奥空アヤネと男子生徒概念   作:松花 陽気

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第一話:アビドスに現れた男の子

ここはアビドス。

砂嵐によって廃校寸前まで追い詰められたという今最も危険な場所とも言われる砂漠地帯である。その地区を管理するは、アビドス高等学校の生徒会。

学園都市と言われるキヴォトスは、数千の学校を有する都市で、各自治区を学生が統治している。少し前、キヴォトスの行政を管理していた連邦生徒会のトップが突然に失踪した。

代わりとして、そのトップが連れてきた外からの大人。その大人は、連邦生徒会長の権限で作られた連邦捜査部シャーレの先生。その部活の顧問として就任。

一時は暴動により阻まれたが先生の力により鎮圧に成功。色々あったがその大人は、正式にシャーレの先生として仕事をすることになったのだった。

 

時は経ち、そんな先生にとある学校から手紙が届く。

先生は、早速依頼をしてくれた学校に向かったが、砂漠が広がるその自治区は遭難者が出るという噂があった。案の定、先生は遭難した。だが、依頼があった学校の生徒によりなんとか辿り着き、本依頼である支援物資の提供、不良たちの鎮圧をした。

無事解決したと思った矢先に、アビドス高等学校に借金がある事が発覚。先生はそれに協力的だったが、一人の生徒がその支援を拒否。とりあえず、保留という事になってその日は解散した。

なんやかんやあり、不良達に誘拐された生徒を助け、信頼を獲得する事ができた先生は、改めてこの学校の問題に取り組む第一歩を踏み出したのである。

 

しかし、解決すべき問題は山積みだ。膨大な借金、そして砂漠化の進行。

そんな困難に立ち向かうべく、アビドスの朝は今日も静かに、だが力強く始まるのだった。

 

□□□

 

「おはよう、セリカちゃん」

 

住宅街の角、制服の襟を正していた一年生の奥空アヤネが、向こうから歩いてくる少女に声をかけた。

 

「あ、おはようアヤネちゃん!」

 

返ってきたのは、元気な、けれどどこか照れくさそうな声。黒見セリカだ。救出されてからまだ数日、彼女の瞳には少しだけ疲れが見えるものの、その表情は以前よりもずっと柔らかい。

 

「体調は大丈夫ですか?あれから数日経ちましたが」

 

「平気よ!ほら、この通りピンピンしてるわ」

 

二人は並んで学校へと歩き出す。今日の日程は、シャーレの先生を交えた今後の対策会議だ。

 

「今日は先生も来てくれますから。きっと先輩たちも、今日こそはマトモな意見を出してくれるはずです!」

 

アヤネは期待を込めて拳を握る。その眼鏡の奥の瞳には、期待を滲ませている。

 

「ん〜……どうかなぁ?なんか、いつもと変わらない気もするけど……」

 

セリカは「う〜ん」と唸りながらも、どこか楽しげだ。

 

「でも、先輩たちはともかく、私のは期待していいわよ!楽しみにしてなさい!」

 

「はい、……あはは。楽しみにしていますね」

 

アヤネは苦笑しながら、脳裏をよぎった不安を振り払った。その、時だった。

 

「………………た、……け」

 

乾いた風に混じって、微かな、掠れた声が鼓膜を打つ。

 

「……?今、何か聞こえましたよね?」

 

「うん。確かに聞こえた。どこからかしら?」

 

二人は足を止め、耳を澄ます。

 

「――た…、けて……だ、れか……」

 

住宅街の隅、砂粒がこびりつく古びた壁が作る日陰。そこから漏れ出す切実な救難信号に、二人は顔を見合わせ、声の主へと駆け寄った。

 

「えっ!!??」

 

セリカがその姿を視認して驚く。

そこには、黒髪の人物が砂にまみれてうつ伏せに倒れていた。その人の服は全身黒のボロ切れみたいな服を着込み、足はサンダルだった。

近くには、その人の物だと思われる対物ライフルも落ちていた。

 

「ちょっと、大丈夫!?って、死体!?いや、生きてる……わよね!?」

 

「体に触れますよ!……酷く体が弱っています。水分の類も見当たりないですし、恐らく脱水症状を引き起こしてます。幸い脈はまだありますが……かなり弱っています!」

 

