スター・ウォーズ:悪意の継承 作:皇帝大好き
それから数年の歳月が流れた。
ナブーの血塗られた惨劇は、不幸な事故として完璧に隠蔽された。パルパティーンの力の目覚めを感じ取ったダマスクが駆け付け、遺体はクルーザーと共に誰にも見つからない形で処理されたのだ。
パルパティーンは自由になると同時に、家族を事故で失った哀れな、だが莫大な遺産を受け継ぐ有力な貴族としてのステータスを得た。政治家としてこれ以上ない盤石な基盤である。ナブーの開国政策を推進する王を擁立し、自身は銀河共和国元老院議員の座に就くのに、そう時間はかからなかった。
そして政治とはまったく別種の力をも、パルパティーンは手にすることとなる。若きパルパティーンは、己を見出したシスの暗黒卿、ヒーゴ・ダマスク――ダース・プレイガスの正式な弟子となったのだ。彼に与えられたシスとしての名は「ダース・シディアス」。
表向きは野心的な若き政治家として元老院の腐敗した海を泳ぎ、裏ではシスの苛烈な修行に身を投じる二重生活。シディアスは、師から与えられる古代シスの知識と暗黒面の技術を、底なしの飢餓感をもって吸収していった。
実のところ、プレイガスは当初、シディアスにここまでの暗黒面の素養を期待してはいなかった。プレイガスが求めていたのは、あくまで「政治的な能力が高い人間種」としての実力だった。シスとしてフォースが強いことは絶対条件であるが、シスの悲願を果たすためには、元老院を内側から操る政治的なセンスが必要不可欠である。その点、人間は多くの場合、他のエイリアン種よりそれが優れている。名門貴族というステータス、そして他者を支配したいという強烈な野心。これらが揃ったシディアスは、シスの計画を盤上で進めるための「最高の駒」だと考えていたのだ。
だが、期待は良い意味で裏切られた。シディアスは政治的な能力も卓越していたが、それを凌駕するほどの驚異的な速度で、暗黒面の力を我が物としつつあった。単なる政治的な駒ではなく、真に自身に並び立つシス。自身と共に銀河を支配するに足る盟友。その可能性を、プレイガスはシディアスに見出しつつあった。
一方、この時期のシディアスも、師であるプレイガスに対し、確かな畏敬の念を抱いていた。
プレイガスの力は、日増しに力をつけつつあるシディアスから見ても、まさに底知れないものであった。彼の研究は、単なる暗黒面の魔術を遥かに超越している。プレイガスの力の全貌は未だ秘匿されていたが、それでも自身と師との隔絶した力の差を感じぬ日は無かった。
だが、不満がないわけではない。
シディアスの胸の奥底で、黒い炎のように燻り続けていたのは、師の「関心の向き」に対する強烈な苛立ちであった。
我々シスには、千年にわたって受け継がれてきた悲願がある。外の世界で暗躍し、共和国を内部から腐敗させ、宿敵であるジェダイ騎士団を根絶やしにし、強大なシス帝国を樹立するという遠大な計画――『グランド・プラン』だ。プレイガスはシディアスを弟子にしてからというもの、幾度となくこの計画の重要性を説き続けてきた。
シディアスは、己の政治的才能と暗黒面の力を駆使し、その計画を推し進めることにこそシスの真の存在意義があると考えている。しかし、当のプレイガスは己の研究に没頭するあまり、現実の銀河の支配やジェダイへの復讐という「俗世の計画」を、ひどく疎かにしているように見えた。シスの悲願を弟子に説き続けた張本人だというのに、だ。
銀河のどこかに存在する秘密の実験室にこもり、何か怪しげな研究に没頭している師。ここ最近は表に出ることもせず、すべての政治的な企みをシディアス一人に任せきっている。
師は偉大な力を持っている。その圧倒的な力を、なぜ銀河の表舞台で振るわないのか。権力という甘美な果実を、なぜ自らの手でもぎ取ろうとしないのか。その一点のみが、シディアスにとって唯一にして最大の不満であった。
だが、シディアスが一人前のシスとして確かな実力をつけ始めた頃。プレイガスはついに、己の最大の秘密を弟子に開示することを決意する。
「ついて来るがいい、シディアス。お前に私の秘密を明かす時が来た。真の探求が行きつく先を見せてやろう」
そう言って師に連れられたのは、ムウンの母星であるムウニリンスト。その惑星の人里離れた場所にあるアボラ島は、数世代にわたりダマスク家の領地だった。数えきれない滝が目もくらむような高さから落下し、芳しい樹木が馥郁たる香りを放っている。余人の侵入を許さぬ神聖な島にはいくつもの洞窟があり、その一つが邪悪なシス卿の研究室に繋がる通路になっていた。
巨大な無機質の扉が開いた瞬間、シディアスの鼻腔を突いたのは、滅菌された冷たい空気と、むせ返るような濃密な「生命の悪臭」だった。
