スター・ウォーズ:悪意の継承 作:皇帝大好き
きらびやかな元老院地区から遥か下方、太陽の光さえ届かぬコルサントの下層セクター。
錆びついたパイプから漏れる蒸気と、安価な燃料が燃える鼻を突く匂い。ひしめき合う薄汚れたテントと、虚ろな目をした人々。上層のクリスタル・スカイラウンジで繰り広げられていた優雅な権力闘争など、別宇宙の出来事であるかのような惨状がそこには広がっていた。
そのむせ返るような貧困と絶望の空気の中を、二つの影が静かに歩みを進めていた。
地味なダークブラウンのクロークを深く被ったシーヴ・パルパティーンと、その傍らで庇われるように身を寄せる、黒髪の可憐な少女、ルイナである。
二人の視線の先には、そびえ立つ摩天楼の土台に四方を囲まれた寂れた宇宙港があった。轟音を立てて離発着する旧式の巨大なトランスポート船が巻き起こす突風が、堆積したゴミと埃を舞い上げる。この宇宙港は、薬を盛られて誘拐され無理やり乗組員にされた者や、渡り労働者、様々な種族の査証のない移民にとっては避難所のような場所であった。彼等のほとんどがここから遠い惑星へと3等船室の客となって旅立ってゆく。人混みを掻き分け進むと、パルパティーンは目的の人物に声をかけた。
「ルウイー!」
そこでは、栄養ペーストや防寒用の毛布を配り、言語の違う難民たちにも一人一人身振り手振りで温かい言葉をかけて回る一団がいた。彼らはナブーから個人的な資産を投じてこのコルサントへ赴き、無償の慈善活動を行っている一族だった。
その中心となって働いている人物こそ、目的の男ルウイー・ネイベリーとその妻ジョバルである。
綺麗に髭を剃った大きな四角い顔に、薄い唇。髪は全体的に短いが、前髪は特に短い。飾り気のない実用的なチュニックを着込み、生真面目で素朴を絵にかいたような男がルウイーであった。目の間が離れた三角形の顔に優しい表情を浮かべた妻のジョバルもまた、泥にまみれた子供の顔を嫌な顔一つせずに拭い、献身的に難民救助活動を行っている。
彼らはナブーにおいて、決して表舞台の政治には立たないものの、由緒ある血筋を引く者たちだった。特にルウイーは、傍系ではあるがナブーの王位継承権を有している。温厚で責任感が強く、遠く離れたコルサントでこうして地道な活動をしているにも関わらず、ナブー民からの評判もすこぶる良い。
(あの男こそ、次の『ナブーの王』に相応しい)
パルパティーンは冷徹なシスの目でルウイーを値踏みしていた。
現在の無能なヴェルーナ王はもはや用済みだ。民衆の不満を煽り、新たな指導者を求める機運を極限まで高めた後、あの人の良いルウイーを選挙に出馬させる。現在の王は汚職に塗れていると世間で噂され、すでに求心力を失っている。対抗馬として、高潔な慈善家であり、自らの手を汚して民衆のために尽くすルウイー・ネイベリーの名が出れば、大衆の熱狂的な支持を容易に集めるだろう。
そして何より、彼のような「純粋な善人」ほど、政治の複雑な泥沼や、巨大な悪意の前では無力であり、操りやすいものはない。背後から糸を引き、通商連合という強大な脅威の前に立たせ、己の無力さを思い知らせて適切に絶望させてやれば、この男は完璧な傀儡として機能するはずだ。彼の為人は以前から知っていた。難民危機について元老院で話す機会を、パルパティーンは彼に与えたことがあるのだ。彼の言葉が元老院議員達の心に届くはずが無いと……結果が完全な無駄なものになると、最初からパルパティ―ンは分かっていたが、それでもルウイーはパルパティーンに感謝していた。それ程純粋な男として、パルパティーンは彼を記憶していたのだ。そして今、ルウイーが役に立つ時が来たのだ。
「おや、パルパティーン議員? ど、どうしてこのような場所に!?」
配給の手を止めたルウイーが、信じられないものを見るように目を瞬かせ、急いで駆け寄ってきた。その顔には、泥に塗れた下層の現実とは無縁なはずの、同郷の尊敬すべき議員に対する親愛の情と驚きが浮かんでいた。
