過労死ゲーマー、藤吉郎になる。 ~知識チートはあるが、人の心が重すぎる~   作:ブンチョウ

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第31話:「愛の修羅(ヤンデレ)」と「神仏の山」

 姉川の水面は、本当に赤く染まっていた。

 

 俺が放った「拒絶(D)」の言葉は、浅井長政を「戦う武将」から「死兵(バーサーカー)」へと変貌させていた。

 

「藤吉郎ォォォ!! 逃げるなァァァ!!」

 

 長政が、単騎で突っ込んでくる。

 

 その目には、もはや「勝利」も「敗北」もない。

 

 ただ、俺という裏切り者を道連れに地獄へ落とすことだけを望む、虚ろな狂気だけがあった。

 

「ひっ……!」

 

「隊長! 下がってください! 止められねえ!」

 

 権蔵たちが槍衾(やりぶすま)を作る。

 

 だが、長政の愛刀「一文字」が、それを枯れ枝のように薙ぎ払った。

 

 強い。

 

 『覇道』のデータ上でも猛将だが、今の彼は「情熱(失恋バフ)」でステータスが限界突破している。

 

(殺される……!)

 

(俺が蒔いた種に、食い殺される!)

 

 俺が死を覚悟した、その時だった。

 

 長政の横腹に、黒い鎧の集団がドテッ腹から突っ込んだ。

 

「――三河武士(みかわぶし)だ! 押せぇ!!」

 

 徳川家康だ。

 

 家康軍の精鋭、本多忠勝らが、狂乱する長政の進路を強引に塞ぐ。

 

「徳川殿!」

 

 俺が叫ぶと、家康は馬上から、苦々しい顔で俺を見た。

 

「……礼は要らんぞ、木下殿。

 

 私の『妻(築山殿)』も大概だが、貴殿の『元・恋人(長政)』は、少々『重』すぎる」

 

 家康の援軍によって、浅井軍の勢いは止まった。

 

 長政は幾重もの槍に囲まれ、血まみれになりながら、なおも俺を睨みつけていた。

 

「……ハァ、ハァ……。

 

 覚えておけ、藤吉郎」

 

 長政の声は、呪詛(じゅそ)のように響いた。

 

「俺は諦めない。

 

 ……貴様の『拒絶』さえも、俺への『愛』だと理解した」

 

(してねえよ!)

 

(その理解が一番怖いんだよ!)

 

「俺は、必ず戻ってくる。

 

 ……次こそは、貴様を抱いて殺して、共に堕ちよう」

 

 長政は、血の涙を流しながら馬首を返し、撤退していった。

 

 姉川の戦いは、織田・徳川の勝利で終わった。

 

 だが、俺に残ったのは勝利の栄光ではない。

 

 ストーカーと化した長政が、この世の果てまで追いかけてくるという、永続的な恐怖だけだった。

 

 ◇

 

 そして、時間は跳躍する。

 

 1571年、秋。

 

 姉川で敗れた浅井・朝倉軍は、逃げ込んだ先で厄介な「盾」を手に入れた。

 

 京の鬼門を守る聖地、比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)だ。

 

 数千の僧兵と、神仏の威光。

 

 信長は何度も、「浅井・朝倉を引き渡せ」「我らに味方せよ」と使者を送った。

 

 だが、山――延暦寺はこれを黙殺した。

 

 それどころか、浅井・朝倉を(かくま)い、織田軍に対して弓を引く姿勢を見せた。

 

「……ナメられたものよな」

 

 岐阜城、大広間。

 

 信長の声は、姉川の時よりも低く、そして冷たかった。

 

「俺は天下布武を掲げた。

 

 神も仏も、俺の邪魔をするなら敵だ」

 

 信長は、俺、光秀、半兵衛、そして柴田たち全武将を見渡した。

 

「全軍、比叡山を包囲せよ」

 

 そして、魔王は命じた。

 

「山を、焼く」

 

「「「なっ!?」」」

 

 広間が凍りついた。

 

堂塔(どうとう)伽藍(がらん)神輿(みこし)経典(きょうてん)

 

 ……そして、僧侶、女、子供に至るまで。

 

 山に生きる者は、一匹残らず焼き殺せ」

 

(来た……!)

 

 『戦国の覇道』、最悪のトラウマ・イベント。

 

 比叡山焼き討ち。

 

「お待ちください、若様!」

 

 佐久間信盛が、顔面蒼白で進み出た。

 

「比叡山は、鎮護国家の霊場!

 

 ここを焼けば、織田家は『仏敵』となり、末代までの呪いを受けまする!」

 

「五月蝿い」

 

 信長は、佐久間を一蹴した。

 

「光秀。

 

 貴様はどう思う」

 

 明智光秀は、一瞬ためらった。

 

 だが、すぐに冷徹に答えた。

 

「……合理的判断かと。

 

 山は宗教施設としての機能を失い、今はただの武装勢力と化しております。

 

 断固たる処置が必要です」

 

(光秀……!)

 

(お前、意外とノリノリだな!?)

 

「猿。

 

 貴様は?」

 

 矛先が、俺に向いた。

 

(嫌だ!)

