過労死ゲーマー、藤吉郎になる。 ~知識チートはあるが、人の心が重すぎる~   作:ブンチョウ

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第15話:「祝言」と言い訳

 桶狭間の戦勝処理は、数日に及んだ。

 

 今川義元の首が清洲城に届いた日、城下は熱狂に包まれたが、俺はそれどころではなかった。

 

 俺の指には、あの武者を刺した時の、肉を貫く感触がこびりついて離れない。

 

 権蔵たち「木下隊」の連中は、俺を見る目を変えていた。

 

 「芋猿」でもない。

 

 「普請奉行」でもない。

 

 信長に勝利の道筋を示し、自ら敵将を討ち取った「武将」として、恐怖と畏怖の混じる目を向けていた。

 

(違うんだよ……)

 

 俺は、ただ、権蔵を助けたかっただけだ。

 

(俺は、人を殺したくない)

 

「隊長。……お疲れ様でした」

 

 権蔵が、俺に深々と頭を下げた。

 

「あんたのおかげで、俺も、木下隊も生き残れた。……それと、顔を洗ってきた方がいい。血の匂いが染みついてる」

 

 権蔵の言葉に、俺はハッとした。

 

(そうだ、帰らないと)

 

(約束したんだ。「元気」に帰る、と)

 

 俺は、まだ泥と血がついたままの格好で、清洲城を飛び出した。

 

 ねねが待つ、浅野又右衛門の屋敷へ。

 

「……藤吉郎さん」

 

 門の前で、ねねは俺の姿を見て、固まっていた。

 

 俺の顔と、手に染み付いた他人の血を見て、すべてを察していた。

 

 俺は、決意を思い出した。

 

(そうだ、謝らないと)

 

 俺は、彼女の目の前で、勢いよく土下座した。

 

「ねね殿! 申し訳ない!」

 

「えっ!? と、藤吉郎さん!?」

 

「あ、あの時の、戦の前の、俺の、あの、股間を押さえた奇行は」

 

(言えば言うほど変態だ)

 

「あれは、その、俺の悪い癖で……」

 

 俺がパニックになって弁明していると、ねねは俺の言葉を遮るように、俺の隣にしゃがみ込んだ。

 

 そして、血の匂いがする俺の手を、彼女の両手で強く、強く握りしめた。

 

「……おかえりなさい」

 

 声が震えていた。

 

 彼女の大きな瞳から、涙がボロボロとこぼれ落ちた。

 

「ひっぐ……よかった……! 『元気』に、帰ってきて……!」

 

「ねね……」

 

 彼女は、俺の奇行を「不謹慎な冗談」ではなく、文字どおり「死なないで」という誓いとして、本気で受け止めてくれていた。

 

「怖かった……! 藤吉郎さんが、タケシさんみたいに、首だけになって帰ってきたらって……!」

 

 ねねは、俺の胸に顔をうずめて、子どものように泣きじゃくった。

 

(ああ、そうか……)

 

 俺は、この「温かさ」を守るために、あの地獄――桶狭間で手を汚したんだ。

 

 人を殺した重さは消えない。

 

 だが、その代償で、今、腕の中に「守るべきもの」がある。

 

 俺は、彼女を抱きしめ返した。

 

(そして、今が『覇道』のイベントフラグ、「ねねとの祝言」が立つ瞬間だ……)

 

 俺は、ねねを抱きしめながら、自分自身に必死に言い訳するように、心の中で呟いた。

 

(いいか! これは、『覇道』のシナリオ通りだからとか、どうせ妻になるなら貰っておけとか、そういうゲスな考えでプロポーズするわけじゃない!)

 

(この子は、俺が飢えて死にそうだった時に握り飯をくれて、俺が股間を押さえて奇行に走っても、本気で俺の『元気』を信じて泣いてくれた子だ!)

 

(ねねは、最高に魅力的な女性なのだ。そう、だから……!)

 

 俺は、意を決して口を開いた。

 

「ねね。戦の前に、言いたいことがあると言ったな」

 

「……うん」

 

「俺の、妻になってくれ。俺は、お前と、権蔵たちを守るために、この地獄で『武士』になる」

 

(……そうだ。今後、シナリオ通りに『茶々』とかいう絶世の美人が現れても、俺は性格が気に入らなければ無視するつもりだ。たとえどんなに美人でもだ。俺は下半身の言いなりにはならない男だ……たぶん)

 

 俺の決意(と言い訳)を知ってか知らずか、ねねは涙でぐしゃぐしゃの顔を上げ、最高の笑顔で、こくん、と頷いた。

 

 それから一年ほどが過ぎた。

 

 桶狭間の勝利は、すべてを変えた。

 

 俺、木下藤吉郎は、「今川義元の位置を特定し、奇襲ルートを進言した」最大の功労者の一人として、信長から破格の褒美――尾張国内に広大な知行(ちぎょう)を与えられた。

 

 もはや、俺は「芋猿」ではない。

 

 織田家直参(じきさん)の「侍大将」だ。

 

 俺は、ねねとささやかな祝言を挙げた。

 

 権蔵たち「木下隊」の面々も、約束どおり、治水で得た新しい土地に家を建て、俺の「家臣」となった。

 

 人を殺した重さを抱えながらも、俺は「プライベート」という、かけがえのない「日常」を手に入れた。

 

 だが、もちろん、「仕事(地獄)」は終わらない。

 

「……木下殿。近頃、ご活躍が過ぎるのではないか」

 

 城の評定(ひょうじょう)の後、俺は柴田勝家に呼び止められた。

 

 その目は、もう俺を「猿」とは見ていない。

 

 不倶戴天(ふぐたいてん)(ライバル)を見る目をしていた。

 

「若様は、貴殿の『まぐれ当たり』にご執心だが、我ら譜代(ふだい)の者は認めぬ」

 

「柴田様……」

 

「貴様のような素性の知れぬ『成り上がり』が、俺たちと同じ(ろく)を食はむなど、反吐が出るわ」

 

(来たか……)

 

 「馬鹿のフリ」では回避できない、リアルな「嫉妬」と「軋轢(あつれき)」。

 

 これもまた、『戦国の覇道』では描かれなかった、「人の心の重さ」だった。

 

 俺が、この新しい「重さ」にどう対処すべきか悩んでいた、その時。

 

「猿!」

 

 信長の声が、廊下に響いた。

 

 柴田勝家が、ビクリと背筋を伸ばす。

 

「貴様ら、油を売っておる暇があるか!」

 

 信長は、機嫌が良さそうに、だが冷酷に笑っていた。

 

「尾張は統一した。次だ。北だ」

 

 信長は、広げた地図で、尾張の北――美濃(みの)を、トン、と指差した。

 

「美濃の斎藤家を、潰す」

 

(いよいよ、美濃攻めか……!)

 

「だが、あの長良川(ながらがわ)が邪魔で、攻めあぐねておる」

 

 信長は、俺を見た。

 

 柴田勝家ではない。

 

 俺をだ。

 

「猿。貴様、川が得意だったな」

 

「はっ……まさか……」

 

「美濃のど真ん中、敵地の川の向こう岸に、城を建てろ」

 

「……は?」

 

一夜(いちや)でだ」

 

墨俣一夜城(すのまたいちやじょう)……!)

 

 俺の『覇道』知識(チート)が、最悪の難易度を誇る「無茶ぶり(プロジェクト)」の開始を告げた。

 

 手に入れた「日常ねね」を守るため、俺はまたしても「非日常(地獄)」の最前線に、たった一人で放り込まれることになった。

 

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