広大な研究室の中は、一見ひどく雑然としたものだった。古代の学術書や、銀河に存在する生物の文献。シスのホロクロンは勿論、ジェダイに関するホロクロンまで、ありとあらゆる媒体に記録された資料が溢れかえっている。コルサントのジェダイ聖堂にあるものを除けば、銀河でも有数の図書館と言えるだろう。
だが、そんな数多の資料も、この研究室では添え物に過ぎない。文献より遥かに広大な面積に、銀河中からかき集められた多種多様な動植物が、無数の透明な培養槽や檻の中に閉じ込められていた。知性を持つ種族から、名も知れぬ原初の獣、さらには奇妙な発光を放つ植物まで。彼らは皆、プレイガスが行う実験の被検体だった。
チューブに繋がれ、生命力を不自然に増幅されて悶え苦しむ者。逆に生命のエネルギーを吸い取られ、干からびていく者。
空間全体に、フォースを通じた無数の悲鳴と苦痛の波動が渦巻いている。だが、プレイガスにとってそれは、自身の偉大なる研究を彩るBGMに過ぎなかった。
「シディアス、これこそが私の研究成果だ」
プレイガスは傲慢に両腕を広げ、立ち並ぶ培養槽を見渡した。
「ジェダイはフォースを操る。誰もがそう認識しているが、それは完全に間違った認識だ。ジェダイに出来ることは、精々がフォースの流れに身を任せることだけだ。だが、我々シスは違う。フォースに従うのではない。我々がフォースを従わせるのだ。その力の行きつく先に、私は到達しつつある。ミディ=クロリアンを意のままに操り、生命を創り出し、あるいは死を克服する。これこそが、我々が神の領域へと足を踏み入れるための究極の力と言えよう」
ついに開示された師の秘密。力の源。ミディ=クロリアンを意のままに操る。
言葉にすればごく単純なものだが、フォースを学ぶシディアスにとって、それはまさに神の御業に他ならないものだった。すべての生物には大なり小なりミディ=クロリアンが備わっている。そのミディ=クロリアンを通してフォースは世界に満ち、ありとあらゆる力の源になっている。そのミディ=クロリアンを操るということは、生と死だけではない、世界そのものを操ることと同義だ。
未だかつてそのようなことが出来た者がいただろうか。ジェダイには出来るはずもない。かつて銀河を支配した古代のシスにも、そのような能力は無かっただろう。
師の秘密を前に、シディアスは恭しく頭を下げた。
「素晴らしい御業です、マスター・プレイガス」
それは決して世辞ではなく、本心からの称賛であった。これほどの真理を探究する師は、間違いなく歴代のシスの中でも最強の存在だろう。
だが、師への深まる畏敬とは別に、シディアスの内なる不満もまた、確かな熱を帯びて増大しつつあった。
(これほどの力がありながら……なぜこの閉鎖された空間に満足しているのだ。この力をもってすれば、元老院など赤子を捻るように支配できるというのに)
シディアスが内なるジレンマを抱えながら、師の後に続いて研究室の奥へと歩を進めた、その時だった。
カチ、と。
鳴るはずのない「氷がひび割れるような音」が、シディアスの脳髄を直接叩いた。
背筋が凍りつくような凄絶な冷気。周囲の培養槽から発せられていた強烈な生命の波動が、ある一点を中心にして完全に「無音」になっている。
そこだけ、空間がぽっかりと抜け落ちているかのような、耳障りなほどの静的なノイズ。
(……この感覚は)
シディアスの心臓が、大きく跳ねた。
あのナブーの夜、血塗られたキャビンの中で出会った、すべてを凍りつかせる絶対的な虚無。決して忘れることのできない、あの異端の気配だ。
それを感じ取った瞬間、シディアスの注意はもはや目の前で演説を続ける師には無かった。そしてプレイガスの演説がひと段落するタイミングを見計らって、シディアスは冷静を装い師に尋ねた。
「マスター。少し一人で師の研究を見て回ってもよろしいでしょうか? 師の偉大な研究に、まだ私の理解が追い付いていないのです。どうか、まずは一人で考える時間をいただければと」
「……ふむ。それもそうだな。私の研究は、今までのシスとは一線を画すものだ。力を付けたとはいえ、お前の理解を超えたのは致し方無いこと。ではゆっくりと見て回るが良い。必要があれば触れてみてもよい。特にお前は以前からシスのホロクロンを求めていたな。私からの信頼の証だ。私はこことは別に新たな研究室を作る予定だ。ここも手狭になってきた。ここは倉庫としてのみ機能することになる故、今後はこの場所に自由に出入りしても良い。無論、資料を破損しない限りにおいてはだがな。私は少々確認することがある。落ち着いた頃にここに戻ってくるがよい」
