過労死ゲーマー、藤吉郎になる。 ~知識チートはあるが、人の心が重すぎる~   作:ブンチョウ

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第11話:「治水」のち「暗殺」

 プロジェクト管理は、地獄だった。

 

「隊長! 川の水が、図面より三尺も多い! このままじゃ土嚢が流されます!」

 

「権蔵! ここは岩盤のはずだ! なんで掘ったら砂利しか出ない!」

 

 俺の『覇道』の知識――仕様書は、完璧な未来予知ではなかった。

 

 あくまでゲーム内の数値と地図だ。

 

 現場の川は、俺の知識どおりには流れない。前世で、バグだらけの仕様書を渡された時の絶望が蘇る。

 

「くそっ……やはり俺たちでは……」

 

 部下たちの士気が、再び赤ランプ――士気五十へ戻りかけた、その時だった。

 

「芋猿隊長は黙って『米』の心配だけしてろ!」

 

 現場監督の権蔵が、俺を突き飛ばした。

 

「あんたの『知識』で、一番ヤバい場所は分かった! あとは俺たち『現場』の仕事だ!」

 

 権蔵たちは、俺の『覇道』知識をたたき台にして、自分たちの技術で次々と問題を潰していった。

 

 川の流れが多ければ、上流に仮の堰を作る。

 

 岩盤が出なければ、杭を倍の長さにして打ち込む。

 

 土が崩れるなら、丸太を組み、石を噛ませる。

 

 俺は足軽頭として、前世の記憶を全開にした。

 

 金と米を管理する。

 

 権蔵たちが作業に集中できるよう、他の武家からの横やりや資材の横領を、土下座と馬鹿のふりで防ぐ。

 

 俺にできるのは、現場を回すことだった。

 

 そして数か月後。

 

 梅雨が来る直前、『木下堤』と勝手に名付けた堤防は、ぎりぎりで完成した。

 

 『覇道』のCGで見るような美しい石垣ではない。

 

 泥と丸太で無理やり固めた、不格好な壁だった。

 

「……隊長。本当に、こんなんで大丈夫なんすか?」

 

 部下たちは、不安そうに堤防を見ていた。

 

「知るか!」

 

 俺は叫んだ。

 

「だが、俺の知識と、お前たちの技術を信じる!」

 

 俺がそう叫んだ直後、空が抜け落ちたかのような豪雨が、尾張の地を襲った。

 

 史実どおりの、長雨だった。

 

 川は膨れ上がった。

 

 濁流が堤を叩く。

 

 丸太が軋み、土が削られ、何度も崩れかけた。

 

 それでも木下隊は、夜通しで土を運んだ。

 

 流された土嚢を補い、杭を打ち直し、崩れた箇所へ石を詰めた。

 

 結果は、歴然だった。

 

 尾張の他の村々が次々と氾濫で水浸しになる中、俺たちが守った区域――部下たちの家族が住む村だけが、不格好な木下堤によって、奇跡的に水害を免れた。

 

「おお……」

 

「おおおお!」

 

「やった! 俺たちの村が、助かった!」

 

 権蔵たちが、泥水の中で抱き合い、泣き叫んでいた。

 

 俺は堤防の上で、腰が抜けたように座り込んだ。

 

 彼らの顔から、死への恐怖が消えていた。

 

 そこにあったのは、生への安堵だった。

 

(ああ、そうか……)

 

 タケシを救えなかった俺でも。

 

 知識と技術が合わされば、人を救える。

 

 胸の奥が熱くなった。

 

 あの日だけは。

 

 俺は、馬鹿の役を降りられたのだと思っていた。

 

     *

 

 それから数か月。

 

 尾張に冬が来た。

 

 木下隊の治水工事の成功は、すぐに信長の耳へ入った。

 

 俺は正式に、普請奉行の補佐役へ任命された。

 

 俺の『覇道』知識――未来の災害、金山の場所、新田開発の適地。

 

