「も、申し訳ありませんヴァーリカ様……私もレニ・パフ・アンドロポヨフの身柄を確保することが出来ませんでした……」
上官の騎士がレニの研究所に戻り、涙ながらにそう報告をする。ヴァーリカからどんな責苦を与えられるか分かったものではないため、戻るのに手間取ったのは内緒の話だ。
「……おお、ああ。下がっていいぞ」
しかし、さして興味のなさそうなヴァーリカは、手を振って騎士をあしらったので、「よっ、よろしいのですか!?」と反論するのだった。
「なんだ? 聞こえなかったか? オレ様は下がれと命じたんだが」
「ヒッ……! すみません、失礼いたします……!」
ヴァーリカの気分が変わらないうちに、騎士はドタドタと歩を早め研究所を後にしたのだった。
それと入れ違いになる形で、「ロトロトロト……」と音が鳴るので、ヴァーリカは着信のあった自身の傷だらけのスマホロトムを目の前に展開する。
「……フィリオンだ。例の件の調べがついたので報告してやろう」
「おおう! 待ってたぜ! で、どうだったよ?」
「結論から言おう。
レニ博士の論文は、今現在すべて閲覧不可になっている」
「……ハァ? どういう事だよ!? 騎士団のデータベースで見られねえもんなんかねえだろ!?」
ヴァーリカは絶対の信頼を寄せるフィリオンの情報収集力でレニのことを暴くつもりであったが、それが閲覧不可という形で返ってくるとは思っていなかった。
「……じゃあかしい! 喚くなヴァーリカ! そんなことはオレが一番よく聞きてえよ!!」
「じゃあなんで!」
フィリオンの豹変した怒りの態度にも、彼は毎度のことだと気にせず先を促す。
「ゴホン……。考えられるのは、騎士団より上の立場の者が情報を操作している……そうとしか思えんが」
「上って言や、もしかして皇族に連なる誰かってことかよ?」
「おい、あまりその話題は口に出さん方がいい。いつ通信を傍受されるか分かったものではないからな」
「悪ィ、気が立って……。とにかく今は、何かキナ臭え気がしてならねえんだよ」
「そう言えばおまえがレニ博士の論文を調べろと言った経緯を聞いてなかったな。話せるか?」
「いや……調べてもらってなんだが、てめえに話すといずれてめえの不都合になる気がする。オレ様とその部下の話だけにしておきてえな」
「そういうことならば無理には聞かんが、これは一つ貸しだからな。返しは……そうだ、もしソピア王国に行くことがあったら、オークションに参加して素敵な首飾りでも競り落としてくれ。美しければそれが闇の品でも構わん。
……おっと、エネコちゃんからの連絡だ。失礼する」
「はいはい、プレイボーイ様はお盛んなこって……」
フィリオンからの連絡が完全に途絶えたのを確認し、深い深いため息を吐くヴァーリカ。
「『ポケモンの存在自体が知られていながらもポケモンの存在しない世界がある』って説、どっかで読んだ覚えがあったんだがな……レニなんとかの論文じゃなかったのか?」
彼は頭の隅に記録された、読んだ雑誌の内容をうろ覚えに思い出していた。そのうち、ヴァーリカのボールから彼のポケモンが飛び出し、彼に頭を預ける。それを撫でながら、ぶつぶつと話し始めるヴァーリカ。
「いやなぁ……当初は馬鹿げた論文だと鼻で笑った覚えがあるが、まぼろしのポケモンの存在が妙に確信的で、これは学会も揺らぎがねえと思った文があったんだよな」
そうなのか?と疑問に思うように、彼に視線を送るポケモン。
「レニ博士の研究所に現れた女の存在も、オレ様の第六感が何かあると告げてる。
……何がどう繋がるのかわからねえしどうにも思い出せねえから、確信が得たくてフィリオンに調べてもらったものの、空振りだったな」
はぁーあ!と大きな叫びを上げるヴァーリカに、彼のポケモンは慰めるように擦り寄る。
「おう、悪ィ悪ィ、弱音を吐いてる場合じゃねえな。けど、この一件はもっと慎重になった方が良いと思うワケだ」
どっこいしょ!と思いきり立ち上がると、後ろも見ずに彼は歩み始めるのだった。
第六話 迫る手と、翳りゆく空
ベースタウンの宿にレニと入り込んだアヤやっと、一人で一息つけると息を吐き出す。
「いらっしゃい! お二人様ですか? ではツインかダブルのお部屋に……」
