シャーレの先生は化け物である   作:人肉の味を知りたいようで知りたくない

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アロナちゃんは先生が化け物でも先生として慕ってくれる、そうに違いない


化け物とAI

 

 

 

 どこまでも広がる澄み切った青空と、足元を静かに満たす透明な水面。現実のシャーレ執務室の忙しさから離れたこの精神世界で、先生と水色髪の少女は水面に直接座り込み、仲良くトランプで『ババ抜き』をしていた。

 

 

「……」スッ

 

「…」ニコ

 

「…ッ」スッ

 

「…」ショボン

 

「――こっちです!!!」

 

「あっちゃ〜!負けちゃった〜。やっぱりアロナは強いな〜」

 

「スーパーAIなので!えっへん!」

 

 

 わんぱくな元気いっぱいの笑顔を見せる少女、透き通るような青い髪をサイドで可愛らしく結び、白と青を基調としたセーラー服のような衣装を纏った彼女『アロナ』は、この『シッテムの箱』と呼ばれる高度なタブレット端末のメインOSであり、現実世界では肉体を持たない電子の少女(AI)だった。

 

 

 彼女の頭上には、キヴォトスの生徒たちと同じように光の輪──「ヘイロー」が浮かんでいるが、それは現実のそれとは異なり、デジタルの光を優しく明滅させる不思議な形をしている。

 

 

 キヴォトス内で先生の正体を知っているのは彼女アロナともう1人の生徒のみ。AIと言っても先生は彼女のことを生徒として見ているので、彼女が嫌な思いをしないようにわざと感情を顔に出し負け続けている。

 

 

 ゲームが進み、お互いの手札が残り少なくなっていく。そんな時、アロナが不意に口を開く。

 

 

 

「……あの、先生」

 

「ん?どうしたんだい? ちなみに待った!は10秒だけだよ?」

 

「お体の具合は、大丈夫ですか?」

 

「うん、元気いっぱいだよ」

 

「でもこの前の…あの時は……」

 

「あの時?…――あーっ……アハハッアレは…まぁ……」

 

 

 

 

 あの時―それは先生が生徒から手作りのクッキーをもらい、それを食べた時のことだった。彼が苦しみ、悶え、今にも倒れそうになっているその光景をアロナは目にしていた。

 

 

 

「ごめんねアロナ、怖いものを見せちゃって」

 

「怖かったんじゃなくて、心配なんです……!」

 

 

 

 アロナは手元のトランプを水面に置くと、膝を乗り出すようにして先生の顔をまっすぐに見つめた。デジタルの瞳には、今にも零れ落ちそうなほど大きな涙が浮かんでいる。

 

 

 

「ただの甘くて美味しいお菓子でも、先生にとっては猛毒と変わらないんですよ? あんな風に命を削るくらいなら……いっそのこと、シャーレの規則で『生徒からの食べ物の差し入れは一律禁止』にしちゃいませんか?」

 

「禁止に?」

 

「それなら生徒のみなさんも納得してくれます! 先生がこれ以上苦しまなくて済むなら、その方が絶対にいいです!」

 

 

 それは、肉体を持たない電子の少女なりに、大好きな先生の身を案じて導き出した最も合理的で確実な解決策だった。

 

 

 

 

 喰種という種族は人を食う怪物。食人は単なる『嗜好』ではなく、より単純に人肉以外の固形物を摂取できないという体質的な理由。

 

 口に含むことはできるが飲み込んだ瞬間、喰種の感覚では吐き気を催すほどおぞましい味覚と食感を伴い、消化・吸収することができないため無理に食べようとすると体調を崩してしまう。

 

 つまり、先生に対しての感謝として渡す食べ物は全て……彼にとっては毒を送りつけられているのと同じ。

 

『大人のカード』と呼ばれる物の力によって、彼自身人肉を食べずとも十分に活動できるし、空腹によって暴れる危険性もない……だからこそ、だからこそ無理に毒を食べなくてもいいとアロナは告げていた。

 

 

 

 

「ありがとう、アロナ。私の体を心配して言ってくれているのは、すごく嬉しいよ。……でも、それはできないかな」

 

 

 

 けれど、先生は眉を下げて、どこか遠くを見るような目で優しく首を振った。

 

 

「どうしてですか!? このままじゃ、いつか本当に先生の体がボロボロになっちゃいます!」

 

「だって、それをしちゃったら……あの子たちとの繋がりが、一つ消えちゃうみたいで寂しいじゃないか」

 

 

 先生は手札のトランプの数字をそっと見つめながら、いつもの穏やかなトーンでぽつりと呟いた。

 

 

「手作りの料理を渡す時ってね、みんな本当に嬉しそうで、少し照れくさそうな、素敵な顔をするんだ。あの子たちが勇気を出して届けてくれた純粋な想いを、『ルールだから』って理由で撥ね退けるなんて、私にはどうしてもできないよ」

 

 

 先生はそこで一度言葉を区切り、小さく自嘲気味に笑った。

 

 

 「……それにね、これでも私は結構タフなんだよ? 昔くぐり抜けてきた地獄に比べたら、クッキーで少しお腹が痛くなるくらい、なんてことないさ」

 

 

 先生は本当に大したことではないという風に、けろりと言ってのけた。

 

 

「死ぬわけじゃないんだ。生徒達の笑顔と引き換えなら、お釣りが出るくらい安いものだよ」

 

 

 アロナはしばらく静かに先生の横顔を見つめていたが、やがて諦めたようにふう、と息をつくと、自分の手札を拾い上げた。

 

 

「……分かりました。先生がそこまで言うなら、差し入れ禁止の件は保留にします…でも、でも!無理は絶対にしないでくださいね? 絶対に絶対ですよ!?」

 

「………うん!そうするよ」

 

「その間はなんですかその間は!!」

 

「ご、ごめんごめんアロナ」

 

 

 

 

 優しく、花を触るかのような力でアロナの頭を撫でる先生。

 

  

 彼は怪物であり人ではない。

 

 

 だが……そんな怪物であろうと、この綺麗な世界を、生徒たちの光を、絶対に守り抜いてみせる。

 

 

 

 

(―もう二度と失わない、居場所も…大切な命も)

 

 

 

 先生は――もう、このキヴォトスの生徒達の為に自分の身を使い潰すことを決めていたのだ。

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