「議員! 一体どうしたのですか? このような危険な下層セクターまで、護衛もつけずにいらっしゃるとは……!」
「ネイベリー殿。あなた方の尊い献身に比べれば、私の足労など取るに足りませんよ」
パルパティーンはクロークのフードを浅く被り直し、柔和な笑みを浮かべてルウイーの手を固く握りしめた。
「それに、護衛などいれば、かえってここの人々の警戒を招いてしまうでしょう。故郷の誇りであるあなた方に、どうしても一言、感謝と労いを伝えたく参りました」
その言葉に、ルウイーは恐縮したように四角い顔を綻ばせた。そこへ、夫の様子に気づいた妻のジョバルも駆け寄ってくる。彼女はパルパティーンに丁寧な一礼をした後、その傍らで静かに佇む黒髪の少女の存在に気づき、はっと息を呑んだ。
「まあ……。議員、そちらの可愛らしいお嬢様は? このような危険な場所へ、こんな小さな子を連れてこられるなんて……」
「申し訳ない。ジョバル殿。この子はルイナ。私の……養女でしてね。実は、彼女がどうしても『ネイベリー様たちがどのような活動をされているのか、自分の目で見たい』と言って聞かなかったのです」
パルパティーンは、まるで困った孫娘を扱う好々爺のように、ルイナの小さな肩を優しく撫でた。
ジョバルの咎めるような視線は一瞬にして和らぎ、ルイナに向かって膝をつき、目線を合わせた。
「そうなの? ルイナちゃん。あなたはとても勇敢で、優しい心を持っているのね。でも、ここは本当に危ない人たちもいるから、絶対にここから出ては駄目よ」
ジョバルの温かく慈愛に満ちた声色。ルイナは静かに頷き、礼儀正しく小さな会釈を返した。その可憐で物静かな様子に、ネイベリー夫妻は完全に警戒を解いた。シスの暗黒卿にとって、この少女の存在は彼自身の「人間味」と「善性」を偽装するための、これ以上ない完璧な小道具として機能していた。
「しかし議員、お気持ちは大変嬉しいのですが、今現在のナブーの情勢を考えれば、あなたこそ身の安全を第一になさるべきです」
ルウイーは周囲を気にしながら、声を潜めて言った。
「ヴェルナ王の強硬な政策や、不透明な資金の流れに対する民衆の不満は、ここコルサントにいる我々の耳にも届いております。元老院でナブーの良心を保ち続けているのは、今やパルパティーン議員、あなただけだ。あなたが倒れれば、我が故郷は……」
「ルウイー殿……」
パルパティーンは内心の喜びをひた隠し、深く、重々しい溜息をついてみせた。その目には、故郷の未来を憂う悲哀の色が完璧に浮かび上がっている。
ルウイー自らこちらの目的について触れてくれるとは。話を誘導する手間が省けた。
夜会で公然と現在の王を非難してから、パルパティーンは王に警戒されるようになっていた。その噂は難民キャンプにまで届いていたらしい。
「あなたの言う通りです。王の腐敗は、もはや見過ごせる段階を過ぎたのかもしれない。私は元老院の場で外交的解決を探っておりますが、共和国内部の官僚主義は泥沼だ。私一人の力では、どうにもならない壁を感じる日々です。……時折、こう思うのです。あなたのように、名誉や利益を顧みず、ただ純粋に民のために汗を流せる高潔な人物こそが、今のナブーを導くべきではないかとね」
「何を仰るのです。 私はただの一市民に過ぎませんよ。政治のような複雑な真似は、私には到底」
ルウイーは手を振って否定したが、その瞳の奥には、故郷の惨状を何とかしなければならないという「善良なる責任感」が確かに燃えていた。パルパティーンはそれを見逃さなかった。巧みな会話で彼の自尊心と使命感を満たし、少しずつ「ナブーの未来を憂う政治的対話」へと誘導していく。それが、シスの緻密な計画の第一歩となるはず……だった。
だがその時、パルパティーンの傍らにいたルイナが、大人たちの退屈な政治的駆け引きから興味を失ったように、ふいと歩みを進めた。
パルパティーンの手からそっと離れ、彼女の漆黒の瞳が捉えていたのは、ルウイーでもジョバルでもなかった。
