スター・ウォーズ:悪意の継承 作:皇帝大好き
クローン大戦が始まって以来、アナキンは何度も説明できない『揺らぎ』を感じていた。ただ『揺らぎ』。それ以上に自身の中にある違和感を表現することが出来ない。
それは日々激化する戦場での話ではない。自身を取り巻く、あるいは自身の中にあるフォースの話だった。通常、戦争が激化すればフォースは濁る。ヨーダ曰く『暗黒面の帳』。恐怖と死が銀河中に撒き散らされるからだ。今や濁りに濁ったフォースのせいで、ジェダイですら未来を見通すことは困難になっている。だが……今感じているのはその濁りではない。
濁ったフォースによる、銀河に循環するフォースの停滞。しかし、揺らぎはそれとは違う。それだけは違うと、アナキンはハッキリと感じ取っていた。
フォースに何かが。何かが抜け落ちている気がする。
言うなれば『空白』。
フォースに何か……何かが抜け落ちている。そこにあるべきものが欠けている。理屈ではない。自分自身の中にあるフォースを見つめた時、何故か無性にそう感じるのだ。自身の、あるいは銀河のどこかに、決定的に欠けた何かが存在する。
しかし……この漠然とした感覚自体は、自分がフォースを学び始めた時から既に存在していた気がする。アナキンはその空白を感じる度に、漠然とそう考えるようになっていた。
だが、それはあくまで漠然としたものであり、ここまではっきりした不安ではなかった。だが、今はその違和感が日に日に大きくなってきている。それこそクローン戦争が始まってから益々。もはや無視できない程大きなものに変わっていた。
そんな違和感を言語化できないまま数週間が過ぎたある日、ヨーダから直接の召集がかかった。戦場に出れば、この違和感を覚えずに済む。目の前の戦闘に集中していられる。そう思い銀河の端から端まで戦い続けていたが、突然理由も告げられずコルサントに呼び出されたと思えば、ヨーダは開口一番に告げたのだった。
「かつてのジェダイが使っておった救難信号を受信した。場所はクレリシアム星系。お主ら二人には調査をして欲しいのじゃが……。気を付けるのじゃ、ワシが感じるに、今回の任務……おそらくフォースの揺らぎに関係するモノになるじゃろぅ」
ヨーダの声は静かだったが、その静けさの奥に硬質な緊張があった。同じく招集されたオビ=ワンは眉をわずかに寄せた。
「フォースの揺らぎ……。救難信号もそうですが、マスター・ヨーダの仰る宙域は現在戦場ではないですよね。私には感じられませんが、それは戦場ではなく、宙域で自然発生したものか何かですか?」
「そうであるとも言えるし、そうでないとも言える。マスター・ケノービの言う、戦争由来の揺らぎとは異質。まるで……穴がある。それがここ数日、ワシにはハッキリと感じられる。フォースの奥底に潜れば、必ずそこにある。フォースが強くなければ感じられぬようじゃが、確かにそこに存在しておるのじゃ。今回の任務。ワシはそれが何かしらの関係を持っている予感を感じる。本来であればワシが赴かねばならぬところじゃが、元老院が……というより、おそらく議長自身じゃのぅ。ワシがコルサントを離れることに難色を示しておる。今しばらく説得には時間がかかりそうじゃ。そこでお主らに赴いて欲しい。特にスカイウォーカーはフォースの力が強い。お主には何かしらの原因を感じ取れるはずじゃ。何より……スカイウォーカーよ。お主もこの揺らぎを以前から感じておったのではないか?」
アナキンは無意識に拳を握った。ヨーダの言葉は、アナキンの不安を言語化していた。ヨーダの質問に、ただ黙って首肯する。漠然とした違和感が、あのグランドマスターにも感じ取られていたことに僅かな安堵感を覚えるも、それ以上に得体の知れない感覚が這い寄ってくるようだった。胸の奥に、あの得体の知れない空白が再び広がる。自分一人ではない。あのヨーダすら言及したこの空白は、必ず存在しているのだ。
