シャーレの先生は化け物である   作:人肉の味を知りたいようで知りたくない

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怪物の行政官

 

 

 

 某日・先生は連邦生徒会本校舎の最上階近く、一般の生徒が立ち入ることを決して許されない首席行政官室に呼び出されていた。

 

 デスクの向こう側に座る七神リンは、眼鏡の奥の鋭い瞳で、手元の端末の画面をじっと見つめている。

 

 

 

 

 

「……また無茶をされたようですね、先生」

 

「いやー…ハハハッ」

 

「人間の食事を無理に摂取して裏で激しい拒絶反応を起こす……先生がシャーレの先生として着任されてから、これで10回目です。――先生、倒れてからでは遅いのですよ?」

 

「返す言葉もありません……」

 

 

 

 

 七神リン……キヴォトスの全行政を担い、学園都市の運営に従事する中央組織に属している三年生であり首席行政官、そして今現在行方不明の生徒会長の代理でもある。

 

 彼女こそが、アロナを除けば、先生がこのキヴォトスに赴任した当初からその正体を知っている唯一の生徒だった。

 

 

 

「ただの栄養素の塊であっても、あなたの身体にとっては猛毒。先生として生徒がくれた物を捨てるなんてできないと思われるのも理解できます、しかしそれで無理をして先生が倒れてしまっては元子もありません。そもそも―」クドクドクドクド

 

 

 

 マシンガンのようなスピードと威力の言葉を続けられどんどんと小さくなっていく先生。流石に何かを言わなければと思い、彼は口を開く。

 

 

 

「心配してくれてるんだね…ありがとうリン。それから、ごめん……いろいろと見せちゃって」

 

「いえ、これも、仕事ですから」

 

 

 

 リンの端末に写っているのは、シャーレの至る所に配置されている監視カメラの映像。コレは先生の動きを監視するための物。

 

 

 当初、彼女は先生に対して完全に心を閉ざし、徹底的な警戒態勢を敷いていた。

 

 

 行方不明の生徒会長から手渡された極秘書類に記されていた『喰種』という文字。

 

 

 人間を捕食して生きる異世界の怪物──そんな危険極まりない存在をこの学園都市に招き入れ、あろうことか生徒たちの『先生』に据えるなど、リンからすれば狂気の沙汰としか思えなかった。 

 

 

 だからこそ彼女は、先生が牙を剥いた瞬間にいつでも排除できるよう、冷徹な監視の目を光らせていたのだ。

 

 

 

 

 しかし、画面の向こうの怪物が重ねてきた「日常」は、リンの予想を大きく裏切るものだった。

 

 

 

 銃弾が飛び交う臆さず生徒達を身響いていく姿、生徒達一人ひとりに真剣に向き合い話をしていく姿、生徒達と一定の距離を保ちつつも仲良く接していく姿、生徒たちが勇気を出して届けてくれた手作りの料理を、自分の身体にとっては猛毒だと知りながらも、「ありがとう」と本当に嬉しそうな笑顔で受け取る姿。

 

 そして、自分を含めた生徒達に隠れて、血を吐くような激しい拒絶反応に独りのたうち回る姿。

 

 画面越しに見せつけられたのは、狂気的なまでの優しさと、生徒の心を何よりも優先する、歪で泥臭い『先生』としての矜持だった。

 

 

 

(どうして……そこまでして、人間のフリをするのですか)

 

 

 ただの冷徹な監視対象だったはずの背中は、いつしかリンの中で少しづつ変わっていき。今では頼れる存在として彼のことを見ていた…最初は頑なに閉ざしきっていた彼女の心が、先生のあまりにも人間らしい献身によって、少しずつ、けれど確実に開かれていったのだ。

 

 

 

――しかし

 

 

 

「……すみません、先生」

 

 

リンは手元の端末から視線をわずかに落とし、微かに声を揺らした。

 

 

「えーと…何かされた覚えはないけれど」

 

「私は、あなたとこうして接していく中で…あなたのその底知れない優しさも、理解しているつもりです。……ですが、その反面」

 

 

 リンはデスクの上で、自らの両手をぎゅっと握りしめた。その指先が、微かに震えている。

 

 

「貴方が……『人を喰らう怪物』であるという事実に、私の本能が……どこかで常に警戒し、怯えているのも事実です。あなたを信じたいのに、心の底では怪物として恐れてしまう。……このような不躾な弱さを抱いてしまい、本当に申し訳ありません」

