オリジナル女主人公・アヤが異世界へと通じる一つの輪に巻き込まれ、「アコラ地方」へと召喚されてしまう話。彼女を招き入れたレニなる博士と、終わりの見えない旅に出ることに……
外の光を一線も通さぬ実験室の中で、男は無数のデジタル画面を凝視し、それに繋がるキーボードを夢中で操作していた。やがて部屋の中央に置かれた一つの輪に無機質な光は収拾する。それは、幻のポケモンと呼ばれるものが持つとあるものに良く似ついていた。
「……ついに完成しました。異世界へと繋がる輪!」
男は誰もいないその部屋で、まるでショーを観に来た観客へ向けるように喋っている。その異様な気配にも、彼のポケモンたちはボールの中でいつものことだと瞳を伏せていた。
「これがあれば学会で私を小馬鹿にした連中も、手のひらを返して私を讃えることでしょう……ううっ、これまで長かった……本当に長かった……」
時折り涙目になりながら語る男は、最後に"それ"の起動スイッチの入ったケースを開き、息をひとつ吐いた。
「さあ! 世界を変革する力よ!ここに来たれ!!」
バンッ!と殴りつけるように赤いボタンを押すと、置かれた輪から眩いばかりの光が放たれたため、彼は眼鏡の上から目を覆うしかなかった。
やがて終息する光の中心には、一人の女が気絶したように倒れ伏していたのだった。
男は静かに近付きギョッとしたのは、女が寝巻き姿であったことと、その手にぬいぐるみを抱えていたことであった。しかし、そのぬいぐるみは見慣れたポケモン……ポッチャマのものであったので、彼は心の中で良しッ!と拳を握る。
「そう! 『ポケモンのことを知る異世界人』を呼ぶために、私はこのような実験を日夜繰り返していたのですから……!これは大成功と言って良いのではないですか!やはり私は天才です!」
誰に言うでもなく大きな独り言を話す男は、その声で女が目覚めかけているのに気が付かない。「ううん……」と覚醒途中の女に気付かず、自分の偉大さに自惚れ喋り続ける男。
「んっ……えっ、ここは……!?」
女が完全に目覚め、周囲を見渡せばそこは数多くのモニターに囲まれた薄暗い場所。目の前には白衣に眼鏡をかけた男が一人。自分の着ている服を見ればパジャマ姿であり、側には自分が寝る時に抱いていたポッチャマのぬいぐるみが置かれている。
「え、な、なに……!? あなた、誰ですか!?それにここは……!?」
「パニックになるのも頷けます、しかし、落ち着いてください」
「お、お、落ち着けと言われても……!」
「いいですか? 私はあなたを異世界より召喚した……そうですね、トリップさせたと言えば分かりますでしょうか?」
「は? え? 異世界トリップってやつ……!?」
訝しんでぬいぐるみをぎゅっと抱く女に、めいいっぱいの笑顔を作り語りかける男。
「話が早くて助かります。私はレニ・パフ・アンドロポヨフ博士。呼びにくければ、レニと呼んでいただいて構いませんよ」
「れにぱふ……? はあ……そうですか……?」
いまだに頭がこんがらがっている女は、現実を止められずキョロキョロと実験室を見回す。そこで、自分が出てきたであろう一つの輪を見付け、「これは……もしかしてフーパのリング……?」と指を指す。
「その通りです!正確に言えば、私がそれを真似て作り出した模造品なのですが。素晴らしい! 知識もそれなりに期待できそうですねえ……」
見定めるようなレニの不躾な目線に女は居心地が悪くなる。「私、異世界に来ちゃったんだ……」と小さく呟き、不安に駆られてまたぬいぐるみを強く握りしめた。
「そうそう、あなたのお名前をお聞きしていませんでしたね。伺っても?」
「えっ、ああ……私はアヤって言います……」
「ではそのように呼ばせていただくとして……とりあえず、まずは着替えていただきましょう」
アヤは自分の格好が今更ながら寝巻であることに気付き、顔を赤くしたのだった。
暗い実験室からこれまた薄暗い廊下を歩くと、またもや研究所のような白い部屋に案内される。「女性の服はありませんから、私のお下がりを羽織っていてください」とTシャツにショートパンツを渡されるアヤ。「あの、着替えるので……」とレニに退席を促すが、気付かれなかったようなので「あの! 着替えるので向こうを向いててもらっても良いですか?」と語尾を強めて求めるのだった。