アヤネが即座に介抱に入る。相手の体は痩せ細り、砂にまみれて長い間彷徨っていたことを物語っていた。しかし、その骨格は少女たちのものより一回り大きく、筋肉の付き方も硬い。

 

「ね、ねぇ。もしかしてこの人って!も、もしかして……お、男!!??」

 

「えぇ!!?」

 

驚愕が走る。

キヴォトスにおいて、人型の男性と言えば「先生」以外に心当たりがない。だが、さらに二人を驚かせたのは、その頭上に浮かぶものだった。

 

点滅する、薄暗く光った――ヘイロー。

 

「しかも、ヘイローがあります……!先生とは違う、ヘイローを持つ男の子……?」

 

「そんなことよりアヤネちゃん、このままだとマズイわ!この人死んじゃう!」

 

「っ、そうでした!セリカちゃん、何か飲み物か持っていませんか!?」

 

「ごめん、実は今持ってなくて……」

 

「っ……では、私のバッグから水筒を!早く!!」

 

セリカが慌てて水筒の蓋を開け、アヤネが少年の上体を慎重に抱き起こす。

乾ききった唇に、命の源である水が注がれた。

 

「――あっ」

 

低い、掠れた声が漏れる。

ゆっくりと開かれた瞳が、目の前のオアシス……水筒を捉えた。少年は本能的にそれを掴み、喉を鳴らして一気に飲み干す。

 

「……あっ」

 

「ぷはっ!!」

 

空になった水筒が転がる。少年は大きく息を吐き出し、ようやく焦点の合った瞳で目の前の人物を見つめた。

 

「……あ、なたは?」

 

「私はアビドス高校一年生の奥空アヤネです。気がついたようで……本当によかった」

 

アヤネの安堵の表情が、少年の視界を埋める。赤縁の眼鏡越しに見えるその瞳の優しさに、少年の張り詰めていた緊張が解けていくのがわかった。

 

「今から病院……は遠すぎますね。私たちの学校へ運びましょう。セリカちゃん、手伝ってください!」

 

「わかってるわよ!ほら、あんた、しっかりして!!」

 

少年の両脇にアヤネの両手が入り持ち上がる。セリカが逆の脚を持ち上げて二人で抱え込む形となる。近くに落ちていたライフルも拾う。紐がついていたので、セリカが代わりにそれを背負った。男ということもあり、重いと思っていたが、想像よりも負担はそこまでかからない程だった。

少年は、鼻腔をくすぐる少女たちの香りと、人の温もりに包まれながら、深い安堵の中に沈んでいった。

 

「そ……です、か。あり、がとぅ……」

 

「あっちょ!! 寝るなぁーーー!!!」

 

セリカの叫びが砂漠の街に響いたが、少年の意識はそこで途切れた。

 

□□□

 

アビドス高等学校、対策委員会室。

いつも通りの、けれどどこか落ち着かない空気が流れていた。

ソファで丸くなって眠る、最上級生の小鳥遊ホシノ。

 

「うへ」

 

黙々とドローンの整備を進める、二年生の砂狼シロコ。

 

「……ん。アヤネとセリカ、少し遅い。何かあったのかな」

 

同じく二年生の十六夜ノノミは、お茶の準備をしながら窓の外を眺める。

 

「先日のこともありますし、少し心配ですね〜。あ、先生ももうすぐいらっしゃるようですよ〜☆」

 

三人はそれぞれに一年生コンビを案じていた。

その時、廊下からバタバタと騒がしい足音が近づいてくる。

 

「……ん?」

シロコが真っ先に反応し、耳を動かした。

 

「足音は二人。……でも、別の気配が混じってる」

 

「あら!じゃあ、先生でしょうか!」

 

「う〜ん。それはないかな〜」

 

その言葉に、眠っていたホシノが片目を開けて呟く。彼女の纏う空気が、一瞬で切り替わる。傍らに置いた愛用のショットガンの位置を、無言で確認する。

 

「よいしょ、よいしょ……!あと、もう少しよ!アヤネちゃん!」

 

「は、はい!……扉を開けますよ!」

 

「「みなさん(みんな!)!大変(よ!)です!」」

 

勢いよく開けられた扉。そこには、肩で息をする一年生二人と、彼女たちに抱えられるようにして運ばれてきた、見知らぬ男の子の姿があった。

 

「……へ?」

 

