「ここは……」
闇…漆黒の世界。何も見えない……確か俺は遊星とデュエルをしていたはず。とはいっても、俺の意思ではなかった?のだが。とはいえ、ここはどこだ。足元も見えないし壁も見当たらない。俺の意識だけが存在する無の空間である。
「おーい」
反応は無い。ホントに何もないのだ。俺の体さえも認知できないのだ。…何か無いかな。流石にこのままいるのは暇すぎて死んでしまうだろう。仕方なく俺はこの無の空間を漂い始める。始めているつもりだが景色が変化しないので実際に進んでいるのかすらわからない。
「せめて地図くらいは置いてほしいな…」
虚空に向かって無意味につぶやく。
……どのくらいたった!?体内の時間間隔も辺りに何も無い空間では狂い続けるばかりだ。一時間くらい浮かんでいるかもしれないし、ホントはたった五分かもしれない。
その時である。急に頭だと思う場所に激痛が走る。
「うぅ…なんだ?少女?」
フラッシュバック。目の前に映し出される少女の顔。その少女の目は既に光沢を失い、淀みが支配している。表情は――絶望。『恥』と『愚』で編まれたタペストリーの様に丁寧に、そして残酷に彼女に顔には織り込まれている。
「えっ…」
ゆっくりと彼女へと向ける視線を足の方へとずらしていくが、彼女の胸部を視界が捉えたところで慌てて視線を天井へと向けた。冷たいコンクリートの上に仰向けに寝転がっていて、その……生まれた状態、ありのままの姿であったのだ。いきなり少女の裸体を見せつけられて戸惑わない者などいないだろう。気を落ち着けようとそのまま周囲を観察し始める。…ここは部屋の一室のようだ。八畳程度の部屋には家具らしき物は見受けられない。シンプルかつ質素である。そして少女はその中央に打ち捨てらていたのだ。
「何故に?……」
覚悟を決めて改めて少女を見下ろす。小さな窓から差し込む斜陽はスポットライトの様にこれでもかと少女の遺骸を橙色に染め上げていた。次は…足。
ゆっくりと彼女を視姦していく、なまめかしかったであろう肌をなめまわすように…一通りの作業が完了する。心が、良心が震える、恐れる。やり場の無い吐き気。なんだよこれはっ!どうして、状況が飲み込めない。少女が…少女は……
ガシャン!!
世界が割れる音、幻影が、幻想が崩れていく。ああっ、待ってっ!あの子は!どうしてっ!世界が漆黒に変わっていく。戻っていく。元の漆黒へと還っていく……いや、違う。漆黒に染まった世界の中、只一つ明らかに違うモノ。目の前に存在する人型。少女。
「君は……」
言葉を失う。先程の少女、死んでいた少女である。その少女が今、目の前に立ちはだかっていた。けれども彼女は只の人では無いことは明らかであった。翼を…白を基調としつつ、黒が所々混じり、関節が折れ曲がりながらもいっぱいに広げていたのだ。
「天使……?」
彼女はゆっくりと目を開け、こちらの目を捉える。そして両手をこちらへと差し出した。
「助けて……」
「!?」
耳を疑う。助けて――助けを請う少…天使。彼女は死んでいた。死人が俺へ助けを請う?馬鹿げてる。この暗黒で頭がおかしくなってしまったのかもしれない。
「……」
「……」
沈黙の時。彼女は俺の答えを待ちわびるかのように動かない。その間も天使は優しくも狂気じみたアルカイック・スマイルを投げかけてくるのであった。
「君は…誰だ……」
「……」
返事は無い。何とも言えないこの状況に俺はさっきの様に彼女を観察し始める。翼にばかり目が行ってしまったので気が付かなかっただが、天使はやっぱりあの少女であった。それを証明する少女の胸部、脚部などに多々見受けられる青い痣。そして聖域にはびこる白、神聖であるべき白だがこの時ばかりは嫌悪感が先走る。――興奮する気にもなれない。
侵され、犯され、冒され、汚された少女。もとい、天使は汚くなりすぎて、天に帰れなくなった!?あのフラッシュバック――
戦慄する。いや、俺がやったとは言い切れない。けれど俺が関わっているのには変わりは無いということは明らかだ。
「君を天に還すよ。絶対に……」
誰がやったとしても。しかし、後悔はしていないのだ。つまりは……彼女が天に還れれば、俺も許されるってことだろうから。――何故にっ!?
