スター・ウォーズ:悪意の継承   作:皇帝大好き

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アプレンティス
産声


パルパティーンという男の人生において、「家族」ほど不快で、鬱屈とした言葉はなかった。

 

ナブーの肥沃な大地、優雅な芸術、そして欺瞞に満ちた政治。そのすべてを体現するパルパティーン家は、この惑星でも有数の名門貴族だった。しかし、その長男として生まれた彼にとって、実の親や弟妹たちは、自らの魂を狭く、つまらない檻に押し込めようとする不愉快な番人に過ぎなかった。

彼らは言う。パルパティーンの名に恥じぬよう分をわきまえ、伝統を守り、穏やかで退屈な地方貴族としての生涯を全うせよ、と。

 

だが、若きパルパティーンの胸の奥底には、常に猛々しい炎が渦巻いていた。自分はこんな器に収まる人間ではない。周囲の凡俗どもとは決定的に違う、何か巨大な運命を支配すべき存在なのだという、根拠のない、しかし絶対的な確信。

 

それを、彼ら家族は「若気の至り」として冷笑し、ひたすらに抑圧し続けた。

 

そんな彼の前に、ある日、一人の大富豪が現れた。ヒーゴ・ダマスク。銀河でも指折りの金融グループを率いる、不気味なほど知性的で底知れないムウン種の男。ナブーの鎖国政策を打開し、惑星の地下に眠る莫大なエネルギーを得るためにやってきた彼は、ナブー上流階級に属しながら、他貴族に反発するパルパティーンに目をつけたのだ。

あるいは、彼が潜在的に持つその「力」に。パルパティーン自身すら自覚していなかった、ジェダイすら超え得る強大な力に。

 

ダマスクはまだ、自らがシスの暗黒卿であるという正体を明かしてはいなかった。彼がシスという存在であることすら、パルパティーンは知る由もない。しかし、その言葉の端々には、若きパルパティーンの魂を激しく揺さぶる、禁忌の甘美さが含まれていた。

 

「君の中には、銀河を変革しうる大いなる資質が眠っている、パルパティーン。だが、その翼は重く縛られている。君を型にはめ、つまらない存在に押し込めようとする泥が、足元にまとわりついているからだ」

 

他の貴族ではなく、パルパティーンこそがダマスクにとって必要な存在だ。ダマスクはそう語り続けた。野心溢れる少年にとって、それは抗えぬ魅惑の言葉だった。

そんな毒のように甘い言葉で誘い出した高級プライベート・ラウンジの片隅で、ダマスクは冷徹な眼差しでパルパティーンを見つめ、静かに囁いた。

 

「自由を求め、自らの真の運命を切り開くためには、その抑圧を取り払う必要がある。君を縛る鎖を、君自身の意志で断ち切らねばならん。それが、君が次なる段階へ進むために必要な、最初の試練だ。彼らは君を愛しているのではない。君という才能を恐れ、自分たちと同じ泥の中に引きずり込もうとしているだけなのだ」

 

その言葉は、パルパティーンの心臓に深く突き刺さった。

そうだ。あの呪わしい家族さえいなければ。自分を縛る血脈という名の鎖さえ消え去れば、自分はどこまでも高く飛べる。ダマスクの言葉は、彼が長年抱き続けてきた家族への激しい嫌悪と、自由への渇望を完全に正当化する劇薬であった。

 

決着の日は、ナブーの夜空を優雅に航行する、パルパティーン家所有の豪奢な個人用クルーザーの中で訪れた。

 

「いい加減にしなさい、パルパティーン!」

 

父親の傲慢な怒声が、密閉されたキャビンに響き渡った。

 

「ヒーゴ・ダマスクなどという素性の知れぬ金融屋と付き合うのは即刻止めろ! あいつはただナブーの資源を狙っているに過ぎない! ナブーは外の世界と関わるべきではないのだ! そうやってナブーは美しい惑星であり続けた! 余所者になど関わっていいはずがない! お前は我が家の跡取りだ。名門パルパティーン家の伝統を汚すような真似は、この私が絶対に許さん!」

