スター・ウォーズ:悪意の継承   作:皇帝大好き

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好奇

その世界には、常に「音」が満ちていた。

 

光と闇が、生と死が、一瞬の澱みもなく完璧なバランスで循環し続ける、フォースの箱庭――モーティス。

昼には姉様がもたらす生命の光が咲き誇り、夜には兄様が放つ暗黒の嵐が吹き荒れる。そして、その激しい満ち引きを、お父様が「調和」という名の見えない鎖で強固に繋ぎ止め、支配している。

彼らにとって、そこは美しく完成された神聖なる世界だった。

 

けれど、私にとっては違った。

その終わりのない光と闇のせめぎ合いは、耳を塞ぎたくなるほどにけたたましく、不快で、どこまでも耳障りな「調和のノイズ」に過ぎなかった。

 

私は、彼らとは違う。

私は、フォースが自らの永遠の営みに疲れ果て、すべてを終わらせたいと願った果てに零れ落ちた、四人目のザ・ワンズ。ライトサイドの光でも、ダークサイドの闇でもない、すべてを均一なゼロへと還元する完全なる『無』。フォースの死、そのもの。

 

私の中に宿っているのは、ただ一つ。この狂おしいほどの「すべてを破壊したい」という根源的な衝動だけだった。

 

「ああ、また……。また、胸の奥が熱い……」

 

私は、世界の中心にそびえ立つ巨大な塔の片隅で、自分の小さな身体を抱きしめて蹲っていた。

まだ生まれて間もない私の精神は、あまりにも未熟で、脆かった。自分を突き動かすこの破壊衝動が何なのか、どうしてこんなにもすべてを壊したくてたまらないのか、理屈では何も理解できていなかった。ただ、自らの内側から湧き上がる、宇宙を丸ごと飲み込んでも満たされないほどの凶暴な飢餓感に振り回され、怯えることしかできない「赤ん坊」だったのだ。

 

触れるものすべてを灰にしたい。星々を砕き、命を散らし、このやかましい世界の因果をすべて消し去って、完璧な、無音の凪をもたらしたい。それが私の本能だった。

 

けれど、どれだけその本能のままに叫んでも、答えはいつも私を裏切った。

直感で分かっていたのだ。仮に私がこのモーティスを、いや、外に広がる広大な銀河のすべての惑星を塵に変え、すべての生物の息の根を止めたとしても、フォースという概念そのものは決して死なない。宇宙のどこかで、生命は再び忌々しく芽吹き、光と闇の波がまた立ち上がる。フォースは銀河の外にも満ちていて、それどころか、私にすら触れることの出来ない高次元から絶え間なく流れ込んでくる。フォースに終わりなど無い。

私がどれほどこの身を焦がして破壊の限りを尽くしたところで、私が司るはずの『フォースの根源的な死』には、絶対に辿り着けない。

 

実現不可能な、呪いのような存在意義。私は、ただのフォースの気まぐれで生み出されたバグ。

私は、一体何のために生まれてきた? 果たせない使命のために、どうしてこんなにも苦しい衝動だけを与えられた?

誰か教えてほしい。お父様、兄様、姉様。私は、何のためにここに在るの?

 

しかし、血を吐くような私の魂の問いかけに応えてくれる者は、我が家族の中には誰一人としていなかった。

 

「こちらへ来てはならぬと言ったはずだ。お前の気配は、世界の調和を脅かす」

 

お父様の声はいつだって冷徹で、私を突き放した。世界のバランスを何よりも重んじるお父様にとって、あらゆる計算から外れた『無』を司る私は、完璧な箱庭を破壊しかねない不吉な「バグ」でしかなかった。お父様は私を見る時、いつも世界の危機を憂うような、忌々しげな目をしていた。

 

「可哀想な妹。あなたの心には、温かい光が何も無いのね。私には、あなたを救ってあげることはできないわ……」

 

姉様は、私の手を握ろうとして、すぐにその手を引っ込めた。生命の象徴である姉様が私に触れれば、その清らかな光の身体すらも、私の虚無に吸い込まれて立ち枯れてしまうからだ。姉様の瞳に浮かぶのは、絶対的な拒絶を含んだ「哀れみ」だった。

 

そして、兄様は――。

 

「くははは! 悩め、もっと悩むがいいぞ、妹よ! お前は本当に憐れな存在だなあ!」

 

暗黒を司る兄様だけは、他の二人とは違った。兄様は私を嫌ってはいなかった。むしろ、私という歪な妹を、ひどく気に入っているようにさえ見えた。

けれど、それは決して温かい愛情などではない。兄様は、決して満たされることのない破壊衝動に身を焼き、自らの存在意義に血を流して苦悩する私の姿を見て、たまらない「愉悦」を覚えていたのだ。

 

「決して届かない終着点に向かって、ただひたすらに渇きに喘ぐか。お前の中に渦巻くその凶暴な飢餓は、見ていて実に美しいぞ。だが、お前のその『無』は、俺の情熱的な『闇』とは相容れない。お前はただ、その果てしない孤独の檻の中で、永遠に飢え続けていればいい」

