マーサに連れられて俺は孤児院の廊下を歩いている。外見はコンクリート造りで丈夫そうに見えたものの、いざ中に入ってみると、木製の床は踏むとギシギシと音を立てており。所々壁や床に補修のあとが見受けられることから、大分年季が入っている建物らしいと分かる。
階段を上ってまた長い廊下を歩く。すると、立ち並ぶドアの一つの前でマーサは立ち止まった。
「ここだよ。」
マーサはそう言ってドアを開け、俺に入るように促した。
「ほら、入りなよ。」
「失礼します。」
俺はマーサの提供してくれた部屋へと足を踏み入れた。細い通路の両端に二段ベッドがあり、通路の奥には椅子が四つ入る程度のテーブルが一つ、通路に行きあたるように配置されている。そのテーブルの上にはなにやら工具らしきものや何かの雑誌がいくつか散乱していた。
「まったく、これは後で片付けるように言っておかなきゃねぇ。」
奥のテーブルの散乱具合を見て、マーサはため息をこぼす。別に俺は気にしないが…とりあえず手荷物を置きたい。
「荷物はどこへ?」
「あ、ああそうだねぇ……」
マーサはベッドを確認する。するとマーサは「ここだよ。」と右側の上段のベッドを指差した。梯子をのぼりそのベッドを確認すると、きれいにたたまれた毛布が一枚。他にのベッドの毛布がきれいに畳まれてなかったり、私物が置いてあったりするのでココが俺のベッドなのだろう。とりあえずそのベッドの上にデュエルディスクや帽子を置いて梯子から降りる。
「ありがとうマーサ。」
「いいって。あ、もうすぐ昼食の準備をしなくちゃね。」
マーサは時計を見てつぶやいた。今の時刻は11時頃、そろそろ昼食を作ってもおかしくはないだろう。
「手伝いましょうか?」
「いいのかい?」
「ええ。色々お世話になりますし、料理位は手伝いますよ。」
何故にこんな自身ありげに返事をしているのだろうか。料理なんて俺はやったことがあるのだろうかという疑問が脳裏をよぎった。
俺は炊事室で褐色の液体を掻き混ぜている。つまりは、もう料理は終わったのだ。マーサはにこやかに食器を用意しながら俺に礼を告げた。
「に、しても驚いたねぇ。アンタ、料理できたなんて。……正直、あまり期待はしていなかったよ。」
俺は少し頬が熱くなるのを感じる。とはいえ、自分でも驚きだ。カレーを作ると言われた時、自然にカレーのレシピが頭に浮かんできたのだ。もっとも、肝心の記憶はちっとも戻る気配はないのだが。
「子供何十人分のカレーは骨が折れますね。」
「そうかい?」
彼女はフフッと笑いをこぼした。
「いつもは子どもたちが手伝ってくれたりするんだけどねぇ。今日はみんな遊びに熱中してるけど…」
俺はへぇ、と愛想笑いを返す。時間があるときは俺も手伝った方がいいのだろうか、とカレールーの入った飲食店の厨房にありそうな巨大な鍋を見つめた。
マーサは皿の準備が終わると炊事場を出ていった。おそらく、子供たちを呼びに行ったのだろう。案の定、そのあとすぐにこちらに響いてくるほどの子供たちの歓喜の声が聞こえてきた。
さて、大変な作業になりそうだな。
たしか、20人はいたはずだ。これらの事を一人で行うことの多いマーサの事を考えると、苦笑いがこぼれ、料理ぐらいは手伝おうと決心させられた。
みんなの分のカレーも注ぎ終わり、やっと昼食だ。ずっと寝ていたこともあってすごく腹は減っている。食堂を覗くと、子供たちによってにぎやかだ。早く俺も昼食を食べたいので用意された椅子に腰をかけた。
「はいはい、静かに。」
俺が座ったのを見計らってマーサは子供たちを鎮め始める。が、子供たちの大半はおしゃべりに夢中だ。まあ、この年頃なら仕方ないだろう。しかし、マーサは違った。
「こらっ、静かにしないとお昼食えないよっ!!」
鶴の一声。一瞬にして食堂は静寂に包まれる。優しさの中の厳しさ。女手一つで孤児院を切り盛り出来るのにも納得がいった。しんと静まり返った食堂でゴホンと一つ、咳払いするとマーサは口を開いた。
