過労死ゲーマー、藤吉郎になる。 ~知識チートはあるが、人の心が重すぎる~   作:ブンチョウ

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第24話:「正解(チート)」と「失望(という名の重圧)」

(どうする俺!?)

 

 俺は、目の前に浮かぶ地獄の選択肢と、三人の男の視線に晒されていた。

 

 信長。

 

 結果を出すのは、どれだ。

 

 その答えを楽しみに待つ、魔王の目。

 

 柴田。

 

 どうせ猿は、また半兵衛との契りだの、芋だの、わけの分からないことを口走る。

 

 そう決めつけた、侮蔑の目。

 

 そして、竹中半兵衛。

 

 あの庵で俺が見せた「狂気」を、もう一度見せてみろ。

 

 そう言いたげな、試す目。

 

 どいつもこいつも、俺に何かを期待している。

 

 期待の種類は、全員違う。

 

 だが、外せば終わるという点だけは同じだった。

 

 そして、俺の脳裏には妻の涙目が浮かんでいた。

 

『……冗談、なのですよね!?』

 

(ここでBを選んだら、俺はねねを失う……!)

 

 B――半兵衛との契り。

 

 論外だ。

 

 いや、選択肢として出てくる時点で論外なのだが、今は特に駄目だ。

 

 ねねの誤解は、まだ解けていない。

 

 むしろ半兵衛が、あの「情熱」を働きで返すと言い出したせいで、どう考えても悪化している。

 

 A――光秀へ任せる。

 

 これは責任転嫁だ。

 

 光秀は合理的だ。だからこそ怖い。

 

 浅井との交渉を、金と利害だけで片づけるだろう。

 

 それで相手が動けばいい。

 

 だが、動かなかった時に何を切り捨てるか、俺には想像がつく。

 

 C――芋。

 

 いつもの馬鹿な選択肢だ。

 

 場をひっくり返す可能性はある。

 

 だが今、ここで芋を焼いて浅井を落とせと言われても、半兵衛はきっと笑わない。

 

 いや、笑うかもしれない。

 

 だが、その後で俺を見る目が、もっと冷たくなる。

 

 E――朝倉。

 

 これは、システムがまた未来のヒントを出している。

 

 浅井の向こうにいる朝倉。

 

 いずれ、絶対に俺たちの前へ立ちはだかる相手。

 

 だが今は違う。

 

 今ここで朝倉を敵として扱えば、浅井は織田から離れる。

 

 未来の警告に従って、目の前の同盟を壊すわけにはいかない。

 

(残るは……D)

 

 お市の方。

 

(これだ!)

 

(これが、俺の知る『覇道』の正解ルートだ!)

 

 浅井長政は、若い。

 

 野心がある。

 

 朝倉に従うだけの国主では終わりたくない。

 

 織田と結べば、美濃への道が開く。

 

 朝倉と織田の間で、浅井はただ挟まれる側ではなくなる。

 

 そして、その結び目になるのが――信長の妹、お市だ。

 

(半兵衛……!)

 

(悪いが、あんたの期待より、俺の家庭の方が重いんだよ!)

 

 俺は、今度こそ指が滑らないように、震える意識を一点へ集めた。

 

 選択肢のDへ、精神の指を伸ばす。

 

 押す。

 

【D:お市の方を、浅井長政へ嫁がせる】

 

 次の瞬間、身体が動いた。

 

 半兵衛のささやきも、光秀の視線も、あえて無視する。

 

 俺は一歩前へ出た。

 

 柴田たち旧臣にも聞こえるよう、息を吸い込む。

 

「若様!」

 

 広間の空気が、ぴんと張った。

 

「浅井長政を口説くに、拙者の情熱も、半兵衛殿の奇策も不要!」

 

「……ほう?」

 

 信長の眉が、わずかに動く。

 

 俺は地図の近江を指差した。

 

「力で脅せば、浅井は朝倉へ逃げ込みます!」

 

 浅井領の北。

 

 そこには朝倉がいる。

 

 美濃を取った織田が、さらに北へ進めば、浅井は織田と朝倉の間に立たされる。

 

「ですが、浅井長政は若く、野心もある!」

 

 俺は続けた。

 

「彼らに必要なのは、織田家へ頭を下げることではありませぬ。織田と組むことで、浅井が何を得られるか。その実利を示すことです!」

 

「……実利、だと?」

 

 信長の声が低くなった。

 

 俺は、正面から見据えた。

 

「はっ!」

 

 喉が乾く。

 

 だが、止まれない。

 

「それは、金銀でも土地でもありませぬ」

 

 一拍置く。

 

「……若様の妹君。お市(おいち)様にございます」

 

「「「なっ!?」」」

 

 広間が凍りついた。

 

 空気が、音を失った。

 

 柴田勝家が、口を開けたまま俺を見ている。

 

「き、貴様……!」

 

 顔が赤くなり、次に青くなった。

 

「猿の分際で、若様の御血族を……!」

 