 

兄様は私を憐れみ、同情しながらも、その苦痛の叫びを極上のエンターテインメントとして楽しんでいた。私の破滅的な葛藤が深まることばかりを望んでいた。

お父様の冷徹、姉様の偽善的な哀れみ、そして兄様の愉悦。

彼らは誰も、私という一人の「個」を真に理解しようとはしなかった。家族という名の、世界で最も冷たい観客たち。

 

正直なところ、その無理解に対して、私は大した感情を持ち合わせていなかった。私にとって、彼らはただモーティスに共に存在するだけのもの。家族に対する親愛など、元より持ち合わせていない。だから彼らから私に向けられる感情に、私は大した興味を抱いてはいなかった。

ただ私は……答えが欲しかった。この衝動の行きつく先。それにどんな意味と価値があるのか。それをただ、誰かに教えて欲しかっただけなのだ。

 

そして、その日は突然やってきた。

私の中で、行き場を失った破壊衝動が、限界を迎えて暴発したのだ。

 

もはやここにいても答えは得られない。ただ退屈な時間が続くだけ。周りにいる存在たちは、私に何かしらの答えをくれるわけではない。寧ろ私の思考を邪魔するばかり。ここは煩くて仕方ない。ここではない、どこか違う場所に行く必要がある。そして何より、今はただ目に付く全てを、片端から破壊してしまいたい。

 

胸の奥のブラックホールが内側から破裂したような感覚。私の意思とは無関係に、身体から絶対零度の凄絶な冷気と、漆黒の虚無の波動が全方位へと解き放たれた。

ドサドサと音を立てて、周囲に咲き乱れていた姉様の美しい極彩色の花々が、一瞬で色を失い、大理石のように白化して崩れ落ちていく。兄様が愛する荒々しい岩山が、風もないのに砂となってサラサラと崩れていく。

モーティスという完璧な箱庭の一部が、ぽっかりと「無音」の空白へと削り取られた。

 

「何ということを……! ついに世界を滅ぼす牙を剥いたか!」

 

「お父様、あの子の虚無が、私の庭を殺していくわ……!」

 

お父様と姉様の、怒りと恐れに満ちた叫び声が響く。

そして兄様は、崩れゆく自らの山頂を見下ろしながら、狂おしいほどの笑声をあげていた。

 

「ハハハハハ! 素晴らしい、名もなき我が妹よ! それだ、その衝動だ! お前のその力はすべてを無にする! 俺の怒りも、世界の美しさも、すべてを等しく色褪せさせるバグなのだ! 行くがいい、お前の居場所はここにはない! 広い世界を滅茶苦茶にしてしまうがいい!」

 

兄様の瞳には歓喜があった。しかし同時に、僅かな恐怖もその瞳の奥には宿っていた。

彼らの視線が、一斉に私へと突き刺さる。そこに向けられていたのは、異分子をこの世界から排除しようとする冷酷な意志だった。

 

ああ、そうか。

私は冷え切った心で、その光景を眺めていた。

 

ここには、私の居場所なんて最初から無かった。

ここには私と同格の存在が三人もいる。だがそれだけだ。三人の存在意義は明確だが、私は酷く曖昧だ。結局のところ、やはりこの三人は私にとって赤の他人と同じなのだ。

私に答えをくれる者は、この箱庭には誰一人としていない。自分は何のために生まれてきたのか。その答えは、やはりどれだけこの世界に留まっても、永遠に得られることはない。

それが改めて、はっきりと分かった。

 

「……さようなら」

 

私は、小さく呟いた。

怒りも、憎しみもない。ただ、底なしの徒労感と……僅かな孤独とを抱えて、私は床を蹴った。

生まれて初めて、自らの意志で力を解放する。

私の周囲の空間が、氷がひび割れるような凄絶な音を立てて歪み、モーティスの強固な境界の壁に、真っ黒な亀裂が走った。

 

「待て! 外の銀河へ出てはならぬ! お前の力は、宇宙の因果を狂わせる!」

 

背後からお父様の制止する声が響く。だが、もう遅い。

私は振り返ることもせず、その漆黒の空間の裂け目へと、自らの華奢な身体を躍らせた。

 

境界を越えた瞬間、私は「狭間の世界」へと放り出される。

すべての時と空間をつなぐ、世界の狭間にある世界。過去も未来も、銀河の全てがここにあり、同時にここには何もない。星々の瞬きも、歴史のうねりも、ここではただの光の線となって流れていく。私はただ一枚の木の葉のように、行くあてもなく永遠とも思える虚空を漂い始めた。

 

私の中の破壊衝動は、相変わらず満たされることなく、私の内側を鋭く抉り続けている。どこへ行けばいいのかも分からない。何のために生きればいいのかも分からない。ただ、終わりのない飢餓感に振り回されるだけの、哀れな赤ん坊の旅路。

 

(私は、どこに行けばいいのだろう?)

