過労死ゲーマー、藤吉郎になる。 ~知識チートはあるが、人の心が重すぎる~ 作:ブンチョウ
「今川軍、二万五千」
その
俺が育てた「木下隊」の拠点(ボロ屋敷)も、例外ではなかった。 「隊長! ダメです! みんな、家族を連れて逃げ出すと!」 権蔵が、血相を変えて俺に掴みかかってきた。 「あんたの『知識』でも、今度はどうにもならねえのかよ!」
(……うるさい!)
俺は、部屋に閉じこもっていた。 床には、『覇道』の知識で描いた、尾張一帯の詳細な地図が広げられている。 「桶狭間」「田楽狭間」の地点には、×印がつけてある。
(勝つんだよ!) (俺の『知識』によれば、信長はここで奇跡的な逆転勝利を収める!)
だが、言えるはずがない。 『覇道』の知識は、絶対の「未来予知」ではなかった。治水工事で思い知った。リアルは、ゲームのパラメータ通りには動かない。 もし、信長の奇襲が「リアル」のせいで1ミリでもズレたら? 雨が降るタイミングが違ったら?
(その時は、清洲城は
権蔵も、部下たちも、そして……あいつも死ぬ。
「……藤吉郎さん」
俺が地図を睨みつけて頭を抱えていると、戸口から、凛とした声がした。 「ねね……」
彼女は、湯気を立てる雑炊の椀を手に、静かに立っていた。 浅野又右衛門の屋敷も近い。俺が「普請奉行」に出世してからも、彼女はこうして時々、俺の世話を焼きに来てくれていた。
「すごい熱気…。みんな、逃げる準備をしてるみたい」 「……ああ」 「藤吉郎さんは、逃げないの?」
俺は、答えられなかった。 逃げたい。今すぐ、この『覇道』の知識(チート)とかいう呪いも、魔王(信長)も全部捨てて、逃げ出したい。
ねねは、俺の隣に座ると、雑炊を差し出した。 「食べて。顔、真っ白だよ。……あの、信勝様の時みたいに」
俺の手が、震えているのを、彼女に見られてしまった。
「……怖いんだ」 俺の口から、本音が漏れた。 「俺は、また…タケシみたいに、みんなが死ぬのが怖い」
「……」 「俺は『芋猿』と呼ばれてた馬鹿だ。なのに、信長様は俺を『使える道具』だと思ってる。治水がうまくいったのも、信勝様の暗殺がうまくいったのも、全部『たまたま』なのに…!」
俺は、唯一、弱音を吐ける彼女の前で、膝に顔をうずめた。 「二万五千だぞ! 勝てるわけがない! なのに、俺の『知識』は、勝てるなんて無責任なことを言うんだ!」
(言ってしまった…)
だが、ねねは驚かなかった。 彼女は、俺の背中に、そっと手を置いた。温かかった。
「……やっぱり、変わってないね、藤吉郎さんは」 「え?」
「偉い『普請奉行』様になっても、城のみんなが『木下様は若様に取り入って出世した、恐ろしい人だ』って噂してても」 ねねは、俺に握り飯をくれた時と、同じ目で笑った。 「中身は、あの時、お腹を空かせて倒れそうだった、不器用な人のままだ」
「ねね…」
「藤吉郎さんは、馬鹿でも、道具でもないよ」 彼女は、俺の手を両手で包み込んだ。 「あの治水の時、みんなが『隊長のおかげで家族が救われた』って、泣いて喜んでたの。私、知ってるんだから」
(ああ、そうか…) 俺は、信長の期待にばかり怯えていた。 だが、俺の仕事は、確かにこの子たちの「リアル」を救っていた。
「……ねね」 俺は、彼女の手を握り返した。 (この温かさを、俺は守りたいんだ)
「この戦が終わったら、言いたいことがある」
(ベタすぎる! ) 自分で言っておきながら、顔から火が出そうだった。 ねねの顔も、ポッと赤く染まった。
(よし、今だ! この流れなら…!) そう思った、その時。 チカッ、と。 目の前に、過去最悪のウィンドウが開いた。
【強制イベント:戦前の誓い】 『ねね』に、必ず生きて帰ることを誓い なさい。(R-15)
A: 「(彼女の肩を掴み)必ず生きて戻る! 戻ったら、すぐにでも『夜の契り(よるのちぎり)』を交わそうぞ!」
B: 「ウキキ!(この戦、勝ったら、拙者と『子作り』するウキ!)」
C: 「(突然、自分の股間を押さえ)ねね殿! 拙者、必ずや『元気』に帰ってまいるぞ!」
「死んだあああああああ!!!」
俺は絶望した。 (食い物ネタの方が100倍マシだった!!)
なんだこの選択肢は! A(夜の契り)は、この時代の乙女に言うには直接的すぎる! B(子作りウキ)は、変態を通り越して獣だ! C(股間)は……Cは……!
(だめだ! どれを選んでも俺のロマンスは終わる!) (俺は変態(HENTAI)として、この戦国時代に名を残す!)
ねねが「……藤吉郎さん?」と不思議そうに俺の顔を覗き込む。 (ああ、そんな純粋な目で見ないでくれ!)
俺は、血の涙を流しながら、消去法を選んだ。 AもBも、彼女を直接の「対象」にしてしまう。 だがCなら…! Cなら、俺が一人で奇行に走るだけで、彼女への直接的な侮辱は避けられるかもしれない!
(Cだ! 頼む、俺の馬鹿さで乗り切ってくれ!) 俺は「C」を選択した。
体が、勝手に動く。 俺は、ねねの手を振りほどくと、彼女の前で、おもむろに自分の股間を両手でガッシリと押さえた。
「ひっ!?」
ねねが、小さな悲鳴を上げた。 顔が、さっきまでの赤色(好意)とは違う、朱色(困惑と羞恥)に染まっていく。
俺の口が、勝手に開く。 「ねね殿! 拙者、必ずや!」
俺は、その体勢のまま、彼女を真っ直ぐ見つめて叫んだ。
「『元気』に帰ってまいるぞ!」
「…………」 「…………」
時が、止まった。 ねねは、俺の顔と、俺の手(股間にある)を、二、三度、往復して見比べた。
「と、とうきちろう、さん…?」 彼女の声が、震えている。 「あ、あの…それは…どういう…?」
(あああああ! 誤解しないでくれ! これは違うんだ! システムが!) 俺が内心で叫んでいると、ねねは、ブワッと顔を真っ赤にして、持っていた雑炊の椀を俺に押し付けた!
「そ、そそそ、そうですね! 『お元気』に!」 「え?」 「ぜ、ぜ、絶対に『お元気』でご帰還くださいませ! 死んだら許しませんから!」
ねねは、俺が何か言う前に、脱兎のごとく部屋から逃げ出していった。 廊下をドタドタと走っていく音が聞こえる。
俺は、雑炊の椀を持ったまま、股間を押さえた体勢で、一人、取り残された。
「……」 俺は、雑炊を一気に飲み干した。 (温かい…)
(俺の恋は…終わったのか…?) いや、わからん。 だが、もう迷いはない。
俺は、立ち上がった。 権蔵たちが待つ、外へ向かう。 もう、信長(クライアント)の「道具」としてじゃない。
(あの、真っ赤になって逃げていった)彼女の「明日」と、権蔵たちの「生活」を守るため。 俺は、俺の『覇道』知識(チート)を、この桶狭間で、能動的に使ってやる。 (そして、生きて帰ったら…まず、土下座して謝ろう)