 

 

 

 それは、生徒会長の代理としてあり続ける彼女が、初めて見せた「一人の少女」としての本音の吐露だった。

 

 しかし、先生は怒ることも、傷ついた素振りを見せることもなかった。ただ、いつも通りの、どこまでも穏やかで優しい大人の笑みを浮かべた。

 

 

 

「ははっ、謝る必要なんてどこにもないよ、リン。仕方ないじゃないか。だって、私は本当に人間を喰う化け物なんだから」

 

「しかし」

 

「まず大前提に、リン。君が今行っている行動に間違いはない、相手が化け物だとわかっているのに何もしないのはあまりにも危険だ、だから監視も当たり前だし警戒だって当たり前なんだ―だから胸を張って、これからもそれを続けてて欲しい……もちろん無理がない範囲でね?」

 

 

 仕方ない、と笑って自らの業を受け入れる怪物の優しさ。リンはしばらく沈黙し、その言葉の重さを噛み締めるように目を閉じていたが、やがて覚悟を決めたように目を開け、眼鏡の位置を直した。

 

 

「……ありがとうございます。では、そのお言葉に甘えて、不躾ついでにもう一つだけ、私のわがままを聞いていただけますか」

 

「うん、なんだい?」

 

「──もう一度、あなたのその『喰種』の目を見せていただけませんか。あなたの本当の姿を、この目に焼き付けておきたいのです…すでに人払いは済ませてあります」

 

 

 

 

 先生は少し驚いたように目を丸くしたが、やがて静かに首を縦に振ると、かけていた眼鏡をゆっくりと外し、上着も脱いだ。

 

 

 

 

それと同時に、部屋の空気が一瞬にして凍りつく。

 

 

 

前髪の隙間から覗く彼の両目が、悍ましく変貌を遂げた。

 

 

 白眼の部分は漆黒の闇に染まり、その中心にある彩瞳は、夜の闇を妖しく照らす、血のように鮮烈な真紅へと染まり上がる。

 

 

 喰種の証──赫眼(かくがん)

 

 

 それだけでは終わらなかった。

 

 

 衣服の下で、ドクン、とこれまでで最も激しい脈動が先生の背中から鳴り響く。

 

 

 ──バリッ、と肉と布地が裂ける悍ましい音が室内に響き渡った。

 

 

 先生の腰の辺りから、赤と黒の禍々しい光彩が混ざり合った、先端の鋭く尖った2本の赫子(かぐね)が、うねるように這い出してきたのだ。 

 

 

 それはまるで、獲物を貫くためだけに研ぎ澄まされた、意思を持つ巨大な2本の槍のようだった。ずるりと空間を侵食するように蠢く異形の手足が、行政官室の空気を物理的に圧迫していく。

 

 

 

「…っ」

 

 

リンは本能的な恐怖で身体をビクリと硬直させ、喉を鳴らして息を呑んだ。全身の毛が逆立ち、今すぐこの場から逃げ出せと細胞が悲鳴を上げる。

 

 

「―そろそろ戻すね」

 

「はいっ……」

 

 

 少しの時間が経った後、先生がフッと息を抜くと、背中の赫子は消えていく、目も白と黒にも取り、再び眼鏡をかける。部屋を支配していた絶対的な重圧は霧散し、そこにはいつも通りの、冴えない温厚な大人の姿が戻っていた。

 

 

 

「……うん。相変わらず、リンちゃんは肝が据わっているね。驚かせちゃってごめんよ」

 

「……い、いえ、こちらの方こそ…」

 

 

 リンは深く息を吐き出し、バクバクと早鐘を打つ胸を押さえながら、乱れた呼吸を整えた。

 

 

「―いつか、その姿を見ても平気でいられるように…なって見せます」

 

「気長に待つよ。それじゃあ私はそろそろ」

 

「はい、では引き続き…生徒達をよろしくお願いいたします」

 

「任せて」

 

 

 上着を着直し、その場から去ろうとする先生。扉に手をかけたところで彼は一度止まり、振り返って口を開いた。

 

 

「リン、生徒会長がどうやって喰種の情報を手に入れたのか…知ってるかい?」

 

「いえ、全く」

 

「そっか……――じゃ、またねリン」

 

「ええ、また」

 

 

 先生がさった後リンは椅子に座り心を落ち着かせ、先生はリンの怯えた姿を脳に刻みつけながら、2人は仕事へと戻ってゆくのであった。







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