ノノミの手から、ティースプーンが落ちる。

 

「うへ?」

 

ホシノが呆けたような声を出す。

 

「ん?」

 

シロコが銃を構えようとして、そのまま静止した。

 

「……ん〜誰かな?見たところ男の子みたいだけど?二人とも、それどこで拾ったの?」

 

ホシノの鋭い視線が、ぐったりと横たわる少年の頭上――今にも消えそうなほど弱々しく明滅するヘイローに注がれる。

 

「道端で倒れていたんです!詳しい説明は後でしますけど、この人凄く弱っていまして、とにかく早く処置しないと!先生も呼んでください!」

 

アヤネの必死な叫びで、凍りついていた時間が動き出す。

 

「……まあ、それもそうだね。ノノミちゃんはその子を保健室のベッドまで運んで。シロコちゃんは先生に連絡を……っ、いや、おじさんが見てくるよ」

 

ホシノがソファーから飛び起き、少年の元へ駆け寄る。その顔つきは、いつもの昼行灯なものではなく、先輩としての厳格さに満ちていた。

 

「この子、ヘイローがあるね。初めて見たねー、男のヘイロー持ちなんて〜」

 

ホシノは少年を観察する。服装は、黒一色のボロボロな服。身長はノノミちゃんと同じで、おそらく年齢はアヤネ達とそんな変わらないくらいだろう。

 

シロコちゃんを拾った時のことを思い出すな〜。……でも、腕や脚を見た感じ私たちよりも太いし硬そうで、筋肉がありそうだね。多分、戦闘もできるかな?……まあ、この程度ならシロコちゃんには勝てないだろうけど。

と、少し見ただけでホシノは少年の実力を理解した。

 

「……ん。先生に連絡した。今ちょうど校門に着いたって」

 

シロコの報告と同時に、廊下から再び急ぎ足の足音が聞こえてくる。

 

“みんな、どうしたの!? 急に呼び出し――”

 

勢いよく対策委員会室の扉を開けたのは、シャーレの先生だった。

連邦生徒会長に指名のもと、この学園都市にやってきてからまだ日が浅い大人。砂漠で遭難しかけたり、不良との銃撃戦に巻き込まれたりと波乱続きだったが、先生の持つ力により今まで難を逃れてきた。

キヴォトスに住む生徒達は、皆女の子だった。そして、各自地区を生徒会と呼ばれる組織が主となり納めている。

……それが、この世界の常識。

 

――キヴォトスは数千の学校が集まる学園都市であり、そこに住み、統治しているのは「銃を手にした女子生徒」たちである、と。

 

だが、目に飛び込んできた光景は、その前提を根底から覆すものだった。

 

“……え?”

 

先生の足が止まる。

視線の先、セリカとアヤネに支えられたまま目を瞑っている少年に注がれる。

ボロボロの黒い服に身を包み、砂に汚れながらも、その骨格や顔つきは明らかに自分と同じ男のそれだった。

 

「先生、ちょうどよかったわ!助けて!」

 

「先生、早く!この人、ひどい脱水症状なんです!」

 

教え子たちの切実な呼びかけに、先生の思考が一瞬フリーズする。

戸惑いながらも、先生は少年の頭上を見てさらに目を見開いた。

そこには、キヴォトスの生徒である証――「ヘイロー」が、消え入りそうな光を放ちながら浮かんでいたからだ。

 

“……お、男の子……なの??”

 

思わず口から漏れた言葉は、自分自身への問いかけのようでもあった。

自分にはヘイローがない。だからこそ、この街では『守られるべき大人』という特異な立場にいる。しかし、目の前の少年。この世界に来て初めて見た自分以外の人間(厳密にはキヴォトス人)の男を見たのは初めてのことだった。そして今、それは命の危機に瀕している。

 

「先生!?ぼーっとしてないで早く!!」

 

セリカの鋭い声で、先生はハッと我に返った。

 

“(……今は驚いてる場合じゃない。目の前に、助けを求めている生徒がいるなら……!)”

 

“ごめんみんな!……ノノミ、救急箱を!アヤネはバイタルを確認して!まずは水分補給と体温調節を優先しよう。セリカは毛布を。シロコ、スポドリかなにか無い?!”

