スター・ウォーズ:悪意の継承 作:皇帝大好き
コルサントの空は、いつものように無数のスピーダーが描く光の帯で覆われていた。だが、ジェダイ聖堂から見える美しい景色も、今のアナキン・スカイウォーカーにとってひどく色褪せて見えた。
頭の奥底に、あの石造りの空間で聞いた声がこびりつけて離れない。
『おまえのすぐ傍にいるやもしれぬ』
ヨーダへの報告の後。アナキンはオビ=ワンと別れ、無意識に元老院オフィス・ビルへ向かっていた。
理由はない。だが足が勝手に動いた。
オフィス・ビルに向かいながら、先程までいた評議会での会話が蘇る。結局ヨーダへの報告は要領を得ないモノにならざるを得なかった。円形の部屋の中央で、ホログラムで参加するマスターたちと、直接座席についているマスターたちの前で、オビ=ワンが事の顛末を理路整然と語った。謎のモノリス。反転する空間。誠に「父」「娘」「息子」と名乗る強大なフォースの使い手たちのこと。そして彼等の語る……フォースの空白。四番目の存在。だが、オビ=ワンですら、事の顛末を語ることは出来ても、その意味や実際に感じたことについては曖昧なことしか話すことが出来なかった。
夢か現か判然としない経験。今でもあれが現実だったのか疑問を感じる。もとよりジェダイとてフォースの全てを理解しているわけではない。自分でもよく分かっていない感覚を、どうやって他者に伝えるというのか。ヨーダもアナキンの戸惑いを感じたのか、必要以上に追及することも無かった。ただ、
「任務ご苦労であった。腑に落ちん点は多々あるが、お主らに非はない。クローン戦争が始まって以来、未来は常に不明瞭じゃ。我々を呼び寄せた存在。彼等の語る破滅。ワシにも経験の無いものばかりじゃ。お主らが戸惑うように、ワシも何が起こっておるのか皆目見当もつかぬ」
そう二人を労うばかりだった。
「マスター・ヨーダ。あれは本当に神々だったのでしょうか?」
オビ=ワンが顎に手を当てながら、慎重な声色で問う。
「ドゥークー伯爵や、その後ろ盾であるシスの暗黒卿が見せた幻術という可能性は? ジェダイの心をかき乱すための罠であると考える方が、まだ理にかなっています」
「……そうであってほしいと、わしも願っておる。特にスカイウォーカー……彼等の弁が正しければ、お主が危機に晒されておる可能性がある。それこそ親しい者にさえ、お主は警戒心を向けざるを得ん。しかし、その疑念こそがダークサイドの入り口となる危険な感情じゃ。疑心暗鬼に捕らわれれば、シスの暗黒卿に利することになるのは明白。……いずれにしても、いずれフォースの意思が我々を導いてくれる。その時まで、我らは感覚を研ぎ澄ませて待てばよい」
そして話は終わりだとばかりに、ヨーダは深い瞑想に潜っていった。ヨーダにも分からぬなら、彼に比べて遥かに幼い二人に分かるはずがない。そう自身に言い聞かせる他なかった。
ヨーダ以外の評議会メンバー、メイス・ウィンドウ筆頭に、何人かがアナキンに疑いの目を向けてこそいたが、そんなことを気にしている余裕などアナキンには無かった。
オビ=ワンが心配そうに肩に手を置いてきたが、アナキンはそそくさとそれを振り払い、聖堂のハンガーへと急ぐ。自分達の帰還を待っているだろうアソーカのことも忘れ、ただ元老院オフィス・ビルを目指す。
(自分は一体何を考えているんだ。いや、何をこんなに不安に感じているんだ。ヨーダも言っていた。疑念など、それこそシスの罠だ。暗黒面に至る道だ。ジェダイである自分が、シスの罠に嵌まってどうするというんだ)
スピーダーを飛ばし、元老院地区へと向かう風の中、アナキンは呪文のように何度もつぶやいた。
ドゥークーの罠だ。そうだ、シスの卑劣な幻覚だ。自分と自分の大切な人たちを引き裂くための。
パドメも、議長も、そして……ルイナも。
ルイナ。
タトゥイーンの砂埃にまみれた奴隷だった自分に、彼女は天使のように微笑みかけてくれたではないか。人間と別の種族の血が混ざっているせいで、成長が極端に遅く、今でも出会った頃の8〜10歳程度の姿のままの少女。戦災孤児としてパルパティーン議長に引き取られ、元老院の社交界ではその可憐さで「魔性の少女」ともてはやされているらしいが、アナキンの前ではいつだって純真無垢な妹のようだった。
