しかしここから先の展開は今まで以上にぼんやりとしか定まっていないため機嫌だけでは進められないでしょう。
リアンが指令の通り古聖堂に向かうと、何人かの生徒が集まって作業をしているのが目に入った。
古聖堂はユスティナ聖徒会が現在のシスターフッドへと変貌して以降、使われることなく廃墟となっていたが、今回エデン条約の締結予定地となったことで、緊急で修築が行われていた。
「あれ、リアンさん。どうしてこちらに?」
「サクラコにお前達の手伝いを頼まれたんだ。たしかにそれなりの重労働みたいだな?」
生徒達に不審に思われないよう、適当な嘘をついて誤魔化す。
生徒と同じ空間で暮らす大人の男性という存在はキヴォトスでは珍しいらしく、シスターフッドに所属している大体の生徒はリアンの存在を知っていた。
「そうなのですね。助かります。では、早速ですが、あちらの方にある建材を建物まで運ぶのを手伝っていただけますか?」
「分かった。」
その場の流れで修築の手伝いをすることになったが、指令に時間指定は書かれていなかったので、多少ここで時間を潰しても問題はないだろう。
ここで手伝えばカタコンベへの入り口も見つけられる可能性があり、生徒達からの信頼を得ることにも繫がる。
そう考えながら地面に置かれていた石材を何個か抱え、聖堂の方へ持っていった。
「あの、1度にそんな大量に運んで大丈夫なのですか?」
「これくらいどうってことないさ。こう見えても最低限の力はつけているからな。」
「心強いですね。この調子でお願いします。」
その後も石材を運んだり、聖堂の傷んだ床材やステンドグラスの交換をしているうちに夕方になり、作業時間が終了した。
「本日はお手伝いいただき、ありがとうございました。おかげさまで修築が予定よりかなり早く終わりそうです。なにせ、シスターヒナタがもう一人増えたくらいの効率でしたから。」
「お役に立てたのなら何よりだ。それはそうと、お前達はどうしてわざわざこの聖堂を修築しているんだ?聖堂ならシスターフッドの本部があると思うんだが。」
「それはですね、あー……私が言っていいことなのか分かりませんが……。……近々、エデン条約というものが結ばれる予定でして。その締結地として選ばれたのがここなんです。」
「そのエデン条約というのは何だ?」
「簡単に言うと、長年敵対してきたゲヘナとトリニティ間の平和条約みたいなものですね。両校の中で起きた紛争に対して共同で武力行使を行うことで、秩序を維持しようとするんだとか。まあ、私はそこまで詳しいことは知らないんですけどね。」
「平和条約か……。……実現するといいな、それ。」
「……そうですね。私もそう思います。」
何とも言えない雰囲気が漂い始めた時、生徒のスマホから爆音で着メロが鳴り響いた。
「もしもし?……あ、うん。わかった。すぐ戻るね。
すみません。友達に呼ばれたので、これで失礼します。あなたも暗くなる前に早く戻った方がいいですよ。ここ、夜になると"出る"って噂なので……。」
「ああ。お前も気を付けて帰りなさい。それと、着メロの音はもう少し抑えた方がいいと思うな。」
着メロの音量に苦言を呈しつつ、隣にいた生徒を見送る。
聖堂の中にいた生徒達も続々と戻っていき、誰もいなくなったことを確認する。
「……。さて、指令を遂行するとしようか。」
カタコンベの入り口と思われる場所は手伝いの最中に発見済みだ。
調印が行われる場所と関係がないからか、廃墟のまま放置されている地下へと向かう。
日が傾いて周囲が暗くなってくると、たしかに何かが出そうな雰囲気が漂っているような気がする。
しばらく回廊を歩いていき、柵で雑に塞がれている通路に辿り着いた。
(ここだな。)
もう一度誰も見ていないかどうかを確認し、柵を乗り越えて奥へと進む。
するとピープ音が鳴り、どの方角へ進むべきかを指し示し始める。狭い通路だからか、ピープ音が反響してよく聞こえた。
(ふむ。こうやってわざわざ方向を示すということは、何かしら厄介な仕掛けがあったり相当複雑な通路だったりする可能性が高いな。)
こういう時の指令ほどありがたいものはない。もし指令によって辿り着いた場所で死ぬ運命だったとしても、意に沿っていれば指令がそこに辿り着くまでの道中で死を迎えさせることはないだろうという信頼があった。
指令の導くままに何十分か歩くと、少し開けた場所に出た。
そこでは武装をした何人かの生徒が立っていた。
