才能に恵まれても、徒然と生きていく転生者 作:つれつれ
俺の剣は、ただの一振りで岩を容易く切り裂いた。
唖然とする周囲を他所に、俺はまぁこんなものか……とどこか他人事に自分の才能を評価していた。
転生したことに気づいてすぐ、俺は自分の才能を理解したのである。
剣をふるえば思うがままに最適な軌道を描き、一太刀の膂力は見てのとおりだ。
これを天才と表現しなくて、一体何を才能と語るのか。
とはいえ、そんな才を前にして、俺の感情は対して昂ぶることもない。
ああこれなら、生きていくのに困ることはないだろう。
そんなことを考えていた。
元々、前世に未練が無かったと言えば嘘になる。
なにせ転生先にはスマホがない。
漫画もアニメもゲームも、何もかもを失ってしまった。
代わりに、前世でアレだけ俺を苦しめていた社畜生活とも無縁ではある。
大人になって飛び込んだ冒険者の世界は、元々俺の才能も相まってずいぶんと気楽なものだった。
休みたい時に休めるし、稼ぎだって悪くはない。
では、前世と今の生活、どちらが良いかと問われたら――はっきりと答えられないのが俺なのだ。
日々をただ徒然と、無為に過ごして生きていく。
ときには大きな事件に巻き込まれる時はあるけれど、それを難なく突破できる程度の実力もあり、食うに困ることもない。
正直、かつてと今のどちらが幸せか、考えたことは一度もない。
どっちでもいいのだ。
生きていけるだけの余裕があれば、俺にとってはどちらでも。
だから今日も俺は――ただただ徒然と何事もなく生きていた。
○
ギルドに入ると、周囲から多少の視線を向けられる。
この街のギルドを訪れるのはこれが初めてだ。
向こうにとっても初対面の相手、顔だけ覚えておこうってやつはそこそこいるはずだ。
まぁ、そんなにこの街に長居するつもりはないし、気にすることもない。
こういう時にこっちを見てくる冒険者が多いほうが、居心地の良いギルドであることのほうが多いかな、というくらい。
真面目なやつが多いってことだからな。
「クエストボードはあっちかな」
俺は、周囲を見渡して依頼が貼り付けられたクエストボードへ向かう。
今の時刻は昼過ぎなので人はほとんどいない。
あまりいい依頼もないだろうけれど、ダンジョンを潜る道中についででこなせる依頼があればいいのだ。
実際眺めてみると、ちょうど良さげな依頼がいくつか並んでいる。
まぁこの街のダンジョンは初見だから、実際にこれがちょうどいいかはやってみないとわからないが。
俺はそうして依頼を確かめてから、受付の方に向かった。
ダンジョンに潜るためには、ギルドにダンジョン探索届けを出さないといけないからな。
常に同じ拠点で活動するなら気にしなくてもいいけど、俺みたいに街から街を行き来する冒険者にとっては面倒ながらも毎度のことだ。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご要件でしょうか」
「えーと、ダンジョン探索届けの申請と依頼の受付をしたいんだけど」
「はい、かしこまりました。ギルドカードの提示をお願いいたします」
冒険者の免許証たるギルドカードを提示し、受付に処理してもらう。
それから必要な書類に情報を書き込むわけだけど、この当たりの煩わしさは前世から変わらないな。
お役所仕事ってやつか。
「はい、では書類を受付しました。等級の確認も完了、第一等級であれば”ローリエのダンジョン”下層までの探索が許可されます」
「ああ」
「ではリュウトさんの探索届が承認されました。よい冒険者生活を…………第一等級のリュウトって、あのリュウトさん!?」
「あ、仕事が終わってから気付くんだ……」
俺が声をかけた受付嬢は如何にも真面目って感じの人だけど、どっちかというと天然が入ってるのかもしれない。
普段だったら書類に目を通して名前を見た段階で騒がれるんだけどな。
個人情報はどうなってるんだと思うかも知れないが、そこはまぁファンタジー異世界だから。
まだそこまでプライバシーが配慮されてないっていうか……
