「おーおー! 派手にやってくれたなあ、オレ様の部下たちは」
壊れた玄関の扉に、荒らされた室内。レニ・パフ・アンドロポヨフの研究所に土足で上がり込んだヴァーリカは、そう感想を述べた。
周囲を見回した後に、ズカズカと歩いてレニの私室の扉へとゆっくりと近付き、足蹴りでそれを開けたのだった。
「……げ、汚ねえな。汚部屋ってやつじゃねえかよ」
床に積まれた本の多さにそう感想を漏らすと、本の山が崩れるのも気にせず歩みを始める。ホワイトボードに貼られた世界地図をチラリと見、その奥にあるレニの机の上を眺めた。ポケモンが入ったモンスターボールが何匹か残されているが、それは彼の目的のものではなかったので、ヴァーリカは大きく舌打ちをしたのだった。
隣のキッチンを覗き、冷蔵庫の扉を遠慮なく開ける。長期保存の出来る栄養食しか入っていないそれを隈なくかき分けたヴァーリカは、「ろくな食いもんも入ってねえのか」とため息をついた。
その後も捜索してはみたもののめぼしいものを見つけられずリビングに戻ってきた彼は、ソファにどかっと座り込んで瞳を閉じる。
「隠し扉やら部屋やらがあると思ったんだが、見当たらねえなあ」
と一人ごちて、笑う。ひとしきり声をあげて笑った後に、真顔へと帰ったヴァーリカの表情は、その場のものを威圧する厳しさがあった。
すると、座っていたソファに置かれた、ポッチャマのぬいぐるみに気付く。
男一人暮らす研究所に、丁寧に置かれたポッチャマドール。レニ博士がそういう趣味ならば違和感はないが、ヴァーリカはその異質さに気付いた。ぬいぐるみの頭を片手で持ち上げると、鼻を近づけ犬のようにクンクンと嗅ぐ。
「……この部屋に漂うヤツの匂いがしねえな……これは女の匂いか?」
部下たちの報告にあった、自分らを退けたというレニに付き従う女。
「……レニ博士と……痕跡の少ない女……ねえ……」
その痕跡を見つけたヴァーリカは、周りの部屋から漂わずポッチャマのぬいぐるみだけに香るそれから一つの仮説を思いつき、傷だらけのスマホロトムを取り出してある人物へと通信をかける。長い着信音の後で、一人の女性が通話に出た。
「…………はい。こちらはフィリオン様のスマホロトムでございます」
「おいおい! 本人はどうしてんだ、本人はよ」
「フィリオン様は、只今お疲れでおやすみになられております」
「……まあいいや。頼みがあるンだよ」
ヴァーリカは、(奴が休んでるってことは、時間がかかるかもしれねえな)と少し失望する。しかし女は気にも留めないようで、淡々と「要件はなんでしょうか?」と聞いた。
「レニ……なんとか……なんだったか、まあいいや。正式名称は忘れたがレニ博士って知ってっか? 直近の、学会に提出された奴の論文の内容が知りてえんだ。調べておいてくれよ」
「レニ博士の論文ですね。フィリオン様にお伝えしておきます」
「頼むわ」
通信を切ったヴァーリカは片手で頭を掻き、「はぁーあ。どうしたもんかねえ」と呟いたのだった。そしてポッチャマのぬいぐるみを優しい手で撫でながらも、「オレ様たちの包囲から、逃れられると思うなよ」と凄んだのだった。
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第三話 隔離世語り
「ゼエ、ハア……着きましたね」
息も絶え絶えといった様子のレニを尻目に、アヤは入り口の看板でここが「ミノリタウン」だと知る。
「宿屋で荷物を置いて、休みましょう……」
と、また休む事を考えている彼だったが、アヤの体力はぜんぜん減っておらず、それよりもとレニに声をかけるのだった。
「あの、服屋ってないですか? 森を抜けて、かなり汚れてしまって……」
アヤは少しの嘘も交えた。このような軽装で王国へ行くとなると、道中かなり恥ずかしい。それに、気の利かないレニはそれが分からないだろうと踏んで、先んじて話しかけたのだった。
「確か左手にあったと思いますよ。私は宿で部屋を取ってきますので、これで好きに買い物なさい」
と言って、黒いカードを投げて渡してくるものだから、アヤはギョッとしてしまった。「ちょっ、待ってください、これって……!」とすべてを話す前に、レニはさっさと宿の方へと歩いてしまう。