「マダムのことを疑っていたわけではないが……本当に来るとはな。」
「わぁ……。凄いですねぇ……。手ぶらでカタコンベを通り抜けてくるなんて……。」
「……リーダー。どうする?」
「このまま命令通りに動く。どう来るか分からないから、警戒を怠るな。」
何か小声で話し合ったかと思うと、リーダーと呼ばれた生徒が警戒心を剥き出しにしながらリアンへと近付く。
「マダムがお前のことをお待ちだ。着いてこい。抵抗を試みれば即座に撃つ。」
ここで来る指令によってはこの生徒達と戦うことになる。この世界の生徒の戦闘能力がどんなものかは分からないが、仮に相手が素人でも銃で撃たれれば無傷では済まないだろう。
できる限り正面からの戦闘は避けたいと思いつつ、端末器を見た。
【黙ってついていくこと。】
「……。」
戦闘を避けられたことに内心安堵しつつ、生徒の案内を受けた。
ついていく間思考を巡らせ、何故初対面のはずの相手が自分のことを知っているのかという疑問へと至る。
「お前は……何者なんだ?マダムと同じ大人のようだが……。」
「……。」
リーダーの生徒が問いかけてくるが、生憎指令のせいで案内されている間は喋れないため、何も答えることができない。
「……無視か。まあいい。私たちに命じられているのは、マダムのもとに連れて行くことだけだ。それ以上のことを知る必要はない。」
この子は都市で生きていく才能がありそうだな、と思った。
都市において好奇心を持つこと自体は自由だが、それを表に出すべきではない。
親しい相手に対してちょっとしたことを聞くくらいならともかく、それ以外については深く追求しないようにするのが都市で長生きするための鉄則だ。
しばらくして、閑散とした周囲の様子と比べて明らかに異彩を放つ宮殿のような場所へと通された。
そしてその最奥で、大量の目玉を持つ異形の女が待っていた。
「仰っていた者を連れて参りました、マダム。」
「お疲れ様でした、サオリ。そのままバシリカの外で待機しておきなさい。」
「分かりました。」
サオリと呼ばれたリーダーの生徒が、他の3人を連れて部屋から出て行った。
異形の女が高級そうな椅子にふんぞり返ったままリアンの方へ向き直り、口を開いた。
「さて……ようやくお会いできましたね。私はこのアリウスを支配する、ベアトリーチェと申します。以後お見知り置きを。」
「俺はリアンと言う。見たところ、あなたがここで最も力ある存在のようだな?」
「ええ。私たちはあなたがこの地へ流れ着いてから、あなたのことをしばらく観察していたのですが、少し興味を抱きましてね。そこであなたへ1つ提案をしようと思ったのです。」
「要は覗き見していたというわけか。趣味が悪いな。」
「人聞きが悪いですね。ですが、提案を飲んでいただけるのであれば、私に対する多少の無礼には目を瞑って差し上げます。」
言葉の節々から傲慢さが滲み出ているが、親指よりはまだ話が通じそうに思える。
「で、その提案というのは何だ?」
「その前に、まず私たちゲマトリアの説明から始めましょうか。あなたは『神秘』についてご存知でしょうか?」
「神秘……E.G.Oのことか?」
「E.G.O?何ですかそれは?」
どうも話が噛み合っていないような気がする。この様子だと、ベアトリーチェの言う神秘とは、都市の一部で知られている神秘とは別物のようだ。
「……いや、何でもない。こっちの話だ。知らないということにしておいてくれ。」
「何だか分かりませんが……まあ良いでしょう。神秘とは、この世界で生徒と呼ばれる存在をはじめ、様々なものに宿っている概念的な力のことです。この世界で起きる超常的な現象は、全てこの神秘に起因するものだと言っても過言ではないでしょう。ゲマトリアの目的は、その神秘を探求し、解釈し、利用し、やがて崇高へと至ることにあります。そして提案ですが……
あなたに、ゲマトリアの一員となってもらいたいのです。受け入れていただけるのであれば、ゲマトリアはあなたへの最大限の支援を行うことを約束しましょう。」
予想外の提案に多少面食らい、端末器を確認した。
【ゲマトリアに協力し、蜘蛛の巣を新たに張り直すこと。】
「……ちなみに、もし断ると言ったら?」
「……その場合はこの私と敵対することになるでしょう。そしてそれが何を意味するかは、ここまでのやり取りで十分お分かりかと思いますが。」
ベアトリーチェが不敵な笑みを浮かべ、リアンを見据える。