「…じゃあ、今日は新しいお友達を紹介するよ。もっとも、もうみんな気づいているだろうけどね。」
マーサは自己紹介しろと合図を送ってきた。俺は小さく頷くと席から立ち上がる。何を言えばいいのだろうと辺りを見渡すと早くカレーを食べたそうにしている少年が視界に入る。
……とりあえず名前だけでいいか。みんなおなか減っているだろうし。
「こんにちは。お…オレは今日からお世話になる門音遊刃です。よろしくお願いします。」
軽く一礼して席につく。まあ、こんな感じでいいだろう。
「アンタ、まさか名前思い出したのかい?」
マーサは俺の発言に驚いた反応をみせた。あれそういえば何故?料理の類?いや違う…
「――え、ええそうみたいです。」
違和感。俺の無意識に喋られた。そのような不思議な感覚であった。記憶は……
戻らない癖に酷く自分の体は俺の事を解っているようで気味が悪い。
「そうかい?よかったじゃないか。遊刃は事故で少し記憶が曖昧になってるから変なことしちゃだめだよっ。」
はーいと子供たちの声。そして再び静かな部屋に戻る。
「よし――じゃあみんな、手を合わせて。」
マーサが手を合わせると周りの子供たちも手を合わせる。所々、パンという音も聞こえる。俺も彼女らに合わせて手を合わせる。
『いただきます』
この言葉によって、静寂は破られ、子供たちの熱気は濁流のように食堂を包み込んだ。
カレーのせいか、それともいつもの事なのか…とにかくその勢いに圧倒される。そして、逃げもしないのに必死に食らいつく子供たちの様子が滑稽に思えもしてきた。
「びっくりしたかい?」
向かいの席からマーサがどうだ、自慢げに語りかけてくる。
「ええ、そりゃあもう。」
改めて辺りを見渡す。しかし、子供達の笑顔は励みになるなぁ。何しろ滑稽なのだから、ってさっきから一体何を考えているのだろうか。思考と感情がすれ違う。先ほどの頭痛といい、何かが俺の頭の中にいるような…
俺はカレーを急いで口へ運び続ける。額ににじむ冷たい汗とカレーの熱気で噴き出る汗が入り混じる。そして、視界がまた…白と黒と……
「お兄ちゃん、大丈夫?すごい汗だよ。」
「…ハッ!!」
少女の声によって現実に引き戻される。くそっ、まただ。
「大丈夫…だよ。気にしないで。」
無理やり笑顔を絞り出す。しかし、少女にも無理をしていると分かるぐらい下手な演技だったらしい。その表情は心配と恐怖が入り混じっている様に感じた。
「これ……使って…」
少女はポケットから猫のプリントが施されたハンカチを差し出す。
「あ…ありがとうな。」
そう言って俺は少女からハンカチを受け取ると、彼女はそのまま俺を眺めていた。席は隣であっても精神的にはかなり距離を取られているのではないだろうか。とはいえ、受けた行為は何であれ返さなければならないのだ。俺はそっと額の汗をぬぐった。
「君の名前は…」
一応は礼を、そう思い彼女に尋ねる。少女は少しうつむくと。そっとつぶやく。
「ミャーコ。」
「そうか、ミャーコありがとうな。」
俺はそっと彼女の頭を撫でる。猫の毛を彷彿とさせる毛質。なんとなく彼女がそう呼ばれる理由もわかる気がする。少女は恥ずかしそうに笑った。何だ、俺の思いすごしか…
なんとか精神を保ちつつ食事が終われた。只、気分の悪さはだんだんと悪くなってきているような気がする。マーサからも先程より顔色が悪いと指摘された。これは本格的にやばいらしい。ただ、その中でも不動遊星を するという命令が脳裏に焼き付いている。彼が何者であるのか、彼を すればこの痛みは無くなるのか。もしそうだとしたら、俺は備えなければならない。できるだけ万全な状態で……
休もう。このままでは体力が持たなそうだ。彼を するためにも、俺が救われるためにも、悲劇を止めるためにも…
一か月ぶりなのに短め。一か月に一回は更新できるように努力しますm(_ _)m