「……分かりました。調べてみます」
ヨーダは小さく頷き、アナキンをじっと見つめた。
「アナキン。気をつけるのじゃ。おぬしの感じているものと、同じ源を持つやもしれぬ」
そして二人は座標に従い星系の外縁へ向かう。出発に際し、アナキンの弟子であるアソーカが同行を強く主張。何が起こるか分からないことからアナキンが反対。戦場ならいざ知らず、何か超常的な現象の可能性もある。未だパダワンであるアソーカには荷が重すぎる。一悶着こそあれ、アソーカが最終的に折れた。出発時のトラブル以外、特段問題の無い旅路であったのだが、目的地で待ち構えていたものは、二人の予想を遥かに超えたものだった。
救難信号の件以上に、『フォースの揺らぎ』『穴』『空白』、抽象的で漠然としたモノに、一体何がそこにあるのかと思い、座標の場所で見つけたのは、
「なんだ? あの建造物は?」
巨大なモノリス状の建造物だった。この宙域についてジェダイ聖堂で下調べをしたが、あのような建造物があるとはどこにも書いていなかった。あの異様な建造物から救難信号が出されているのだろうか。しかし、異常はそれだけではない。
突然視界が白に染まる。空間が反転した。
次の瞬間。気づけば二人は、見知らぬ巨大な石造りの広間の中央に立っていた。
船はない。先程まで二人共シャトルに乗り、窓から巨大なモノリスを茫然と見つめていたというのに。気づけば見たこともない空間に立っている。
石造りの巨大な空間。荘厳で静か。音も色も、遠ざけられたような世界。
「訳が分からない。先程まで私達は……。まさか、潜んでいた分離主義者に攻撃され、私達は死んだのだろうか。救難信号も罠か。ここは死後の世界なのか?」
「笑えない冗談ですね。……それにしては貴方の声がはっきりと聞こえますよ、オビ=ワン。死んだ後までこんな場所で貴方と一緒なんて、僕はごめんです」
そうは言ったものの、アナキンにはこの場所が酷く朧気に感じられていた。
何故だろうか。ここではすべてが曖昧だ。光も闇も、生も死も、時間さえも。
疑念だらけだが、そればかりに頓着している場合ではなかった。
「よく来たな、選ばれし者よ。……いや、かつて選ばれし者であった者よ」
誰もいなかったはずの空間に、突如三人の人物が姿を現したのだ。
空間に響いたのは、厳かでありながら、どこか哀しみを帯びた声。
突然の声に振り返ると、まるで最初からそこにいたかのように3人の人物が立っていた。
一人は背の高い老人。青く光る瞳が、ただ静かにこちらを見つめている。
一人は輝く緑色の瞳をした美しい女性。優し気な面立ちをしているが、今はただ悲し気にこちらを見つめている。
最後の一人は赤い瞳をした男。女性とは反対に、どこか楽し気にこちらを値踏みした表情を浮かべている。
不可解な出来事の連続にアナキンとオビ=ワンがただ困惑する中、老人は言葉を紡ぎ続ける。
「何者だ? 救難信号を出していたのも貴方方か? いや、聞きたいことは山ほどあるが、まずここはどこなんだ?」
「聞け、選ばれし者。おまえの運命を歪めた者がいる。それを伝えるために、ワシはそなたをここに導いたのだ。ジェダイの救難信号を使ったのもそのため。最初からそなたが来ると予見していた」
アナキンの言葉を遮り、老人はただ避けられぬ悲劇を予言するがごとく、ただ悲し気な声音で続ける。
「我ら三柱……父、娘、息子。本来であれば、我々はその3柱のみ。それでフォースのバランスは保たれるはずであった。だが……フォースの深奥にもうひとつの影が生まれた。それは……“第四”の存在。秩序にも混沌にも属さぬ、破滅そのもの」
