心配されたい人間の話   作:曇らせるなら晴らすことも忘れないでくれ

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何者なのか

 

 

「よっ。昨日ぶりだな?」

「あー……サングラス」

「…まぁそうだけどな。俺ぁてっきり副組長って呼ばれるもんだと思ってたよ」

 

 飽きずにまたサングラスの男性がきた。私が名前を覚えてないことは気にしていないみたいだ。

 

「……それで、今は何してるんだ?」

「うーん。天井を眺めてた? つまらなくはないよ」

「いや、お前が好きにやってるんだったらいいんだけどな……」

「一緒に眺める? それかしりとりでもする?」

「…しりとりは後でするか。今はそれじゃないんだ」

 

 サングラスの男性は神妙な雰囲気で私のことを見つめる。正面から見られるのはなんだか気まずいな。私もサングラスの男性も目が相手から見えない状態だから目を合わせることもできないし。

 

 彼が室内でもサングラスをしていることには何か理由があるのかな? 視線は感じるから、盲目というわけじゃないだろう。目が見られることが嫌いなのかな? それとも、ただのオシャレ? 私が彼のことを殺す前にわかるといいね。

 

「お前は何者だ?」

 

 おっと。急に真面目な話になりそうだ。少し集中しないとね。

 

「まだ私のことはよくわかってないんだね」

「まぁ、残念ながらそういうことになるな。いくら俺でも、素性の知れないヤバい奴をずっとここに居させることはできないんだ」

「俺のことを不安がってるんだ? 君たちが助けた、この俺のことを」

「……なんで一人称を変えたんだ」

 

 サングラスの男性は、消え入るような声で呟いた。

 

 一人称が変わった程度でここまで気にするんだ。あるいは何か嫌な思い出でもあるのかもね。知っておいた方が良さそうかな? まあ今の私にそれを調べることはできないんだけど。あーあ、分身が使えたら今頃調べに向かわせてるのに。

 

「私の一人称が変わったくらいでそこまで動揺しなくてもいいじゃん。こっちの方が好きかな?」

「チッ。一人称は俺の前では私に固定しろ。それで、質問に答える気はないのか?」

 

 サングラスの男性が元の調子を取り戻して、問い詰めてくる。実は、答え方に迷っているんだ。どこまで答えても大丈夫か、どこまで答えても私の目的の邪魔にはならないか。彼に真実を伝えるつもりは始めからない。重要なのは、私がこれからも生き残ることだ。でも、下手に嘘をつけば、即座に殺されるかもしれないし、なかなか困った場面だ。

 

「逆にさ。君は私になんて答えてほしいの? きっと私は君の望むような私ではないんだけどさ」

「話を逸らすな。俺にだって我慢の限界はある。それに、もしかするとお前は俺の望むようなやつかもしれないだろ」

「希望論? だったらやめといた方がいい。(君たち)の希望が叶うわけがないんだから」

 

 私の言葉を聞いてから、サングラスの男性は押し黙った。そして、横を風が切った。

 

「……え」

「こういう、乱暴なことはしたくなかったんだけどな。次は、当てるぞ」

 

 目を少し左に動かすだけで、サングラスの男性の腕があるのがわかる。私に当たらないようにパンチしたのか。

 

 でも、何も見えなかった。何も感じることができなかった。私が気付けないなんてことがあるのか。もしや、この器具が何か私に悪影響を及ぼしているのか? 推測することしかできない。可能性はあるだろう。いや、今はそれじゃない。私が弱体化されているにしろ、されていないにしろ、彼の質問に答えないと。

 

「……私が殺されてから何日経ったの?」

「…大体、三日くらいだ」

「そっか。じゃあ、今の私は何者でもないかも」

 

 分身を何も感じることができないから、白の方にいた私も消えている可能性が高い。どういう消え方をしたのかはわからないけど、きっと白なら私のことは死んだものとして扱うだろう。部長の座は別の人間に置き換えられている。

 

「それは……どういう意味だ?」

「本当にそのままの意味だよ。三日も経ったんだったら、私を構成していた意味の大半はなくなってる。社会的に、私を何者かと証明する要素はもうないんだ」

「……それ、あなたにとって一番重要なことなんじゃないんですか? なのになんでそんな淡々としているんですか?」

 

 聞いたことのある女性の声がした。

 

「あー、お医者さん」

「聞いてたのか」

「はい、お医者さんです。ですが、もう一度名前を教えておきますね。立花桜です」

 

 立花桜って名前だったっけ。うーん。覚えようと努力はしてるんだけど気がついたら名前がなんだったのか忘れちゃうんだよね。

 

「お前がなんでここに来たんだ? 治療が終わったやつに二度も会いにくるなんて珍しいじゃねえか」

「どうして生き残ったのかを説明し忘れてましたからね。それに、この人は放置してはいけない気がしてならなかったんですよ」

 

 そう言って、立花桜が私の方にくるりと向き返った。

 