不安をかき消したかった。彼女の顔を見れば、あの老人たちの言葉がただの妄言だと証明できる。彼女の無垢な笑顔に触れれば、この胸の奥に巣食う『空白』への恐怖も消え去るはずだ。
……誰もあの少女のことに言及していないにも関わらず、アナキンはあの少女のことしか考えていなかった。
元老院オフィス・ビルの最上階。パルパティーン議長の執務室兼私室に到着すると、衛兵たちはアナキンの顔を見るなり静かに道を開けた。本来であれば、あのヨーダですら衛兵に足止めされる。しかしアナキンだけは、議長室への自由な出入りが許されていた。議長の娘の友人として、議長本人より特別な許可が下りているからだ。
議長は現在、元老院の緊急会議で不在だという。だが、彼女はいると衛兵は言っていた。
「ルイナ?」
静まり返った豪奢な執務室に足を踏み入れると、ひんやりとした空気が頬を撫でた。今の議長に変わった際、執務室の壁は赤を基調とした壁紙に変えられたという。そして議長がまだ若かりし頃、銀河を旅してまわった際に見つけたと言う古代の賢人の像。今では慣れ親しんだ空間だというのに、何故か今は不気味に感じる。像の陰から何か恐ろしいモノが飛び出してこないかと、どこか警戒している自分がいた。そんな馬鹿な不安を感じる自身を叱咤し、アナキンは執務室の奥へ進んだ。執務室の奥に、議長や娘が住む部屋が存在しているからだ。彼女がいるとすればそこだろう。
はたして部屋の奥、巨大な窓からコルサントの夕暮れの光が差し込む逆光の中に、その小さなシルエットはあった。
「……アナキン? 随分急な来訪。どうかしたの?」
鈴の音のように可憐だが、どこか平板で抑揚のない声。
ルイナがゆっくりと振り返る。その瞬間、アナキンの背筋を、氷のような冷感が駆け抜けた。
彼女は純白の儀式用ドレスを着ていた。クリスニングドレスを思わせる、繊細なレースとフリルがあしらわれた穢れなき純白。それが、墨汁をぶちまけたような重力に逆らってわずかに浮遊する黒髪と、強烈なコントラストを生み出している。
病的なまでに透き通った蒼白の肌。陶器や大理石のように均一で、生き物としての体温を一切感じさせない完璧な左右対称の顔立ち。
まるで、精巧に作られた命のない人形のようだ。
「ルイナ……」
アナキンが一歩近づこうとした時、ジェダイとしての直感が警鐘を鳴らした。
彼女の足元。傷一つない白い裸足が、大理石の床から数センチ、浮遊している。普段は地面に足が付いているが、時折気を抜いた時にこうして浮遊することがあるらしい。
いや、それは以前からそうだった。彼女の種族特有の能力だと、議長は笑って説明していた。足音が全くしないのも、彼女の特徴だ。
だが、問題はフォースだ。
不安を打ち消そうと、アナキンは無意識にフォースを通じて彼女を感じ取ろうとした。
――何もない。
ジェダイであれ、一般人であれ、生きとし生けるものは必ずフォースの光や波動を発している。だが、目の前の少女からは何も感じない。生命の息吹も、感情の揺れも。
あるのはただ絶対的な『何もない空白』と、耳鳴りのような『静的なノイズ』だけ。
「本当にどうしたの、アナキン? そんなに怖い顔をして」
ルイナが小首を傾げる。その大きな漆黒の瞳がアナキンを捉えた。
通常の人間にはない、瞳孔が常に開ききり、どこにも焦点が合っていないように見える異質な目。彼女がどれほど可愛らしく振る舞っても、その目だけはどうしようもなく異常だった。
――おまえはもう、彼女に触れている。
アナキンは息を詰まらせ、思わず後ずさりしそうになった。
怖い。
今まで愛おしい妹だと思っていたこの少女が、得体の知れないバケモノに見える。周囲の温度が急激に下がったように感じ、アナキンのフォースが彼女の存在を拒絶して悲鳴を上げている。あの老人たちの言葉は真実だったのか?
彼女こそが、フォースの死を望む『破滅』だというのか?