「「空いてるのなら、二部屋にしてください!」」
アヤとレニは考えていることが同じだったようで、宿屋の主人に向かって言い放つ。
「ああ……御二部屋ですね、空いてますよ。先払いで代金をいただきます」
その勢いに圧倒される主人。宿帳に名前を記入しながら、レニはカードを出してアヤの分の代金もまとめて支払おうとする。
「あっ、宿代は私も払えますから……!」
道中のバトルの賞金で懐が少し潤ったアヤはレニを制するのだが、「あなた私を馬鹿にしてます? 此処に連れ込んだ責任くらいは取りますよ」と彼は受け取りを拒んだのだった。
「前にも言いましたが、逃げ出そうなんて考えないでくださいね」
「……わかってます。今更離れようだなんて思いませんよ。ここまできたら一蓮托生!」
各々の部屋の扉の前でレニは彼女を引き留めてそう言うが、アヤは笑って言い返すのだった。彼はそれを、瓶底メガネの奥の瞳でただただ見つめていた。
部屋にはある程度の大きさのポケモンを出しても構わないと書かれていたのでポッチャマをくりだし、一緒に備え付けのベッドに腰をかける。寝るにはまだ早い夜だったため、どう時間を潰そうかとアヤはひとまずテレビをつけてチャンネルを回しては、まだ見ぬポケモンや見慣れぬ土地の景色にため息をつくのだった。
「テレビを観てたらもうこんな時間……。そうだ! ポッチャマ、一緒に寝る?」
そのうち眠気が襲ってきたアヤがポッチャマをボールから出し抱きかかえて布団に入るが、外から物音が聞こえてくる。
それは、啜り泣くような声であったので……
「え……誰か、泣いてる……よね?」一気に目が覚めてしまったアヤはポッチャマに目線を送ると、ポッチャマもそれが聞こえると言うように廊下を指差した。
廊下に出てみたアヤは、隣のレニの部屋の扉をノックするかどうか数秒悩む。
「どうしよう。レニ博士は……寝てるかな……」
そう悩んでいるあいだも幼い少年の泣くような声は続いており、アヤは肝が冷えてしまう。
「ええい!」
と、彼女はレニの部屋の戸を強く三回叩き、様子を伺う。
「……どなたです!? うるさいですよ!」
「よしっ! ……よかったぁ…….」
賭けに勝ったアヤは小さく喜びの表情を見せたため、レニは何のことかと疑問に思うのだった。
「あなたですか……一体なんです? 私の眠りを妨げたのですから、それ相応の用件があるのでしょうね」
「レニ博士は聞こえてないですか? なんか、啜り泣くような声がしませんか?」
「…………しますね」
「しますよね!?」
自分にだけ聴こえていたら本当に怖かったなと思っていたアヤは安堵し、レニを「安眠妨害です。どこのガキンチョか知りませんが、躾けなくては」と連れ出すことに成功したのであった。
アヤとレニは、泣き声を追って廊下を歩く。そして、宿屋の入り口で主人と幼い子どもが立ち話をしているのを見つける。その幼い子どもの顔は泣き腫らしたように目が赤く染まっていて、「もしかしてあの子が……」とアヤは察した。
「文句の一つでも言ってやりますよ」とレニがツカツカと前に進むので、彼女はそのジャケットの裾を掴み、「可哀想ですよ!?」と止める。
「……よかったなあ、ジュン。無事に帰ってきてくれて本当によかった……」と主人がジュンと呼ばれた少年を抱きしめると、また彼は泣き出してしまうので、アヤとレニは顔を見合わせる。
「あの〜、どうされたんですか? ぼく、ずっと泣いてますよね……?」
と、彼らの側へ近付き様子を伺うアヤ。
主人は、「ああ、すみません! うるさかったですよね……宿の壁が薄くて……」と申し訳なさそうに謝る。
「まったくです」「いえ! 大丈夫です!!」
レニの人を考えない物言いに、アヤはヒヤヒヤしながら言葉を被せる。
「僕ね……お、お化け屋敷の近くで……ポケモンに連れていかれそうになったんだ! ポチエナがね、ひっぱってくれたから逃げられたんだけど……」
お化け屋敷、という単語にアヤの心臓がドキリと跳ねる。さらには誘拐疑惑のジュンの発言に、
「ジュンくん、それって紫色で……風船みたいな感じじゃなかった?」とアヤは片膝を立てて目線を下げ、探りを入れる。