「そうしたら、案の定です。私、初めて見ましたよ。自身を構成する重要なものがなくなっていたというのにあんなに平然としてる人。あなたのことですからね?」

「うーん、そうだけど。それでも、そうなっちゃったものはそれ以上悲しんだり、後悔してもしょうがなくない?」

「…なんだか、あなた自身もあなたのことを理解できていないような気がしてきました」

 

 そんなことはないんじゃないかな。私のことを一番よく知っているのはこの私だ。私が一番に求めている欲望だって、私しかわからない。

 

 ……でもそれってなんだったっけ? 忘れちゃうくらいなら一番と言ってもそこまで重要じゃなかったのかもね。

 

「はぁ。まあいいです。いやあんまりよくないんですけど、私も今は忙しいので後でまた対応します。ひとまずこれから銃弾で頭を貫かれていたあなたがどうして生き残れたのかを教えますね」

 

 お医者さんがメモみたいなものを持ってくる。きっとあれに書いてあるんだろう。ちゃんとしたカルテではない。

 

「あの時のあなたは本体の頭を銃で撃たれて即死のはずでした。ですが、そのときあなたの分身も少なくとも20を超える数はいましたよね?」

「あんまり数えてないからわからないけどそうなのかな?」

「……まあいいです。これから魂なんていうよくわからないものが出てくるのですが、あんまり気にしないでください。あなたの分身はあなたの魂を分割してできる存在でしたので、分身の数が多かったあの時、本体を殺されて本体の分の魂がなくなっても分割された分身の魂の方が総量は多かったので、なんとか生き残ることができたのです」

 

 お医者さんは「複雑な話になりすぎましたね」とまたため息を吐いて、サングラスは私のことをじっと見ていた。いや、どっちかと言うと私の仮面のことを見ているのかも? 

 

「あー……もしかしてこいつのこの仮面もそれに関係してんのか?」

「それはまだわかりません。魂の量が少なくなった分、意味の定義を他のものに求めたと見ることもできます。とりあえずその仮面はともすれば私の生命維持装置よりも外してはいけません。そしてその仮面があなたの分身を抑制しているみたいです。……また話が長くなりましたね。それでは失礼します」

 

 そう言ってお医者さんは部屋のドアから出て行く。

 

「あ、神崎さん。理由はなんとなくわかると思うんですけど、あんまりこの人の前で変なことを言わないでくださいね」

 

 完全に出ていったと思ったら顔だけドアから出してそんなことを言ってから帰った。

 

「……神崎さん? 理由はなんだと思う?」

「はっ、お前に聞かせるといいことが起こらないと判断したから、ああやってあいつは言ったんだろうな」

 

 あ、そうだ。色々立て込んでて忘れかけてたけど重要なことを思い出した。

 

「ねぇ。しりとりはいつするの? もう私に聞きたいことは終わった?」

「あー…まぁ、一応聞きたいことは終わったんだがあの答えじゃあなあ。ちょっと、いやかなり微妙なんだが……そうだな」

 

 神崎がポケットから何か取り出した。

 

「これに、見覚えはあるか?」

「見覚えがあってほしかったのかな。だったら残念なことにないよ」

 

 神崎は私の言葉を聞いた後、無言でそれをポケットにしまった。黒っぽい色のハンカチみたいだったね。あんなのに見覚えがある人なんているのかな?

 

 神崎の表情はサングラスでよく見えなかったけど、きっと残念な表情をしてるんだろうね。こんなの誰が見たって私のことを誰かと重ね合わせてたとしか思えない。神崎の年齢も大体は推測できるし、私と面影を重ねる相手なら、割と絞れたんじゃない? 

 

「……あっ、そういえば分身使えないのか」

 

 分身を出そうと思っても中々出ないから変だなと思ってたけど、そういえばそうだったね。仮面を外すのもダメだって言われちゃったし、しょうがないけど諦めようか。

 

「きっと、あなたの望む俺ではなかったでしょ。これから私のことを殺そうとする? 勝機はなさそうだけど、抵抗はするよ」

「……りんご」

 

 ……? 

 

 急にどうしたんだろう? 私の想定していた言葉と違う単語が出てきた。りんごだし。食べたいのかな? そんなわけないか。じゃあ誰か他の人の名前だったりする? 私が思いつく中ではそれが一番可能性が高いかな。じゃあ周りを警戒した方がいいかもね。

 

「どうした? 次は"ご"だぞ」

「……しりとり? なんだか君もよくわからないんだね。ゴマ」

 

 お医者さんも、このサングラスもそうだ。悪のはずなのに、なんだか私の知っている悪とは違う感じがする。

 

「ハッ。ちょっと会っただけで俺のすべてがわかると思うなよ。麻酔」

 

 そう言うサングラスの表情はさっきのとは違って、笑顔ということがすぐにわかるものだった。

 

「……イカ」

 

 私はもしかすると悪に絆されかけているのか。

 

 うん。よくないな。

 

 




自分でも話の展開が早すぎると思うんですよね。自分は文字数が多ければ多いほどいいと思っている人間なので。
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