過労死ゲーマー、藤吉郎になる。 ~知識チートはあるが、人の心が重すぎる~   作:ブンチョウ

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第9話:『覇道』の知識と「実利」

俺は「足軽頭」になった。 『戦国の覇道』なら、ようやく「武将」として扱われる身分だ。出世の第一歩。 だが、現実は、前世で「中間管理職」になった時のような、胃の痛い日々だった。

 

「隊長。……俺たち、本当に生きてていいんでしょうか」 「どうせ、次の戦で、一番危険な場所に使い捨てにされるんですよね…」

 

俺の部下となった数十人の元・裏切り者たち。 彼らは、城下のボロ屋敷を与えられ、「木下隊」と呼ばれることになったが、その士気は最悪だった。 俺が命乞いをしたことには感謝している。 だが、それ以上に、戦場でタケシが死んだ光景と、魔王・信長の恐怖が勝っていた。

 

(ダメだ、こいつら…)

 

俺は、彼らの「辛そうな顔」を毎日見続けることになった。 ゲームなら「士気 50」の赤文字。ここで「訓練」コマンドを実行すれば「士気 70」に回復する。 だが、リアルではどうだ?

 

「おい! 槍の訓練を始めるぞ!」 俺が号令をかけても、誰も動かない。 「どうせ訓練したって、死ぬ時は死にます…」 「芋猿(いもざる)隊長の言うことなんて…」

 

(くそっ…!)

 

俺の焦りは、別のところにもあった。 『覇道』の知識によれば、もうすぐだ。 林秀貞が(処刑前に)訴えていた通り、この時期、尾張は長雨に見舞われ、城下近くの川が決壊(けっかい)する。 ゲームでは「治水イベント:失敗」となり、「民忠 -10」「兵糧 -500」となる厄介なイベントだ。

 

(だが、リアルでは?)

 

民忠が下がる、じゃない。 民が、死ぬ。 そして、この元・裏切り者の部下たち…彼らの家族の多くも、あの川の近くの村に住んでいる。

 

(戦で死ななくても、飢えと水害で死ぬ…!) (タケシの二の舞は、もうごめんだ)

 

俺は部下たちを強引に集めた。 「いいか! 俺たちは今日から、川の(つつみ)を作る! これは、俺たち自身が生き残るための仕事だ!」

 

だが、部下たちの反応は冷ややかだった。 「どうせ、また若様(信長)の無茶ぶりでしょう」 「俺たち、土木作業のために生かされたのか…」

 

(どうする…!)

 

金(カネ)はない。 信頼もない。

 

(だが、俺には『知識』がある!) 俺が本気で彼らをどう動かすか悩んだ、その時。 あの忌まわしいウィンドウが開いた。

 

【イベント:最初の統率】 以下の選択肢から部下の士気を上げなさい。

 

A: 「(『覇道』知識で)この工事に失敗すれば、お前たちの家族ごと水死するぞ!」と脅す。(恐怖UP / 士気DOWN)

B: 「(土下座し)俺が命を懸けて助けたお前たちだ! 俺のために死ぬ気で働け!」と泣き落とす。(反感UP / 士気DOWN)

C: 「……お前たちの村は、川の近くだな? 家族に『新しい家』を建てたくないか?」(??? / ???)

 

「……!」

 

俺は息を呑んだ。 A(脅し)もB(泣き落とし)も、ダメ上司の典型だ。心が離れる。 だが、Cは…? 「焼き芋」のような、その場しのぎの奇行じゃない。

 

(「新しい家」? 治水工事と何の関係が…?)