彼女の視線はルウイーではなく、配給所の片隅で、親を亡くした難民の子供たちの汚れを拭い、優しく抱きしめている一人の少女に向けられていた。
ルウイーとジョバルの娘、パドメ・ネイベリーである。
年はルイナと同じ、9から12歳程度に見える。だが、泥にまみれながらも気高く輝くその瞳には、すでに大人顔負けの強い信念と、他者を救おうとする熱意が燃え盛っていた。
「……お手伝い、してもいいですか?」
むせ返るような下層セクターの熱気と埃、そして不浄な空気が淀む中、ルイナの声が響いた。鈴を転がすような、どこか可憐で、けれど僅かに温度を欠いた透明な音色だった。
泥まみれの子供の顔を布で拭いていた少女――パドメ・ネイベリーは、ハッとしたように手を止め、振り返った。
ひび割れた排気ダクトから漏れ出る鈍い光の中で、二人の少女の視線が交錯する。パドメのヘーゼルブラウンの瞳には、過酷な現実に決して屈すまいとする力強い光が宿っていた。一方、彼女を数歩離れた場所から見つめるルイナの漆黒の瞳は、凪いだ水面のように微動だにしない。
ルイナの視線は、パドメの額に浮く汗、無造作に束ねられた髪、泥に汚れた指先、そして難民の子供を抱きしめるその腕を、まるで精巧な細工物を品定めするかのように、上から下へと緩やかに、しかし冷徹に辿っていた。
数秒の沈黙。やがて、ルイナの青白い頬に、ふわりと春風のような笑みが広がった。
その瞬間、彼女が纏っていた底知れぬ異質さは完全に消え去り、そこにはただ「他者の痛みに心を痛める、無垢で心優しい少女」だけが存在していた。
「もちろん! 私はパドメ。手伝ってくれるなんて嬉しいわ。……でも、服が汚れちゃうかもしれないけれど、本当に大丈夫?」
「ええ。全然、気にしません。お父様、少し離れても問題ないですか?」
「……問題ないとも、ルイナ。ただし、私達の目の届く範囲でな」
ルイナは父の言葉に頷き、心惑わすような控えめで恥じらいを帯びた笑みを唇に浮かべた。その動作、声のトーン、視線の落とし方――すべてに一点の隙もなく、パドメの警戒心を一瞬にして霧散させる完璧な振る舞いであった。パドメは泥で汚れた手をエプロンで軽く拭うと、パッと花が咲いたような眩しい笑顔を見せ、ルイナの手をしっかりと握りしめた。
「ありがとう! こっちへ来て。この子たち、お腹が空いているのに周りの大人たちに怯えていて、全然食べてくれないの」
パドメに引かれるまま、ルイナは汚水と正体不明のゴミが散乱する配給所の中心へと足を踏み入れた。上質なダークブラウンの革靴が泥濘を踏みつけるのも意に介さず、ルイナは膝を折り、冷たい金属の床に直接腰を下ろした。
任されたのは、親とはぐれた幼いエイリアンの難民への配給だった。
ルイナは栄養ペーストの入った小さなボウルを受け取ると、怯えて震える幼子へ向けて、静かにスプーンを差し出した。過剰な押し付けがましさもなければ、同情をひけらかすような嫌味もない。ただ、相手の警戒心を完璧に解きほぐす、計算され尽くした絶妙な間と角度で。
「怖がらなくていいのよ。……ほら、温かいわ」
その透き通った声に導かれるように、幼子は大きな目を瞬かせ、やがて小さな口を開いてペーストを含んだ。一口、また一口と食べ進めるにつれ、幼子の瞳に生気が戻っていく。ルイナは自身のドレスのポケットから、絹のように滑らかで純白のハンカチーフを取り出すと、幼子の泥と鼻水に塗れた顔を丁寧に拭い去った。
最高級のシルクで織られた真っ白な布が、瞬く間にどす黒い泥に染まっていく。
「あっ……! 駄目よ、ルイナ。そんな高価そうな布、台無しになっちゃうわ」
パドメが隣で慌てて声をかけたが、ルイナの手は止まらなかった。ゆっくりと、汚れを拭き取ったあとの幼子の頬を撫でる。
「いいの。布の一枚くらい、この子の笑顔に比べたら何の価値もないもの」
ルイナはパドメに向かって、どこまでも無垢な、澄み切った瞳を向けた。