姿こそ見えないが、部屋の外からサオリ達が刺すような警戒心を発しているのが感じ取れる。恐らく、本当に部屋の目の前でいつでも戦闘態勢に入れるように備えているのだろう。
「……提案は飲めないな。生憎、俺は研究とかそういったものにあまり興味がないものでね。ただし、あなた達に協力はしよう。それならどうだ?」
「……ほう?」
興味深そうな顔をするベアトリーチェに対し、続けて答える。
「俺がいくつか持っている、特異点の使われた製品。それをあなた達に提供しよう。例えば、こんな物とかな。」
リアンはそう言って、次元鞄の機能がついている手袋から時間金庫を1つ取り出し、ベアトリーチェの前に置いた。
「これは?」
「時間金庫。この中に入れられた物は、時間の流れが遅くなるんだ。時間とともに性質の変化する物を入れれば、その変化を限りなく遅くすることができる。あなた達のような研究者にとってもそれなりに使い道の多い代物なんじゃないか?」
「……なるほど。これは……悪くありませんね。良いでしょう。あなたを外部協力者と見なし、ゲマトリアの一員と同等の資格を与えます。」
ベアトリーチェは椅子から降りてリアンに近付き、腕時計のようなものを手渡した。
「こちら、私たちといつでも連絡を交わせる通信機です。何かありましたらそちらで連絡ください。ああ、それと。定例会議がある時もそちらに連絡しますので、必ず出席するよう願います。私たちも、あなたから引き出したい情報は無数にありますので。」
「分かった。その定例会議には出席するから、今後覗き見は控えてくれ。常に誰かに監視されているというのは、あまり愉快なことではないからな。」
「ですから、その人聞きの悪い言い方はやめてください。……まあ、構いません。聞きたいことは定例会議の時に聞くとしましょう。」
ベアトリーチェが再び椅子に戻り、元のようにふんぞり返った。
「今日のお話はここまでです。スクワッドの皆さん、この者を丁重に送り返してやりなさい。」
「はい。マダム。」
サオリを含む4人が再び部屋に入り、リアンの傍についた。
「見送りはアリウスの入り口までで構いませんね?どうもあなたはカタコンベを通過する何らかの手段を有しているようですから、帰りも問題ないでしょう。」
「ああ。」
四方を囲まれるような形で帰路についている最中、サオリは再び好奇心を抱いたようだ。
「随分とマダムから気に入られたようだが……どんな手を使ったんだ?あの人は、他の大人に対してでさえも、これほどの好待遇を与えたことはなかったというのに。」
「ただあの人の求める物と、俺が与えられる物が一致しただけだ。それ以上でもそれ以下でもない。」
「……そうか。というか、今回は普通に話すんだな。」
「さっきは諸事情で口を開いてはならなかったからな。無視するような形になってしまったことは申し訳なく思っている。」
「そ、そうなんですね……。やっぱり大人は皆、人に言えないような恐ろしい秘密を抱えていらっしゃるんですね……。」
「ヒヨリ。護衛対象の目の前でそんな失礼なことを言わないで。」
「俺は別に構わないが。ただ、他の大人の前ではそういったことを口に出すのは控えた方がいいだろうね。」
リアンは怒る素振りも一切見せず、ただ優しく微笑んでいたが、それが却ってスクワッドの4人には不気味に見えたようだ。
そうして暫しの沈黙が流れた後、アリウスの入り口へと戻ってきた。
「私達が同行できるのはここまでだ。……本当に、情報がなくてもカタコンベを通り抜けられるんだな?」
端末器が鳴ったのを聞き、リアンは答えた。
「問題ない。お前達も気を付けて帰るんだぞ。油断している時こそ足をすくわれやすいものだからな。」
暗闇の中に消えていくリアンをスクワッドが見送る。
「(スッ、スッ……)」
「……姫?どうしたんだ?」
「(ススッ、スッ、スッ……)」
「……あの人に気を付けた方がいいと言われても、私達に何かできることがあるのか?」
「……。」
「……私達はただ、命令通りに動きさえすればいい。そうだろう?」
「……。」
「……余計なことは考えるな。全ては虚しいものなのだから。」
…
…
…
「……リアンさん、こんな時間まで何をしておられたのですか?」
古聖堂から帰ってきたリアンは、サクラコから説教を受けていた。
サクラコの声色は心配が5割、安堵が3割、怒りが2割といったところだった。
「古聖堂でシスター達を手伝っていたんだ。結構大変そうだったからな。」