「ああ! 気が利かなくて悪かったですね。私は隣の部屋にいますから、着替え終わったら呼びに来てください」
やっと退席したレニの後ろ姿を見てアヤはため息をつく。彼には少しデリカシーがないのかもしれないと結論付けるが、今は彼に頼らなければ元の世界に戻れる保証もないのだと恐怖すらも感じていた。
瓶底眼鏡の奥にどこまでも隠れた瞳に、人間離れした長く白い髪……。ポケモンのことを知っているようだが、自分がゲームでプレイしてきた中にレニというキャラクターは聞いたことがない。もしかして並行世界に迷い込んでしまったのではないか?などと考えると、不安が過ってたまらなくなってしまう。目の淵に溜まった涙の粒を拭いて、彼女は服に手を通したのであった。
「すみません。あの、着替えてきました……」
隣の部屋はレニの私室になっているようで、本が無造作に床に置かれて重なっていたり、ベッドの上には白衣が投げかけてある。ゴミだらけの部屋ではないことが救いではなるが、足の踏み場は少ししかなかった。彼女がうまく進めず立ち尽くしていると、レニはソファの上に置かれていた分厚い専門書を取っ払い、空いたそこへ座るようにアヤを促す。
「なにか飲み物はいかがですか。気分を落ち着けるハーブティーもありますよ」
「……じゃあ、それをお願いします」
奥のキッチンに消えたレニの後ろ姿を見ながら、アヤは再びため息をつく。どことなく全面的には信用し難い男だと女のカンが告げているためだ。
「熱いので気をつけてください」
来客用であろうティーカップとソーサーに安堵するアヤ。この部屋の散らかり用と彼の研究者のような出たちからしてみたら、もしかしてビーカーやら試験管で飲み物が出てくるのではないかと想像していたためである。
「……いただきます」と少量を口に含むと、カモミールに似た香りが口の中に広がった。
「あなたが落ち着いてきたところで、まずはこの世界のことを紹介せねばなりませんね。説明が難しいようでしたら仰ってください」
アヤは頷き、レニの言葉を促す。彼は近くにあったホワイトボードに書かれた数式を消して、地図を磁石で貼り付けた。
「ここは、アコラ地方と呼ばれています。この地を治めている国は大きく二つあり、それらによって二分割されていると言っても過言ではありません。一つはソピア王国、もう一つはディエイラ皇国……ここまでついてこられていますか」
長い棒を持ってきたレニが、地図で国をなぞるように説明してくれていたので、アヤは大丈夫だと続きをうながした。
「今この場所はその二つのどちらにも属さない、中立国のヨハナに私が所有している研究所です。研究所といっても、研究員たちは皆去ってしまいましたが……ぐぬぬ」
何か訳ありな様子のレニが唸るので彼女も事情を察して詳しく聞かないことにした。のだが、彼は聞かれてもいないのに語り出す。
「加えて、トレーナーを目指す少年少女たちが研究所にポケモンを受け取りに来るためにこちらを訪ねてはいたのです。まあ私の威光に恐れをなして、最近では隣町の博士のほうに貰いに行っているようですが……」
(この人、実は全然人に好かれていないのでは?)とアヤが思い立った時、それに気づいたのか「べっ、別に他人の評価などどうでも良いのです!私の研究が上手く行きさえすれば、手のひらを返して崇めるに決まっています!!」と力説する。
「ごほん、話が逸れました。そう、私は考えたのです。幻のポケモンと呼ばれたフーパの力を使い、異世界でも並行世界でも何でも良いので、『ポケモンが鑑賞物として存在する』世界より人を招けば……このチンケで軽い知恵しか持たぬこの世界の愚かものどもも恐れ慄くとね!」
「……ちょっと、あまり言っていることの意味がわからないですが……」
自分語りを終えハハハと高笑いをしだすレニに、実はとんでもないところに連れてこられてしまったとアヤの心臓が痛くなる。
「なんですって? いいですか、ポケモンが鑑賞物として愛でられている世界ならば、まだ見ぬ幻や伝説と呼ばれたポケモンのデータさえも自由自在に閲覧することができる……賢い私はそう考えたのです」
