心配されたい人間の話 作:曇らせるなら晴らすことも忘れないでくれ
「……これで、何か変わったのかな?」
「変わったはず……変わってますよね? え、失敗したかな」
金髪の少女がまた仮面に触れる。その瞬間、金髪の少女の影が揺らいだように見えた。
「んー……? ちゃんと力も入れたつもりなんだけどな……」
何回見ても気のせいじゃないね。影がほんの少しだけど、揺らいでる。影はこの子の能力とは違うから、この子が知らない人間に狙われてるのかな? それなら、私はこの子を助けないといけないね。
「えっとね、ちょっとだけお願いしたいことがあるんだけど、これから私は倒れることになると思うから、お医者さんとサングラス……えーっと。あ、神崎だね。その人たちを呼んできて」
「な、なんでですか……?」
金髪の少女が動揺した表情を見せる。この子が仮面に触れたことはちゃんと効果があったみたい。さっきまでは気づかなかった、影に潜む何者かの気配に気づくことができた。
あんまりこの子にこういう場面を見せたくはないんだけどな。でもこの子が狙われてるみたいだから、早めに対処しておかないとね。
「影とか、何かに隠れるやつの対処法はわかってる。隠れているものを壊すか、それとも隠れる場所をなくしてしまえばいいんだ」
つけていた仮面を外す。影の揺らぎは見えなくなったけど、これで、分身を出せるようになった。でもさっきよりも、もっと嫌な感覚だ。少しずつ魂が蝋燭の火で溶かされてるみたいな感じがする。
まあそれはさておき、私の分身で、金髪の少女の代用としようか。
私の分身で、金髪の少女の影に覆い被さる。私の予想だとこれで十分なんだけど、念のためもう一体分身を用意してそいつにはスタングレネードとか探しに行かさせようか。
「さてと、君が私の想像通りの能力だったら、これからは我慢比べだね」
「え? え? な、なんか増えてるー!」
「二倍可愛いかな?」
「二倍可愛いですッ! じゃなくて! 命に関わるんじゃなかったんですか!? なんで仮面を外してるんですか!」
金髪の少女は顔を青ざめさせてそう叫ぶ。
「顔色も明らかに悪いですし、そんな無理する必要なんてないですよ!」
「必要経費だよ。ああもうお医者さんとサングラスを呼びに行ってくれるかな? ここはそろそろ危険になるから」
金髪の少女は私と部屋のドアを何度か見てから、走って部屋の外に出ていった。
本体はベッドに寝ているだけなのに、視界が歪んで、体がふらつく。
……なんとか今は平静を取り繕えてるけど、そのうち気を失って、死ぬことになるのは火を見るよりも明らかだね。できればその前にこいつだけ仕留めておきたいな。ああいや、仕留めるというよりは、こいつがどこのどういう人間なのかを調べた方がいいな。生け取りにしよう。
突如、胸に鋭い痛みが走った。
「っ!」
私の胸には何事も起きていない。そうではない。私の分身の胸から、血で赤く染まったナイフが飛び出しているのが見える。どうやら彼は我慢できなくなったみたいだね。
私の分身が泥みたいに溶けるのと同時に影に潜んでいたものが姿を現す。
「影を見破るだと——」
「ハハッ、先手必勝!」
彼が影から姿を現した瞬間、彼から見えないように隠していた分身で背後に回って彼の首を絞めた。
「ぐっ、ううっ!」
私があと数分も持たないことはわかりきってるから、彼も無抵抗のまま気絶してくれたら楽だったんだけどな。彼は中々気絶せず、ナイフで私の分身を刺して止めようとしてくる。これ以上痛いのも嫌だな。
もう一体用意した分身でナイフを持っている彼の手を踏みつける。彼は堪らずと言った感じにナイフを落としたので、そのままナイフを奪う。
「これで、どうしようもできな」
何もされていないのに分身が溶けた。もう一体出そうとしても、不完全なものしか出てこない。体に力が入らない。ああくそ、もう持たないか。
視界が霞んで、聴覚が薄れていく。タイムリミットが来てしまった。彼を生け取りしようとしたから予想以上に時間がかかってしまったのか。仮面をつけなくては。
ずっと右手に持っていた仮面をつけようとしたが、そこに仮面はなかった。
「は……?」
「ゲホッ……この仮面、お前にとって重要そうなものに見えたから、思わず奪ってしまったよ」
影に潜んでいたものが私の仮面を手に持っていた。仮面をつけないと。でも、どうやって。もう私には何もすることができない。分身は出せない。本体も動けない。ここには彼しかいない。
彼は仮面を手に持って、私のもとへとゆっくり歩いてくる。
「なぁ。やっぱりこれ、重要なやつだったんだな。これがないと命が危ないとかか? 仮面の処刑人の仮面ってのはカッコつけだって言われてたんだが、ちゃんとした意味があったんだな」
彼は、私が手を伸ばせば、仮面を取れそうな位置まで近づいてくる。でも、もう私には手を伸ばすことさえできない。今はなんとか意識を保っているだけで、五感もほとんどないに等しかった。
そんなことよりも重要なことがあった。
彼の着ている服は黒の制服だ。影に潜んでいる時は見えなかったが、今なら、こんなに近づいている今なら、視界が霞んでいてもわかる。あれは黒の制服。正義を表す制服のはずだ。
「はぁ……あの少女もどこかに行ってしまったしな。代わりに仮面の処刑人でも処刑しておけば評価は上がるか?」
なんで、何もしていないはずのあの子を黒が狙うんだ。あの子はただの少女じゃないのか?
声はもう出ない。そんな問いも彼に聞くことはできない。彼に対抗することはできない。せめて、あの子だけでも助けたいのに……!
