翌朝。アビドスの地平線から太陽が昇り、冷え切った校舎を照らす。太陽の位置が少し眩しいくらいに上がってきた頃。
「先生!あの人起きた!?」
「おはようございます先生。彼はどうですか?」
元気な声と共に、セリカとアヤネがやってきた。
「うへ〜、先生、本当にお泊まりしたんだね。お疲れ様〜」
「……ん。彼の様子を確認しに来た」
「おはようございます〜☆よく眠れましたか?」
ホシノ、シロコ、ノノミもその後ろから現れ次々と集まり、狭い保健室は一気に賑やかになった。
「……なんだ、急に。えっと、あんたたちが……僕を運んでくれた人たち、か?」
マサトは目を丸くして、個性豊かな少女たちを見つめた。
セミロングの髪が、驚きでわずかに跳ねる。飲み物も食べ物も何一つ持たないまま砂漠に果てようとしていた少年。
そんな彼を迎え入れたのは、借金まみれで廃校寸前の、けれど世界一温かい「対策委員会」の面々だった。
“(……ふふ。やっぱり、この学校は退屈しそうにないね)”
保健室の空気は、朝の光と共に一気に賑やかさを増した。
昨日まで死線を彷徨っていたとは思えないほど、マサトの周りには活気があふれている。
「……あの、ええっと……」
戸惑うマサトに代わって、まずは一番近くにいた眼鏡の少女が、手帳を片手に一歩前に出た。
「改めて自己紹介しますね。私はアビドス高等学校一年の奥空アヤネです。アビドス廃校対策委員会の書記を担当しています」
「あ、はい。……奥空さん。おかげさまで、だいぶ楽になりました」
「因みに、先に君を見つけて率先して助けたのは、実はアヤネちゃんなんだよ〜」
「そうだったんですか。ありがとうございます」
「ちょっと!私も一緒に助けたんだけど。同じく一年の黒見セリカよ。よろしく!それにしても、あんな砂漠の真ん中で倒れてるなんて、どれだけ人騒がせなのよ!……まあ、生きてたからいいけど」
セリカはぷいっと横を向いたが、その耳が少し赤い。彼女なりに心配していたことがマサトにも伝わり、彼は「すみません……ありがとう」と真っ直ぐに返した。
「うへ〜。おじさんは三年生の小鳥遊ホシノだよ。一応、この対策委員会の委員長なんだぁ。よろしくね〜」
「小鳥遊さん、ですね」
「……ん。砂狼シロコ。二年生。君が持ってたライフル、今は私が預かってる。……結構重いのに、これ使ってたんだね。凄い」
シロコがじっとマサトの腕の筋肉や体つきを観察するように見つめる。その少し独特な距離感に、マサトは圧倒されながらも「どうも……」と返した。
「でも、武器の扱いは下手だね。ボロボロだった」
「……拾い物だったので」
「私は十六夜ノノミです〜☆シロコちゃんと同じ二年生ですよ〜。マサトさん、本当に大変でしたね。でも、ここならもう怖い人たちはいませんから、安心してくださいね?」
「十六夜さん……。ありがとうございます」
一人一人の顔を、マサトは刻み込むように見つめた。
自分を助けてくれた、名前も知らないはずだった少女たち。彼女たちは皆、自分と同じように頭上にヘイローを浮かべ、けれど自分とは違う、眩しいほどの活気に満ちている。
「……あの、僕は土井マサトです。……記憶がなくて、自分の名前以外はほとんど何も思い出せないんですけど。……助けてくれて、本当にありがとうございました」
ベッドの上で深々と頭を下げるマサト。その純粋で真っ直ぐな感謝の言葉に、対策委員会のメンバーも一瞬顔を見合わせた。
「記憶がない……? え、それってマジなの!?」
セリカが驚愕の声を上げる中、先生はそっとマサトの肩を叩いた。
“そうなんだ。マサトくんは、自分がどこから来たのかもわからない状態で……。でも、たった一人であのヘルメット団を退けてここまで辿り着いた。それって凄い事だよね”
「……ん。でもあれは数だけの烏合の衆……。私なら壊滅できる」
「そうだとしてもやらないでくださいよ」
シロコが少ししょぼんとした顔になる。
「うへ〜、それは大変だったねぇ。キヴォトスの輩にいきなり放り込まれちゃったわけだぁ」
ホシノがのんびりとした口調で、けれどその瞳の奥にはマサトの素性を探るような鋭さを一瞬だけ宿して言った。
“(記憶喪失……確かに、今の彼には帰る場所も、頼る当てもない)”
先生は一度言葉を切ると、対策委員会のメンバー、そしてマサトの顔を交互に見た。
“みんな。マサトくんの体調が完全に良くなるまで、しばらくこの学校で預かってもいいかな?私が面倒見るからさ。……マサトくんも、それでいいかい?”