 

いや、違う。 これは、俺の『覇道』知識(チート)と、俺の「意志」を、システムが翻訳した選択肢だ。 俺は、震える意識で「C」を選んだ。

 

俺の体が、勝手に動く。 俺は、部下たちを見回し、静かに、だが力強く言った。

 

「お前たちの村は、川の近くだな?」 「…それが、何か」 「家族に『新しい家』を建てたくないか?」

 

「……は?」 部下たちが怪訝な顔をする。 「隊長、何を…? 金でもあるんですか?」

 

「金より確実なものだ」 俺は、地面に『覇道』のマップ知識を元にした、大雑把な川の地図を描いた。

 

「いいか、もうすぐ雨季が来る。このままだと、川はここで決壊し、お前たちの村は全部流される」 俺の言葉に、部下たちの顔色が変わった。それはAの「脅し」ではなく、切実な「恐怖」だ。

 

「だが、もし。俺の言う通りに堤防を築けば、お前たちの村は水害から守られる」 「そ、それは…」

 

「ここからが本題だ」 俺は、地図の一点を指差した。 「俺の『知識』によれば、ここに堤防を築き、川の流れをわずかに変えるだけで、水害を防げるばかりか、新しく安全な『土地』が生まれる」

 

俺は、部下たちの目を見た。 「これは信長様のためじゃない。俺たちが『生きる』ための仕事だ」 「この工事を成功させ、生まれた新しい土地に、お前たちの『新しい家』を建てる。俺が信長様に直訴してでも、その土地をお前たちのものにしてみせる」

 

これは「脅し」でも「泣き落とし」でもない。 「リアルな恐怖(水害)」と、それを乗り越えた先にある「リアルな実利(新しい土地)」の提示だ。

 

初めて、部下たちの目が変わった。 絶望でも、恐怖でもない。「欲」と「希望」の光が宿った。 「……芋猿隊長、本気か?」

 

「俺はタケシのように、お前たちを死なせたくない。それだけだ」

 

その様子を、物陰から見ている二つの目があった。 「……柴田様」 「……うむ」

 

柴田勝家だった。 彼は、信長の密命で、俺の動向を逐一報告していた。

 

「柴田。あの猿、何をしておる」 清洲城の奥。信長は、碁盤を睨みながら尋ねた。 「はっ。それが…あの元・裏切り者どもを集め、治水工事を始めると」 「ほう。俺が命じてもおらぬのにか」

 

「はっ。しかも、『若様(信長)のためではない。お前たちの新しい家(土地)のためだ』と、兵を扇動しております。これは、もはや…」

 

柴田は、信長が怒り、即刻「木下隊」の解散と俺の処罰を命じると思っていた。 だが、信長は、打った碁石から指を離さなかった。

 

「……フン」 「……若様?」

 

「あの馬鹿は、俺が『林秀貞の処刑』と『雑兵の赦免(しゃめん)』で見せた『恐怖』と『慈悲』を、そのまま己の兵に使っておる」

 

「は?」 柴田は理解が追いつかなかった。

 

「あやつは兵に『恐怖(川の氾濫)』を見せ、『慈悲(新しい土地)』を与えた。しかも、俺の金(禄高)ではなく、あいつらの『欲(生存本能)』で動かした」

 

信長は、猿が行った行動を、恐ろしく合理的な「人心掌握術」だと深読み(誤解)していた。

 

「焼き芋で馬鹿のフリをし、猿芝居で俺の意図を測り、今度は『欲』で兵を釣るか。……面白い」 信長は、静かに立ち上がった。 家中の裏切り者の炙り出しと排除は、稲生の戦いで終わった。 彼の目は、もう「尾張統一」の、その先を見据えている。」

 

「柴田。あの猿に、蔵から金十貫と米百俵くれてやれ」 「なっ!? 若様! あの裏切り者どもに、ですか!?」

 

「違う。あの猿にだ」 信長の目は、笑っていなかった。

 

「あいつが、俺の期待通り、あの『ゴミ』を『使える駒』にできるか、見届けてやる。……失敗すれば、あの猿が与えた『希望』ごと、全員叩き潰すまでだ」

 

俺は知らなかった。 俺が初めて「知識チート」を使い、リアルな絶望に抗おうとしたその行動が、皮肉にも魔王の期待値を、さらに吊り上げてしまったことを。

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