プレイガスが別の実験データを確認するために端末へ背を向けた。
その隙に、シディアスはあたかも実験材料を見て回る振りをしながら、ゆっくりと、しかし出来る限り早く、違和感を覚える源へと足を進める。
そして薄暗い研究室の最奥。
そこに置かれていたのは、他の無骨な培養槽とは明らかに造りの違う、優雅な鳥かごのような形状をした特注の拘束装置だった。外界を完全に遮断するシールドが張り巡らされている。
その中に、彼女はいた。
数年の歳月など一切関係ないかのように、その姿はあの夜から何一つ変わっていなかった。
ティーンエイジャーにも達していない、小柄で華奢な身体。傷一つない白い裸足の状態で、膝を抱えた格好で床から数センチ上を浮遊し静止している。
重力に逆らってゆらゆらと揺らめく、墨汁のような黒髪。生き物としての体温を一切感じさせない、精巧な大理石のような蒼白な肌。
そして、どこにも焦点が合っていない、すべてを吸い込むような漆黒の瞳。
しかし焦点が合っていないはずの瞳は、確かに目の前のシディアスの存在を捉えていた。
「……お前」
シディアスは、声が震えそうになるのを必死に抑え込み、檻の前に立った。
鳥かごの中の少女は、ゆっくりと小首を傾げた。
「貴方、以前より大きくなった」
鈴の音のように可憐で、しかし一切の起伏がない平板な声。それも紛れもなくあの日に聞いたものだった。
やはり目の前の少女は、あの時に出会った存在だ。あの日のことは今でもはっきりと覚えている。自らが自由になった日に遭遇した、フォースを学んでも尚得体の知れぬ存在。直感に従い、プレイガスにも秘密にしていた出来事。
その存在が、今再び目の前にいる。
シディアスは、得体の知れぬバケモノと相対するような根源的な恐怖と、それ以上に自身の数奇な運命に対する身震いするような興奮を覚えながら、あの時同様、些細なことを尋ねた。
「……なぜ、お前のような存在がこんなところにいる? 見たところ捕らわれているようだが?」
シディアスは声を潜めて問うた。プレイガスは遠くにいるが、偉大なシス・マスターである彼に聞かれる可能性がある。師に平然と隠し事をしようとする自分に戸惑いながらも、更に少女に問う。
「……この檻から、抜け出せないのか?」
シディアスの問いに、ようやく少女が動き始める。ふわりと宙を滑り、檻の鉄格子に指を近づけた。
彼女の指先が特殊磁場の格子に触れた瞬間、パチッという音とともに、絶対的な拘束であるはずのエネルギー場が、あっけなく霧散して消滅した。それが彼女の答えだった。
「抜け出そうと思えば、いつでも抜け出せる。これはただのエネルギーの網だもの」
しかし少女は再び指を離し、檻の機能を元に戻した。再び起動されるシールドの中で、彼女は言葉を続けた。
「でも、外に出ても特にやることがない。ここはそれなりに静かだし、あの男の実験を見ているのも悪くない。あれはあれでフォースのバランスを崩すものだから。……先はそう長くなさそうだけど。何より……ここなら、自分が『フォースの死』としてどう在るべきか、じっくりと考察する時間がいくらでもある」
そして、少女の虚ろな漆黒の瞳が、真っ直ぐにシディアスを射抜いた。
「それに……貴方がいずれここを訪れると、分かっていたから」
その言葉に、シディアスの奥底に眠る野心が熱く疼くのを感じた。
彼女は待っていたのだ。あの夜、運命の因果を捻じ曲げた自分を。偉大なるプレイガスではなく、このシディアスを。それがどんな意味を持つのかまだ分からない。だが、何かが決定的に動き始める予感を感じていた。湧き上がる興奮のまま、シディアスは更に尋ねる。
「そうか。だが、お前は私のことを知っていても、私はお前のことを知らない。お前は一体何者なのだ? 我が師はお前の正体を……お前が何であるかを知っているのか?」
少女は、興味なさそうに目を伏せた。
「以前も言った。私はただのフォースの願望。フォースが自らの死を望んだ末に生まれた、四人目の存在。それ以上でもそれ以下でもない。……あの男は私を真に理解出来ない。ただ、私がミディ=クロリアンを一切持たないことに苛立っているみたい。それはそうでしょうね。私はミディ=クロリアンを内包する生物とは別の存在。彼の考える方程式には、私達の様な存在はバグのようなものみたいだから。だからこうして鳥かごに入れて、理屈をこね回している」
「……やはりまるで意味が分からない。だが、師にもお前が理解できていないことは分かった。今もこうして意味の無い鳥籠に閉じ込めているからな。お前のことが理解できていれば、こんな無意味なことはしないはずだ」