 

「ん。冷蔵庫に幾つかある。取ってくるね」

 

先生は混乱を頭の隅に押し込み、一歩踏み出した。キヴォトスでは全く聞いた事がない男の存在に、先生は少しの安堵を感じていた。なんせ、この場所では自分以外の人間の男を見ていなかったから、肩身が狭いなぁと感じていた。同じ同性と喋れることに期待するが、それどころではない状況。

少年の弱々しく明滅するヘイローを見た瞬間、先生として彼を放っておくことはできなかった。

 

その後、なんとか一命を取り留めた少年は、保健室のベッドで寝かし、結局その日はそれで解散となり、先生は様子を見たいという事で、連邦生徒会に事情を説明し、学校に泊まる事にするのだった。

 

□□□

 

深夜、保健室の静寂の中は、先生が叩くキーボードの音と、パラパラと書類をめくる音だけが支配していた。

 

キヴォトスの行政は、高度な技術を有しながらも、なぜか重要書類ほど「紙」でやり取りされる。シャーレの先生としてこの街に来て以来、その膨大なアナログ仕事に追われるのは日常茶飯事だ。

 

“……ふぅ。これで半分かな”

 

『お疲れ様です!先生!』

 

すると、ノートPCの横に置かれたタブレット端末、シッテムの箱から機械的な幼女のような声が聞こえてきた。声の主は、その端末のメインOSを務めるAIで、先生の秘書を勤める優秀?な子だ。

 

“アロナもお疲れ様。おかげで電子系の方が早く終われたよ”

 

『ふふ〜ん!当然です!なんてたって、このスーパー秘書のアロナちゃんにかかれば!電子書類の百枚や二百枚……ど、ど〜んと捌けますよ!』

 

少し見栄を張りながら頬に汗をかいて、そう啖呵を切るアロナに、先生は笑って返す。

ペンを置き、凝り固まった肩を回す。

先生の視線は、作業用のノートパソコンから後ろに視線を変え、白いシーツに横たわる少年へと向く。

 

アヤネたちの話では、学校近くの住宅地、その道の真ん中で倒れていたという。手当を終えて数時間。水分補給したからか少年の顔には少しずつ赤みが戻り、しっかりと正常な呼吸に戻り、完全に寝たのか頭のヘイローは消えている。

 

“(ヘイローを持つ、男の子。……私以外にも同性の存在がいるんだな)”

 

連邦生徒会の記録にも、あるいはリンとの対話の中でも、そんな存在を聞いたことがない。いや、たまたま話題に出なかっただけでいるのかもしれない。就任してから数週間、聞くタイミングを逃していたのもあり、聞けずに伸びていた。

 

“それにしても……”

 

彼はどこから来たのか。そして、なぜこんな過酷な所で一人でいたのか。

先生は、答えのない問いを頭の中で転がした。

 

「……ん……っ」

 

少年の頭にヘイローが浮かび上がると、ベッドの上でわずかに身じろぎをした。

重そうなまぶたがゆっくりと持ち上がり、焦点の定まらない瞳が天井を彷徨う。

 

“……気がついたかい?”

 

先生が声をかけると、少年はビクッとしたように体を強張らせ、視線を音のした方へ向けた。

そこにいたのは、自分と同じ男の姿。

 

「……っ……あ」

 

少年の喉から、掠れた声が漏れる。彼は上半身を無理に起こそうとしたが、先生が慌ててその肩を優しく押さえた。

 

“まだ無理をしちゃダメだよ。ひどい状態だったんだから。態勢はそのままでいいよ”

 

「……ここは……?」

 

“アビドス高等学校の保健室だよ。君が道端で倒れているのを、この学校の生徒が見つけて、ここまで運んでくれたんだ”

 

先生が手元のコップを差し出すと、少年はそれを震える手で受け取り、一口、また一口と、中の水を大切そうに飲み干した。

少しだけ落ち着きを取り戻したのか、少年の瞳がじっと先生の顔を見つめる。

 

“いやぁ〜、大変だったんじゃないかな。砂で汚れてたみたいだし、長い間彷徨ってたのかな?”

 

「……あんたも、拾われたのか?」

 

“え?!なんでわかったの!!?”