「そうだよ! ……おねえちゃん、見てたの?」
「え!? いや、そうじゃないの! ちょっと心当たりがあって……」
「そんなポケモンがいるのですか? ヒトを攫うような話は聞いたことがありますが……」
と、レニはあまりピンときてないらしい。
アヤは「危ないから、周りのお友だちにも気をつけるように言ってあげてね」とジュンの肩を掴んで話す。
「う、うん。そうする!」
「……うちのジュンの言うことを信じてくださって、ありがとうございます。夜ももう遅いですし、ご就寝なさってください」
と気遣い、主人とジュンは自身の部屋へと帰っていく。
「アヤ……あなた、そのポケモンを退治しに行くとか思っていないですよね」
レニの言葉に、ギク!と彼女の肩が跳ねる。
「バレてました……? だって、危ないじゃないですか。他に被害に遭う子どもが出てしまったらと思うと、じっとしてられなくて……」
「構いませんよ? どうぞお一人で……って、なんですかその手は」
アヤは去ろうとするレニのジャケットを掴み、「でも一緒に来てください!! 夜にあの洋館の近くって、少し怖くて」と頼み込む。
「ハァ……仕方ないですね……。まあ、あなたが攫われてどこかへ連れて行かれなどしたら、私の素晴らしい研究成果が台無しになってしまいますからね」
本当に心配ではなくそう思っているのだろうと思うレニの発言にアヤは苦笑するが、彼のいる心強さには敵わないので黙っていたのだった。
ベースタウンから道路へ戻り、例の洋館の近くを一周しているアヤとレニ。
「……そんな簡単には出てこない、かな?」
「ふぁーあ……眠いですねえ」
荷物を置いて身軽なはずのレニだが、さほど興味がないのか歩みは牛歩である。
そうやって歩いていると、暴走族のようなこわい見た目の輩と目が合いバトルを仕掛けられていたが、アヤとポッチャマは善戦していた。
「……前に比べて、だんだん強くなってる気がします」
ポッチャマを見つめてそう言葉を漏らすアヤだったが、レニは「そうですねえ。慣れた頃というのが一番慢心しますから。気をつけて下さい」とピシャリと話すのだった。
そんな時である。背後から「ぷわわー」という鳴き声とともに、彼女たちの前に紫色の風船のようなポケモン……「出たわね! フワンテ!」……が、現れたのは。
「待って! ……ちょっと大きいんですけど!?」
振り返ったアヤは、その大きさに悲鳴をあげる。せいぜい人を攫うと言っても、彼女の知識の中ではそれは子どもに限られていた話だと思っていたので、せいぜい小ぶりな風船くらいだとたかを括っていた。しかし、目の前のフワンテは大の大人でもゆうに運べそうな個体である。しかし、(これを野放しにしていたら、被害者が出る……!)と彼女は向き直り、「お願い!」とポッチャマをくり出したのだった。
「本当は、レニ博士のポケモンの方が強く出られるんだけど……!」とは、アヤの本心である。
フワンテはポッチャマに向かってはいかず、その身を膨らまして様子を見ている。(『たくわえる』ね……! まずいわ、長期戦は不利……!)「ポッチャマ、バブルこうせん!」
アヤはポッチャマの新たな技で応戦する。すると集約された影の塊……シャドーボールが飛んでくるが、「前に避けて!」と指示をし、「つつく攻撃!」と攻撃の手を緩めない。
だが決定打のないそんな攻撃に、フワンテは息を吸い込む……『たくわえる』のをやめない。
(どうしよう、やがては『すいこむ』か『はきだす』が来る……!)と焦るアヤ。
「ポッチャマ、うたう!」
近付いたフワンテを相手に、ポッチャマの旋律が届く……
そんな彼女とポッチャマを見つめていたレニは、その前にフワンテの体が赤く染まり出すのを「あれは……!」と観測する。
フワンテの体は一つ、大きく膨らんだかと思うと、凄まじい轟音とともにその体が散っていく。
「ああっ!? ポッチャマ!!」
その威力・衝撃ともに申し分ないそれは、「『じばく』……したというの……?」アヤはじばくに巻き込まれた、そしてひんしになったポッチャマを抱えて呆然と立ち竦む。
「だから言ったでしょう。……油断は禁物だとね」
レニはメガネのブリッジを押し上げて、そうぽつりと呟いたのだった。