「リュウトって……あの”深淵巡り”のリュウト!?」
「各地のダンジョンをソロで踏破しまくってるとかいう!?」
ざわざわと、周囲が騒がしくなってくる。
もう何度目かもわからない反応なので慣れてしまったけれど、それでもどこかむず痒い感じだ。
まぁなんてことはない、俺は第一等級――一般的に最上位の冒険者なのだ。
深淵巡りなんてかっこいい二つ名までついてしまって、有名冒険者と言われると否定できない所まで来てしまった。
「あ、し、失礼しました! ええと……個人的な質問なのですが、よろしいでしょうか」
「真面目だなぁ。他の受付はみんな仕事の途中でも構わず聞いてくるんだけど」
「あ、あはは……やっぱりダメでしたか?」
「いや、いいよいいよ。答えるさ、なんだ?」
「その……リュウトさんはどうして各地のダンジョンを制覇して回っているのですか?」
深淵巡りという二つ名は、俺があちこちのダンジョンを制覇していることでついた二つ名だ。
最深部――すなわち深淵を”巡る”くらい幾つものダンジョンを踏破してきたということなのである。
これは一見するとそこまでおかしなことでは無いように思える。
冒険者にとって、未知の探索は誉れだ。
しかし、俺は本当にただ雑多にダンジョンを物色しているだけ。
ときには初心者向けのダンジョンだって構わず踏破してしまう。
ダンジョンは別に制覇しても消滅するわけではないので、誰かの迷惑になるわけではないのだが、見ている側としては不思議でしょうがないだろう。
「ああまぁなんていうかなぁ、別にそこまで深い理由があるわけじゃないんだ」
「そうなのですか?」
「そう。ダンジョンを踏破するのは冒険者ならごくごく自然なことだ。流石に見境なく踏破するっていうのは不思議に見えるかもしれないけど、不思議で済ませられる程度のことだろ?」
「まぁ……そうですね?」
他に例がいないから、いまいちピンと来ていないって顔だ。
「ダンジョンを踏破すれば実入りはいい、難易度が低くても踏破報酬はバカにならないからな。……だからまぁ、気楽なんだよ」
「気楽……ですか」
「ああ、ソロでダンジョンを巡るのが、俺にとっては一番気兼ねしないんだ」
パーティを組むと、どうしてもパーティ間の軋轢が発生してしまう。
旅をする冒険者なら移動の最中は護衛や輸送の依頼を受けるのが普通だけど、それもしない。
人と深く関わるのが面倒なんだよな。
前世の社畜生活で一番煩わしかったのは、労働の忙しさよりも人間関係だ。
パワハラ上司か御局がいるだけで一気に最悪な環境になっていたあの頃を思い出すと、一人で何でもできる冒険者ってのは本当に楽でいいよな。
「……危険じゃないですか? ソロだと、万が一の時に助けてくれる人もいませんよ?」
「助けようとした誰かが、俺に巻き込まれて助からなかったらそのほうが嫌だ。それに、今どき脱出用の魔道具を持ち込まずにソロでダンジョン潜るもの好きはそういないだろ」
死にかけたらオートで脱出できる魔道具とか、高価だけど便利だからな。
それくらいは余裕でストックできる稼ぎが俺にはあるし。
「だから要するに、俺は自分なりに一番楽な方法で冒険者生活をしてるわけ」
「大きな冒険で名声を得ようと思ったりはしないんですか?」
「十分じゃないか? 二つ名持ちの一級冒険者。これ以上はむしろ面倒ごとの方が多い」
何事も、適当が一番なんだ。
冒険者として、あるいは人として。
結局俺は、今自分がいる環境を抜け出そうという気持ちが薄い。
前世の娯楽に満ちた生活を送っていれば、それを摂取しながら普段の生活を乗り切ろうとする。
逆に娯楽に飢えたこの世界でも、力があれば難なく生きていけるなら、無理にかつての娯楽を取り戻そうとは思わない。
「だからまぁ、アレだな」
それを高尚なものであると言うつもりはない。
けど、絶対的に一つの真理ではあるだろ。
毎日を適当に、けれども不満を減らして生きていく。
なんてことは。
「徒然と生きているんだろうな、俺は」
だから今日も、こうして俺は何気なく世界を生きていくのだ。