 そして、権蔵たちが持つ現場の技術。

 

 二つが噛み合うことで、織田家の地盤は、戦以外の場所で急速に固まり始めた。

 

 木下隊は、元・裏切り者の集団から、織田家で最も「稼げる」技術者集団へ変わっていた。

 

 人を殺さずに、辛そうな顔を安堵の顔へ変える。

 

 俺にとって内政は、天職だった。

 

(このまま、歴史の裏方として……)

 

(信長という、とんでもないクライアントの天下統一を支えられれば……)

 

 そんな甘い考えは、その日、打ち砕かれた。

 

     *

 

「藤吉郎」

 

 冬の夜。

 

 俺は信長に、密かに呼び出された。

 

「はっ」

 

「貴様、最近『馬鹿』が足りておらんな」

 

 冷たい声だった。

 

(マズい……!)

 

「内政の功は認める。だが、俺が貴様を拾ったのは、あの焼き芋の馬鹿さ加減だ。忘れたか?」

 

 信長は、病人のように青白い顔で、床に伏していた。

 

(病気?)

 

(『覇道』の知識に、こんなイベントは……!)

 

 俺が混乱していると、信長はニヤリと笑った。

 

「……という芝居だ」

 

「は?」

 

「猿。俺は今から病になる」

 

 信長の目は、氷のように冷たかった。

 

「俺が病に倒れたと聞けば、あいつが必ず見舞いに来る」

 

(あいつ?)

 

 脳内で『覇道』の知識が検索される。

 

 千五百五十七年、冬。

 

 信長、病、見舞い。

 

(まさか……)

 

「弟・信勝だ」

 

 信長は言った。

 

「稲生で一度は許した。だが、あいつは性懲りもなく、また俺の暗殺を企てている。柴田からの密告で、すべて知っておる」

 

(柴田勝家! またあんたか!)

 

 史実どおりだ。

 

「猿。お前は俺の枕元で、いつもの馬鹿を演じろ」

 

「は……? 枕元で、ですか?」

 

「そうだ」

 

 信長は、薄く笑った。

 

「俺が病で弱っていると、信勝に思わせる。あの信長も病には勝てず、あんな馬鹿を枕元に置いて慰みにするほど耄碌したか――そう思わせるための道化だ」

 

 信長は俺に、暗殺の片棒を担げと命じた。

 

 治水で人を救った、この手で。

 

 今度は、身内を殺すための芝居をしろと。

 

(嫌だ……!)

 

(そんな心の重い仕事、できるわけが……!)

 

 俺が後ずさろうとした瞬間、目の前に、あの忌まわしいウィンドウが開いた。

 

【強制イベント:信勝暗殺(1557)】

信長の病床で、信勝を油断させるための道化を演じなさい。

 

A:「若様! 大丈夫ですか! この猿が今すぐ薬を盛って、楽にして差し上げますぞ!」

 

B:「若様! 元気になるには芋が一番! 拙者が今ここで焼き芋を作りますぞ!」

 

C:「あ~! 若様が死んじゃう~! 次のボスは信勝様かな~! ウキキ!」

 

「どれも地獄だああああああ!!」

 

 俺は頭を抱えた。

 

 今回の選択肢は、すべて信勝を油断させるという一点では筋が通っている。

 

 だが、そのすべてが、信長の機嫌次第で俺の首も飛ぶ、ぎりぎりの線だった。

 

 Aは不謹慎すぎる。

 

 信勝が来る前に、信長に斬られかねない。

 

 Cも、寝返りを匂わせすぎて逆鱗に触れる。

 

(残るは……Bか!)

 

(病人の枕元で火を起こそうとする、救いようのない馬鹿!)

 

(これなら信勝も、こいつは本物の馬鹿だと油断するかもしれない!)

 

 人を救えたという満足の直後に。

 

 俺は、人を殺すための最悪の奇行を強制されることになった。

 

 この世界は、俺の人の心を休ませる気など、微塵もないらしい。

 

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