質問が許される空気ではなかった。老人に続き、老人曰く娘であろう女性が歩み出る。
優しく、しかし怯えを含んだ光。娘はただ悲し気に声を発した。
「彼女は……生まれた瞬間、我らの手を離れました。本来、存在してはならない力。あの子はあまりにも強力で、同時にあまりにも空虚だった。あの子の存在は矛盾しすぎている。どうして父であり母でもあるフォースそのものを殺すことが出来ましょう? フォースに死など存在しないというのに」
最後に男が進み出る。他二人と違い、この男だけはどこか愉快そうに話し続けた。
「我が妹は逃げた。いや、逃げたという表現は俺たちの主観だな。あいつは逃げたとは思っていないだろう。何せここに閉じ込めることすら不可能だったのだからな。父にも無理だったのだ。それがフォースの意思というものだ。いくらバランスを崩しているとはいえ、死の無い存在が死にたいなどと。全く我が妹も憐れなものだ。だからこそ、俺はあの妹が大好きなわけだがな。おそらく今は外の世界で名も得ていることだろう。もはやここに閉じこもっている俺達ではどうすることも出来ない。もっとも、もう出て行こうとも思わんがな。好き好んで滅びゆくと分かっている世界に出ようとも思わんさ」
不可思議な人物達から朗々と語られる言葉の意味を、ただ困惑する二人に理解することは到底不可能だった。
だがアナキンはそんな中でも、彼らの言葉にどこか引っ掛かるモノを感じていた。
何一つ理解できない。この場所が何であるか、この人物達は誰であるか、何故突然自分達がこんな状況になっているのか。
しかし分かることもあった。自身のフォースが強く訴えかけてくる。この人物達は圧倒的に強い力を持っている。まさに神と思しき程の強大な力を。そんな彼等が語る存在こそが、自身の感じていた揺らぎ……空白の正体なのだと。
「あれに名前は無かった。ただ破滅と我らは呼んでいた。裏切られ、そしてその破滅は、おまえの運命を奪ったのだ、アナキン・スカイウォーカー。我らはそれを伝えるために、其方たちをここに導いたのだ」
胸の奥の空白が疼く。だがそこに何があったのか。いくら考えても答えは出ない。
まるで誰かに胸の内を抉り取られたような、嫌な感覚。
アナキンは震えた声で問う。
「聞きたいことは山程あるが、どうも質問には答える気はないらしい。お前達の口ぶりからすると、それを伝えるためだけにここまで大がかりなことをしたのだろう? だから一つだけ聞かせてくれ。その破滅とやらは……今どこにいるんだ?」
「分かりません」
娘は悲しげに首を振った。
「でも、貴方のすぐ傍にいるかもしれません。貴方が選ばれし者であったが故に。フォースにバランスを齎す者。貴方の存在は、妹とは正反対のモノ。故に妹は貴方に興味を持つはず。きっと貴方と親交を持ちたがる。……貴方の存在を歪めるために」
こいつらの言葉を真に受けたわけではない。分離主義者の親玉であるドゥーク―伯爵はシスの暗黒卿だ。シスはジェダイに不和と疑念の種を蒔き、それを武器として戦う存在だ。これが奴の壮大で悪趣味な罠である可能性は否定できない。
破滅が自分の傍にいる? アナキンの傍にいる存在は限られている。戦場でこそ肩を並べるジェダイは大勢おり、親しく会話する友人はジェダイ以外にもいる。だが真に傍にいる、真に親しいと感じている人間はそう多くはない。今横にいるオビ=ワンに、今はコルサントで留守番をしているアソーカ。アソーカとの付き合いはまだそう長くはないが、何度も戦場で救われたこともある。二人共信用出来ないはずがない。あとは愛する女性であるパドメ。彼女が自分を裏切ることなどあり得ない上、もし裏切られようものなら生きていけない。愛する女性を疑うことなど出来るはずがない。
