羽衣丸の船内には酒場がある。船員や用心棒たちの食堂も兼ねているその場所は、やはり、コトブキ飛行隊にとっても憩いの場となっている。
そして、彼女たちとテーブルを共にする新顔がいた。紺色のジャケットと、同色のベレー帽を身に着けたその女の手には湯気を立てるティーカップが握られていた。
「レイは飛行機乗りになってどれくらい?」
「8年とちょっとかな。訓練期間を含めれば10年だ」
大ジョッキを手に持つザラが、興味深げに眉を上げた。
「8年前と言えば、丁度リノウチ大戦と被るわね」
「ああ。酷い戦いだった」
「と言うことは、君もか……」
レオナが少し俯きながら言った。
8年前、都市リノウチの上空で極めて大規模な空戦が繰り広げられた。後にリノウチ大戦と呼ばれたこの戦闘は、イジツにおける世界史に於いて最も規模の大きい戦いとして、人々の記憶に刻み込まれた。当時駆け出しだったレオナはこの空戦に参加していた。そして、当時新兵であったレイもまた、その渦中にいた。
「飛行機乗りも民間人も沢山死んだ。生き残ったのは腕か運が良かった連中さ」
「レイはどっちなの?」
「キリエ!」
キリエの何気ない質問にレイが答えるより先に、レオナの叱責が船内酒場に響いた。しかし、船内全体に轟く警報と艦内アナウンスがそれをかき消した。
「総員戦闘配置。繰り返します、総員戦闘配置」
「説教は後だ。行くぞ!」
レオナの号令によりコトブキ飛行隊の面々が船内酒場を飛び出す。その中で、レイは先程のキリエの質問にどう答えようかと思案を巡らせていた。そして機体に乗り込み、エンジンを始動させ、無線の周波数を合わせたところで、それを思いついた。
「キリエ、さっきの質問だがね」
「え?」
「私は腕が良かったのか運が良かったのかって質問だ」
「あぁ……」
キリエは憤怒の表情を浮かべるレオナを想像し、身震いしながら次の言葉を待った。
「正直私も分かってないんだ」
その予想外の答えに、キリエはおろか他のメンバーも(ケイトを除いて)面食らっていた。
「だから、空戦で確かめよう」
自分で自分を評価したところで意味はない。どうせなら実際の活躍を見てもらい、その上で彼女たちに判断してもらおう。あわよくば、その評価がマダム・ルゥルゥの耳にも届けば御の字だと、レイは考えていた。
◯
「ねぇ。あの子、どう思う?」
「レイのこと?」
「ええ」
出撃後。ザラがレオナに対して無線を飛ばしてくる。他のメンバーとは回線は遮断されており、無論それは彼女たちより上空にあるレイ機も同様であった。
「これからそれを確かめるんだろう」
「そうじゃないわ」
レオナはザラが何を言おうとしているか気付いていた。だが、わざわざ気にすることでもないと思っていたため、敢えて言及は避けていた。
「あの子、多分イケスカ出身よ。五式戦なんて使ってるの、あの都市だけだもの」
半年前のこと。自由博愛連合を名乗る都市同盟が出現し、空賊行為の取り締まりや特産品の専売を行った。その名に反し、各都市の内政にも干渉し、従わない場合は攻撃を加えるなど、覇権主義的なやり口で、言わば世界征服を企てた。その同盟の筆頭であり、自由博愛連合の本拠地であった都市こそが、イケスカ。故に一連の出来事は、イケスカ動乱と呼ばれている。
「何が言いたいか、分かる?」
「スパイだ、と?」
自由博愛連合の残党は未だに多数存在しており、中には自由博愛連合復活を目指す過激派もある。そして、そのほとんどがイケスカ動乱終結の立役者となったコトブキ飛行隊に恨みを募らせている。ザラは、レイがそのいずれかが寄越した工作員ではないかと考えていた。
「……そうと決めつけるのはまだ早い。もう少し様子を見よう」
ザラは何も答えなかった。それはレオナの言に不服があったからではなく、自分の意見に自信がなかったからだ。
「良い子だといいんだけど……」
頭上を飛ぶレイの機体を見て、ザラはそう零した。