過労死ゲーマー、藤吉郎になる。 ~知識チートはあるが、人の心が重すぎる~ 作:ブンチョウ
姉川の水面は、本当に赤く染まっていた。
俺が放った「拒絶(D)」の言葉は、浅井長政を「戦う武将」から「死兵(バーサーカー)」へと変貌させていた。
「藤吉郎ォォォ!! 逃げるなァァァ!!」
長政が、単騎で突っ込んでくる。
その目には、もはや「勝利」も「敗北」もない。
ただ、俺という裏切り者を道連れに地獄へ落とすことだけを望む、虚ろな狂気だけがあった。
「ひっ……!」
「隊長! 下がってください! 止められねえ!」
権蔵たちが
だが、長政の愛刀「一文字」が、それを枯れ枝のように薙ぎ払った。
強い。
『覇道』のデータ上でも猛将だが、今の彼は「情熱(失恋バフ)」でステータスが限界突破している。
(殺される……!)
(俺が蒔いた種に、食い殺される!)
俺が死を覚悟した、その時だった。
長政の横腹に、黒い鎧の集団がドテッ腹から突っ込んだ。
「――
徳川家康だ。
家康軍の精鋭、本多忠勝らが、狂乱する長政の進路を強引に塞ぐ。
「徳川殿!」
俺が叫ぶと、家康は馬上から、苦々しい顔で俺を見た。
「……礼は要らんぞ、木下殿。
私の『妻(築山殿)』も大概だが、貴殿の『元・恋人(長政)』は、少々『重』すぎる」
家康の援軍によって、浅井軍の勢いは止まった。
長政は幾重もの槍に囲まれ、血まみれになりながら、なおも俺を睨みつけていた。
「……ハァ、ハァ……。
覚えておけ、藤吉郎」
長政の声は、
「俺は諦めない。
……貴様の『拒絶』さえも、俺への『愛』だと理解した」
(してねえよ!)
(その理解が一番怖いんだよ!)
「俺は、必ず戻ってくる。
……次こそは、貴様を抱いて殺して、共に堕ちよう」
長政は、血の涙を流しながら馬首を返し、撤退していった。
姉川の戦いは、織田・徳川の勝利で終わった。
だが、俺に残ったのは勝利の栄光ではない。
ストーカーと化した長政が、この世の果てまで追いかけてくるという、永続的な恐怖だけだった。
◇
そして、時間は跳躍する。
1571年、秋。
姉川で敗れた浅井・朝倉軍は、逃げ込んだ先で厄介な「盾」を手に入れた。
京の鬼門を守る聖地、
数千の僧兵と、神仏の威光。
信長は何度も、「浅井・朝倉を引き渡せ」「我らに味方せよ」と使者を送った。
だが、山――延暦寺はこれを黙殺した。
それどころか、浅井・朝倉を
「……ナメられたものよな」
岐阜城、大広間。
信長の声は、姉川の時よりも低く、そして冷たかった。
「俺は天下布武を掲げた。
神も仏も、俺の邪魔をするなら敵だ」
信長は、俺、光秀、半兵衛、そして柴田たち全武将を見渡した。
「全軍、比叡山を包囲せよ」
そして、魔王は命じた。
「山を、焼く」
「「「なっ!?」」」
広間が凍りついた。
「
……そして、僧侶、女、子供に至るまで。
山に生きる者は、一匹残らず焼き殺せ」
(来た……!)
『戦国の覇道』、最悪のトラウマ・イベント。
比叡山焼き討ち。
「お待ちください、若様!」
佐久間信盛が、顔面蒼白で進み出た。
「比叡山は、鎮護国家の霊場!
ここを焼けば、織田家は『仏敵』となり、末代までの呪いを受けまする!」
「五月蝿い」
信長は、佐久間を一蹴した。
「光秀。
貴様はどう思う」
明智光秀は、一瞬ためらった。
だが、すぐに冷徹に答えた。
「……合理的判断かと。
山は宗教施設としての機能を失い、今はただの武装勢力と化しております。
断固たる処置が必要です」
(光秀……!)
(お前、意外とノリノリだな!?)
「猿。
貴様は?」
矛先が、俺に向いた。
(嫌だ!)
