酔生の世界より   作:ウマイアマイ

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第二話

 

「準備に手惑いました……。お待たせしました」

なかなか現れない彼を待ちながらソファでうたた寝をしていたアヤの前に、レニが現れそう伝える。

「えっ!? それ全部荷物ですか……!?」

レニは白衣を脱いでジャケットを羽織っていた。白く長い髪は太い三つ編みで結われており、そしてその背中には巨大なリュックサックを背負っており、今から山登りに行くか遠出でございという出立ちであった。

「当たり前でしょう。研究所の入り口が壊され私が外出しているとなれば、いつなんどき不届者に忍び込まれるかわかりません。貴重品は身につけていなくては!」

どどん、とメガネを光らせるレニだったが、アヤの目は厳しい。ひょろっとした細身の彼が「ああ、重たいですねえ。あなた代わりに持ってください」などといつ言い出すかは分からないのだから。

「……何か失礼な妄想をしていませんか? あなたも必要になるでしょうから、私のカバンを貸して差し上げますね」

と、言われてもいないのに押し付けるレニ。「ありがとうございます……?」とアヤは戸惑うが、確かに持っていて損はないだろうと受け取った。

「そうでした、あなた裸足ではないですか。……急拵えですがこれを履いていてください」

と、サンダルを履くことになった。

(今の格好、すごくゲームの初期アバターみたいな感じかも……)と、アヤはレニから貰ったTシャツ、ショートパンツ、サンダル、カバンといった装備の感想を漏らす。

「そうでした! 寝る時用に、ぬいぐるみも持っていきますか?」と揶揄うレニに、「だっ、大丈夫ですから……!!」と恥ずかしがりながら反論したのだった。

 

「結構大きな研究所だったんですね……」

外に出、研究所の外装を初めて見たアヤはそう感想を漏らす。他に建物はなく、森に囲まれていた。

(ウバメの森ってこんな感じなのかな……? ここにも祠があったりするのかな)

周囲を見回し、他に店もないここでどうやってレニが暮らしているのだという疑問に思う彼女に気付いたのか、「……月一で配達員が来るのです。食のこだわりはないので、適当に長期保存の効く食品を届けてもらっています」と答える。

「なるほど……」

だからそんなに細身なのかと口を滑らせそうになるアヤに、「フンッ」っと鼻息を強くするレニ。「私は脳と顔に栄養が入っているので、肉体の方はどうであろうと構わないのですッ!」と力説をする。

確かに、異世界の存在を信じ、そこから人間を召喚するといった技法を用いることが出来るのだから、さぞ頭は良いのだろうと振り返った。顔の方はというと、瓶底メガネで大半が隠れてしまっているので、よく分からないが。

「ゴホン……まずはヨハナ中立国とソピア王国の国境へ向かいましょう。それまででも長い道のりにはなると思いますが、くれぐれも逸れたりすることのないように。分かっているとは思いますが、逃げ出そうなどとは考えないでくださいね」

「……わかりました」

 

レニと逸れてしまったら、ポッチャマと一人一匹、訳の分からぬ地方に取り残されてしまうのだと考えたアヤに悪寒が走る。それに出来るならば今にでもここから逃げ出したいが、そうしたくても出来ないのだとギュッと手のひらを握りしめると、ポッチャマの入ったボールが心配を見透かしたように一度揺れた。

(今は素直に、レニ博士について行くしかない……)

彼の目的はいまだ分からぬままだが、いつかドジと語り口調が祟って口を滑らせるのではないかとアヤはうっすら思っているのだが、それを表には出さない。

そんなことで飛び出してきたむしポケモンたちとバトルをしていたり、それ以外では二人とも黙って歩いていたのだが、やがてゼーゼーハアハアとレニの吐息が荒くなる。

 

「……やはり物を詰め込み過ぎたやも知れません」

「やっぱり……」

案の定言い出したとアヤは驚かない。

「なんですかその目は? 私のかわいい凡ミスですよ? 笑いたければ笑いなさい。ハア……少し休みましょうか」

鬱蒼とした森の中で、小屋を見つけたレニがそう提案する。アヤは頷き、木で作られた椅子にやっと腰をかけたのだった。

大きなリュックサックをテーブルの上に置き、一人でおいしいみずを飲み出すレニにアヤはジト目を送るが、瓶底メガネの奥の瞳は全く揺るがずそれを飲み干してしまう。別段そこまでの疲れは感じていない彼女だったが、他人に気を遣うことのないレニの鈍感さに少しばかりの嫌気がさしてしまっていた。この調子で目的地である王国まで無事に行けるのだろうかと短くため息をつく。その時……

 