「……いいんですか?僕は、何のお礼もできないですけど……」
不安げに揺れるマサトの瞳。それに応えたのは、ノノミの明るい声だった。
「もちろんですよ〜☆アビドスはとっても広いですから、一人や二人増えたって全然平気です!なんなら大歓迎です!」
「まぁ、先生のお願いだし。私たちの自治区でのたれ死んでも困るし。せいぜいしっかり休みなさいよ!」
セリカの威勢のいい言葉に、マサトの緊張がふっと解けた。
「……みなさん、ありがとう……先生も。僕にできることがあったら、何でも言ってください。体を動かすことくらいしか、できないかもしれないですけど」
「……ん。それなら丁度良い、私とサイクリングをするべき。今から、最初は軽く100キロから始めよう」
「えぇ!!?シロコ先輩、流石に病み上がりの人にそれはいけませんって!」
「それよりもさ、おじさんと一緒にスクールバス襲わな〜い?うちの生徒増やすために協力して〜」
「そんなことしたらアビドスが目の敵にされますってぇ!!ぜっったいにダメですからね!!」
「では、男性アイドルで売りましょう☆顔も良いので人気が出ますよ!」
「はいっ!?それもダメですって!」
「そうよ!なんも関係ない奴に関わらせるなんてよくないわ!でも、恩は返してもらうわ!だから、治ったらこの学校の掃除をしてもらうわ」
「えっ……まあ、それくらいなら」
「そ、それなら……まだ?」
「ん。それなら、一緒に銀行を襲うべき」
「しっかり犯罪じゃないですか!ダメですって!というか、犯罪をさせてはいけません!!」
アヤネのツッコミに、保健室に笑い声が広がる。どうやら、この中でアヤネは随分と苦労人のようだ。
窓の外には、昨日と同じ砂漠の風景。けれど、マサトの瞳に映る世界は、昨日よりもずっと鮮やかな色を帯び始めていた。
“(……ふふ。さて、これからどうなることやら。……よろしくね、マサトくん)”
先生はアロナが待つシッテムの箱をジャケットの中にしまい、賑やかな生徒たちの輪を見つめながら、静かに微笑んだのだった。
□□□
“それにしても驚いたな。キヴォトスに来たら、女子生徒ばかりで男の子はいないと思ってたから。こうしてマサトくんに会えてよかった”
「え?」
奥空のその声に、先生は首を傾げた。それは、どういう意味の「え?」なんだろうか。
「あの、先生……?男子生徒なら他の学校にも普通にいますよ」
“えっ!!?そんなの!!!?”
「ご存知なかったんですか?確かにキヴォトスは男子生徒の数が圧倒的に少ないですが、それでもいないわけではないです。私たちの中学校にも数人はいました」
“そっかぁ。ちゃんといたんだね、よかったぁ〜。だったら、いつかその子たちとも関わっていきたいな”
ひとしきり賑やかな時間が過ぎた後、先生が少し表情を引き締め、手元の端末を操作しながら切り出した。
“マサトくん。起きて早々なんだけど、話しておきたいことがあるんだ”
「問題……ですか?」
マサトが小首を傾げると、先生はジャケットの内ポケットにある『シッテムの箱』にそっと指を触れた。
“(……やっぱりそうだよね、アロナ。さっき調べてもらった結果を伝えないとね)”
先生の脳内にだけ響くアロナの声。彼女は少し悲しげに、ホログラムの資料をパチンと消した。
“(……マサトくんのデータは、連邦生徒会の全記録、どの学園の除籍名簿にも存在しない。……彼は今、この街では存在しない人間だね)”
「……あの、先生?誰と話してるんですか?」
“気にしないでいいよ”
マサトの冷ややかな視線に、先生は慌てて姿勢を正した。
“コホン。……マサトくん、実はね。昨日のうちに調べさせてもらったんだけど……。君の名前やデータは、キヴォトスのどのデータベースにも登録されていなかったんだ”
「えぇ!!?どういうこと!!」
それに真っ先に反応したのは、セリカだった。セリカは困惑顔でマサトを見る。
「登録されてない……?それって、どういうことですか?」
“キヴォトスでは、学績や学校に所属していることを示す『学生証』があって、ここに住む学生としての権利……つまり身分の証明になるんだ。その為には、学績が必要なんだけど。それがない今の君は、公的な保護も受けられないし、最悪の場合『不審者』として拘束されてしまうかもしれない”
「学績が、身分……」
マサトが絶句する。記憶もなく、身分もない。身元不明の人間という事実。単純に考えれば、怪しい人間という評価しかない。不安で瞳が揺れ、後ろで結んだ黒髪が微かに震える。
“だから、君の所属学校を決める必要があるんだけど……。勝手に決めるわけにもいかないからね。だから、マサトくん。私から提案があるんだ”
先生はマサトの肩に優しく手を置いた。
“シャーレに来ないかい?”
