過労死ゲーマー、藤吉郎になる。 ~知識チートはあるが、人の心が重すぎる~ 作:ブンチョウ
翌日。 「木下隊」のボロ屋敷に、城からの使者として柴田勝家が、自ら乗り込んできた。 その顔は、苦虫を百匹噛み潰したよりも不機嫌だった。
「若様より、『木下足軽頭』へ
「おおおおおっ!!」
昨日まで死んだ魚の目をしていた部下たちが、米俵と金箱を見て、獣のような声を上げた。 無理もない。家族全員が数年食っていけるほどの「実利」が、目の前に積まれたのだ。
「隊長! これで! これで俺たちの村は…!」 「やった! 芋猿隊長、あんた神か!」
彼らは、俺の『覇道』知識(治水計画)が、こんなにも早く「報酬」に変わったと興奮している。 だが、俺は違った。 俺は、柴田勝家の冷たい目と、その奥にある信長の、理解を超えた恐ろしい「期待」に、背筋が凍りついていた。
(違う、違うんだ…!) (これは「褒美」じゃない。「投資」だ) (そして、投資に失敗したプロジェクトがどうなるか、前世(ゲーム会社)で嫌というほど知っている…)
柴田勝家は、俺の耳元で、他の者には聞こえないように呟いた。
「……若様は、お前の『馬鹿』を本気で『使える』と誤解なされた」
「……」
「この金と米で、お前の言う『治水』が成らなんだ時…お前の首では済まんぞ、猿。……せいぜい励め」
柴田が去った後、俺は部下たちの前に立った。 彼らの「辛そうな顔」は消えていた。 その代わり、俺の目には「期待」という、別の「重さ」を乗せて見つめてくる。
「隊長! 早くやっちまいましょう!」 「そうだ! 川の流れを変えて、俺たちの
(もう、後には引けない)
俺は、前世のプログラマー(プロジェクトマネージャー)としての記憶を呼び覚ました。 「いいか! 俺が今から『仕様書』を作る! お前たちは…」
俺は、地面に描いた地図に、さらに詳細な『覇道』知識を書き込んでいく。 「川の流れが一番速くなるのは、このカーブの内側だ。ここを掘り下げ、出た土で、こっち側に堤防を築く。これで決壊は防げるし、あっち側に新しい土地が生まれる!」
完璧だ。 ゲーム知識(未来予知)による、完璧な「仕様書」だ。 俺は、前世のデスマでクライアントにプレゼンする時のように、自信満々に顔を上げた。
「……」
部下たちは、静まり返っていた。 さっきまでの興奮が、急速に冷めていくのがわかった。
一人が、おそるおそる手を挙げた。 「……あのう、隊長」 「なんだ!」
「『掘り下げる』って、どうやって? 川の水、流れてますぜ」 「そ、それは…川の水を、一時的に、こう…堰き止めるとか…」 「堰き止める『
別の男が口を開く。 「『堤防を築く』って言いますけど、ただ土を盛っただけじゃ、長雨で崩れます」 「そ、そうなのか?」 「石で『石垣』を組むか、せめて丸太で『柵』を作って土を固めねえと…」 「そ、その丸太は…!」
「山から切ってこなきゃです。許可もなしに切ったら、打ち首ですよ」
俺は、全身から血の気が引いていくのを感じた。 (そうだ…) (俺は、前世で「デバッグ」と「仕様書作成」はやった。だが、『実装(プログラミング)』はできなかった!)
俺は、『覇道』の知識で「何が問題か(What)」と「どこを直すか(Where)」は知っていた。 だが、「どうやって直すか(How)」という、最も重要な「技術(スキル)」を持っていなかった。
「……隊長? 顔色、真っ白ですぜ?」 「……やっぱり、口だけだったんじゃ…」 部下たちの目に、再び「絶望」と「侮蔑」の色が戻りかけていた。
(ここまでか…!)
俺が膝から崩れ落ちそうになった、その時。
「……うるせえ! お前らは黙ってろ!」
一人の男が、俺の前に仁王立ちした。 「タケシは俺と同じ村の出身だ」と言っていた、古株の男、
「隊長は『場所』を教えてくれた! 信長様から『米と金』まで取ってきてくれた! これ以上、何を望む!」 権蔵は、他の部下たちを睨みつけた。
「俺たちは、何だ? 裏切り者だ! 負け犬だ! それが、隊長のおかげで、家族の土地が手に入るかもしれねえんだぞ!」 権蔵は、俺に向き直った。 その目は、もう俺を「芋猿」とは見ていなかった。
「隊長。あんたは『技術』は知らねえようだが、『どこが一番ヤバいか』を知ってる。それだけで十分だ」 権蔵は、地面の地図を指差した。 「川を堰き止めるのは、この村の連中(元・漁師)に任せろ。土を運ぶ『モッコ(運搬具)』と『カマス』は、ウチの女房や子供たち総出で作らせる」
そして、彼は自信に満ちた顔で言った。 「堤防に使う『土』と『石』の集め方は、元・農民が一番知ってる。あんたは、黙って米の管理と、役人が来た時の『盾』になってくれりゃいい」
「……権蔵」
俺は、目の前の男を見た。 ゲームの「ステータス」には現れない、だが、何十年も「リアル」を生きてきた、本物の「技術」がそこにあった。
俺は、目を細めて権蔵を見ていた。 前世で、どうしようもないバグに直面した時、助けてくれた「天才プログラマー(同僚)」を思い出した。
「わかった、権蔵。お前に『現場監督』を任せる」 「へ?」 「俺は『プロジェクトマネージャー』だ。全体の『進捗管理』と『予算管理』、そして『信長様への対応』は俺がやる」
よくわからない単語(プロジェクトマネージャー)に権蔵は首を傾げたが、俺の覚悟は伝わったらしかった。
「皆! 聞け!」 俺は、金十貫の箱を蹴り開けた。 「この金は、お前たちへの『前金』だ! 工事が終われば、信長様から、必ずお前たちの『土地』を勝ち取ってみせる!」
俺は、もう「システム(強制選択肢)」に怯えるだけの、馬鹿担当ではなかった。 数十人の「命」と「生活」を背負った、リアルな「プロジェクト」の
「木下隊! 『内政コマンド』、開始だ!」
俺の号令に、今度こそ、男たちの「おお!」という地響きのような声が応えた。