 

(金ヶ崎の部下の死でさえ、あんなに辛かったんだ)

 

(女子供を含めた、数千人の虐殺?)

 

(できるわけがない!)

 

 俺は口を開こうとした。

 

「若様、それはあまりにも……!」

 

 その瞬間。

 

 チカッ、とウィンドウが開いた。

 

【強制イベント:魔王の焦土(焼き討ち)】

 

 比叡山焼き討ちに対し、どのような態度を取るか?

 

A:「光秀に同調し、『知略88』の計算では、焼却処分が最適解です! 灰にしましょう!」

 

B:「土下座し、南無三! 仏の(たた)りが怖くて、放火などできませぬ!」

 

C:「ウキキ! 山で『超巨大焼き芋大会』を開催するウキ! 人間も焼けるよ!」

 

D:「半兵衛を見つめ、この『美しき悪魔』とのデートスポットに、燃える山も悪くない……」

 

E:「涙を流し、……分かりました。拙者が、この手の汚れを、全て背負いましょう」

 

(CとDはサイコパスすぎるだろ!)

 

(Bは、今の信長相手に言ったら、俺がその場で斬られる!)

 

(Aは光秀の二番煎じ!)

 

 残るは……E。

 

 汚れを背負う。

 

 これは、俺が実行犯になるということだ。

 

 俺の号令で、女子供を焼き殺すということだ。

 

(嫌だ……嫌だ……!)

 

 だが、拒否すれば俺が殺される。

 

 そして、俺が死ねば、ねねや権蔵たちも路頭に迷う。

 

(……そうか)

 

 俺は、姉川で長政を拒絶した時、覚悟を決めたはずだ。

 

 修羅になると。

 

 俺は震える指で、【E】を選択した。

 

 体が、勝手に動く。

 

 俺は静かに涙を流しながら、深く頭を下げた。

 

「……承知いたしました」

 

 俺の声は、自分でも驚くほど静かだった。

 

「若様の手を、煩わせるまでもございませぬ。

 

 ……この藤吉郎が、地獄への水先案内人となりましょう」

 

「女も、子供も、仏も。

 

 ……すべて、拙者が灰にしてみせます」

 

「…………」

 

 信長は、俺をじっと見た。

 

 そして、微かに口角を上げた。

 

「……よかろう。

 

 猿、光秀。

 

 貴様らが先陣を務めろ」

 

「比叡山を、更地にしろ」

 

 ◇

 

 1571年9月。

 

 比叡山。

 

 俺は木下隊に命じて、山の四方に火を放った。

 

「熱い! 助けて!」

 

「南無阿弥陀仏……!」

 

 燃え盛るお堂から、僧侶や稚児たちが飛び出してくる。

 

 それを、光秀の鉄砲隊と俺の木下隊が、無慈悲に撃ち殺し、斬り殺していく。

 

「隊長……。

 

 これ、本当に俺たちの仕事ですか……?」

 

 権蔵が、血まみれの刀を握りしめ、嘔吐していた。

 

 彼らは普請(ふしん)、すなわち建設のプロだ。

 

 破壊と虐殺のプロではない。

 

「……やるんだ、権蔵」

 

 俺は、燃え上がる根本中堂(こんぽんちゅうどう)の前で立ち尽くしていた。

 

「これをやらなきゃ、俺たちが殺される。

 

 ……それだけだ」

 

 隣に、半兵衛が立った。

 

 彼の顔は炎に照らされて赤く染まっていたが、その目は氷のように冷たかった。

 

「……藤吉郎殿。

 

 貴殿の『涙』は、美しい」

 

「……皮肉か」

 

「いいえ。

 

 殺す痛みを持ちながら、それでも殺す。

 

 ……それが、貴殿が選んだ『天下(覇道)』でしょう」

 

(違う)

 

(俺は、ただ生きたいだけだ)

 

(ねねと、こいつらを守りたいだけなんだ)

 

 だが、現実は俺を虐殺の実行犯にした。

 

 俺の「人の心が重い」リストに、「数千人の罪なき人々の命」という、抱えきれないほどの重りが乗せられた。

 

 そして、山が燃え落ちた後。

 

 信長から、俺たちへの報酬が発表された。

 

「光秀には、近江・坂本城を与える」

 

「そして、猿」

 

 信長は、灰まみれの俺を見て告げた。

 

「貴様には、近江・長浜の地を与える。

 

 ……そして、名を改めろ」

 

「名、ですか?」

 

「木下藤吉郎などという、芋臭い名は捨てろ。

 

 ……俺の重臣、丹『羽』長秀と、柴『田』勝家から一字ずつ取って、『羽柴(はしば)秀吉』と名乗れ」

 

(羽柴……!)

 

 ついに、俺は秀吉になる。

 

 だが、それは二人の先輩への敬意などではない。

 

 お前は所詮、先輩たちのパクリ――合成品であり、俺の都合の良い道具だ。

 

 そんな、信長からの強烈な皮肉と呪いが込められた名前だった。

 

 俺は、焼けた比叡山の灰の中で、新しく、そして呪われた名を受け入れた。

 

「……はっ。

 

 謹んで、拝命いたします」

 

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