「! ランプラー!ねっぷう!」

何かに気付いたレニが、素早くボールを投げて反応する。勢いよく飛び出してきたランプラーがアヤを飛び越え、辺りに熱気を浴びせると、煙幕の奥からは一人の騎士とガーディが現れた。

「チッ! 気付かれてたか……! レニ・パフ・アンドロポヨフ! 部下たちの仇打ちだ!!」

口調からするに、研究所で戦った先ほどの騎士二人の上官であろう兵士はそう告げると、アヤの背後から不意打ちを仕掛けようとしていたガーディを自分の前へと呼び寄せる。

「あっ、あのガーディの姿は……!? レニ博士、ほのおタイプは、ダメです! お願いポッチャマ!」

「何ですって!?」

ガーディの姿の違和感に気付いたアヤが、レニの前にポッチャマとともに並び立つと、騎士は低く笑いだす。

「皇国騎士団の中でも数少ない、特別なガーディの姿の見分けがつくとは……そこの女! 何者だか知らんが、アンドロポヨフの味方をすると言うのなら容赦はせん!」

レニはランプラーをボールにしまい、「アヤ、ここはあなたにお任せしてもよろしいですね」と告げる。

ガーディがほのお・いわタイプの……元のいた世界では『ヒスイガーディ』と呼ばれていたポケモンだと咄嗟に判断したアヤだったが、レニと別れないためにもこの勝負も勝たなくてはならないと高鳴る心臓を押さえる。

遠吠えを上げて『いかく』するガーディに対して、ポッチャマのこうげきは下がるが、『かちき』によりとくこうが上がった。「みずてっぽう!」と狙いを定めるが、「かわせ!」と命じられたガーディはポッチャマの後ろに素早く回り込む。

「かみつく攻撃!」とキバが迫るのに反応できず、ポッチャマはみずでっぽうを出す前にひるんでしまう。

(みずでっぽう以外の、ポッチャマの使える技は……!?)

アヤは実際のバトルのペースに馴染むことができず、思考を巡らせるばかりである。

「えっと……ポッチャマ、なきごえ!」

来るべきガーディのかみなりのキバに備えこうげきを下げておく作戦を取ったものの、「ガーディ! かみなりのキバ!」と、直撃するでんきタイプの技の前でポッチャマは痛みに耐える。

「こうそくいどう!」とさらに命じる騎士の手慣れた様子に、自分には圧倒的に実際の経験が少な過ぎると打ちのめされてしまっていた。

「ああもう! 何をしているのです!? 見ていられませーん! あなたに渡したポッチャマは、この私が差し上げた特別なポッチャマなのですよ!?」

外野でレニがぎゃあぎゃあと騒ぐが、騎士は迷うことなく「今更何かしようったってもう遅い!」とガーディにとっしんの命令を下す。

 

「特別なポッチャマ……!? そうだわ!!

 

…… 『うたう』!!」

 

それは、彼女が誰よりもポッチャマを愛していたから出た言葉であり、技であった。

いつかあるとき、ポケモンのゲームの中で、一度だけ配信された、素敵なリサイタル記念のプレゼント……特別なポッチャマの記憶。

自分のポッチャマにも『それが出来るはずだ』と強く信じたアヤに答える形で、ポッチャマは喉を開き綺麗な旋律を奏でる。ガーディは疾走を止め、いびきをかいて立ち止まってしまう。

「これで終わりです! みずでっぽう!!」

すやすやと眠るガーディに、みずでっぽうが直撃する。

「ああっ! ガーディ!! 出世祝いに、貰ったばっかりだってのに!」

そのまま戦闘不能になったガーディを、騎士はボールへと戻した。

「くそ……騎士団のメンツ丸潰れじゃねえか……! そこの女、覚えていろ!!」と去って行く騎士に、「いかにも悪党が言い放つ捨て台詞ですねえ」と呆れた様子のレニだったが眼鏡のブリッジを上げてアヤへと向き直った。

「……確かに特別なポッチャマとは言いましたが……ここまでのことをしでかすとは思いませんでした。

だって、この世紀の天才たる私から送られるポケモンというだけで、少年少女はスペシャルに感じてしまうでしょう?」

「えっ、そんな意味で"特別"って言っていたんですか……?」

「そうです。それ以外になにかありますか? そのポッチャマにそのようなポテンシャルがあるとは、夢にも思いませんでしたよ。いやあ、素晴らしいバトルでしたね。回復して差し上げましょう」