(逃げるなって言ってた割には、無防備すぎない!?)とブラックカードを眺めていたが、逃げ出して行くアテもないししょうがないか……と、歩み始めるのであった。
ブティックで一通りの服を見繕った後(レニに遠慮して安めの服装を選んだ)、アヤは宿屋へと入る。
「らっしゃい!レニ博士から話は聞いてるよ。部屋は103号室だね」と店主から声をかけられ、扉の数字を参考に部屋へと向かう。ようやく一人で一息つける……と思いドアを捻ると、そこにはツインのベッドの内の一つに座ったレニの姿があった。
「えっ、えっ、ええ……!?」
「なんです、そのハトーボーが豆鉄砲を食らったようなお顔は? ここしか部屋が空いていないとのことでしたので。私もすご〜く不本意ですが、そういう事情ならば仕方ないでしょう」
なんで私以上に嫌がっているのだ、とアヤは不服であった。そして寝るベッドが別なだけマシだ!と言い聞かせて、備え付けの椅子に座り込んだ。
レニはテレビの操作をしていて、番組を忙しなく切り替えて何かを探しているようであった。
「……皇国で私の逮捕状が出ていると彼らは言っていました。しかしどのメディアでもそのような話題は上がっていません。この天才博士がよもや逮捕!? などと、トップニュースになっているのだと思っていましたが。
……逆になっているものだとしたら、過去の嘆かわしい私の姿が晒されるものだと怯えていましたが、大丈夫そうですね」
自身の逮捕よりも過去の写真映りの良し悪しを気にするレニに、(この人、ほんとに心臓に毛が生えているのでは?)とアヤは心底驚く。
「じゃあ、騎士が追ってきたのは嘘の罪状だったのでしょうか?」
「それがですねえ……あながち偽りだとは思えません」
と、断言に近い表現をする彼にアヤは首を傾げる。
「国家機密漏洩罪……身に覚えがないと思っていたのですが、歩いている間に思い出しました。これを……」
と、大きなリュックの中から装丁が豪華ではあるものの薄い一冊の本を取り出して、表紙を撫でる。
「皇国の図書館から借りてたこの本……どうやら禁書扱いで、皇国外への持ち出しを禁じられていたようなのですよね」
「はい!?」
何事もないように言うレニに、とんでもない事をしでかしているではないかとアヤは飛び上がる。
「しかし随分と昔に持ち出していたのですが、まさか今頃逮捕状が出るとは驚きですよね。
そんなことより、中身、気になりませんか?」とレニは伏し目気味にニヤリと笑う。
「今そんなこと言っている場合ですか!? これさえ返せば、騎士たちと戦う必要もなかったのでは!?」
「……まあでも、持ち出してしまったものは持ち出してしまったのですから。それにこれを返してやる気はさらさらありません。なにせ……」
「……なにせ?」
人差し指を立ててツラツラと話す彼に、何か重要な事を漏らすのではないかとアヤは言葉を繰り返す。
「ゴホン……それより、あなたも同罪になりましょう」と、誤魔化すように本のページを開くと、一方的に内容を語りかけるのだった。
「『おひめさまと ルカリオ』
むかしむかし 王国と皇国とがわかれていなかったじだいに、一人のおひめさまがいらっしゃいました。
そしておひめさまのそばにはいつも、つきしたがう一匹の ルカリオがいました。
ふたりは どんなときもいっしょでした。
さんさんとかがやく太陽がすがたを見せなくなったときにも ふたりは肩をよせあって あたため合ってすごしていました。
月が影とまじわってしまったときにも ふたりは天にいちばん近いばしょでいのりをささげて、やさしいひかりを取りもどしました」
「えっ、これって絵本ですか……!?」
内容から察したアヤは、レニの語りを途切らせてそう言う。
「そうです。世界観が『王国も皇国も区別のない世界』ですから、皇国で禁書に指定されているのも当然と言えば当然ですね。さて、続きを読みますよ……
ある日、おひめさまの元に かがやくギャロップにのった おうじさまがやってきました。