天使は俺の返事を聞くと嬉しそうに笑う。そして掌に一枚のカードを創り出した。
「ッ!無地のカード…」
天使はコクリと頷きそして、そのカードを俺に押し当てた。カードと俺の思念体が融合する。ドクン!ドクン!と心臓の鼓動が聞こえる。血脈が流れる感覚と共に俺が創り出されていく。…漆黒の中に俺と彼女の二人だけが存在する。天使は俺の頬に手を触れる。冷たい手であった。人ではないからであろう。俺は創られたばかりの手で彼女の右手を握る。そして左手は彼女の腰へとまわした。そして彼女と目を合わせる。
「君は……」
再びの問いかけ。やはり彼女は、天使は、笑って誤魔化したのだった。まあいい。いずれわかるのだろう。彼女もその事を望んでいるのだろう。天使様は黙って見ていてくださいな。そして俺と天使は沈黙へと戻った。わかりきった別れの前の余韻を愉しむかのように。
…暗黒の世界に亀裂が走る。破水。この世界の終焉。俺はそっと天使を抱擁から解き放った。天使は名残惜しそうに無重力の中を泳いでいく。そして星屑が隙間から漏れだし、俺の目の前を覆っていく。攫って行く。生まれるのだ。白な状態で。それが彼女のプレゼント。星屑に弄ばれる中、体の闇が洗い流され浄化されているのだ。俺は子宮を出る前に遠く漂う天使に向かって手を伸ばす。来るべき未来に向かって手を伸ばす。
「さよなら」
俺は目の前から消えていく天使の姿に向かって呟いた。
「はっ!」
目が覚める。が、丁度朝日が目に突き刺さり思わず目を閉じ手で日光を遮る。体が軽い…今度は日光が目に入りこむのを避けながらゆっくりと目を見開く。…この部屋はマーサハウスで俺が目覚めた場所だ。
「あれは…夢?……」
奇妙な夢であった。フラッシュバックで死んでいた少女が天使となって、俺の体とカードを創造する。その光景は強く深く脳に刻みつけられた…
「天使のために…ね……何すればいいんだろ。」
自嘲、夢の中で勢い任せで言ってしまったのはいいが、具体的に何をすればいいのか見当もつかない。……そもそも夢の中の天使との約束なんて果たす意味があるのか。そんな疑問もやんわりと脳に浮かんでくる。夢は幻影、起きれば跡形もない。
「にしても……」
俺はベッドがら這い出ると机の上に置いてあるデュエルディスクが目に入る、そういえば、夢で天使が俺に無地のカードを押しつけたな。少し気になったのでデッキ、墓地、エクストラ全てのカードを吐き出させて異常がないか確認する。…ペチペチと机に叩きつけられるカード達。全てのカードを見終わる。
「ん?」
おかしい。俺はメインデッキをもう一度見直してみたが、やはり、デッキが三十九枚しかない。あのとき…薄らと記憶が夢と現実の狭間で揺れる。まさか、本当なのか!?ああっ!あれは夢じゃないのか!?
「いやっ……でも……」
その時、バタリと部屋のドアが開いた。急な訪問に心臓が跳ね上がる。
「なんだ、起きてるじゃねーか。」
そこにいたのは、遊星と共にいた背の低い方の少年だった。
「君は……」
名前は…思い出せない。
「ん?そういや昨日は何かに操られてたんだったっけか?俺はクロウ・ホーガン。昨日は大変だったんだぜ。倒れたお前を運んでよ、マーサはお前をさっきまで看病していたんだぜ。さっき朝飯を作るからオレが変わってやったんだけどな、後でお礼を言っときな。」
にこやかに話しかける少年。彼は気が抜けたのか机の備え付けの椅子へと座り、俺の広げたカードに目を通した。そうか…昨日か…俺はまた半日近く眠っていたらしい。
「うん……そう、彼が勝ったんだね。」
「ああ、遊星が勝ったぜ。」
「そうか……」
心が安堵する。自分が負けてほっとするなんて、なんか不思議な感覚だ。まあ、俺の体が戻って来ただけマシなんだろうか。
「ふーんこれが、ヒーローねぇ。」
「そうみたい。」
何とも第三者的な返事になんだそりゃと彼はしかめた。彼の表情、生の鼓動を感じられて俺は表情を緩めた。ホッと肺の中の陰鬱な気持ちを吐き出して彼の対面席へ着いた。
「やっぱり、デュエルの事……覚えてないのか?」
「『融合』を使うまでは何とか。でもそれ以降は……」
一時の沈黙。
「そうか……信じるぜ。お前の表情、つーか態度を見る限り嘘をついているようには見えないし、ましてや、マーサに気に入られてる奴がそんな嘘つく訳ねーしな。」
彼は緊迫に飽きた様で、後頭部で腕を組みながらに背もたれにもたれかかった。とはいえ、そんなに簡単に信じてもらえていいのだろうか。その疑問を察してか彼は「マーサの目に狂いはないからな。」と付け加えた。
「それならいいけど。――あとさ、一つ質問があるのだけどいいかい?」
「いいぜ。」
改めて椅子を引き直す。これはかなり真面目な質問だ。それを察してか彼も組んでいた腕を解いた。
「このデッキ。数えてみたんだけど、三十九枚しかない。無地のカードなんだけど、心当たりはないか?」
「無地のカード?……ああ、昨日のデュエルにも使われていたな。不発に終わったけどよ。もしかしたら、デュエルした場所に落ちているかもしれねえ。」
彼の表情を見るに、あのカ-ドはあまりいいモノではないらしい。俺はあの無地のカードをこの場所に落ちている事を望む。やはり夢は夢で終わらせたい。
「そうか…じゃあ、少し探しに行こうかな。デッキ枚数足りないのも困るし……」
まあ、詭弁であるが、実際カードは一枚欲しいというのは本音も混じっている。
「そうだな、まだ、朝飯までもう少し時間がかかりそうだし手伝ってやるよ。俺もあのカードは危険だと思うしな。」
「ありがとう。じゃあ、行こうか。時間ないし。よろしくクロウ。」
「おうよっ。無理すんなよ遊刃。」
俺はカードをデッキにしまうと、部屋の出口で待つクロウと共にデュエルをした場所へ向かった。
「着いたぜって言っても家の前だけどな。」
「そうだね。」
マーサハウスから50メートル程度しか離れていないマーサハウスの庭であるが、昨日のデュエルが凄まじさを物語るように所々地面が抉れている。爪痕…竜巻?