話をするだけ話したあとで、レニはリュックサックで持ってきていたサイコソーダをポッチャマに飲ませている。

アヤは連戦の疲れからか、ふうと深くため息をついて小屋の椅子に座り込んでしまっていた。

「……すみません、私にも飲み物をいただけませんか?」

「わかりました。何がよろしいでしょうか」

と、レニはテーブルの上においしいみず、サイコソーダ、ミックスオレを並べて見せた。アヤはサッパリと喉を潤したかったのでおいしいみずを選び、(察してくれないなら、自分から言えばいいのね)と思いながらごくごくと飲み干したのだった。

 

「さあ、もうすぐ隣町に着きます。万が一にも、更なる追手が来る前に先を急ぎましょう」

「そうですね……」

アヤは、歩きながら自分の世界でのポケモンバトルではないこの世界のバトルのことを考えていた。ポケモンの使える技、距離の詰め方、そしてタイプ相性や特性の知識。それらをフルで頭の中に総動員して行われる戦いに、果たしてこれからも自分はうまくやれるのかと不安に駆られていた。

「あなたは、上手くやっていますよ」

レニの手のひらが、暗くなった表情のアヤの頭を軽く叩く。叩いた後で、みるみる内に青ざめていくレニ。

「あっ、これは、その、親しくもない人間がこのような事をするのは迂闊でしたね」

「……別に、大丈夫ですよ」

この人はコンプライアンスがしっかりしているのかいないのか、よく分からないなと思うアヤ。

「それにしても……やはりそのポケモンの知識、バトルの戦略、目を見張るものがありますねえ……

元いた世界に実物のポケモンはいなかったとのことですし、『げーむ』の中の物だとも話していましたが、あなた以外の者もあなたのような豊富な知識をお持ちで?」

「いえ……ポケモンの名前を数匹しか知らないと言う人もいます。

ゲームをやっていても、タイプ相性や特性を全部網羅している人も少ないでしょうし、まちまちだと思います……私だって競技としてやっていたとかそんなわけではなく、本当に知識のある人に比べたら詳しい方ではないので……」

「なるほどそうでしたか……。ですがその玉石混交の中でも、あなたという申し分ない人材を呼び寄せることができたのは、私の日頃の良い行いのおかげですね!」

キラキラと目を輝かせるレニに、この人は本当に何でも自分のことに持っていくなあ……と冷めた目を送るアヤであった。

 

第二話 唯一無二の断片

 

▼▽▼▽▼▽

 

時は少し遡って……

 

「上官殿! れ……レニ・パフ・アンドロポヨフの身柄、確保することが叶いませんでした……!」

「も、申し訳ございません……そこに居合わせた女に邪魔をされて……!」

二人のガーディ使いの騎士が、上官の目の前に土下座をする勢いで謝り倒す。

「二人がかりで何をやってるのだ!くれぐれも内密に行動しろというのに、女に目撃されただと!?」

失望を隠せないというように怒鳴りつける主人の姿に、パートナーのヒスイガーディもグルルと喉を鳴らす。

 

「……まあまあ、そうガミガミ怒らずともよォ」

その会話を眺めていた一人の男……騎士たちと違い、明らかに格の違う風貌の彼は、豊かな黒い長髪を無造作に流している。鎧も特注品だというようで、よく鍛え上げられた腹筋とヘソが隙間から覗いていた。

「ヴァーリカ様……そうは言ってもですね? 我々は秘密裏に行動せよと陛下からの直々のご命令を受けているわけですよね……」

ヴァーリカと呼ばれた男は、様付けされていることからこの騎士たちの中で一番の権力を持っていることが伺える。

「ごちゃごちゃ五月蝿えなあ! レニとかいう博士をとっ捕まえて、陛下の前に差し出しゃいいだけの話だろ?」

(それが簡単に出来りゃ苦労しねえよ!)と、負け返った騎士の一人は心の中で毒付く。

「おい、てめえ、今オレ様に楯突いたか?」

「えっ……!……い、いえ、そのようなことは……!」

眼光を鋭くして声を低くするヴァーリカに、騎士は心を読まれたことから心臓が飛び上がる思いをする。

「ヴァ、ヴァーリカ様、この二人の上官たる私が、必ずや成果を出してみせますので……!どうか穏便に、ご慈悲を……」

部下の騎士を庇うさまをつまらなそうに見ていたヴァーリカだったが、「まあ、てめえがそう言うんなら頼むわ」

「え、ヴァーリカ様は同行なさらないのですか……?」

きょとん、とする上官の騎士に、「オレ様はやることがあんだよ。犯人は現場に戻るっつーし、レニの研究所を見てから行くわ」

「だから一人で頑張ってこいよ〜」と手を振りながら背中を向けるヴァーリカに、騎士たちはポカンとして各々の顔を見合わせるのであった。

 

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