(金ヶ崎の部下の死でさえ、あんなに辛かったんだ)
(女子供を含めた、数千人の虐殺?)
(できるわけがない!)
俺は口を開こうとした。
「若様、それはあまりにも……!」
その瞬間。
チカッ、とウィンドウが開いた。
【強制イベント:魔王の焦土(焼き討ち)】
比叡山焼き討ちに対し、どのような態度を取るか?
A:「光秀に同調し、『知略88』の計算では、焼却処分が最適解です! 灰にしましょう!」
B:「土下座し、南無三! 仏の
C:「ウキキ! 山で『超巨大焼き芋大会』を開催するウキ! 人間も焼けるよ!」
D:「半兵衛を見つめ、この『美しき悪魔』とのデートスポットに、燃える山も悪くない……」
E:「涙を流し、……分かりました。拙者が、この手の汚れを、全て背負いましょう」
(CとDはサイコパスすぎるだろ!)
(Bは、今の信長相手に言ったら、俺がその場で斬られる!)
(Aは光秀の二番煎じ!)
残るは……E。
汚れを背負う。
これは、俺が実行犯になるということだ。
俺の号令で、女子供を焼き殺すということだ。
(嫌だ……嫌だ……!)
だが、拒否すれば俺が殺される。
そして、俺が死ねば、ねねや権蔵たちも路頭に迷う。
(……そうか)
俺は、姉川で長政を拒絶した時、覚悟を決めたはずだ。
修羅になると。
俺は震える指で、【E】を選択した。
体が、勝手に動く。
俺は静かに涙を流しながら、深く頭を下げた。
「……承知いたしました」
俺の声は、自分でも驚くほど静かだった。
「若様の手を、煩わせるまでもございませぬ。
……この藤吉郎が、地獄への水先案内人となりましょう」
「女も、子供も、仏も。
……すべて、拙者が灰にしてみせます」
「…………」
信長は、俺をじっと見た。
そして、微かに口角を上げた。
「……よかろう。
猿、光秀。
貴様らが先陣を務めろ」
「比叡山を、更地にしろ」
◇
1571年9月。
比叡山。
俺は木下隊に命じて、山の四方に火を放った。
「熱い! 助けて!」
「南無阿弥陀仏……!」
燃え盛るお堂から、僧侶や稚児たちが飛び出してくる。
それを、光秀の鉄砲隊と俺の木下隊が、無慈悲に撃ち殺し、斬り殺していく。
「隊長……。
これ、本当に俺たちの仕事ですか……?」
権蔵が、血まみれの刀を握りしめ、嘔吐していた。
彼らは
破壊と虐殺のプロではない。
「……やるんだ、権蔵」
俺は、燃え上がる
「これをやらなきゃ、俺たちが殺される。
……それだけだ」
隣に、半兵衛が立った。
彼の顔は炎に照らされて赤く染まっていたが、その目は氷のように冷たかった。
「……藤吉郎殿。
貴殿の『涙』は、美しい」
「……皮肉か」
「いいえ。
殺す痛みを持ちながら、それでも殺す。
……それが、貴殿が選んだ『天下(覇道)』でしょう」
(違う)
(俺は、ただ生きたいだけだ)
(ねねと、こいつらを守りたいだけなんだ)
だが、現実は俺を虐殺の実行犯にした。
俺の「人の心が重い」リストに、「数千人の罪なき人々の命」という、抱えきれないほどの重りが乗せられた。
そして、山が燃え落ちた後。
信長から、俺たちへの報酬が発表された。
「光秀には、近江・坂本城を与える」
「そして、猿」
信長は、灰まみれの俺を見て告げた。
「貴様には、近江・長浜の地を与える。
……そして、名を改めろ」
「名、ですか?」
「木下藤吉郎などという、芋臭い名は捨てろ。
……俺の重臣、丹『羽』長秀と、柴『田』勝家から一字ずつ取って、『
(羽柴……!)
ついに、俺は秀吉になる。
だが、それは二人の先輩への敬意などではない。
お前は所詮、先輩たちのパクリ――合成品であり、俺の都合の良い道具だ。
そんな、信長からの強烈な皮肉と呪いが込められた名前だった。
俺は、焼けた比叡山の灰の中で、新しく、そして呪われた名を受け入れた。
「……はっ。
謹んで、拝命いたします」