その眼差しと、躊躇いなく泥にまみれる高貴な少女の姿に、パドメは一瞬息を呑み、胸を打たれたように瞳を揺らした。
「ルイナ……あなた、本当に素敵な心を持っているのね」
パドメは胸の前に手を置き、熱を帯びた、深い敬愛の入り混じる眼差しでルイナを見つめた。
ルイナは小さく首を傾げ、照れたように視線を落とした。だが、その長く伸びた睫毛の陰で、漆黒の瞳が一瞬だけ、冷ややかな冴えを見せてパドメの表情の細部――その純真さの度合いを、正確に測るように捉えていた。
それから数時間、二人は肩を並べ、次々と難民たちの手当てと配給を続けた。パドメが声をかけ、ルイナがそれに完璧な呼吸で合わせる。二人の少女の連携は、まるで長年連れ添った同志のようにスムーズだった。
やがて配給の列が途切れ、わずかな休息の時間が訪れた時、二人は積み上げられた古びた資材コンテナの陰に腰を下ろした。絶え間なく続く排気ダクトの轟音が、ここだけは少し遠く感じられる。
「ねえ、ルイナ」
パドメは水筒の水をルイナに差し出しながら、薄暗い天井を見上げて語り始めた。
「私ね、いつか銀河からこういう悲しい場所をなくしたいの。元老院で大人たちが難しい言葉で議論をしているのは、それだけ銀河を良くしようと一生懸命だからだと思うの。だったら、この足元で悲鳴を上げている人たちの声も、ちゃんと届けてあげなきゃ。みんなで膝を突き合わせて話し合えば、救えない人なんて絶対にいないもの」
パドメの握りこぶしが、膝の上で強く固められる。泥にまみれ、疲れ果てているはずのその小さな身体から放たれるのは、周囲の暗闇を圧するほどの強烈な「正義」と「理想」の熱量だった。
「私にできることがあるなら、何だってやりたい。力を持たない人々を守るために……もっとたくさんの人を救うために、私は学びたいの。社会の仕組みも、政治も。そして、人を正しく導く方法を」
ルイナは水筒を受け取ったまま、パドメの真剣な横顔を静かに見つめていた。
パドメのヘーゼルブラウンの瞳の中に燃え上がる、眩しいほどの純粋な炎。妥協を知らず、己の身を焦がしてでも他者を照らそうとする、危ういほどの高潔さ。
それを見つめるルイナの口元が、わずかに、本当にごくわずかに歪んだ。それは慈愛の笑みではなく、目の前に差し出された極上の獲物の美しさに、静かな恍惚を覚えるような、異質な艶を帯びていた。
「……あなたのその思いは、きっと本物なのね」
ルイナはそっと手を伸ばし、膝の上で固く握りしめられていたパドメの手を、自分の両手で包み込んだ。その声は、甘く、滑らかで、パドメの心の最も無防備な場所へと静かに染み込んでいく。
「こんな場所で、泥だらけになりながら、見ず知らずの人のために涙を流せる。そんなことができる人、大人にだってそうはいないわ。パドメ、あなたのその強い心は……」
その光景を、少し離れた場所から見つめる人物がいた。
ルウイー・ネイベリーとの「ナブーの未来を憂う歓談」をひとしきり終えた体で、パルパティーンは静かに二人の少女へ視線を向けていた。
パルパティーンの視線は、まず熱弁を振るうパドメの姿を捉えた。そして次に、その隣で可憐に頷きながら、巧みにパドメの熱を引き出し、その心に深く入り込んでいくルイナの背中へと移った。
ルイナの指先の微かな動き。パドメの情熱を煽り立てる絶妙な相槌のトーン。そして、パドメが目を離した一瞬に見せる、ルイナの纏う空気の微細な変化。
パルパティーンの口角が、微かに上がった。
彼の手が、クロークの袖の中で静かに、愉悦を噛み締めるように固く握られる。
パルパティーンは、目の前で「私ができることなど……」と謙遜を続けるルウイーの方を一度だけ振り返り、すぐさま興味を失ったように視線を外した。彼の鋭いシスの瞳は、もはやこの四角い顔の凡庸な男を値踏みしてはいなかった。
彼の視線は完全に、ルイナという少女が見出し、今まさにその手で磨ぎ澄ませようとしている極上の宝玉――パドメ・ネイベリーへと注がれていた。