シディアスの中に、次から次へと少女への疑問が湧き続ける。それはシディアスが少女に極めて強い関心を持っている証左だった。
だが、二人の会話はそこで終わりだった。背後からプレイガスの足音が近づいてくるのが分かったからだ。どうやら中々戻らない弟子を、師がついに探し始めたらしい。
シディアスは即座に表情を切り替え、何事もなかったかのように鳥かごから一歩距離を置いた。
「どうした、シディアス。ホロクロンを見ているのかと思えば、こちらで動かなくなったのを感じ取ったぞ。まさかと思い来たが、やはりこれを見られてしまったか。……その標本に興味があるのか?」
どうやらこの場にシディアスが留まっていることは、プレイガスに感じ取られていたらしい。だが会話までは気付かれていない。その事実にシディアスは安堵しながら尋ねた。
「師よ。お手を煩わせて申し訳ございません。興味があると言う程ではないのですが、周囲の物と明らかに違う造形でしたので、少々気になりまして。……見られてしまったと師は仰いましたが、どういう意味で?」
プレイガスが、忌々しそうに鳥かごを睨みつけた。
「これは私の研究における唯一の恥部だ。これはこの研究室に突然現れた。そなたも感じておるだろうが、これの周囲には完全な無がある。だが、これは注意深く観察して分かったことだが、これ自体には強力なフォースが備わっている。まるでフォースの集中だ。言わばフォースのブラックホールのような存在」
プレイガスはそこで言葉を切り、恨みがましく続けた。
「……だが、分かったことはそれくらいのものだ。最初に発見した時、私は古の神と呼ばれる存在とも考えた。ザ・ワンズ。かつてのジェダイが謳ったフォースの神だ。我ながら全く馬鹿々々しい発想だったとも。フォースの神など、シスである我々が信じてよいはずがない。フォースの神とは、我々シスのことだからな。何より、ジェダイの記録の中にも、このようなザ・ワンズの記述はない。故にそいつは私の研究における最大の謎であり、唯一の汚点だ。いくら実験を重ねても、何の反応も示さん。こうして研究室にそのまま閉じ込めておくのが精一杯な有様だ。シスである私が何も解明できんとは……これに関しては恥じ入るばかりだ。シディアス、あまり見てくれるな」
「……いえ、そのようなことはありません。私はただ少し珍しい造形だと思っただけです、マスター」
シディアスは、再び恭しく頭を下げた。
「これが何者であれ、師の研究が損なわれることは何もありません。あなたの偉大なるミディ=クロリアンの真理に比べれば、全ての物は無価値。ここを見せていただき、私にもようやく理解が追い付いてきました。お気になさる必要はありません。いずれ銀河の全てが貴方にひれ伏す。師の研究は、いずれこの物の正体をも解き明かしましょう」
「……いいや、シディアス。私がではない。我々が、だ。お前と私。二人が最後のシスとなり、この銀河を永久に支配するのだ。さあ、こればかりを見ていても詰まらんだろう。他の資料も見せよう。おお、これなどどうだ。これはわが師のダース・テネブラスが私に差し向けた刺客でな。わが師は私に隠れて、他にも弟子を育てていたのだ。だが、今ではこうして、」
満足げに背を向けて歩き出す師の背中を、シディアスは冷徹な視線で見つめていた。
プレイガスの研究は確かに偉大だ。彼に対する畏敬の念は揺るがない。だが、師は自身の探求に心を奪われ、ジェダイを滅ぼし銀河を統べるという「実践」を忘れかけている。その疑いがより一層深まった。
師は別の研究室を作ると言っていた。これだけの研究を重ねながら、まだ研究を続けるというのか。銀河の混沌は深まり、我々シスに好機が訪れる日もそう遠くない。だが、プレイガスは未だに自ら動こうとしない。
……そして何より、あの少女は私を選んだ。
偉大な力を持つプレイガスではなく、弟子である私をだ。
彼女が最初に姿を現し、こうして待っていたのは私のためなのだから。
あれはプレイガスの言う通り、我々シスにも説明できない何かだ。言うなれば現象に近いモノなのだろう。それが私を選んだということは、私こそがシスの本懐を遂げる存在なのではないか。
もし、あの存在を私こそが掌握出来たのならば……私がプレイガスより偉大な力を手に入れることが出来るのではないか。自分の描くシス帝国の樹立という野望を叶える、究極の兵器になるのではないか。
シディアスの口角が、ゆっくりと、しかし確実に吊り上がった。
(……今はまだ、私にはマスター・プレイガスから学ぶべき暗黒面の知識が山ほどある。だがいずれ……)
シディアスの瞳には、冷徹な師への敬意とともに、誰にも見えぬ胸の奥底で、暗く巨大な野望の炎が、轟々と音を立てて燃え上がり始めていた。