「確かに、私のいた世界ではポケモンは『作られたもの』、『実際には存在しないもの』、『ゲームの中のもの』ですが、ポケモンたちのその全貌はデータとして見ることは出来ました……」
「そうでしょうそうでしょう!情報とはそれ即ちアドバンテージ!あなたから知識を得れば、私はもっともっと知的好奇心を満たすことができる上に、ほかの学者どもを見返すことができるという訳です!」
「ええ……!?」
(やっぱりこの人、怖いかも)と彼女が思い始めた矢先、
「おや……なんだか外が騒がしいですね。覗いてみましょうか」
と、レニは玄関の方へと歩み始めるので、アヤもそれに続くことにした。
「はいはい、どなたですか」
とレニがインターフォンの画面越しに話しかけると、
「開けろ! !レニ・パフ・アンドロポヨフ!!キサマに逮捕状が出ている!」
と、騎士のような格好をした二人組が立っている。アヤはギョッとし、レニの方を伺う。
「ハア? 心当たりがありませんが。どんな罪状なのです?」
「ディエイラ皇国における国家機密漏洩罪だ!扉を開けんか!!」
「まったく心当たりが無いので開けません。それでは」
「えっ、ええ……?良いんですか……?」
騎士たちの威圧にひょうひょうとした態度を取るレニに、アヤはどくどくと心臓の早まりが強くなるばかりである。
「き、キサマ……強行突破しても構わんのだぞ! ガーディ!」
騎士たちはモンスターボールからガーディを繰り出すと、アヤは「すごい、夢にまで見た本物のポケモンだ……!」と感激する。「この環境でそのようなことを言う、あなたも大概なのでは?」とレニは苦笑する。
「中には女もいるのか!? ええい、ガーディ!ひのこ!」
「ガーディ!負けじとひのこだ!」
研究所の扉を目掛けて火を吹く二匹のガーディだったが、「すみませんねえ。防火扉なのです」と表情を変えないレニ。
「……ならばかみなりのキバだ!」
「なんですって!?」
と、一人の騎士が攻め方を変えると、レニは明らかに動揺した。すると、扉のほうも傷が入ったようで……
「マ、マズい……でんきタイプの技に耐性は付けなかったのですよね……まさか使ってくるとは夢にも思わないではありませんか!ぶつぶつ……
……アヤ、あなたは裏口から逃げなさい。ここは私が食い止めます」
「……えっ、でも……!」
「バトルは得意な方ではありませんが、仕方ありません。しかし牢屋に入れられてあなたと離れ離れになるほうが悪手ですからね」
二人がかりで戦われたらレニは不利なのではとアヤは察する。自分にも何かできることがないかと思考を凝らしたときに、自分がゲームでやっていたように、博士からポケモンを受け取り始めてのバトルをする……レニも言っていたように、トレーナーを目指す子どものためのポケモンが研究所にいるはずだと結論付けた。
「私も戦います! 子どもたちに授けるためのポケモン、この研究所にもいるんですよね!?」
「ええ、それは居ますけども…… ……私の自室に戻りなさい、あなたのお好きなポッチャマもいますよ!」
アヤの眼光を受けて、扉がだんだんと壊される中でレニは光明を見たのか……彼女が部屋に向かって走るのを眩い目で見つめていた。
本の山を崩さぬようにしつつも急ぐアヤは、先ほど説明を受けたホワイトボードの向こう側にいくつかモンスターボールを見つける。
「あっ、あった……!!」
本物のモンスターボールを手にした感動もそこそこに、レニの待つ玄関先へ急ぐ。
「ははっ! そろそろ扉が壊せるぞ!」
「そうですねえ……皇国に修理費と慰謝料を払っていただかなくてはなりません」
「そんなに余裕ぶっている場合か!すぐに牢屋にぶち込んで、汚い飯を食わせてやるから覚悟しろ!」
騎士が最後のかみなりのキバを命じたときに、凄まじい音と共に防火扉が壊れる。
「……レニ博士! 今戻りました!」
二人の騎士と二匹のガーディを前に、ドキドキと高鳴る心臓を手のひらで抑え、己のモンスターボールを構えるアヤ。
「なんだなんだ? 天涯孤独のレニ博士に、ちちくり合う女がいるとは聞いてなかったぞ」