 

「ん〜……なんとなく??」

 

その言葉に、先生は目を見開いた。最初にここに来た時、自分が砂漠を甘く見て遭難して、挙げ句の果てにここの生徒におんぶされて来たなどそんな恥ずかしい事を読まれたのが、恥ずかしくて先生は少年から目を背けて苦笑した。

 

「大人なのに……迷ったんですね」

 

“あはは……情けないね私”

 

「それで、ええっと?……あなたは?」

 

“あ、そうそう。自己紹介がまだだったね”

 

すると、先生は少年のベッドの前まで近づくと、改めて視線を合わせる。

 

“私は連邦捜査部シャーレの先生で、今はこの学校の廃校対策委員会の顧問を務めてるんだ”

 

「シャーレ?……はいこう?」

 

特定の単語ばかりで頭が混乱する。目の前の大人が何を言っているのか理解できない。だが、自己紹介されておいて、名乗らないまま質問するわけにもいかない。そう思い、少年も先生の方に体を向けて。

 

「僕の名前は、土井マサトです。え〜っと、多分15歳です。すみません。これしかわかんないです」

 

とりあえず、少年は先生と名乗ったその人にとにかく聞いた。先生とは何か、シャーレとはなにか。ここはなんなのか……どうしてここに居るのか。流石にアビドスが抱えている借金の問題を言うわけにはいかないのでそこだけを省いて、言える範囲で先生は少年の質問に答えていった。

 

「つまり……先生は依頼でここまで来たけど。本来はここじゃない所で仕事をしてて。今は依頼解決のためここに出張中って事か?」

 

“そういうことだね。わかったかな?”

 

「はい。もう十分です、ありがとうございます」

 

“私の話はこれくらいにして、次は君のことを聞いてもいいかな? マサトくんは、どうしてあんな砂漠の真ん中にいたんだい?”

 

先生が優しく問いかけると、マサトは自分の手を見つめ、困惑したように眉を寄せた。

 

「……わからないです。気づいたら、どこかの廃墟で寝てました。それより前のことは、何も。親が誰かも、自分がどこで生まれたかも……」

 

“(記憶喪失……。それに、廃墟で目覚めた、か)”

 

「あとは、自分の名前と、歳が15歳だってことと誕生日ぐらいしか……わかんないです。一応、ある程度文字とか文章は書けます」

 

“そういうことは、体が覚えているのかな?”

 

「そうかも。その後数日は平和だったんだけど。突然やってきたヘルメット被った奴らに捕まって、変な場所に閉じ込められたんです」

 

“カタカタヘルメット団だね。……それで、どうやって逃げ出したんだい?”

 

「幸い、食事は最低限貰えたので。それで養分を接種して。その時、なにか騒ぎがあったらしくてそれに乗じて隙を見て脱出しました。必死に拘束を外して、奴らが持ってきたデカい銃を奪って……。弾が切れるまで追ってと撃ち合って、なんとか外に逃げ出しました」

 

“記憶喪失なのに、あれを使ったの?よく使えたね、すごい”

 

「もしかしたら、記憶失う前からああいうの使えたのかもしれないですね。そこからは砂漠の中を夢中で走って、気づいたらあそこで倒れてて」

 

マサトが淡々と語る凄絶な脱出劇に、先生は言葉を失った。

15歳の少年が、たった一人で追っ手を振り切りながら過酷な砂漠を横断してきた。その瞳に宿る光はどこまでも純粋で真っ直ぐだが。だからこそ、彼が置かれていた状況の残酷さが際立っていた。

 

“……大変だったね、マサトくん。よく、ここまで頑張ってくれた。君が握りしめていた銃は、ここの生徒がちゃんと預かってるんだ。安心して”

 

「……そうですか。と言っても盗んだものなので、思い入れはないんですけど」

 

マサトは安堵したのか、肩まで伸びた黒髪を少し揺らして、深くベッドに背を預けた。

先生と同じ男でありながら、少女たちと同じヘイローを持つ少年。それだけで、周りの生徒からは奇異な目で映るだろう。……けれど、先生の目には、ただ傷つき、居場所を求める一人の教え子にしか見えなかった。

 

“マサトくん。これからどうするかは、ゆっくり考えればいい。……私が君の味方になるからね”

 

「……あんた、変な人ですね。でも……ありがとな、先生」

 

マサトが少しだけ表情を和らげた。その様子を見届け、先生もまた、重い疲労を感じながらもどこか晴れやかな気持ちで、残りの書類仕事へと視線を戻したのだった。




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