「なあ、クロウ。これ全部俺がやったわけだよな。」
「ああ、モンスターの攻撃が実体化したんだよ。それにお前の様子も今のお前が真っ白に見えるくらい。危ない雰囲気であふれていたぜ。」
彼なりに気にしてくれたのか、冗談口調で事実を語ってくれる。実体化…危険な力だ。彼が言っていたことだから本当だろうけど、俺がやったなんて信じられない…それよりも早く、カードを探さないと。フィールドを舐めまわすいうに見回してみるものの、カードらしきモノは見当たらない。
「もしかしたら風に流されているかもしれないね。クロウ。」
「うーん。そうかもしれねーな――手分けして探すか。オレはマーサハウスの玄関から右側を探すから反対側を頼むぜ。じゃあ遊刃、後でな。」
そう告げるとクロウは、キョロキョロ辺りを見渡しながら行ってしまった。さて、朝食も有るし、早いとこ俺も探さないと。と、クロウが指示したマーサハウスの左側をブラブラ歩き始める。傷の具合が激しい辺り、俺のフィールドはこちら側であろうか。俺は傷跡の中心部であろうところに立って、遊星がいたところであろう方を眺める。…何も無い。当たり前だ。デュエルはもう終わった。
……さて、再び俺はこの箱庭を歩き始める。部屋のカレンダーを見ると四月であったのだが、桜の花は既に散り、木々は青々しい若草が生い茂っていたのを見る限りでは、もう後半なのであろう。しかし、まだ朝は底冷えがするのを感じたりすると春は不安定だと思うのだ。不安定で暑くも冷たい、心変わりが激しい季節。そう、俺と同じ。
「ああっ!……駄目だな、思いつめちゃあ心が持たないな。」
束縛を解放されたばかりの時は、どんなに強い束縛であってもそれを懐かしむ瞬間というのがあるだろう。実際俺自身、天使という概念が心に強く刻まれている。懐かしむ…という点ではいささか疑問が生まれるのだが。
なんてくだらない事を考えつつ、辺りを散策していたのだが、やはり、無地のカードというモノは、そもそもカード自体見当たらなかった。
こっちにはもう無さそうだ…帰ろう。そう思い、来た道をさかのぼろうとするとすると、偶然、とある木の下で一枚のカードが地面に突き刺さっているのが目に入った。行くときには死角だったらしい。そのカードは裏側をこちらに向けていたため、当たりかはわからない。とりあえず行ってみることにした。
カードの後ろにそびえたつ大木は遠くからでも一際目立っていたのに、近くにいるとその大きさに改めて圧倒される。桜…であろうか?例にもれず、既に青々とした葉が生い茂り、彼女の足元には茶色く変色した花弁の残骸らしきモノが所々見受けられた。
「如何にも、守り神みたいな木だな……」
彼女の評価はさておき、カードを確認しなくてはいけない。ゆっくりと膝を地面に着け、足元に突き刺さるカードを拾い上げ、表側を見る…
「っ!!」
『偽物の罠』
何ともタイムリーなカードに思わず苦笑いを隠せなかった。とはいえ、デッキに組み込めば何とかデッキが機能する。彼女からのサプライズだと思っておこう。
「どーも、ありがとう。」
早速デッキにこのカードを入れると、感謝の気持ちとしてそっと彼女の深みのある体を撫でた。フッと笑うかのように柔らかい風が俺の頬を撫で返した。
何とか今回は予定通り投稿出来ましたね。さて、今回の禁止制限変更でレッドアイズの影響からか征龍が禁止になってしまいましたね。シャドールもまさかネフィリムが禁止になるとは……まあ、タッグフォースで散々苦しめられたのはいい思い出ですね……次回の規制はサイバーもとい、プトレマイオスとヒーローでしょうか?それはそれで少し困りますが。