる現実だった。ロズワール邸を狙う魔女教大罪司教怠惰担当ペテルギウス・ロマネコンティ。レムを殺し、エミリアを襲った狂気の男。守ろうと何度も足掻いて、走って、叫んだ。でも届かなかった。
また死に戻る。今度こそと未来を変えようとした先で待っていたのは、夜空を覆う白い悪夢、白鯨だった。スバルの隣にいたレムも、その人の存在そのものを世界から奪っていく霧に呑まれ、誰の記憶にも残ることなく消え去った。絶望の中、再び死に戻る。今度は白鯨を避けても、待っているのは魔女教による虐殺だった。諦めようとしても、今度はジークが待っているだけだった。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、救おうとするたびに、大切な人が死んでいく。足掻けば足掻くほどその数だけ未来は砕け散り、スバルの心も少しずつ壊れていった。
そして遂に、ナツキ・スバルは、立ち上がる理由を失ってしまう。
スバルは、全てを投げ出そうとした。王都から遠く離れ、誰も知らない場所でレムと二人だけで生きていこう。そんな逃避を口にする。彼女は、その願いを否定したが、否定しなかった。もし彼がそれを望むなら、自分はどこまでも付いていく。彼女自身にとっても、うれしい願いだった。だからこそ、そう伝えた上で、それでもなお、彼が諦められない理由を一つ一つ口にした。
何度失敗しても誰かを助けようとすること。傷ついても立ち上がること。誰よりも不器用で、誰よりも優しいこと。レムは、スバル自身が見失ってしまった「ナツキ・スバル」という人間のことを、誰よりも信じていた。その言葉は、彼女の死で擦り切れていた彼の心を少しずつ繋ぎ止めていく。
「ここから始めましょう。」
その一言で、ナツキ・スバルは再び前を向いた。
ゼロから。