彼は、地面に落ちていたナイフを拾う。
「……俺が殺すまでなく勝手に死にそうだな、まあ俺の評価のために礎になってくれ」
そう彼が言った後、部屋のドアが吹っ飛んだ。そして、最近よく聞く怒鳴り声が聞こえた。
「バカなんですか? バカなんですよね? バカなことわかってますからね? 修理費という概念があなたにはないんですか?!」
「か、神崎さん……! 桜ちゃんさんがすごい顔してますよ!」
「急いでるんだからしょうがないだろ……かなり絶体絶命って感じだな? っておいおい仮面外してんじゃねーか!」
吹っ飛んだドアの外から見えたのは、見覚えのある人たちと、金髪の少女だった。あの子は……ちゃんと助けを呼んでくれたみたい
よかった……少なくとも、あの子だけは、助かりそう……だね
「神崎さん!」
「わかってる!」
二人の声が聞こえてから、私は気を失った。
◆◆
人のために無理をする性分ってのが、いつ見たって似ているように思えるんだ。
まだ名前も決まっていない、仮面をつけざるを得ない少女と、昔見たあいつが。
仮面をつけた少女は、どうやら千夏のことを命を懸けて守ってくれていたみたいだ。
初めて見た素顔。無機質な仮面の下は、予想以上に幼い顔つきをしていて、俺たちの姿を見ると安心したような顔をして目を瞑った。
「神崎さん!」
立花の声が聞こえる。
「わかってる!」
俺が仮面の少女にここに呼ばれた理由は明らかだ。今、仮面の少女の仮面を持っている目の前の男をなんとかしてほしいんだろう。何の心づもりかはわからないが、仮面の少女がこの男のことを殺していないんだったら、俺もそれに従おう。
「チッ!」
男が仮面の少女が寝ているベッドの影に潜り込む。影に逃げたのか。こいつがどこからどこまで逃げることができるのかわからないから、今の最善策は……
「……あ。え、もしかしてそういうことですか? 私の方を見ているのは。えー……そうしないとダメなんですか?」
「ああ」
「……修理手伝ってくださいね。あと、絶対に彼女を危険に晒さないでください」
「もちろん」
立花から許可をもらってから、ベッドの下の床を砕く。
「グハァッ!」
「当たりだな。っと、危ない」
床を砕いて、影から出てきた男と一緒に、そのまま一個下の病室に落ちる。
仮面の少女が眠っているベッドを落とさないように砕くつもりだったんだが、力加減がむずいな。ベッドが落ちかけた。
「さてと。おい、お前。ここで気を失った方が楽な時もあるんだぜ?」
「……あぁクソ。しくったな。せめて情報だけでも——」
「あの子に感謝するんだな」
何か男が行動を起こす前に顔面を殴り飛ばす。こいつにこれだけで済ませるのも癪に触るが、こいつが気絶しちまったからこれ以上殴るわけにもいかねえ。これ以上殴ったら、あの子が殺さないでいた意味がなくなっちまう。
「神崎さーん? 仮面取り戻せましたかー? 取り戻せたのなら早めにこっちに渡してくださーい。実は結構焦ってまーす! 早くしないと記憶とか色々飛んじゃう可能性がありまーす!」
「ま、マジかよ?!」
急いで気絶している男の手から仮面を奪い取って立花に届ける。ベッドに寝ている仮面の少女の寝顔は驚くほど安らかだったが、一目見るだけで生気が失われているということが感覚で分かった。
「ありがとうございます! 集中するので話しかけないでくださいね!」
そう言うと、立花は仮面を少女につけて、時々仮面の少女のことを直接目で見ながら、近くの機械をいじり出す。俺には何をやってるのかさっぱりわからんが、これで助かってきたやつは何人もうちの組にいるから、心配はしなくてもいいだろう。
突如、千夏が服の袖を引っ張ってくる。
「ん? どうしたんだ」
「か、神崎さん……お、俺のことを守ろうとしたんだ。あの人。初対面の俺のことをだよ……俺の名前さえ知らないのに、俺のことを助けようとして、無茶して……」
……こいつは、仮面の処刑人って呼ばれて裏じゃ恐れられてる狂人のはずじゃなかったのかよ。なんで、あいつみたいに人のために命を当たり前みたいに賭けることができるんだよ。どうして、素直に助けられてくれないんだ。自分のものはほとんど残さないのに、俺らには大きなものを……
「……はぁー。くそ、違うんだよな」
この子は、あいつとは違うんだ。行動と姿がほんの少し似ているだけだ。同一視するべきじゃない。あいつはあいつで、この子はこの子だから。
「あの子のことなら心配しなくてもいい。立花がいる限りは、問題ない。これまでそうだったんだ」
「……」
そう千夏に言い聞かせても、俯いたまま黙り込んでいる。この子も、責任感が強いから、自分のせいだと思ってるんだろうな。とにかく、気分を変えてあげないとな。
「なぁ、今日は何曜日だ?」
「……え? 金曜日だけど……」
「じゃあ、今のあの子の名前は金曜だな。明日は土曜で、明後日は日曜」
「??? どういうこと?」
あの子が名前が覚えれないということは今言うべきではないな。
「曜日ごとに名前が変わるシステムなんだ。今日は金曜だろ? だから、金曜。最初は仮面の処刑人って呼ぶつもりだったんだが、あいつにダサいって言われちまってな」
「か、仮面の処刑人……? 厨二病???」
「ハッ、その言葉、金曜に言ってみた時にどういう反応をするのか楽しみだな?」
俺がそう言うと、ようやく千夏は少し笑みを浮かべた。やっぱり、まだ幼いやつらには笑ってもらってないとな。
そろそろ色がつきそうですね? 趣味書きだとしても評価されることは嬉しいものですね。