心配されたい人間の話   作:曇らせるなら晴らすことも忘れないでくれ

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第1話

 心配されるのって気持ちよくね?

 

 それが二度目の生を授かって女の子として十数年再び生きた俺の結論である。これを見たやつが俺の意見に賛成するも反対するも自由だが口には出すなよ、口論がしたいわけじゃないから。ああそうだ、一人称は私で揃えておくか。

 

 『心配されるのが気持ちいい』ということを説明しよう。

 

 と言っても簡単だ。心配されるべき場面で心配されていることに嬉しく思うだけだ。

 

 加えて言うと、その心配されるべき場面というものがもう既にどうしようもない不可避のものだと尚更いい。心が締め付けられるような、その人がなんとかして救済されてほしいと願う気持ちとは裏腹に、どうしようもなく絶望が待っていることがいいのだ。あるいは、自暴自棄のように自ら苦難の道を突き進むこともすばらしい。

 

 これには根拠がある。ある日、私が師匠に課せられた課題をしている時——あ、師匠っていうのは孤児だった私のことを拾って育ててくれている人のことだ。まあとにかく、課題をしている時に、知らないお姉さんが酷く焦った口調で声をかけてきた。

 

『君! 大丈夫!?』

 

 ってな感じで。私が汗ダラダラで体もフラフラしているように見えたからかもしれない。そのお姉さんは黒色のハンカチで私の汗を拭ったりしてくれたんだ。感謝とかちゃんとしたかったけど、課題の途中だったから、やめるわけにもいかなかったんだ。お姉さんが止めても、やめずに課題をし続けながら、お姉さんのあんまりにも必死な様子を見ていたら、私の背中にゾクゾクとしたものが走るのがわかった。仕舞いにはお姉さんは無理矢理にでも止めようとしたから、心配するお姉さんをなんとか説得して帰らせたんだ。

 

 お姉さんがチラチラと私の方を振り返りながら、帰っていくのを見て、えもいわれぬ感覚が全身に広がっていくのを感じて、私は気づいた。『あれ、心配されるのって超気持ちよくね?」って。まあこれは苦難とか絶望とかとは違うかもしれないが。

 

 実は形だけ見るとよくある勘違い系と似ているのだが、あれは心配される側はそのことを苦と思っていないことが多い。そうではなく、苦しいことをやっているときに心配されるのが気持ちいいのだ。ここまで書くとどうしても自分のことがド級のMにしか思えないな。まあしょうがない。

 

 とにかく、私はそのためにこの日記を書き始めたのだ。俺は第三者視点でそういうことを見たいのだが、他人に苦を強制させるわけにはいかない。私が苦労している様を未来の俺が楽しめるように、私の周りの人たちがどんな感情で私のことを見ているのかを詳しく書き込んで、私がその心配の中でどんなイバラの道を選んだのかを記述する。それのためだけだ。

 

 まず私がやるべきことは、正義側に付くことだな。悪側だと、たとえ私が苦労していたとしても、「どうせ悪いことをしてるだけだしなあ」という気持ちが湧き上がって、心配の感情なんて何一つ、誰にも浮かばない。ヒーローショーとかで倒された悪役のことを心配するやつなんて誰もいないだろ? 師匠にも悪にはなるなって常日頃言われてるし、心配されたいんだったら、正義であることが一番だ。結果的に人が助かるならなおよし。

 

 それでいて、周りの人間は他人のことを思いやる余裕があるといい。全員が自分のことに必死だったら、私なんか見向きもされず心配されるどころか、俺が何をしているのかわからないやつが出てくるかもしれないからな。

 

 最重要項目を忘れていた。それは私がいい人間であると周りから認識されることだ。そう思われないと、心配されるわけがない。そしていい人間というレッテルが他人から貼られているほど、私の歩む苦難の道に説得力が増してきて、心配されやすくなる。

 

 前世のアドバンテージが活かせるかはわからないが、とにかくこの三つの条件を満たせるように、これからを過ごしていこう。師匠によると、この世界はどうやら普通の日本とは違っていわゆる特殊能力というものがあるみたいだから、怪物みたいなのもいてもおかしくないだろう。そういうのに対処する組織とかが条件を満たせそうな組織だな。とにかくこれから頑張るぞ! 私!

