「つまり君は採取ミッションでここに来たはいいものの、崩落で予定のルートが使えなくなり別ルートを探しまわって今に至る…と。」
「はいっ!大体そういうかんじです!」
ナハトは、ジャブロー地下にてガクとはぐれた先で出会った少女――スバルの事情を聴いて頭を抱える羽目になった。現在、二人はそれぞれのガンプラを降りて適当な岩陰に身を隠している。周囲に彼ら以外の姿はなく、時折岩の落ちる乾いた音だけが反響している。
「…事情は分かった。君がこんな目にあっているのは俺達の戦闘の余波のせいだ。それにそのミッションは俺も経験がある。目的地まで案内しよう。」
「 (俺達……?) えっと…ありがとうございます、ナハトさん。」
スバルが内心小首を傾げながら礼を言うと、ナハトは困った表情で額に手を当てながら答える。
「ナハトでいい、よろしく頼む。まったくあのアホが…」
「???」
「こっちの話だ、気にするな。それより移動を開始しよう、近くに敵の気配はないが長居は危険だ。」
そういうとナハトは身を翻し自身のガンプラを実体化させた。光の粒子が寄り集まり、背中に一対のクロノスキャノンと翼を背負った人型を形成する。スバルも遅れまいと慌ててアルデバランに乗り込みナハトについていく。目指すは採取ミッションの目標――限定パーツデータが配置されている艦艇ドックだ。
あたりに光源はほとんどなく、脇には天井まで伸びる岩の柱と連邦軍の施設らしきものが立ち並び死角が多い。クロノス・
しばらくすると大量の水陸両用MSと戦った場所から離れたからかレーダーが徐々にその機能を取り戻してきた。
「ミノフスキー粒子が薄れてきたな…あと少しで目的地だ。」
「はい!その……一つ聞いてもいいですか?」
「かまわないが…なんだ?」
「さっき『俺達』って言ってましたよね?友達を助けに行かなくていいんですか?」
「ああ…そのことか。」
スバルの疑問にナハトは小さく笑うと軽く答えた。
「元々二人でここに来たんだが崩落ではぐれてしまってな。大丈夫だ、アイツはそう簡単にやられるようなタマじゃないからな。」
ナハトの初めて見る笑顔に思わずスバルの緊張が緩み、顔が綻ぶ。
「ふふっ」
「何かおかしいこと言ったか?」
彼の訝しげな声にスバルは首を横に振り、少し羨ましそうに言った。
「いえ…信頼してるんですね、その友達のこと。」
「付き合いが長いから慣れっこってだけだ。そんなことより……ほら、着いたぞ。」
区画を分ける大きな岩壁に空いたMS一機分ほどの大きさの通路を抜けると、巨大な艦艇ドックが姿を現した。本来ならば戦艦が修理を受けているであろうドック中央部で、採取ミッションの目標である限定パーツデータが存在を主張するように光を放っている。
「あれを回収してあとはロビーに戻ればミッション完了ですね。このあと一緒にその友達を助けに行きましょう!」
(前に俺が挑戦した時はここにボスが配置されていたはずだが…それにガクとはぐれた時の明らかに不自然な崩落の広がり方、戦闘中に送られてきたボスの出現表示といい…何か引っかかる。)
ナハトが考え込むのを尻目にスバルが意気揚々とパーツデータに向かって歩を進める。その瞬間、地鳴りのような轟音がドック全体を揺らし、床が波打つように震えた。MSでさえ立っていられなくなるほどの衝撃が彼らを襲う。
「何!?」
「下がれ!スバル!!」
あまりの揺れにバランスを崩し膝をつくアルデバランを庇いクロノス・
「敵…?」
「まったく…嫌な予感ばかり当たってくれる…!」
呆然とするスバル、口調に焦りをにじませながら皮肉気に笑うナハト。地面を突き破り這い出てきたその乱入者は獲物を狙う肉食獣のように二人を覗き込んだ。
戦艦の装甲すら貫通する爪を備えた二本の腕、その巨躯を支える脚部、紡錘形の頭部は展開し中からMSの携行火器を遥かに凌ぐ大きさのメガ粒子砲が覗いている。その威容は歩く戦艦といっても過言ではないだろう。
その機体の名は…
【SYSTEM ERROR: UNEXPECTED BOSS-CLASS UNIT HAS SPAWN 】
【NAME:
「スバル!一旦逃げるぞ、反撃のことなんて考えるな!!」
「あ…は、はいっ!」
シャンブロの巨体に圧倒されていたスバルは、ナハトの鬼気迫る声色にハッと息をのみ、慌てて機体を転身させる。だが背を向け距離を取ろうとするアルデバランを貫かんとシャンブロのアイアンネイルが唸りを上げて迫る。
「させるかっ!」
咄嗟にクロノス・
巨大な腕が無造作に振られ、装甲がひしゃげる音と共にナハトの機体は紙屑のように吹き飛ばされた。
「ナハトさんっ!」
「俺のことはいい!走れ!!」
振り返りかけたスバルに、ナハトは岩壁に叩きつけられた機体を起こしながら叫ぶ。今の一撃で右腕は完全に破壊されていた。その間にもシャンブロはホバー推進で障害物を砕きながらアルデバランに迫る。
「俺を無視してそっちを狙うかよ!」
少しでもシャンブロの気を引き付けるため左腕に持ったロングライフルを頭部目掛け乱射するが、それらは全てリフレクタービットに阻まれダメージを与えるには至らない。スバルも距離を取ろうと懸命に機体を走らせてはいるが、飛び散った瓦礫で足元が悪く速度が出せずにいる。変形して急速離脱しようにも地下通路は曲がりくねっており、下手に速度を出せば岩壁への激突は免れない。
(どうする…このままでは追いつかれる…まともにやりあっても勝ち目はない…!)