「それにしても遅すぎやしませんか!?もう夜の9時ですよ!?いつまで経っても帰ってこないので、あなたが何か事件に巻き込まれたんじゃないかと……!」
聖堂での作業が終わったのは夕方の5時半頃だった。現在の時間との間に空いた空白は、サクラコに違和感を覚えさせるには十分すぎる時間だった。
「帰る途中で、時計でも買おうと思ってな。今が何時かその場ですぐ確認できないのは不便じゃんか?だが、選ぶのに夢中になっている間にかなり時間が経っていたようだな。」
リアンはベアトリーチェから貰った腕時計型の端末を見せた。実際、一見したところではごく普通のデジタル時計にしか見えなかった。
「はぁ……。次からはせめて……何も言わないまま、行かないでください。……心配するじゃないですか。」
「……すまなかった。次からはできる限り伝えるようにしよう。代わりと言ってはなんだが、今度お前の好きな物を1つ買ってくるから、今回はそれで機嫌を直しておくれ。」
「……仕方ないですね。でしたら、ミルフィーユのパフェを1つ買ってきてください。あそこのパフェは絶品だと評判ですので、前から気になっていたのです。……約束ですよ。」
再び、互いの人差し指にうっすらと赤い糸が巻き付く。
今度はサクラコから小指を差し出した。
「ああ、約束。」
リアンの小指とサクラコの小指が交わると、再びサクラコの目の前の光景が変化した。
その光景の中には、今と同じ仮面をつけているリアンと、満身創痍になっているヨシヒデ、そしてぼやけていてはっきりとした姿が見えない誰かが映っていた。
『あの人も酷いな。自分の子じゃないからって、こんな有様のお前を置いて行くだなんて。さあ、家に帰るぞ。■■。』
『…とまれ。止ま…るんだ。』
『娘、来る途中で成績表を見てきたよ。あの人たちがどうしてお前を3位にしたのかは分かるけど、そんなに落ち込まないでおくれ。人間を殺すことに掛けては…ヨシヒデ、お前が1位と2位より優れているからね。』
『うっ…せぇ。』
(人間を殺す才能……?リアンさん、何を言って……。)
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』
『そうか。分かった。全ての螺旋のパスワードは…。分かりきっているだろう。お前の誕生日だ、愛しい娘。あの日もお前が何を好きか分からなくて、指令通りケーキを買っておいたんだが…。結局、一口も食べられなかったのがずっと心に残っててな。』
『……。』
記憶の中のヨシヒデは、血走った目でリアンを睨みつける。
『傷にはちゃんと…跡が残らないように絆創膏を貼るんだ。』
『言…え。あんたたち…俺があの子をどこに隠したか…知ってたのか?』
『簡単な質問だ。自分で家に帰って、確かめればいいだろう?』
『……。』
リアンは満身創痍のヨシヒデに背を向け、立ち去ろうとする。
(待ってください……!どうしてヨシヒデさんを置いて……!)
『行くな…。』
『……。』
リアンは振り返らない。
『このまま…行かないでくれ。』
『…愛しい娘。今の言葉、結構効いたぞ。
その言葉を言うときだけは振り返ってしっかりとヨシヒデの目を見据え、リアンは消えていった。
それと同時に、サクラコも目の前の現実へと引き戻された。
「……どうしたんだ?サクラコ。そんな恐ろしい物でも見たような顔をして。」
「……いえ、何でもありません。」
「そうか。ならいいんだが。」
サクラコは以前に見えた、ヨシヒデに読み聞かせをしているリアンと、今しがた見えたリアンとが同一人物だとは信じられなかった。
それでいて今しがた見えたリアンも、読み聞かせをしているときのリアンと変わらぬ愛情をヨシヒデに向けていたように感じられたのが、より一層不気味に思われた。
だからサクラコは、自分が見たものは本当はリアンの過去ではないかもしれないと思うことにした。
しかし、そうだとすればあの光景は何だったのか、その説明もつけられなかった。それでも、その違和感からは目を背けることを選んだ。
「明日も学校なんだろう?遅くなる前に早く寝たらどうだ。子供はよく寝て育つものだからな。」
こうして今自分に向けられている優しさまでも疑いたくはなかったから。
「……そうですね。お気遣いありがとうございます。」
評価・感想・誤字報告をしていただけると私が喜ぶかもしれません。文体の改善点等も今後の参考にしますので遠慮なく指摘してください。