過労死ゲーマー、藤吉郎になる。 ~知識チートはあるが、人の心が重すぎる~ 作:ブンチョウ
プロジェクト管理は、地獄だった。
「隊長! 川の水が、図面より三尺も多い! このままじゃ土嚢が流されます!」
「権蔵! ここは岩盤のはずだ! なんで掘ったら砂利しか出ない!」
俺の『覇道』の知識――仕様書は、完璧な未来予知ではなかった。
あくまでゲーム内の数値と地図だ。
現場の川は、俺の知識どおりには流れない。前世で、バグだらけの仕様書を渡された時の絶望が蘇る。
「くそっ……やはり俺たちでは……」
部下たちの士気が、再び赤ランプ――士気五十へ戻りかけた、その時だった。
「芋猿隊長は黙って『米』の心配だけしてろ!」
現場監督の権蔵が、俺を突き飛ばした。
「あんたの『知識』で、一番ヤバい場所は分かった! あとは俺たち『現場』の仕事だ!」
権蔵たちは、俺の『覇道』知識をたたき台にして、自分たちの技術で次々と問題を潰していった。
川の流れが多ければ、上流に仮の堰を作る。
岩盤が出なければ、杭を倍の長さにして打ち込む。
土が崩れるなら、丸太を組み、石を噛ませる。
俺は足軽頭として、前世の記憶を全開にした。
金と米を管理する。
権蔵たちが作業に集中できるよう、他の武家からの横やりや資材の横領を、土下座と馬鹿のふりで防ぐ。
俺にできるのは、現場を回すことだった。
そして数か月後。
梅雨が来る直前、『木下堤』と勝手に名付けた堤防は、ぎりぎりで完成した。
『覇道』のCGで見るような美しい石垣ではない。
泥と丸太で無理やり固めた、不格好な壁だった。
「……隊長。本当に、こんなんで大丈夫なんすか?」
部下たちは、不安そうに堤防を見ていた。
「知るか!」
俺は叫んだ。
「だが、俺の知識と、お前たちの技術を信じる!」
俺がそう叫んだ直後、空が抜け落ちたかのような豪雨が、尾張の地を襲った。
史実どおりの、長雨だった。
川は膨れ上がった。
濁流が堤を叩く。
丸太が軋み、土が削られ、何度も崩れかけた。
それでも木下隊は、夜通しで土を運んだ。
流された土嚢を補い、杭を打ち直し、崩れた箇所へ石を詰めた。
結果は、歴然だった。
尾張の他の村々が次々と氾濫で水浸しになる中、俺たちが守った区域――部下たちの家族が住む村だけが、不格好な木下堤によって、奇跡的に水害を免れた。
「おお……」
「おおおお!」
「やった! 俺たちの村が、助かった!」
権蔵たちが、泥水の中で抱き合い、泣き叫んでいた。
俺は堤防の上で、腰が抜けたように座り込んだ。
彼らの顔から、死への恐怖が消えていた。
そこにあったのは、生への安堵だった。
(ああ、そうか……)
タケシを救えなかった俺でも。
知識と技術が合わされば、人を救える。
胸の奥が熱くなった。
あの日だけは。
俺は、馬鹿の役を降りられたのだと思っていた。
*
それから数か月。
尾張に冬が来た。
木下隊の治水工事の成功は、すぐに信長の耳へ入った。
俺は正式に、普請奉行の補佐役へ任命された。
俺の『覇道』知識――未来の災害、金山の場所、新田開発の適地。
そして、権蔵たちが持つ現場の技術。
二つが噛み合うことで、織田家の地盤は、戦以外の場所で急速に固まり始めた。
木下隊は、元・裏切り者の集団から、織田家で最も「稼げる」技術者集団へ変わっていた。
人を殺さずに、辛そうな顔を安堵の顔へ変える。
俺にとって内政は、天職だった。
(このまま、歴史の裏方として……)
(信長という、とんでもないクライアントの天下統一を支えられれば……)
そんな甘い考えは、その日、打ち砕かれた。
*
「藤吉郎」
冬の夜。
俺は信長に、密かに呼び出された。
「はっ」
「貴様、最近『馬鹿』が足りておらんな」
冷たい声だった。
(マズい……!)
「内政の功は認める。だが、俺が貴様を拾ったのは、あの焼き芋の馬鹿さ加減だ。忘れたか?」
信長は、病人のように青白い顔で、床に伏していた。
(病気?)
(『覇道』の知識に、こんなイベントは……!)
俺が混乱していると、信長はニヤリと笑った。
「……という芝居だ」
「は?」
「猿。俺は今から病になる」
信長の目は、氷のように冷たかった。
「俺が病に倒れたと聞けば、あいつが必ず見舞いに来る」
(あいつ?)
脳内で『覇道』の知識が検索される。
千五百五十七年、冬。
信長、病、見舞い。
(まさか……)
「弟・信勝だ」
信長は言った。
「稲生で一度は許した。だが、あいつは性懲りもなく、また俺の暗殺を企てている。柴田からの密告で、すべて知っておる」
(柴田勝家! またあんたか!)
史実どおりだ。
「猿。お前は俺の枕元で、いつもの馬鹿を演じろ」
「は……? 枕元で、ですか?」
「そうだ」
信長は、薄く笑った。
「俺が病で弱っていると、信勝に思わせる。あの信長も病には勝てず、あんな馬鹿を枕元に置いて慰みにするほど耄碌したか――そう思わせるための道化だ」
信長は俺に、暗殺の片棒を担げと命じた。
治水で人を救った、この手で。
今度は、身内を殺すための芝居をしろと。
(嫌だ……!)
(そんな心の重い仕事、できるわけが……!)
俺が後ずさろうとした瞬間、目の前に、あの忌まわしいウィンドウが開いた。
【強制イベント:信勝暗殺(1557)】
信長の病床で、信勝を油断させるための道化を演じなさい。
A:「若様! 大丈夫ですか! この猿が今すぐ薬を盛って、楽にして差し上げますぞ!」
B:「若様! 元気になるには芋が一番! 拙者が今ここで焼き芋を作りますぞ!」
C:「あ~! 若様が死んじゃう~! 次のボスは信勝様かな~! ウキキ!」
「どれも地獄だああああああ!!」
俺は頭を抱えた。
今回の選択肢は、すべて信勝を油断させるという一点では筋が通っている。
だが、そのすべてが、信長の機嫌次第で俺の首も飛ぶ、ぎりぎりの線だった。
Aは不謹慎すぎる。
信勝が来る前に、信長に斬られかねない。
Cも、寝返りを匂わせすぎて逆鱗に触れる。
(残るは……Bか!)
(病人の枕元で火を起こそうとする、救いようのない馬鹿!)
(これなら信勝も、こいつは本物の馬鹿だと油断するかもしれない!)
人を救えたという満足の直後に。
俺は、人を殺すための最悪の奇行を強制されることになった。
この世界は、俺の人の心を休ませる気など、微塵もないらしい。