 

傍らでは、母親が冷ややかな目で自分を見下し、弟妹たちは父親の権威の影に隠れて、勝ち誇ったような嘲笑的な笑みを浮かべている。

いつもの光景だった。自分を狭い箱に押し込め、個性を剥ぎ取り、ただの「パルパティーン家の記号」に仕立て上げようとする、息の詰まるような抑圧。

 

その瞬間、パルパティーンの中で、何かが完全に破断した。

 

「……黙れ」

 

「何だと? 父親に向かってその態度は――」

 

「黙れと言っているんだ、凡俗どもが!」

 

パルパティーンの咆哮とともに、キャビン内の空気が一変した。

強烈な怒り。理性を焼き尽くすほどの憎悪。今まで長きにわたって抑え込んできた、暗く澱んだ衝動が、彼の五臓六腑から爆発的に噴出した。

 

その瞬間だった。彼の身体の奥底で、完全に眠っていた『巨大な力』が目覚めた。

目に見えぬ嵐のような圧力が、キャビン全体に吹き荒れる。

 

「が、はっ……!?」

 

父親が突如、喉をかきむしりながら宙に浮き上がった。まるで、目に見えない強靭な鉄の手に首をへし折られているかのように、その顔がみるみるうちに土気色に変色していく。

 

「あ、あなた!? 何よこれ、何が起きて――」

 

母親が悲鳴を上げようとしたが、パルパティーンが怒りに任せて右手を一振りすると、見えない衝撃波が彼女の身体を直撃した。母親の身体は紙くずのように弾き飛ばされ、金属の壁に激しく叩きつけられて、骨の砕ける鈍い音とともに崩れ落ちた。

 

「ひ、ひぃっ……! 悪魔だ、お前は悪魔だ!」

 

弟妹たちが恐怖に腰を抜かし、這いつくばって逃げようとする。

その無様な姿を見下ろしながら、パルパティーンはかつてない全能感に満たされていた。

この力だ。これこそが、自分に相応しい本物の力。それも、怒りと憎悪によって無限に膨れ上がる、狂暴で純粋な力だ。

 

「さようなら、忌々しい愚者ども」

 

パルパティーンは冷酷に微笑み、五指を突き出した。彼の意志に応えるように、目に見えぬ力の刃が荒れ狂い、逃げ惑う弟妹たちの息の根を容赦なく引き裂いた。

最後に、床に転がり絶望に見開かれた父親の首を、力任せに完膚なきまでにへし折る。

 

静寂が戻った。

豪華な絨毯は赤黒い血で染まり、肉の焦げるような、鉄錆のような異臭がキャビンに充満している。生者はもはやパルパティーン一人のみ。幸いクルーザーは自動航行可能であり、操縦士がいなくとも無事港に到着することができる。

 

若きパルパティーンは、激しく上下する胸を抑えながら、血塗られた我が手を見つめていた。

後悔は無かった。だが、僅かな恐怖は感じていた。家族を殺したことそのものへの恐怖ではなく、この後の事後処理についての恐怖。選択を間違えれば、自分は監獄に繋がれることとなる。それだけは避けなければならない。衝動的な犯行をどう揉み消すか。その難題に対する恐怖をパルパティーンは感じざるを得なかった。

 

しかし、恐怖以上の感情も同時に爆発的に湧き上がっていた。自由への歓喜。それも圧倒的な自由だ。自分を縛っていた鎖は、今や自らの力によって木端微塵に砕け散ったのだ。あるのは、この目覚めた超常的な力への、狂おしいほどの悦びだけだった。

 