と小馬鹿にしたように笑う騎士たちに、「私の崇高な目的を理解しない者に、何を言われても構いません。安い挑発ですね!」と言いつつも眉間に深い皺がよるレニ。自身のプレミアボールを取り出し、これまた深いため息をつく。
「行きなさいランプラー!」
「ポッチャマ! お願い……!」
ガーディたちがグルグルと喉を鳴らすと『いかく』が発動し、ランプラーとポッチャマは怯えて攻撃が下がる。
「特性は『もらいび』ではないみたいです! ほのおの技が通じるみたいですね」
「それはありがたいですねえ……ランプラー、ねっぷう!」
二匹のガーディに当たる攻撃だが、「タイプ相性も分かってねえのか!?」と騎士の一人は嘲笑する。
「し、仕方ないでしょう……!日常的に役に立つような技しか覚えさせていないのですから……」
「……あれ? ポッチャマ……?」
いかくを二回受けたにも関わらず、ポッチャマはぐんぐんとやる気を出したように見える。
「そうか!あなたは夢特性『かちき』なのね! だったら……みずでっぽう!」
命中したみずでっぽうは、一撃で一匹のガーディを戦闘不能に陥らせる。
「くそッ!俺のガーディが一瞬で……!?気をつけろ!この女強えぞ!」
「そんなことは分かってる!ガーディ、かたきうち!」
ポッチャマを狙うガーディに、「庇いなさい!」とレニのランプラーが回転しながら前へ出る。ゴーストタイプにノーマルタイプの技は無効。ガーディはランプラーをすり抜けた。
「あっ、ありがとう……ございます」
「ダブルバトルの基本は協力ですからね」
「……これで終わりよ!ポッチャマみずてっぽう!」
「ガーディ!かみなりのキバ!」
雷を携えてガーディが迫り来る前に、ポッチャマの水鉄砲は命中する。『かちき』によってとくこうが四段階上がっていたおかげで、弱いレベルのポッチャマでも倒すことが出来たのだなとアヤはバトルを振り返った。
初めてのポケモンバトルに息をつく間もなかったアヤは深く深くため息をつき、しかし騎士たちを前に気を抜いてはならないと向き直った。
「ぐぅう……今回は引いてやる」
「皇国に楯突いたこと、後悔させてやるからな!」
そう捨て台詞を吐いて騎士たちは去っていったあとで、ヘナヘナとレニとアヤはへたり込んだ。
「あなた、ポケモンのいない世界から来た割には、バトルの才能もあるのですねえ……」
「レニ博士には無いんですか?」
「な、な、な、失礼な!私は実験漬けで、バトルを実戦する機会がそれほどなかっただけですッ!」
ぷりぷりと怒るレニに、ようやく笑顔を見せるアヤ。
「それにしても、やはり知識としてポケモンのことを熟知している人間がいると言うのは"アド"ですねえ……」
(アド……?)
「……さて、これからのことを話しましょう」
話を変えるレニに少しばかりの引っ掛かりを覚えるが、空いたままの玄関の扉から遠くを見る彼に何も言えなくなってしまう。
「ディエイラ皇国からの逮捕状が出ていると先ほどの兵士たちが言っていましたから、私はそれを撤回したいところですが」
「では、皇国に乗り込みに……?」
「いえ、私は諸事情により皇国には……まあそうですね、それも一つの手としてはありますが、それよりソピア王国に用があります」
「はあ……そうなんですか?」
「なにをぼけっとしているのです? あなたも行くのですよ!あなたも!」
「えっ、私も!?」
名指しされたアヤに、レニは叱責する。
「私一人の戦力では道中不安ですからね……それに、あなたの存在を、いや、異世界からの来訪者を呼び寄せた私という天才の存在も知らしめなくては」
どこまでも自分本位を隠そうともしないレニだが、今はこの人を頼らなくては生きていけない……とぐっと堪えるアヤ。
「旅立つ準備がありますから、ここで待っていてください」
レニが消えた先の私室を見、トボトボとソファへ歩き座っていると、ボールからポッチャマが飛び出してくる。そして自分の胸を叩くと、ドヤ顔を浮かべるのであった。
「自分に任せておけって言ってるのかな……? これからよろしくね、ポッチャマ」
アヤはポッチャマを自分が持ってきたぬいぐるみのように、ギュッと抱きしめたのだった。
第一話 酔生の世界より