泥に塗れてなお輝く気高さ。他者を惹きつける圧倒的なカリスマ性。そして何より、決して折れることのない強固な正義感。
パルパティーンの薄い唇の端が、三日月のようにゆっくりと吊り上がる。
彼はルウイーへの適当な返事を口にしながら、一歩、静かに踏み出した。仮面のような好々爺の微笑みを完璧に顔に貼り付け、運命を交わらせる二人の少女のもとへと、ゆっくりと歩みを進めていった。
「……パドメ。あなたのその強い心は、この薄暗い下層の片隅だけで終わらせていいものじゃないわ」
ルイナの両手が、パドメの泥と油に塗れた小手を静かに包み込んだ。その指先はひんやりと冷たく、けれど逃れがたいほどの確かさでパドメの肌へと体温を伝えてくる。
「ナブーの……いいえ、この銀河の誰よりも。あなたこそが人々を導く『女王』にふさわしいわ」
「じょ、女王……? 何を言っているの?」
パドメはヘーゼルブラウンの瞳を大きく見開き、息を呑んだ。
ナブーにおける王位は選出制であり、血統の縛りは緩い。だが、彼女はまだほんの十歳に満たない少女だ。王冠とは、遥か雲の上に座す老練な政治家や名門貴族が戴くものであり、自分のような市井の子供が口にしてよい言葉ではなかった。
しかし、パドメを見つめるルイナの漆黒の瞳には、冗談やからかいの色など微塵もない。ただ吸い込まれるような闇の深さで、パドメの魂の奥底に燻る「正義への飢え」をまっすぐに射抜いていた。
「そうよ。今のナブーに足りないものを、貴女は持っている。今のナブーは、大人の保身と欲に満ちているわ。でも、大人たちが保身と損得の計算に汲汲としているのなら、あなたがその頭に王冠を戴くべきなの。あなたが上に立ち、その濁りのない光で世界を変えるというのなら……私はずっと、あなたの一番近くで支えるわ。あなたの美しい理想が現実になるのを、誰よりも近くで見届けたいの」
ルイナは可憐に微笑み、祈るようにパドメの手を固く握りしめた。その鈴を転がすような声と、一切の疑いを持たない絶対的な信頼の眼差し。それは、パドメの胸の奥に眠っていた使命感という名の火種に、決定的な薪をくべるものだった。
出会ったばかりの、けれど自分と同じように泥にまみれて難民の子供を抱きしめた「親友」。その少女から注がれる無垢な期待が、パドメの心を激しく揺さぶる。
「実に……実に、美しい友情だ」
重厚で温かみのある声が、湿った空気の満ちるコンテナの影に静かに落ちた。
ハッとして振り返ったパドメの視線の先には、ダークブラウンの重厚なクロークを纏い、慈父のような笑みを浮かべたシーヴ・パルパティーンが立っていた。その後ろからは、困惑と焦燥を顔に張り付かせた父ルウイーと母ジョバルが追いついてくる。
「パルパティーン議員……」
畏まって身を固くしようとするパドメを、パルパティーンは優しく手で制した。
「立ち聞きをするような真似をして申し訳ない、パドメ殿。だが……私の幼い養女は、時に大人すら及びもつかない真理を射抜く目を持っている。彼女の言う通りだ。私にも見える……あなたこそが、暗雲立ち込めるナブーに光をもたらす逸材であると」
元老院で故郷のために戦い続ける偉大な政治家。その重鎮自らが、慈愛に満ちた眼差しで自分を認め、言葉を授けている。ルイナの絶対的な後押しと、パルパティーンという巨大な存在の肯定。パドメの胸の中で、絵空事に過ぎなかった「女王」という響きが、突如として現実の質量を持って脈動し始めた。
パドメは息を詰め、足元が崩れ落ちるようなめまいを覚えた。
ナブーの惨状は両親からも聞かされている。緑豊かな故郷の惑星は今、強欲な通商連合に不当に搾取され、その現状を変えるべき王は己の保身に走り、完全に傀儡と成り果てていた。この薄暗い難民キャンプの片隅にも、そんな故郷の惨状から逃れるために、藁にもすがる思いで自分たちを頼ってきた人々が身を寄せ合っているのだ。