ヒーゴ・ダマスクの言っていたことは正しかった。

パルパティーンは何度も血塗られた拳を握りしめながら考える。

ダマスクが語った資質は、このような暴力的なものでは無かったかもしれない。しかし、今自分が自覚した力は、まさに銀河を変える程強力な力に違いない。銀河の守護者と嘯くジェダイですら、これほど純粋な力を持ってはいないだろう。自分はやはり特別な人間だったのだ。忌々しい家族を生贄にして、ようやく自分という存在を正しく認識できた。もはや自分を止めるものは何もない。

 

パルパティーンがその全能感に酔いしれ、歓喜の笑みを漏らそうとした、まさにその時。

 

カチ、と。

 

重力制御されたクルーザーの室内であるはずなのに、どこからか「氷がひび割れるような音」が聞こえた。

 

同時に、背筋が凍りつくような、凄絶な冷気がキャビンを包み込んだ。パルパティーンの吐く息が、一瞬にして白く染まる。照明が不自然に明滅し、目覚めたばかりの彼のフォースが、本能的な防衛本能から最大級の警鐘を鳴らし始めた。

 

「何だ!? 何が起こっている!?」

 

この奇怪な現象は、決して自分が起こしているものではない。直前まで歓喜に震えていたパルパティーンも、今は強い恐怖感を覚えざるを得なかった。

そして限界まで高まった警戒心、そして何より彼が自覚した強大な力が、その存在を知覚する。

背後だ。背後に、何かがいる。

 

パルパティーンは即座に振り返り、見えざる力の構えをとった。父の雇っていたボディーガードが今更姿を現したのだろうか。はたまたこの事態を起こすよう仕向けていたダマスクの刺客だろうか。どちらもこのような異常現象を引き起こすとは思えないが、現時点でパルパティーンが思いつくのはそれくらいのものだった。

 

だが、そこにいたのは、彼の想像を遥かに超えた異形の存在だった。

 

血塗られた死体の山の中心。父親の骸のすぐ傍に、一人の少女が『浮遊』していた。

ティーンエイジャーにも達していないであろう、非常に小柄で華奢な身体。傷一つない白い裸足が、床から数センチ浮遊したまま音もなく静止している。

 

墨汁をぶちまけたような黒いロングヘアが、風もないのに重力に逆らってゆらゆらと揺らめいている。

その肌は、病的で、透き通るような蒼白。完璧な左右対称で整いすぎた顔立ちは、生き物としての体温を一切感じさせず、まるで精巧に作られた大理石の人形そのものだった。

 

何より異常なのは、その目だった。

瞳孔が開ききり、どこにも焦点が合っていない漆黒の瞳。それはパルパティーンを見ているようで、その実、彼の背後にある広大な虚無を見つめているかのようだった。

 

(……何だ、これは? 本当に……同じ生物なのか?)

 

パルパティーンは驚愕した。

目覚めたばかりの彼の知覚が、目の前の少女を捉えようとした瞬間、奇妙なバグを起こしたのだ。パルパティーンの力は未だ目覚めたばかり。しかしそれでも、目の前の少女の異常性を感じ取るには十分なものだった。

命ある生き物であれば、必ず何らかの生命の波動を発している。今は床に転がっている肉塊たちも、数刻前まではその波動を発していた。それが生命なら必ず発しているものだという確信が、パルパティーンの中にはあった。

だが、目の前の少女からは何も感じられない。生命の息吹も……そして感情の揺れすらも。

 

パルパティーンが目の前の少女から感じるのは、彼女を中心として空間にぽっかりと開いた、絶対的な『何もない空白』。そして、耳の奥をかき毟るような静的なノイズだけ。

それがパルパティーンが少女から感じ取れる全てだった。

彼女の周囲だけ、世界そのものが死んでいるかのように、音も光も吸い込まれていく。

 

突如現れた得体の知れない存在に、パルパティーンはただ立ち尽くすしかなかった。そんなパルパティーンを前に、少女の形をした何かはおもむろに話し始めた。

 

「……破滅の産声。銀河の反対にいても、ここからとても綺麗な音が聞こえた」

 