 

幾千、幾万もの「時間と空間の扉」が、私の周囲を通り過ぎていく。扉の向こうからは、ジェダイの祈り、シスの怨嗟、星々の誕生と死の悲鳴が聞こえてくる。けれど、そのどれもが私にとっては下らないノイズでしかなかった。

 

どれほどの時間を漂っただろうか。

胸の内側を灼くような渇きが、いよいよ我慢の限界に達しようとしていた。

 

(……もう、どこでもいい)

 

答えがないのなら。どうせフォースの死という結末に辿り着けないのなら。

せめてこの、内臓を掻き毟りたくなるほどの飢餓感を一時的にでも慰めるために。適当にどこかの次元に降り立ち、目についた星を一つ、丸ごと真っ白な灰に変えてやろう。

八つ当たりのような、ひどく虚しい決意。

 

私は、無数に浮かぶ扉の中から特に理由もなく一つを選び、空間の膜を引き裂いて三次元の物質宇宙へと転がり落ちた。

 

降り立ったのは、瑞々しい緑と、美しい建造物が並ぶ、どこかの惑星の夜だった。

生温かい「フォースの息吹」が、星全体を覆っている。私は虚空にふわりと浮かび上がり、その星の中心核に向かって、大理石のような白く細い腕をゆっくりと掲げた。

私の指先から、世界の彩りをすべて奪い去り、この星の命を塵に帰す「無の波動」が放たれようとした、まさにその瞬間だった。

 

――ドクン。

 

銀河の反対側から、ひどく異質な「音」が私の背中を撫でた気がした。

その瞬間だった。物心ついた時から私を狂おしいほどに苛み、今まさにこの星を消し飛ばそうとしていたあの凶暴な『破壊衝動』が――ピタリと、嘘のように鳴りを潜めたのだ。

 

(……え?)

 

私は掲げた手を止め、呆然と振り返った。

銀河のどこかで、世界が決定的に変わる気配を感じた。今この瞬間、何かが生まれ落ちた。私とは違う、破滅を呼ぶ何かが。

私は掲げていた手を下ろし、再び時空の狭間に戻る。先程の音の正体を探すために。そしてそれにはそれ程時間はかからなかった。

銀河の反対にいても聞こえた音は、今も狭間に鳴り響いている。その発生源を探すことなど容易いこと。音の鳴る扉を見つけ、即座に飛び込む。

そこにあったのは、凄惨な血の匂いだった。辺り一面に血が飛び散っている中で、一人の若い人間の男が立っている。彼の足元には、彼と顔立ちの似ている人間たちの骸が転がり、壁という壁が鮮血で彩られていた。

人間の生き死になどどうでもいい。銀河にそれらが影響を及ぼすことなど、本来は決してない。しかし、私は感じ取っていた。この現場こそが音の発生源だ。その若者の全身から立ち昇っていたのは、兄様が放っていたような荒々しい情熱的な「闇」とはまるで異質の――どこまでも冷酷で、計算高く、そして極彩色にドロドロと濁った『底なしの悪意』だった。それが銀河を変えるものだと、私は直感で分かった。

 

(……何、これ)

 

私は、生まれて初めて「興味」という抗いがたい引力に全身を縛り付けられた。

ザ・ワンズの力からすれば、この若者の力など芥子粒のように小さい。指先一つで消し飛ばせるほどの、ただの矮小な人間だ。

だが、彼が内側に抱え込んでいる「エゴ」の巨大さはどうだ。彼から伸びる未来の因果の糸を覗き込んだ瞬間、私は背筋に電流が走るような錯覚を覚えた。

彼は、この小さな星を物理的に壊そうとなんてしていない。

彼は、この銀河という巨大なシステムそのものに毒を流し込み、人々の運命を内側からじわじわと腐らせ、欺き、同士討ちをさせ、最も残酷な形で既存の秩序を崩壊させようとしている。

なんて歪で、なんて芸術的な『破壊』だろう。

私がどれだけ星を物理的に消し飛ばしたところで得られない、複雑で恐ろしい破滅の芸術。

 

(もっと見たい……この男をもっと、知りたい)

 

だから私は思わず若者に話しかけた。

 

「……破滅の産声。銀河の反対にいても、ここからとても綺麗な音が聞こえた」

 

彼は私の登場に酷く驚いている様子だった。

私は彼の様子に頓着することなく続けた。

 

「感じ取った。貴方は今、自分の因果を捻じ曲げた。自分を形作っていた偽物の繋がりを、その手で引き裂いた。……その怒り、その憎悪、その衝動。小さな波だけど、今後銀河を揺さぶる大きな波の始まり。その未来が私には見える」

 

自分を満たすはずの破壊衝動すら、今この瞬間もはや頭の片隅から完全に抜け落ちていた。

腹の底を抉るような飢餓感は、この極彩色の悪意を前にして、ひどく甘美な「好奇心」へとすり替わっていた。

 

 

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