必死に思考を巡らせるナハトの視界に、アルデバランの斜め前方に空いた一般車両用の通路が写る。その瞬間、危険な賭けではあるが二人で逃げ切る方法が閃いた。
(あそこなら…お前の手、使わせてもらうぞ。ガク!)
「スバル!俺が合図したら機体から降りろ!!」
「はい…って、ええ?!本気ですか!?」
「残念ながら本気だ!いくぞ!」
「わかりましたよ!降りればいいんですね?!」
スバルが半ばやけっぱちになりながら答えると同時に、クロノス・
シャンブロは眼前の蠅を払うかのように左右に腕を振り回すが、ナハトは姿勢を低くしそれを回避。その姿勢のまま背中のクロノスキャノンを最大出力でその巨体――ではなくその真上の天井に叩きこむ。その衝撃で天井の岩盤は小規模な崩落を起こした。瓦礫がシャンブロの頭部に降り注ぎ、巻き上がる土煙があたりを覆う。
「スバル!今だ!」
呼びかけるとスバルは一瞬躊躇ったが、勇気を振り絞って機体を非実体化させ生身で地面に降り立った。同様にして地面に降りたナハトはスバルの手を引き、車両用の通路目掛けひた走る。背後でシャンブロの咆哮のような駆動音が響く中、外からは死角になる位置に滑り込んだ。
(頼む…見失っててくれよ…。)
岩壁を挟んだ向こう側ではしばらくシャンブロの駆動音が響いていたが、しばらくするとそれも艦艇ドックの方角へ遠ざかっていった。
「ふう…何とか行ってくれた、いや戻って行ったというべきか…」
ナハトは大きく息を吐き、通路の壁に背中を預けるように座り込んだ。スバルもその隣におずおずと腰を下ろす。肩で息をし、震える手を胸の前で握りしめるその表情はどこか暗かった。
通路内にひと時の沈黙が訪れる。二人が呼吸を整えた後、その沈黙を破ったのはスバルだった。
「私たちアレに勝てますかね…?」
「…君、
「ええ…はい。」
「そうか…なら知らないのも無理はない。ここ最近GBNではバグの発生が報告されていてな。具体的な内容としては、『倒したはずの敵が動いた』…『空に穴が開いた』…そして、『居ないはずの敵が現れた』だ。」
「それって…つまり?」
スバルが発言の真意を読めずに質問を重ねると、ナハトは重々しく答える。
「アレは恐らくこのミッションの正規のボスではないと考えられる。本来はフォース単位で挑むよう想定されたものだろう。だから君の質問への答えは『今の俺達では無理』だ。」
「そんなにあっさり言います?!」
あっけらかんと言うナハトに、目を丸くするスバル。しかしまた俯くように視線を地面に落としてしまう。
「…いえ、逃げてただけの私が言えることじゃないですね…ごめんなさい。」
「気にするな、俺が戦力的に判断して逃げろと言ったんだ。」
「それでも…私…」
呟くように言葉を続けるスバル。その声は非常に弱々しかった。
「私…リアルでも周りの人に助けられてばかりで…」
彼女は胸にたまっていたものを吐き出すように語り始める。ナハトは何も言わず、静かにその言葉に耳を傾けた。
それは一か月前、雨の降った日のことだった。
瞼を擦りながら自室のベッドの上で体を起こす。くしゃくしゃになった髪を手で整えながら壁掛け時計を見ると針は昼の3時を示していた。雨が窓を叩く音だけが静かな部屋に響いている。
「目、覚めちゃったな…」
再び横になり、無感情に天井を見つめていたが一向に瞼が重くなる気配はない。気を紛らわそうと傍らのスマートフォンを手に取り電源を入れた。
SNSを見ていると同級生たちの投稿が流れてくる。友達と○○へ遊びに行った…部活動の大会に出場した…
「…いいなぁ」