かみさまがお作りになられたおうじさまは、おひめさまといっしょに いつまでもしあわせにすごすためにやってきたのでした。
おひめさまはいいました。『どうして? わたしにはもう、そばにルカリオがいるのですよ』
おうじさまはいいました。『ヒトとポケモンとは、いつまでもいっしょにはいられないのですよ』
だまってしまったおひめさまに、おうじさまは手をさしのべてつづけます。
『さあ、わたしの手をとって、ふたりでしあわせに くらしましょう』
そのときでした……」
レニは黙り込み、話の続きをするのを躊躇っているように見える。どうしたのかと尋ねるより先に、ふうと大きくため息を吐いて彼は続ける。
「……ルカリオの手が、おひめさまの手をとりました。そして、いちもくさんに走りだします。
やがておひめさまの体を だきかかえながらも、ルカリオはその足でどこまでも走りつづけます。
おうじさまは、そのすがたをながめて もういちどおっしゃいました。
『ヒトとポケモンとは、いつまでもいっしょにはいられないのですよ』
かみさまがお作りになられたおうじさまをおいて かけだしていったルカリオは、灰になって やがて空へときえてしまいました。
うっ……ううっ……」
唸るレニの瓶底眼鏡の奥底は伺えないが、もしかして本の内容を読んで泣いているのかとアヤは彼を心配する。
「……そうです! 神によって作られた王子様を置いて立ち去るなど、言語道断!!」
そう叫ぶレニに、隣の部屋からうるさいと言うようにドンと拳を突き立てる音がする。
「そっ、そんな内容だったかな……!?」
この本の教訓は、お姫様への確かな愛の元に行動したルカリオ、そしてそれが跡形もなく神によって消されてしまうと言う無情さを描いたのではないか? とアヤは思っていたのだが、レニの感想はそうではないらしい。
(まあでも……レニ博士だし……)
だんだんと性格が分かってきたアヤはさして驚かないのだった。そして、思い出した一つの事を話題として出す。
「ヒトとポケモンが結婚する話なら、元のいた世界でもありましたが、ここではそうではないのですね」
「………………ハ?」
レニは固まる。そして、アヤの肩を掴んで「今なんとおっしゃったのですか!?」と揺さぶる。
「えっ、えっと、あの、確かシンオウ神話って言ったかな……? 昔はヒトとポケモンとの境がなくて、結婚するのが当たり前だったってお話だった気がするんですけど……」
「その話ッ! 詳しく!!」
「レニ博士、痛いです! うろ覚えだし、それに、本当はそれ以上のことはよく知らないので……ごめんなさい」
謝るアヤに、レニは彼女の肩から手を離してぶつぶつと呟く。
「ぐぅ……あなたが覚えていないのは残念ですが、ヒトとポケモンとが区別されていない世界……!? ヒトとポケモンとの結婚……!? なんと素晴らしい! この理論を詰めていけば、学会のバカどもが腰を抜かして驚くことでしょう! そして私は数え切れないほどの名誉をこの手に……!ハーッハッハッハ!!」
一人で盛り上がるレニに、隣の部屋の住人は再び拳を上げ、壁をドンと叩くのだった。
「……おや、もうこんな時間になってしまいましたか。私は寝ます」
「もうですか!? まだ夜になったばっかりですよ!?」
暗くなってきた窓の外を眺め、レニはいそいそとベッドに入り込んでしまう。
「睡眠不足はお肌の大敵ですからね。まだ眠らないのであれば、あなたはミノリタウンを見て回ってきたらいかがです?」
などと提案するレニに、やっぱりこの人は私を信用しているのかしていないのか分からないなと混乱するアヤ。
しかし少し夜風に当たりたいなと思った彼女は、「じゃあ、お言葉に甘えて外を見てきます……」と言う。「はい、いってらっしゃい。そしておやすみなさい」と言った側から、レニは静かな寝息を立てたのだった。
(よ、よかった、いびきがうるさいとかだったらどうしようと思った……)アヤは内心安堵し、部屋の扉を開いたのだった。
「そういえばレニ博士の研究所で、隣町(このまち)の博士からポケモンをもらう子どもたちが多いって言ってたけど」