少女の唇が微かに動き、鈴の音のように可憐で、けれど一切の起伏がない平板な声が響いた。

彼女の虚ろな瞳が、じわりとパルパティーンを捉える。

 

「感じ取った。貴方は今、自分の因果を捻じ曲げた。自分を形作っていた偽物の繋がりを、その手で引き裂いた。……その怒り、その憎悪、その衝動。小さな波だけど、今後銀河を揺さぶる大きな波の始まり。その未来が私には見える」

 

少女は、ふわりと滑るように宙を移動し、パルパティーンの目の前まで近づいた。

彼が反射的に放とうとした威圧すら、彼女の身体に触れた瞬間、霧のように霧散して『空白』に呑み込まれていく。

 

「……一体何を話している。貴様は一体何者だ。どうやってここに入った? 名を名乗れ!」

 

パルパティーンは説明のつかない感覚に内心恐怖していた。しかし強大な力を手にした自分が、こんな少女に怯えてよいはずがない。パルパティーンは自身を奮い立たせながら、何とか声を張り上げる。しかし声を震わせまいとしながらも、やはりその底知れぬ異質さに圧倒されていた。他に優先して聞くべき内容があるだろうに、彼が最初に尋ねたのはそんな些細な内容だった。

 

「私に名前はない」

 

少女は感情のない無表情のまま、パルパティーンの顔を見上げた。

 

「私はただ、フォースの死を望む衝動。フォースを滅ぼすために生まれたという事実、それだけが私を定義するもの」

 

「フォースの……死? 一体何を言っている?」

 

ジェダイが操るフォースという存在。その言葉そのものはパルパティーンも知っていた。だがそれが何であるか、それこそ自身の力の源の正体すら未だに知らぬ彼には、少女の言葉の意味を理解することは到底出来なかった。今のパルパティーンにとって、フォースとは未だ御伽噺に過ぎない。困惑の表情を浮かべるパルパティーンを放置したまま、少女の独白は続く。

 

「お父様達と一緒にいてもつまらないから、外に出た。そして外に出たからには、とりあえず片端からすべての惑星を消し去って、生命の源ごと綺麗にしてしまおうかと思っていた。でも、ここから変わった音が聞こえてきたから、思わず来てしまった」

 

名もなき少女は可憐に小首を傾げた。その瞳の白目が、じわりと暗黒の闇に染まり始める。

 

「貴方のやり方は、ただ星を壊すよりずっと……そう、興味深い。貴方は世界をただ物理的に消すんじゃない。生き物たちの運命を腐らせて、絶望させて、自らの意志で闇に堕ちるように仕向けていく……そんな予感がする」

 

底知れぬ虚無を纏う少女は、冷たく微笑んだ。

 

「私は、貴方に興味がある。貴方の作る未来に。でも、まだその時ではないみたい。貴方はまだまだ未完成。また、いつか会いましょう」

 

そう言い残した瞬間、少女の姿は陽炎のようにブレ、次の瞬間には跡形もなく掻き消えていた。空間の歪みも、移動した気配もない。ただ、キャビンに残された圧倒的な冷気だけが、彼女が確かにそこにいたことを証明していた。

 

パルパティーンは、己の両手が微かに震えていることに気づいた。

先程家族を殺したことへの興奮は冷めきっていた。感じるのは、今目の前に現れた何者かへの戦慄。家族殺しから始まった目まぐるしい展開に対する疲労感。だが、それと同時に感じるのは……脳髄を焼き尽くすほどの狂おしい興奮。

 

予感があった。彼の中の力が、彼女との奇妙な縁を予見している。

今日の出会いは、きっと自分の運命を大きく変えたという予感。そして彼女とはまたどこかで会い、自分と彼女は深い絆を結ぶだろうという予感。

 

血塗られたキャビンの中心で、若きパルパティーンは震える手を自覚しながらも、天を仰ぎ、狂気的な笑い声を響かせていた。

 

 

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