スター・ウォーズ:悪意の継承 作:皇帝大好き
「これは予想以上だ。愚かな大人たちは、皆あの少女の『純真さ』に陶酔しているようだな」
薄暗い私室の静寂を破り、豪奢な椅子に深く腰掛けたパルパティーンの低く滑らかな笑い声が響いた。
彼の手元のホロプロジェクターから放たれる青白い光が、その青ざめた顔に深い陰影を落としていた。光の中に浮かび上がっているのは、間近に迫ったナブー次期女王選挙の詳細な予測データと、絶えず更新される世論調査のグラフだった。
パドメ・ネイベリーの支持率は、立候補の表明からわずかな期間で、常軌を逸した曲線を描いて爆発的に跳ね上がっていた。
もともとこの選挙は、市民の不満の声にヴェルナ王が渋々応じる形でしつらえられたものだ。王の目論見としては、あくまで「民主的な手続きを踏んだ」というポーズを示すための、完全な出来レースであるはずだった。いくら王の権威が失墜し人気が凋落したとはいえ、彼に対抗しうるだけの資金、人脈、そして知名度を持つ「まともな対抗馬」など、このナブーに存在するはずがない。絶対的な勝算があってこその選挙戦――そう王自身も高を括っていたのだろう。
だが、そこにパルパティーンが電撃的に新たな候補を擁立したことで、盤面の情勢は一瞬にして急変した。
強欲な通商連合の搾取と、それに抗うこともなく自己保身に走る腐敗したヴェルナ王の悪政。出口の見えない閉塞感に疲れ果てていたナブーの民衆にとって、政治という大人の薄汚れた駆け引きを一切知らない、「完全なる無垢」を体現するパドメの登場は、まさにひび割れた大地に降り注ぐ慈雨のような希望として映ったのだ。
もちろん、そこにはパルパティーンが裏で張り巡らせた巧妙な印象操作や情報操作の恩恵が多分に含まれている。しかし、何より決定打となったのは、パドメ・ネイベリーという一人の少女が放つ、強烈で抗いがたいカリスマ性そのものだった。彼女の淀みない言葉、真っ直ぐな瞳は、瞬く間に大衆の心を完全に掌握しつつあった。
「ええ。きっとあの子は、歴史に残る素晴らしい女王になる。……その悲劇的な終わりすらも」
部屋の片隅、光の届かない深い闇の中を、重力から解放されたようにふわりと空中に漂うルイナが、鈴を転がすような甘い声で応じた。
その整った顔立ちには、先日まで難民キャンプでパドメに見せていた「心優しく可憐な親友」の面影など微塵もない。見目麗しい九つから十二ほどの少女の輪郭はそのままに、その漆黒の瞳の奥には、冷酷な知性と、底なしの悪意が静かに、そして楽しげに渦巻いていた。
「お父様。私はこのままナブーへ赴き、女王となるパドメの傍に控えるつもり。一番の親友として……そして、誰よりも忠実な侍女として。だって、女王となる彼女を最後まで支えると、二人きりで約束したから」
「ほう?」
パルパティーンは面白そうに眉をひそめ、宙を漂う弟子の姿を見上げた。
どうやら我が弟子は、思いのほかあの小娘のことを気に入ったらしい。むろん、そこに友情や善意といった甘ったるい感情などあるはずがない。我が最愛にして最凶の弟子は、純粋すぎる正義感に燃えるあの小娘が、やがて自らの理想の重さに耐えかねて無残に破滅していく様を、一番近くの特等席で思う存分堪能するつもりなのだ。
「お前も知っての通り、次なる計画の舞台は、通商連合によるナブーの完全封鎖だ」
パルパティーンはホログラムの光を消し、静かに言葉を紡いだ。
「お前にとって、宇宙空間の物理的な距離など大した障壁にならないことは分かっている。だが、ナブーで女王の侍女として振る舞っているはずのお前が、ここコルサントや他の星系で目撃されるような手落ちがあってはならない。表向きの辻褄が合わなくなる。それは分かっているな?」
「構わないわ。今はあの子の傍で、その心の中を覗き込んでいる方がずっと面白そうだもの」
ルイナは暗闇の中で蠱惑的に微笑み、パルパティーンに冷たく妖しい視線を返した。
「あの美しく誇り高い少女が、通商連合という圧倒的な暴力と理不尽な現実を前にして、己の信じていた『大人同士の話し合いで全て解決できる』という甘い理想を粉々に打ち砕かれる。その瞬間、あの子がどんな絶望に顔を歪めるのか……とても興味深い。それに……」
ルイナはゆっくりと空を這うようにパルパティーンへと近づき、その漆黒の瞳に、シスの弟子としての冷徹な計算の光を瞬かせた。
「通商連合がナブーを武力で完全封鎖した際、『心優しきパルパティーン議員の、愛するいたいけな養女』が、女王と共にナブーの王宮に人質として囚われたという報せが届いたら……元老院の議員たちはどう反応する? あなたに莫大な『同情票』と『憤り』が押し寄せるはず。それは、あなたを新たな最高議長の座へと確実に押し上げるための、完璧な追い風になる」
パルパティーンの薄い唇の端が、三日月のようにゆっくりと吊り上がった。