レニが子どもから嫌われているのか恐れられているのか、そんなことを聞かれてもないのに語っていたなと思い出すアヤ。町の入り口の地図を眺め、場所を確認すると、『オランシア研究所』と書かれている。同じ博士である彼(或いは彼女)ならば、レニ博士のことを知っているのではないか?と光明を得た彼女は、足を運ぶことにしたのだった。
「ごめんくださーい……」
「はい。こちらはオランシア博士の研究所です」
レニの研究所とは違い、質素な作りである。違うのは、研究員が見渡しただけでも三人はいることと、カウンターがあり受付嬢もいることであった。
「新しく旅立たれる方でしょうか? ……あら? ポケモンを連れているようですね」
「あっ、はい。……あの、オランシア博士って今いらっしゃいますか? 少しお話を伺いたくて」
「そういったことでしたら、アポイントメントを取っていただく形になります」
ですよねえ……と、内心そう予想していたアヤは苦笑いを浮かべる。すると、奥から歩いて近付いてくる白衣の女性が、「構わないですよ。今はちょうど暇していますから」とアヤに声をかけてきた。
「オランシア博士! よろしいのですか?」
「ええ。彼女は見たところ、ポケモントレーナーになりたてって感じの風貌ですから。私の知識が役に立てることがあるならば、なんでも協力いたしますよ」と、優しく声をかける。
「こちらにどうぞ」と研究所の一室に案内されたアヤは、きょろきょろと周りを眺めてその本の多さにため息をついた。
「私にお話しがあるとか? どういったご用件でしょうか」
「あの、近くの森の中の研究所にいる……レニ博士って、その、どんな感じの人なのですか?」
と、少し己の立場を濁してアヤは探りを入れる。
「レニ博士……!? うぅん、そうですね。一言で言い表すのが難しい方ですね……」
と、オランシアは頭を抱えてしまう。やがて話がまとまったのか、「一般的な目線から言いますね。彼は学会の中でも……奇才と言いますか、側から見たら突拍子のない論を提唱する方でした」と言葉を選ぶ。
「なるほど……」と、アヤがあまり求めていた解答でなかったと気付いたオランシアは、声を顰めて「……これはオフレコにしていただきたいのですが」と語りだす。
「私個人の感想では、彼は、『根はいい人』だとは言えません。それに、『悪ではない』とも言えません。それにその言動の根源が純粋すぎるあまり、学会では敵を作るタイプの人間ではありました」
「……根はいい人ではないというの、なんとなくわかる気がします」
自分をこの世界へ呼び寄せたのも、レニが私欲から行動した結果に過ぎないとアヤは薄々気づいていた。
「あなたもレニ博士をご存知で?」
「あっ、いや、あの……少しだけ」
彼に異世界から召喚され、まさか共に国境を越えて王国へ行く仲だとも言えず、アヤは頭を横に振る。
オランシアはため息をつくとソファへ深く腰をかけた。
「あれはかなりの自己愛者ですからね……。話したことはありますが、どんな話題を出しても全て自分のことに着地するので驚きました」
「そうなんですよね……!」
「……ですから結局、最後に彼は一人になる宿命を背負っています。
あなたと彼の間に何があるかはあえて聞きませんが、見切るのも一つの手だと私個人では思いますよ。情が芽生えてしまう前に」
博士である頭の良く、女としてのカンの鋭いオランシアは、アヤとレニの間に何か縁があることに気付いていたようで、そう締め括る。
「……はい。こんな素性の知れない私に、お話してくださって、ありがとうございました」
「いえいえ。若いトレーナーを導くのも博士としての私の勤めですから。良い旅を」
オランシアの研究所を後にしたアヤは、ポッチャマをボールから繰り出して抱きかかえた。
「確かに……レニ博士は皇国から本を盗んでいたし、気は利かないし、私に黙ってることだってたくさんある……」
そうだそうだと頷くポッチャマ。
けれどどうしてか、彼の心の奥底にあるはずの善性を信じてしまっている自分がいるのは確かなのだとアヤは深く息を吐き出した。
「……これって、きっとなんとか症候群ってやつだよね」
項垂れるアヤを見、ポッチャマはその短い手で彼女の頭を撫でたのだった。