「……えっ??シャーレに、僕がですか?」
マサトは、突然何を言われたのかわからなかった。先生は言葉を続ける。
“シャーレにつけば、私の権限で君の身分を保証できる。でも、学生だから勉強はしないとだし、私の立場的にも、ずっとって訳にはいかないけど。学校を選ぶまでの間は、安心して暮らせると思うんだ”
「……なるほど」
シャーレの権限がどんなものかは置いておいて、とても良い話だなとマサトは思った。
“まあ、一時的とはいえシャーレ所属になるから、私の仕事を手伝ってもらうことにはなるんだけど……どうかな?”
対価としては当然の事だった。とても良い好条件が揃っている。断る理由もない。そう思える内容だったが――
「お断りします」
“えっ?”
「「「「「っ!!??」」」」」
マサトの答えに、全員が唖然とした。
こんな条件を出されて、断る理由がわからなかった。みんなは未だ呆気にとられていたが、マサトは真っ直ぐな目でこちらを見つめた。
「さっきですが。僕、もう決めました」
と、一拍を置いてからマサトは告げる。
「ここ……アビドス高等学校に入りたいです!!」
すると、今度はみんなの声が張り上げ、驚きの他に喜びや困惑が含まれた叫びが響いた。
「い、いいんですか!!?そんな簡単に決めてしまって!!?」
「うん」
「いやぁ〜、えらい物好きな子だねぇ?まあ、おじさんとしては大歓迎だよ。これは、対策委員会の期待の新人枠が増えるね〜」
「……ん。マサトがアビドスの生徒になれば、もう誰も文句は言わせない。後輩だから、私が守ってあげる……あと、一緒に走ろう」
シロコがどこか満足げに頷く。ノノミもマサトの手を優しく包むように握った。
「年齢的にも一年生ですね。なら、今日からアヤネちゃんやセリカちゃんと同じ後輩ちゃんです!よろしくお願いしますね、マサトくん!」
「あっ、はい」
急なノノミの距離の詰め方に一瞬ドキッとしてしまうマサト。
「ほんとぉ!やったわ!あっ、でもそう簡単に信用はしないからね!ウチに入るなら、しっかり働きなさいよ!」
「はい!もちろんですよ」
“そんな突発でいいのかい?他にも見るチャンスはあったのに……?”
“あ、別にそれが悪いわけじゃないよ”と先生は補足して聞く。
「大丈夫です。みんなの会話を聞いてるとすごく温かいなって思えて。楽しそうだったから……懐かしいなって」
「……あの、なにか思い出しましたか?」
懐かしむような顔をしたマサトに、アヤネが問いかける。それにマサトは、首を横に振って返す。
「気遣ってもらい、ありがとうございます」
マサトは、体を皆んなの正面に向けると。満面の笑みを浮かべる。
「それでは、今日からみなさん。同じ学校の仲間として、よろしくお願いします!」
「はい!よろしくお願いします」
「よ、よろしく!」
「……ん」
「よろしくです♧」
「よろしくねぇ〜」
アビドスのみんなにそう笑顔を向けるマサトを見る。彼の決意は固いようだ。本当にこの場所が好きになったんだろうなと思った。なら、先生としてどうするべきか……答えはとうに決まっていた。
“なら、早速君の転入書類を作らなきゃだね”
「わざわざありがとうございます」
“いいよ。私は先生だから、これくらい当然のことさ。一応、前もって用意はしていたけど、今すぐ決まるとは思ってなかったなぁ”
と、先生は“たはは”と笑って言うのだった。
その後、諸々の手続きの為、たくさんの書類に記入をすることになったマサトは、わからないながらも頭を抱えながらそれらを書くのであった。
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原作のストーリーの会話を端折るか
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