元老院の大人たちに正しく声を届けることができれば、必ず平和的な解決ができると信じている。だが、今のナブーの大人たちにそれができないというのなら――もし、自分が王冠を戴き、彼らを救うことができる立場になれるのだとしたら。私は、この選択から逃げるべきではないのではないか。
だが、それは同時に、通商連合という巨大な怪物や、大人たちの恐ろしい権力闘争の只中へ、たった一人で身を投じることを意味している。
突然提示された余りにも巨大な選択肢の重圧が、少女の華奢な肩に容赦なくのしかかった。
「……私に、務まるでしょうか?」
静まり返った下層の片隅で、パドメの小さな唇から、掠れた不安の声が漏れた。
ヘーゼルブラウンの瞳が、背負おうとしている運命の巨大さに激しく揺れている。
「私には……まだ何の手腕もありません。大人のような駆け引きも、難しい法律も知らない。……もし私が間違えたら、もっと多くの人が傷つくかもしれない。苦しむ人々を、涙を流す子供たちを、私なんかが本当に救うことができるのでしょうか……?」
己の無力さを知る聡明な少女だからこその、切痛な自問だった。
その震える声を聞いた瞬間、たまらず母親のジョバルが駆け寄った。彼女は上等なドレスの裾が泥に汚れることも厭わず冷たい床に膝をつき、パドメの小さな身体を突き動かされるように強く抱きしめた。
「目を覚ましなさい、パドメ! あなたは自分が何を言おうとしているのか分かっていないのよ!」
悲鳴に近いジョバルの声が、湿った空気の中に響き渡る。
「あんな魑魅魍魎の巣窟に、まだ十歳のあなたが足を踏み入れるなんて絶対に駄目! 政治の世界は、あなたの純粋な理想だけで生き残れるほど甘い場所じゃない。権力者たちは、あなたのような真っ直ぐな子を都合よく利用して、最後には無残に切り捨てるわ。……お母さんは、あなたをそんな恐ろしい目に遭わせたくないの!」
娘を力強く抱きしめながら懇願する妻の姿に、父親のルウイーも苦渋に満ちた顔で一歩前に出た。
「パルパティーン議員……いくらあなたのお言葉であっても、こればかりは見過ごせません」
ルウイーは、尊敬する政治家に対する礼儀を保ちながらも、その声には親としての明確な怒りと焦燥が滲んでいた。
「娘に類稀なる聡明さがあり、人一倍強い正義感を持っていることは、親である私が一番よく理解しています。しかし、だからこそ……愛する娘を情け容赦のない政争の泥沼へ放り込むことなど、到底承服できません。この子はまだ、私たちが守るべき『子供』なのです」
両親の必死の訴えには、ただ娘を愛し、平穏な幸福の中に引き留めたいという痛切な親心が溢れていた。
「お母様、お父様……」
両親の温かい腕の中で、パドメの瞳が揺れる。心から愛されているからこその反対だと分かる。このまま両親の庇護の下にいれば、安全な場所から祈ることしかできない無力な自分に戻る代わりに、決して傷つくことはない。けれど――。
葛藤に胸を引き裂かれそうになるパドメの小さな手を、ルイナの冷たい指先が、そっと励ますように優しく握りしめた。
重苦しい沈黙が場を支配する中、静かに事態を見守っていたパルパティーンが、重々しく一歩を踏み出した。
「ご両親のその深い愛情とご懸念……痛いほどによくわかります」
彼の声はどこまでも低く穏やかで、対立を煽るどころか、冷え切った場を包み込むような奇妙な安堵感に満ちていた。慈父のような憂いを帯びた眼差しが、迷いに揺れるパドメと、彼女を庇う両親へと向けられる。
「ルウイー殿、ジョバル殿。あなたがたの仰る通り、政治の世界は残酷です。私も長年、あの元老院という泥沼でナブーのために戦い続け……その恐ろしさを誰よりも身をもって知っているつもりだ。だからこそ、大人たちの思惑で身動きが取れなくなった今のナブーには、計算高い官僚でも、擦れた政治家でもない……しがらみのない、彼女のような真っ直ぐで純粋な『光』が必要なのです」
パルパティーンはそこで言葉を区切り、怯える小鳥を宥めるように、優しく、けれど絶対に逃がさないほどの強い引力を持った笑みを浮かべた。