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 時計の音と、紙をパサパサと整理する音が聞こえる。目の前の机は、使用した痕跡が微塵もなかった。少し右を見るとファイルに紙を綴じている部下の姿が見える。部屋の中にはたったの二人しかいなかった。

 

「あーーーーーー...暇だねえ」

「もう何も言いませんよ。俺らは暇な方がいい仕事じゃないですか」

「そうは言ってもさあ.....暇すぎるよ。君は私が遊ぶことを許してくれないしね?」

「当然じゃないですか。他のの方々が苦労している間に俺達が遊んではいけません」

 

 苦節十数年.....というほどではないけどまあわりかし頑張って修行して政府の役人の上の方まで登り詰めてきたけど、とにかくすることがない。最近は過去と比べても驚くくらいに平和らしいし、私の部下たちが優秀すぎることも相まって、少し現れた仕事も情報が私のところまで辿り着く前に部下が事後報告という形で仕事完了と伝えてくる。

 

 そりゃあ、平和が素晴らしいことには同意するよ。けどここまで平和だったら私の部署の特性上仕事が本当に少なくなってしまうんだ。私の本来の目的の『心配されるほど仕事をする』どころか、今は国のお金で苦労せずにタダメシを食べる落伍者だよ。他の部署の仕事を取ってこようにも他の部署も優秀で迅速に仕事を終わらせているから私ができることが何も無いし。

 

「......じゃあ、君のダメの範囲を調べてもいいかな?」

「...何をするつもりですか」

「うーん───しりとりとかどう?」

 

 彼が非難のこもった目で私のことをじっと見つめる。男のジト目は流行らないぞ、君。

 

「じゃあ、タンス」

「しませんって」

 

 と、こういうふうに私がただふざけているように見えるだろ。勘違いしたな? こいつ本当に何もすることないんだなって。違うんだなーこれが。私の能力の都合上こういうふうにもできるんだよな。

 

 私の分身ちゃんが、今も悪を成敗している途中なのさ。

 

 

 

『ひ、ひいっ! たす、命だけは助けて!』

『残念ながら。いわゆる、悪というものにかける慈悲はない』

 

 命が欲しかったのならそんなことするべきじゃなかっただろうに。

 

『君の名前は、確かムラセだったな。暴力団の源流組の末端団員』

『ま、まだ何もしてねえよ!』

『"まだ"だろ? いつかするかもしれないということか? それなら、ハッキリと言おう』

 

 話を聞いてもらうためにハルバードを地面に突き刺す。足元のコンクリートにヒビが入り、その音に目の前の彼が身じろぎする。

 

 ちょっとした選択肢くらいは与えないとなあ。もしかしたら改心してくれるかもしれないんだから。

 

『今、ここで源流組から足を洗うか、それとも大切な命を失うか、選べ』

 

 彼は、少し考えた。しかし、最初から私に言う言葉は決めていたみたいだ。

 

『あの組には……恩があるんだ。俺は、恩を返すまで死んでたまるかよ!』

 

 理解できない感情だ。恩なんかが、自分の命より大切なことがあるのか。

 

『残念』

 

 雄叫びを上げて、彼が私に殴りかかってくる。欠伸が出るほどの遅さだ、ネクタイを直す時間さえある。彼の殴りかかるその姿に、何も変なところは見つからない。能力がないのか、果たして使ってないのか。きっと、前者だろうな。

 

 ネクタイを直してから、鈍く光るハルバードを振るった。肉が裂け、骨が砕ける感触。少し遅れて、二つに分かれた頭部から鮮血が飛び散る。彼くらいの人間だったら、自分が死んだことにも気づかなかったんだろうね。

 

『おっと、危ない』

 

 一歩後ろに下がる。さっきまで私がいたところには、彼の血が飛び散っていた。死んだ後にも私のことを妨害しようとするなんて、健気というか、どうしようもないというか。この服白いんだから、あんまりそういうことしないでくれよな。

 

 情報面では、彼を生かしておいても悪くなかったかな。下っ端とはいえ、何かしらの情報は持ってそうだったから。まあ、でも人間を拷問しているやつを心配する人間はいないからな。

 

『んー……前も何の能力もない人間だったっけ?』

 