「浅井へ、若様の血を与える」

 

 俺は、柴田の怒声を押し切った。

 

「これ以上の実利と、信頼がありましょうか!」

 

 お市は、ただの婚姻の道具ではない。

 

 織田信長の妹だ。

 

 織田家の血、そのものだ。

 

 浅井がその血を迎えるということは、織田と同じ側へ立つと諸国へ示すことになる。

 

「政略結婚こそ、美濃を獲った今、我らが打つべき最上の一手と存じます!」

 

 静寂。

 

 誰も、すぐには言葉を返せなかった。

 

 俺がまた、ハリボテの城や焼き芋みたいな、奇策と奇行の間にある何かを口にすると思っていたのだろう。

 

 ところが出てきたのは、あまりにも王道の政略だった。

 

 しかも、織田家の血を使う、重い一手。

 

 明智光秀が、初めて俺を値踏みする目ではなく、分析する目で見た。

 

(……合理的)

 

(最小の負担で、最大の利益を得る策だ)

 

(この男の奇行は、すべて計算ずくの擬態だったというのか……?)

 

 そんな声が、聞こえた気がした。

 

 柴田勝家も混乱していた。

 

 男色の変態が。

 

 芋を焼く猿が。

 

 急に政略結婚を進言した。

 

 俺の本性が分からなくなったのだろう。

 

 残念ながら、俺にも分からない。

 

 そして、信長は――。

 

「……ククク」

 

 最初は、喉の奥で漏れた笑いだった。

 

 やがて信長は、腹を抱えて笑い出す。

 

「クハハハハハ!」

 

 広間に、その笑い声が響いた。

 

「猿が! この俺の妹を、政略の道具にしろと進言したわ!」

 

 信長は笑っていた。

 

 だが、その目は笑っていなかった。

 

 妹を嫁がせる。

 

 その重さを、理解していないはずがない。

 

 その上で、俺がそこまで踏み込んだことを面白がっている。

 

「面白い!」

 

 信長は俺を指差した。

 

「実に面白いぞ、猿!」

 

(ああ、よかった……!)

 

 膝から力が抜けそうになる。

 

『覇道』の正解ルートは、この現実でも正解だった。

 

 お市。

 

 浅井。

 

 織田。

 

 歴史は、まだ大きく外れていない。

 

 俺は、心の底から安堵した。

 

 その時だった。

 

「…………」

 

 隣にいる天才の存在を、忘れていた。

 

 竹中半兵衛が、俺を見ていた。

 

 一切の表情を消して。

 

 あの庵で、俺の狂気を見つけた時の歓喜はない。

 

 情熱を働きで返すと言った時の、柔らかな微笑みもない。

 

 そこにあったのは、冷え切った失望だった。

 

 期待していた玩具を手に取ったら、ただの石ころだった。

 

 そんな目。

 

「……なるほど」

 

 半兵衛が、俺にしか聞こえない声で呟いた。

 

「政略結婚」

 

 ほんの少し笑う。

 

 だが、目は冷たい。

 

「実に合理的で、常識的で、退屈な策ですな。藤吉郎殿」

 

(ひっ……!)

 

 背筋が凍った。

 

(やばい!)

 

(こっちの重さを忘れてた!)

 

 俺はねねを守るために、正解を選んだ。

 

 だが半兵衛は、俺が正解を選んだことに失望している。

 

 こいつは、俺が常識を壊すところを見たかった。

 

 それなのに俺は、最も常識的で、最も正しい手を選んだ。

 

 信長は満足そうに立ち上がった。

 

「よし!」

 

「その策、採用だ!」

 

「はっ!」

 

「猿!」

 

「はっ!」

 

「貴様が発案した」

 

 信長の指が、俺へ向く。

 

「貴様が交渉役として、浅井へ行け!」

 

(げっ! 俺が!?)

 

「もちろん、与力(よりき)の二人も連れて行け」

 

 信長は、俺と光秀、そして半兵衛をまとめて指差した。

 

「貴様の正論――お市!」

 

 次に、光秀へ指を向ける。

 

「光秀の合理――金!」

 

 最後に、半兵衛を見る。

 

「そして半兵衛の情熱――狂気!」

 

 信長は、楽しそうに笑った。

 

「その三つで、浅井長政を口説き落としてこい!」

 

「はっ……!」

 

 俺は、最悪の板挟みを回避した。

 

 その代わりに。

 

 天才の失望を背負った。

 

 光秀の値踏みを受けた。

 

 柴田の憎悪を深くした。

 

 そして、ねねの誤解を抱えたまま。

 

 この歴史で最も重要な交渉の一つへ向かうことになった。

 

(どうする俺!?)

 

(ねねの誤解は解けるか!?)

 

(いや、それより……)

 

 横目で見る。

 

 半兵衛は、もう俺を見ていなかった。

 

(この失望した天才、交渉の場で俺を裏切ったりしないだろうな!?)

 

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