「ですが、案ずることはありません」
彼は、パドメの瞳を真っ直ぐに見据えた。
「もしこの子が、自らその過酷な道を歩むと決意し、王冠の重みに耐える覚悟を決めるのであれば……私が、全力を挙げてこの子をお守りしましょう」
その声は、薄暗い難民キャンプの空気を震わせるほどの、圧倒的で確かな熱を帯びていた。
「私の持つ全ての力、元老院での知恵と影響力の全てを懸けて彼女の盾となる。どんな悪意からも、どんな謀略からも私が彼女を庇い、決して孤独な戦いはさせないと、ここにお約束いたします」
銀河の中枢に座す重鎮からの、絶対的な保護の誓い。
それは、溢れんばかりの情熱を持ちながらも己の無力さに苛まれていた少女にとって、これ以上なく強固で眩い「道標」となった。
パドメは、泥の染みついた自分の小さな手を見つめた。
そしてコンテナの陰で、薄汚れた布にくるまりながら身を寄せ合う難民たちの姿を振り返る。今の自分にできるのは、彼らの顔の汚れを拭い、一匙のペーストを差し出すことだけだ。だが、もし自分が『女王』という意思決定の力を手に入れたなら。パルパティーン議員という後ろ盾を得て、大人たちと膝を突き合わせ、ナブーの構造そのものを変えることができるなら。
彼女はゆっくりと顔を上げ、隣に立つルイナを見た。
見かけの年齢は九つから十二ほど、自分とそう変わらないはずの黒髪の少女はただ静かに、けれど絶対的な肯定と歓喜を込めて、こくりと頷いた。その漆黒の瞳には、パドメの選択を心から信じ、共に歩むことを誓うような、完璧な「親友の眼差し」が宿っている。
(ルイナが側にいてくれる。そして、パルパティーン議員が守ってくださるのなら……私が逃げちゃ駄目だわ)
パドメの瞳から戸惑いの影が消え去り、澄んだ信念の炎が燃え上がった。
彼女は両親に向き直ると、幼い身体からは想像もつかないほどの凛とした威厳を漂わせて口を開いた。
「お父様、お母様。私……立候補したい。ナブーの女王に」
「パドメ……!」
「目の前で苦しんでいる人がいるのに、傷つくのが怖いからって背中を向ける自分にはなりたくない。話し合えば、きっと分かってもらえるはずよ。私なら、きっとナブーを、いえこの銀河を……もっと温かい場所にできる。お願い、お父様。私を信じて」
その瞳に宿る絶望を跳ね返すほどの強い光を見た瞬間、ルウイーとジョバルは悟った。この娘の決意はもう、何者にも折り曲げられないのだと。
ルウイーは葛藤に目を閉じ、やがて深く、重い息を吐き出した。そしてパルパティーンへと向き直る。
「……パルパティーン議員。娘がそこまでの覚悟を抱き、そして貴方がそこまで仰ってくださるのなら……親として、この子の意志を尊重するほかありません。……どうか、パドメをお導きください。この子の光が、暗闇に呑み込まれぬように」
「もちろんですとも、ネイベリー殿。ナブーの未来のために、私の全存在を懸けて彼女を支え、輝かしい女王へと押し上げましょう」
パルパティーンは両手でルウイーの手を固く握りしめた。その温かな包容力に、ネイベリー夫妻の顔からようやく険しさが消え、誇らしさと不安が入り混じった安堵の笑みが漏れた。
パドメを中央に囲み、熱っぽく未来の希望を語り合う両親とパルパティーン。
その歓喜の輪のすぐ隣で、ルイナはパドメの手を優しく包み込みながら、静かに、どこまでも可憐に微笑み続けていた。
パドメが希望に胸を膨らませ、感謝を込めてルイナの手を握り返す。その瞬間、パドメの視線が外れたほんの一瞬――ルイナの漆黒の瞳の奥底で、光の届かぬ底なしの淵のように冷ややかな、ゾッとするほどの狂気が揺らめいた。
無垢な正義感に燃える少女に、身の丈に合わぬ巨大な王冠を被せる。
通商連合の暴力と元老院の汚濁という果てしない泥沼へ投げ込み、その美しい羽がちぎれ、話し合いで世界が救えるという純粋な理想が打ち砕かれ、己の無力さに絶望して泣き叫ぶその瞬間を――最前線の特等席で眺めるために。