 半分になり、赤い血溜まりの中で顔すら識別できなくなった彼のことを見下ろす。

 

 あえてそうしてるのかな? どうも源流組の木っ端は能力のないやつが多い。何かしらの利益があってやっているんだろうけど、どんな利益があるのか私には想像もつかないな。

 

『……あー、考えすぎちゃったな』

 

 こんな目立つところで考え続けるなんてバカのすることじゃないか。今目撃されるのは敵であろうと味方であろうと面白くない。あっちでしりとりとかしてるから集中が切れちゃったかな。部下君のことしか考えてなかった。

 

 裏の世界では私のことがちょっと有名になってきてるんだよな? 名前というかコードネームみたいなのもついてさ。仮面をつけてるからって仮面の処刑人だったっけ? ダサいを極めてる気もするけど、その辺はやっぱり悪だから、センスがないのかもね。それはまあいいとして、今の私は噂に尾ひれがつきすぎてただの快楽殺人鬼みたいになってしまってるからなあ。最終的にそれが私だとバレてもいいけど、変な噂は消した方がいいな。

 

 

 

「____長、部長。聞いていましたか? 午後に行われる戦闘訓練についてなのですが」

「あ、ごめーん。ちょっとだけ待ってね」

 

 うーん、けっこう順調じゃん? 要注意暴力団の団員の一人を減らせたし。こういうのは残しておくと余計なことしかしないからね。彼らのよく言う"恩"とかいうのもどうせ大したものじゃないし、早めに消しておくのが重要重要。そして、ここで一つ大事なのがこのことを報告しないこと。正確に言うと、報告はするけど誰の成果なのかは伝えないということ。

 

 これはやりすぎると本当に誰からも気づかれない可能性があるけど、その分気づかれた時の破壊力は最も凄まじいことになるんだ。バレない程度に私とわかるような痕跡を残していこう。面白いことになるだろうな。日記担当の位置も大丈夫そうだし、もう少し私の分身には仕事をさせようか。

 

「よし、いいよ。話して」

 

 まあそれはそれとして、一旦戦闘訓練だかなんだかの話を聞かなくちゃいけないか。ダルそう。私までやる必要あんの? それ。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 部長は、椅子の背もたれにもたれかかり、上を見ているとも、前を見ているとも言い切れないような中途半端な視線を向けて止まっていた。

 

 目の前で話を聞いてるのか、聞いていないのかよくわからない表情をしているのが、白の部長だとは思えない。

 

 19歳という史上最年少で部長まで成り上がった彼女は、いい噂が流れていない。

 

 曰く、親の七光りだとか、上と寝ているだとか。そういう噂を信じない人もいるにはいるが、いまだに彼女の仕事遂行能力には疑いが持たれている。ミスをしないうちは彼女は部長で居続けることができるが、ほんの些細なミスをした途端に落とされる、そういう立場に彼女はいる。

 

 だというのに。今も彼女は焦点の合わない目でこちらを見ている。そもそも、彼女の経歴は何もなく、能力さえも誰も知らない。誰も能力を使用しているところを見たことがないのだ。というか、本当に話を聞いているのか?

 

「うっ?!!」

 

 突然、彼女は肩を跳ね上がらせた。息は荒く、それまで全く汗をかいていなかったというのに、今は側から見てもわかるほど汗をかいている。

 

「……ど、どうしたんですか部長?」

「はぁ……え? あぁ、いや。なんでもない」

 

 そんなわけがない。俺だって、下っ端とはいえ一介の白だ。雑な誤魔化しくらいわかる。ただ、妙なのが、普通の人間がここまでの反応をするときは、いつだって死に直面しているときしかないからだ。今は明日の予定を話していただけの時間なのに、どこで死を感じることがあるんだ。

 

 そう思っていると、彼女はぼそっと何か聞こえないくらいの声でつぶやいた。

 

「……面白くなってきた」

 

 俺にはその声は聞こえなかった。彼女はその言葉を俺に伝えるつもりはなかったのだろうし、そのあとからしっかりと話を聞いてくれている様子だったからその声のことはそのうち、記憶から消え去っていた。

 

 

 




感想が欲しいって言いたいんですけど、まだこの情報量じゃ感想何もないですよね。
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