ルイナの言う「同情票の獲得」という工作が無くとも、パルパティーン自身の張り巡らせた根回しによって、おそらく来るべき議長選に勝利することは十分に可能だろう。だが、ルイナの提案するこの「愛娘を人質に取られた悲劇の議員」というシナリオが加われば、その勝利は誰にも覆せないほどより一層強固で、圧倒的なものとなる。
「……見事だ」
パルパティーンは深く唸り、感嘆の吐息を漏らした。
自身の抱く巨大な政治的野心と、感情に流されやすい大衆の心理、そして通商連合の貪欲さすらも完璧に計算し尽くし、利用し尽くす盤面。とても、つい最近人類社会という複雑な構造に足を踏み出したばかりの者が描き出したとは思えぬ、底知れず悪魔的な戦略だった。
「やはり、お前は私の見出した最高の娘であり、最高の弟子だ。お前のその企みは、私の計画をより完璧な芸術へと昇華させるだろう。……だが、一つだけ懸念がある」
パルパティーンは椅子の肘掛けをゆっくりと、一定のリズムで指で叩きながら深い思考の海へと沈んだ。
そう、ルイナの計画は感情の機微を突く意味でも完璧だ。だが、どんなに精緻に組み上げられた計画であっても、盤面というものは常に予測不能な変化を孕んでいる。状況が流動的である以上、いざという時に臨機応変に対処できる強力な「駒」が常に手元になければならない。
確かに、ルイナは「パルパティーンの養女」という表向きの顔を持ってしまった以上、自由に動き回れる範囲には大幅な制約が生まれる。だが同時に、彼女はパルパティーンの手札の中で、これ以上ないほど強力な「絶対的な暴力装置」でもあった。以前、通商連合の生意気な委員たちを皆殺しにして見せた際の手際は、シスの暗黒卿であるパルパティーンの目から見ても、芸術的なまでに鮮やかで無慈悲なものだった。
その最強の切り札がナブーに長期間釘付けになるとすれば、そうおいそれと他の星系での裏工作や暗殺に使うわけにはいかなくなる。
となれば、パルパティーンとルイナの「二人しかシスがいない」現状は、銀河の各地で同時多発的に起こり得る不測の事態に対して、臨機応変に対処しきれない可能性を生み出しつつあった。
シスはこの世に二人以上存在してはならない。それは絶対のルールだ。だが、シスという正式な称号を与えずとも、手足となって働く強力な駒が、もう一手欲しい。
「お前がナブーで『可憐な人質』という最高の舞台女優を演じている間、私の手足となって物理的な汚れ仕事を引き受ける『影』が不足する。通商連合の愚か者どもは、欲深いが故にひどく臆病だ。いざ封鎖を実行に移す段階になって、元老院の顔色を窺い、土壇場で尻込みする可能性も十分にあり得る。考えたくはないが、最高議長が独自に動いてジェダイの騎士を介入させてくる可能性すら、完全には否定できん。そうなれば、時に血の粛清をもって、奴らを恐怖で支配し計画通りに動かすための『暴力装置』……ジェダイとすら渡り合える絶対的な力を持った刺客が必要になる。さて、どうしたものか……」
パルパティーンの独り言のような問いに対し、ルイナは少しも慌てることなく、心底楽しげな笑みをこぼした。まるで、師からその質問が来るのを、ずっと前から待ち構えていたかのように。
「心当たりがある」
「ほう?」
「ダース・プレイガスの実験室」
プレイガスの名が出た瞬間、パルパティーンの瞳の奥で、暗いフォースの炎がゆらりと揺らめいた。
「私がかつて閉じこもっていたあの場所。丁度使えそうな男が保存されていたはず。あれが使えると思う。あれはそう……プレイガスとは別のシス」
パルパティーンはルイナの言葉を受け、かつての師の言葉を脳裏に蘇らせた。あれは確か、彼がルイナと再会した日のことだ。ルイナの正体を突き止められなかったことを誤魔化すように、師は他の実験体を指し示しながら得意げに語っていた。
『おお、シディアス、これなどどうだ。これは我が師ダース・テネブラスが私に差し向けた刺客でな。我が師は私に隠れ、もう一人の弟子を育てていたのだ。だが、今ではこうしてここに保存され、私を襲った報いを今も受け続けている。これは未来永劫、私の実験の役に立つだろう。何せフォースを操れる実験動物などそうはおらんからな。丁重に取り扱わねば。これに関して、私も我が師に感謝しているのだよ。実に貴重な素材を遺してくれた、とな』
あの時はルイナとの再会にばかり気を取られ、プレイガスが指し示す実験体などろくに見てはいなかったが……確かに、かつての師はそのようなことを口にしていた。
事実、ルイナの言う通りだ。プレイガスを暗殺すべく、その師であるダース・テネブラスが密かに造り出し、育て上げていた『もう一人の弟子』。プレイガスが葬られた後も、あの哀れな刺客は誰に顧みられることもなく、実験室の生命維持装置の中で生きたまま保存溶液に浸かっていたはずだ。
かつての師の言葉を反芻するパルパティーンに対し、ルイナはまるで親にプレゼントでも渡すような、無邪気で残酷な響きを帯びた声で続けた。
「あれならば、あなたの求める『駒』にぴったりだと思うわ。曲りなりにもシスとしての教育を受けているのだし、汚れ仕事を引き受ける暴力装置としては、十分な働きをするはず」