あと考えられるのは、幼い頃から目を掛けてくれたパルパティーン議長。あの人には何度もお世話になった。いつだって慣れない環境に苦しむ自分を支えてくれた。貰った助言や励ましは数えきれない程。オビ=ワンは政治家のことを皆悪く言うが、あの人だけはパドメを除けば唯一の人格者だ。彼も疑うことなど出来ない。
そして同時に、あの人の義理の娘である彼女のことも……。
しかし……彼女のことを、あの少女の笑顔を思い浮かべた瞬間、何故か背中に冷たいものを感じていた。
ルイナ。柔らかい声。戦災孤児である彼女の瞳はやや虚ろで、時折どこを見ているか分からないことはあるが、それでも自分を見上げるあどけない瞳。空気のように自然に近づいてくる気安さ。
彼女とは幼い頃、まだ自分が奴隷であった頃に出会った。ナブーからコルサントへ向かうパドメと一緒にいた彼女に、自分はジャンク屋の中で出会った。パドメとは違った美しさを持った彼女のことを、最初は天使の一人だと思った。その出会った当初から彼女は、自分の傍にずっと寄り添ってくれた。
当時の自分と同じ年頃の少女。人間種とは別の血が混じっているという彼女は、今も当時と同じ幼い姿を保ち続けており、今では妹のように思っているが……彼女が自分にとって大切な存在であることに変わりはない。
それなのに今は……何故か彼女に疑問を感じてしまっている。
(違う……違う、違う! 彼女がそんな……ありえない!)
心の声が叫ぶのに、直観は静かに囁く。
――おまえはもう、彼女に触れている。
アナキンは恐怖を振り払うように頭を振った。
そんなはずがない。これは分離主義者の、シスの罠だ! 得体の知れない連中の言葉を信じて、意味も分からず妹のような存在である彼女を疑うなんてどうかしている! 揺らぎなんて曖昧な言葉で、彼女のことを疑ってどうするというのだ!
しかし、不安は離れず、疑念を振り払おうと頭を振るアナキンに、老人は厳かに告げた。
「ワシ等が伝えたかったことは以上じゃ。本来であれば、ワシの代わりに息子たちを抑えるよう頼むはずじゃったが……。破滅が生まれた以上、もはや運命の流れに身を委ねる他ない。戻れ。破滅はおまえの未来を歪めたが、まだ決まったわけではない」
父の声が遠くなる。
「気づけるかどうかは……いや、認められるかどうかは、お主次第だ。お前の大切な者が失われる前に」
次の瞬間、光が弾けた。
世界が反転し……アナキンとオビ=ワンは元の宇宙に戻っていた。もうそこは石造りの部屋ではなく、当然老人たちの姿はない。ただシャトルの機械音だけが響いている。宇宙に浮かんでいたモノリスも忽然と消え去っている。何もかもが元通り。まるで二人で同時に夢を見ていたかのようだ。戦闘での疲れで、自分達は妙な白昼夢を見ていたのだろうか?
だが胸の奥には、消えない空白だけが残されていた。
自分の心は、既に何者かに触られている。
優しく、しかし深く……取り返しのつかないほど深く。
そんな感覚だけが、アナキンの中に残されていた。
戻ってきた宇宙は、出発前と同じはずだった。だがアナキンの目には、すべてが違って見えた。船のパネルの光も、隣で茫然自失しているオビ=ワンの息遣いも。なんてことはない音が、どこか薄い。世界の輪郭がどこか曖昧だった。
(僕は……何かを知ってしまったのか? それとも……何かを隠されていたのか?)
胸の奥の空白が、やけに重い。ここに来る前よりずっと。
「一体何だったんだ? 私の理解の範疇を超えているよ、全く。破滅がどうとか。おい、アナキン? 大丈夫か?」
オビ=ワンの声が、遠くから聞こえる。アナキンは一瞬反応が遅れた。
「……ああ、大丈夫ですよ。僕にも意味が分かりませんがね」
大丈夫であるはずがない。彼等の言葉が妙にこびりつく。
『おまえのすぐ傍にいるやもしれぬ』
あの言葉が、まるで呪いのように頭に響き続けていた。