辛くはない。こんな生活を送り始めて十年以上だ、もう慣れた。朝起きて、学校に行って、運が良ければ最後まで授業を受けて、帰って自室で読書や絵を描いて過ごす。途中で体調を崩して早退するなんてしょっちゅうだ。使用人たちに助けられ、何とか毎日を過ごしている。とてもじゃないが部活動なんてできない。
理解している、でも憧れる気持ちだけは押さえようがなかった。画面の向こうの同級生たちは、喜怒哀楽…表情はそれぞれだが誰もが生き生きとしていた。それに比べ自分はどうだ、鬱屈したものを抱えながら部屋で一人過ごす日々。まるで籠の中の小鳥、いや外に出ても結局飛べないのだから翼の折れた小鳥が正しいかもしれない。
「私もあんな風に…誰かと…」
カーテンの隙間から見える空はどんよりと曇っている、まるで彼女の心を映したようだった。
「…寝よう」
これ以上見ていても余計に気分が落ち込むだけだ、寝て体調を戻すことだけ考えよう。そう思いSNSを閉じようとしてたまたまある動画が目に入った。
『……第十四回、ガンプラフォーストーナメント決勝戦』
「何だろ…これ?」
画面の向こうでは沢山のロボット?が火花を散らしている。その中にひときわ目立つ紫の機体があった。その機体は他を寄せ付けない圧倒的な強さで数多の敵を蹴散らしていく――当時の彼女は知りようがないが、その機体こそチャンピオン『クジョウ・キョウヤ』の駆るガンダムAGEⅡマグナムである。
画面の向こうで閃光が走るたび、冷え切った胸の奥に熱が宿るのを感じた。昴はロボットアニメだとかに興味はなかったはずなのにその映像から目が離せなかった。彼女を引き付けたのはその映像から伝わってくるガンプラへの『思い』であった。
電子の
「私もあそこに…あの
その思いは彼女の中で抑えきれぬほど大きくなってしまっていた。その後、彼女はその映像について調べてGBNという世界の存在を知り、ほとんど手を付けていなかった小遣いでガンプラに手を出した。そして初めてのプラモデル制作に四苦八苦しながら彼女の翼――アルデバランを作り上げた。
すべてはあの
「この世界に来れば…自分を変えれるかもって…けど、こっちでも何も出来てない…何も変わってない!」
スバルは話し終えると膝の上で片方の手でもう片方の手首をぎゅっと握りしめた。それまでナハトは沈黙を貫いていた。
「……すみません、今日出会ったばかりの人にこんな話して…バカみたいですよね。」
彼女は最後に吐き捨てるように言うと、再び黙り込んだ。すると入れ替わるように今度はナハトが口を開く。
「…先輩として言わせてもらおうか。」
「…え?」
少し驚いたように顔を上げるスバル、彼は真剣な表情で続けた。
「まず…自分を変えるということはとても難しい。」
「やっぱりそうですよね…」
「1人でなら…な。」
「…え?」
「確かに君はリアルでは1人だったかもしれない、でも
「俺でもよければいつでも頼れ。それに君が変わりたいと願うなら、それを叶えることで
スバルは目頭がじんと熱くなるのを感じた。
「本当に変われますか…こんな私でも。あの
「自信を持て。君はもう立派な翼を持っているだろう?」
(そっか私…もう一人で悩まなくていいんだ。)
胸の奥が痛いほど熱くて、涙が止まらなかった。
ナハトはスバルが泣き止むまでそのまま隣で静かに座っていた。
「落ち着いたか?」
ナハトの問いにスバルは赤く腫れた目を擦りながらコクコクと頷いた。
「そうか、なら行くぞ。」
「行くって…どこへ何をしに…ですか?」
スバルの疑問に彼は頭に疑問符を浮かべながら答える。
「何って、シャンブロを倒し行くに決まっているだろう。」
「で、でもさっきは無理だって…」
ナハトはその言葉に合点が行ったような顔をすると、にやりと笑った。
「確かに無理だと言った。
一週間以上空けてしまって申し訳ない…リアルがちょっと忙しくて