だが、次の瞬間。
「……アナキン。貴方、疲れているのね。戦争ばかりだもの。疲れていないはずがない……かわいそうに」
ルイナはふわりと床を滑るように近づき、その冷たく小さな手で、アナキンの大きな無骨な手をそっと包み込んだ。
焦点の合わない目で、それでも確かな親愛の情を込めるように、彼女は無垢に微笑んだのだ。
「急に来たことには驚いたけど、何も言いたくないのならそれでいいわ。貴方が頑張っていることは知っているし、同時に貴方が優しい人だということも知っている。だから……今は何も言わなくていいわ。何か話したくなった時に話せばいい。でも、忘れないで。私はいつだって、貴方のことを見ている」
その可憐な微笑みを見た瞬間、アナキンの中にあった恐怖は、強烈な自己嫌悪へと反転した。
(自分は何てことを考えているんだ!)
アナキンは内心で自分を激しく叱咤した。
何を恐れている? 彼女はルイナだ。タトゥイーンからずっと自分を慕ってくれた、優しくて弱い女の子じゃないか。フォースが感じられないから何だ?
種族の違いかもしれない。目が奇妙だから何だ? それが彼女の個性だ。
ジェダイの教義や、正体不明の神々の戯言に惑わされて、ずっと自分を支えてくれた彼女を「バケモノ」扱いするなんて。自分はどれほど残酷で、愚かな裏切り者なのだ。
「……ごめん、ルイナ」
アナキンは膝をつき、彼女と同じ目線になると、その小さな体を抱き寄せた。
冷たい。氷のように冷たい体。それでもアナキンは、その冷たささえも彼女の抱える孤独なのだと自分に言い聞かせた。彼女はかつてアナキンに吐露したことがある。養父が彼女を引き取ってから、彼女は大勢の人間と関わる機会を得た。しかし、それでも彼女の中にある孤独感が消えることはないのだと。それは彼女が他の人間とは違った存在だから。真に彼女が親しみを感じることが出来るのは、養父とアナキンだけなのだと。彼女はアナキンを信じてそう吐露したのだ。そんな彼女を裏切っていいはずがない。
「突然押しかけて、君を不安にさせてしまった。……少し、疲れているだけなんだ。嫌な夢を見て……。本当に嫌な夢だったんだ。親しい誰かを疑えと言われる、悍ましい夢だった。それで君まで疑いそうになってしまった。許してくれ、ルイナ。……僕は君を守る。誰が何と言おうと」
「ふふっ。よほど怖い夢だったのね。でも、アナキンはやはり優しい。私は何も気にしていない。ずっと、貴方のことを見ている」
彼女の小さな手が、アナキンの背中を優しく撫でる。
その規則的なリズムに、アナキンの中で荒れ狂っていたフォースのノイズが、嘘のように鎮まっていくのを感じた。不安が溶け出し、安堵が広がる。やはり彼女は自分の癒やしだ。あの砂漠の惑星で自分と出会った時から、ずっと自分のことを支えてくれている。自分の孤独を癒してくれる。だから疑うべきは彼女ではなく、自分の心に疑念を植え付けたあの存在たちだ。
「ありがとう、ルイナ。君の顔を見たら、安心したよ。……少し、議長を待たせてもらっていいかい?」
「ええ。お父様も喜ぶわ」
アナキンは立ち上がり、彼女から少し離れて窓の外の景色へと目を向けた。胸を撫で下ろし、ジェダイとしての理性を必死に取り戻そうとする背中。
その後ろ姿を見つめるルイナの表情が、一瞬にして抜け落ちた。
優しげな微笑みは消え去り、完璧なシンメトリーの顔貌は、無機質な陶器の人形そのものへと戻る。
彼女は床から数センチ浮遊したまま、音もなく立ち尽くしていた。
重力に逆らって揺らめく黒髪の隙間から覗く、開ききった虚ろな瞳。その瞳の白目が、じわりと暗黒の闇に染まり始める。
それは彼女が生来持つ衝動が高ぶった時に現れる、彼女の真なる眼差し。
彼女は、アナキンの背中を見つめながら、ゆっくりと口角を吊り上げた。
先程までの可憐な笑みとは対極にある、生気のない、氷のように冷たく残酷な笑み。
シディアスの「小さな影」は、自らを抱きしめて安心しきっている愚かで愛おしい「選ばれし者」の背中を、ただ静かに見つめていた。
部屋の温度がさらに数度、下がった。
窓の外ではコルサントの陽が完全に落ち、銀河を覆う長い夜が始まろうとしていた。